第265話 頭の濡れない思案


---三人称視点---



「は、ハアハァ……貴様等、何者だ!?」


 ニャルララ迷宮の警備隊長であるサイベリアンのルドラーは、

 肩で呼吸しながら、眼前の謎の襲撃者達にそう問うた。

 既に迷宮の警備隊の仲間の殆どが戦死していた。


 ルドラーも猫族ニャーマンの中では、腕に覚えがある魔導騎士ルーンナイトであったが、眼前の魔導師と思われる襲撃者達に一方的に嬲られ続けた。

 一匹、一匹、仲間が戦死していく様を見ながら、

 ルドラーは砕けかけた闘争心に怒りと復讐心を注いで、懸命に戦った。


 だが相手が悪かった。

 相手は只の魔導師ではなかった。

 特にリーダー格と思われる薄い水色髪の青いフードケープを着た褐色の肌の女が

 桁違いの強さであった。 この水色髪の女は無詠唱で様々な魔法を唱えてきた。


 猫族ニャーマンだけでなく、ヒューマン、エルフ、竜人を含めた四大種族の中でも、無詠唱で魔法を唱える者は殆ど居ない。


「……も、もしや貴様等……魔族かっ!?」


「あら? このニャンコ、猫にしては頭が回るね!」


 と、緑のフードケープを着たジーナが露骨に見下した感じでそう云った。


「……き、貴様等、何を企んでいる?」


 ルドラーは漆黒の刺突剣を右手に持ちながら、ゆっくりと後ずさりする。

 すると青いフードケープを着た褐色の肌の女――カーリンネイツが一歩前へ進んだ。


「わ、私の言葉に答えるんだァ!!」


 眦を吊り上げてそう叫ぶルドラー。

 するとカーリンネイツは首を左右に振って、軽く嘆息した。


「やっぱり猫が喋るなんておかしいわ。

 ヒューマンはこんな倫理に反する事をよく平気でやってのけたわね」


 まるで哀れむような言葉であった。

 周囲の者達もそれに同意するように、頷いていた。

 だがルドラーからすれば、只の侮辱でしかなかった。


「我々、猫族ニャーマンを愚弄するなァッ!!」


「――五月蠅い! お黙り!!」


「なっ……ぐ、ぐにゃにゃん」


 カーリンネイツがそう叫んで、右手を頭上にかざすと、

 念動力サイコキネシスよって、ルドラーの身体が首を強く締め付けられながら、空中に浮くように宙吊りにされた。


「……これから私の云う事に素直に答えなさい。 いいかしら?」


「……ヌアアアアァ……だ、だが……断る……」


 ルドラーは顔を真っ赤にしながらも、意地を見せてそう返した。

 そうしている間にもルドラーの首がドンドン絞められていく。

 もう自分は助からないな。


 ルドラーは咄嗟に自分の死期を悟った。

 だから最後の意地として、自分が知る事は此奴こいつには語るまい!

 と、覚悟を決めて、迫りに来る死の恐怖に耐えた。

 だが次の瞬間、ルドラーの首の圧迫感が消えて、身体の浮遊感もなくなり

 気が付けば、迷宮の地面にお尻から落下した。


「ゲホゲホ……ゲフッ」


 激しく噎せ込むルドラー。

 するとカーリンネイツがゆっくりとこちらに寄ってきた。


「……貴方、猫族ニャーマンにしては高潔な精神を持ってるわね。

 気に入ったわ。 だから私達は貴方の頭脳と身体から色々聞かせてもらうわ」


「!