第274話 甲論乙駁(こうろんおつばく)


---三人称視点---



 一対十。

 という圧倒的に不利な状況にも関わらず、カーリンネイツは落ち着いていた。

 元々、彼女はクール、というよりかは淡泊な性格。


 魔族の幹部の中では若手に分類されるが、

 その魔法力と圧倒的な魔力に他の幹部も彼女に一目を置いていた。

 しかし当の本人はそういう評価をされても、特に嬉しそうでなかった。


 魔族という種族は大なり小なり自己顕示欲が強い。

 だがカーリンネイツに限っては、はそういう部分はあまりなかった。

 彼女の行動原理の基本は魔法の研究と自身の魔法力の向上。


 その二つさえ満たせるのであれば、他の事はわりとどうでも良かった。

 特別優れておらず、特別劣ってもいない。

 でも最低限の敬意と評価は得ている。

 彼女はそういう立ち位置を好んで魔族社会でこれまで生きてきた。


 だがカーリンネイツは魔王レクサーから特命を受けた。

 その内容は『知性の実グノシア・フルーツ』に関して調査せよ。

 また可能であれば、『知性の実グノシア・フルーツ』を手に入れよ、いう特命であった。


 最初、聞いた時は正直耳を疑った。

 彼女は魔王レクサーの事を知的で聡明な君主と思っていた。

 他の幹部は先代魔王ムルガペーラと比べて、

 レクサーをあまり評価していない者も居たが、カーリンネイツはレクサーを高く評価していた。


 そんな彼が『禁断の実』の探索を命じたのだ。

 カーリンネイツはレクサーに対して一抹の不安を抱いた。

 犬族ワンマンバルデロンという悪例を目の当たりにして、

 レクサーが『禁断の実』の探索を命じるのは予想外であった。


 だがレクサーは魔王、彼女はその部下という間柄。

 故に彼女にその特命を拒否する権利はなかった。

 だから私情を捨てて、任務を果たす為に尽力を尽した。



 ――その結果がこの有様か。

 ――まあこれも『禁断の実』を求めた代償かもしれないわね。

 ――この戦いで私は死ぬかもしれないわね。

 ――でも別にそれでも構わない。

 ――強ければ生き残り、弱ければ死ぬ。

 ――それが魔族の掟。

 ――だけど簡単に死ぬつもりはないわ。



 カーリンネイツはそう思いながら、手にした仕込み杖を構える。

 数の上では圧倒的に不利だが、彼女にも手がないわけではない。

 それはジーナ達と一緒に仕掛けた結界だ。


 この結界は現時点でもラサミス達の体力と魔力を消耗させているが、

 更に結界の強度を強めれば、その効果も倍増する。

 だがそれを実行した時点でカーリンネイツの魔力も激しく消耗する。

 とはいえ彼女の魔力総量は魔王を上回るレベル。


 故にある程度の時間なら、結界の強度を強めた状態でも戦える。

 だがそれを実行するにも時と場合を選ぶ。

 だから彼女はすぐにはその選択肢を選ばず、敵の出方を伺った。


 対するラサミスは日本刀にぽんとう・雪風を右手に、

 左手に吸収の盾サクション・シールドを構えながら摺り足で間合いを詰める。そして僅かに後ろに振り返り、メイリンとエリーザに向かって指示を出した。


「メイリン、エリーザ! まだか!?」


「まだよ、というか多分解除は無理よ!」


「うん、とてもじゃないが私達でどうかなる代物じゃないわ」


「そうか、分った! なら解除はもう止めていい!

 二人にも戦線に戻るんだ! 全員でこいつを倒そう」


「「分ったわ!」」


 そしてメイリンとエリーザも再び参戦した。

 これはマズいわね、とカーリンネイツは危機感を高めた。

 今まで戦いを見る限り、このパーティはバランスも取れており、

 各々の役割分担もしっかりしている。


 このまま戦えばいくら魔族の幹部と云えど勝機はない。

 ならばここは出し惜しみすべきじゃない。

 カーリンネイツはそう思いながら、全身に魔力を篭めた。


「ぐっ!? 凄い魔力よ!!」


 咄嗟に相手の魔力反応を感じ取るエリーザ。

 それと同時にカーリンネイツは右手の指でぱちんと音を鳴らした。

 するとラサミス達の周囲の赤みを帯びた結界が血の色のように赤く濁った。


「ぐっ……な、なんだコレはっ!?」


 急に身体が重くなり、喘ぐラサミス。


「こ、これは結界を更に強化したのか!?」と、ドラガン。


「だ、駄目っ……立てない」


「わ、私も……」


「う、動けない」


 急に強化された結界によって、メイリン、エリーザ、エリス、マリベーレの

 四人が全身にし掛る重力感に負けて、地に膝をつけた。

 ライルとアイラはなんとか耐えていたが、

 ミネルバとドラガンとマライアは対魔力値が足らず、

 身体のバランスを崩しながら、中腰になってなんとか転倒を防ぐのが精一杯だった。


 だがラサミスだけはなんとかこの状況下で普通に身体を動かしていた。

 上級職ハイクラス黄金の手ゴールデン・ハンドの能力に加えて、

 様々な職業ジョブで取ったパッシブスキルのおかげで、

 他の仲間より対魔力値が大きく上回っていた為である。


 とはいえ気を緩めたら、意識が軽く飛びそうになる。

 なのでラサミスは気力を振り絞って、全身に闘気オーラを纏った。


「……この状況下で動けるのね。 大したものだわ」


 と、少し驚いた感じでそう云うカーリンネイツ。


「これでもオマエ等の女幹部の一人を倒してるんでね。

 あまり舐めて欲しくないね!」


「……もしかしてアナタがプラムナイザーを倒したの?」


 カーリンネイツの問いにラサミスは「ああ」と頷いた。

 すると彼女は「へえ」と云いながら、手にした仕込み杖を構え直した。


「アナタみたいな坊やにプラムナイザーが倒されるとは意外だわ。

 彼女が衰えていたのか、あるいはアナタが強いのか。

 どちらにしても看過できない事態だわ」


「そりゃどうも、というか一つ聞いていいか?」と、ラサミス。


 するとカーリンネイツは訝しむように眉を潜めた。


「……何かしら? というか敵と喋るなんて余裕ね」


「……なんで知性の実グノシア・フルーツを欲しがるんだ?

 アレはオレ達四大種族だけでなく、魔族でも手に余る代物だ。

 オマエ等にはあの禁断の実の危険性が分らないのか?」


 するとカーリンネイツは「ふんっ」と鼻を鳴らした。


「敵にそんな事を聞くなんて不毛よ」


「ああ、確かにオレ達は敵同士。 それは分っているさ。

 でもオマエ等、魔族にも心というものがる事を知っている。

 あのザンバルドもプラムナイザーも確かに心を持っていた。

 だからアンタがこの件に関してどう思ってるか、それが知りたいんだよ!」


 熱く語るラサミス。

 対するカーリンネイツは少し戸惑っていた。

 正直、敵がこんな事を云うとは想定外であった。


 この坊やは何故こんな事を聞くの?

 それと気になるのは、ザンバルドとプラムナイザーの名を出したところ。

 この二人の名を知っているという事は、この坊やは戦場で二人と対峙した可能性が高い。


 さっきこの坊やは自分の手でプラムナイザーを倒した、と云っていたが

 もしかしてザンバルドもこの坊やに倒されたのか?

 確かザンバルドを倒したのは、ヒューマンの若者という話だ。


 だがこの坊やにザンバルドが負けたとは思えない。

 この坊やの闘気オーラはこの年齢にしてはかなりのものだが、

 ザンバルドに比べたら、大きな差があった。


 しかし先程までの戦いを見ても、この坊やは侮りがたい存在だ。

 カーリネイツはそう思いながら、手にした仕込み杖を構えながら間合いを取った。



 ――少しこの坊やに興味が出て来たわ。

 ――どのみちこの後、殺し合いをする仲だが、

 ――少しくらいは会話してもいいかもしれないわね。



「仮にそれを聞いたところでどうするの?

 所詮私とアナタは敵、まさか戦わず話し合いで、この場を収めたいとは云わないわよね?」


 ラサミスはカーリンネイツの問いに、首を左右に振った。


「いやオレもそこまで馬鹿じゃねえよ。

 だが少しくらいはオマエ等の事を知っておきたいんだよ」


「それこそ不毛よ、相手の事を知ったところでどうなるの?

 変な情が生まれたら戦いにくくなるだけじゃない」


「ああ、そうだ。 だがオマエ等は只の戦闘狂せんとうきょうじゃない事は知っている。オマエ等にも心があり、独自の価値観や信念があると云う事をオレは知った。だからオマエ等が知性の実グノシア・フルーツをどうするつもりか、知りたいんだ」


「……アナタ、まさか私達はわかり合える、とか云わないでしょうね?」


 そう云うカーリンネイツの言葉は少し冷気を帯びていた。

 返答次第ではカーリンネイツは、ラサミスをいきなり殺し掛かるつもりであった。


「流石にそんな事は云わねえよ。だがオレ達は知性の実グノシア・フルーツに深く関わり過ぎたんだ。そのせいで仲間割れも起きたし、エルフ族が手にした知性の実グノシア・フルーツを犬に与えて知性を与える、などと禄でもない事ばかり起きてきた」


「っ!? 犬に知性を与える? もしかしてバルデロンの事なの!」


「……そうか、やはり奴は――バルデロンは魔族の支配下に居るんだな。

 という事はバルデロン経由で知性の実グノシア・フルーツの事を知ったのか?」


「……成る程、どうやらアナタ達は知性の実グノシア・フルーツに深い因縁があるようね。だから私達の目的と動向にいち早く気付いたわけね。 ……色々と納得がいったわ」


「……オレも知性の実グノシア・フルーツにいささか深く関わりすぎた。今にして思えば、最初の知性の実グノシア・フルーツの騒動から全てが始まった気がする。そして魔族であるオマエ達にだけは禁断の実を渡すわけにはいかない」


「……まあアナタと立場ならそうね。 でも私にも私の立場がある。

 だからこれ以上の話は無用よ。 所詮私達は敵同士。

 これ以上語り合っても無駄よ。 後は戦いで決着をつけるしかないのよ」


「そうだな、分った。 確かにこれ以上は無駄のようだな。

 ならばオレとしては全力でアンタを倒す。

 それとアンタの名前を教えてもらえないか?」


「……そんな事を聞いてどうするつもり?」


「まあ自分が倒す幹部の名前は知っておきたいだろ?

 ちなみにオレの名前はラサミス、ラサミス・カーマインだ」


「……自惚れが強いわね、ラサミス・カーマイン!

 その自惚れを私が――このカーリンネイツが打ち砕いてくれよう!」


 そしてラサミスは刀と盾を、カーリンネイツは両手で持った仕込み杖をゆっくりと構えた。

 

「――行くぞ、カーリンネイツ!」


「――来い、ラサミス・カーマイン!」


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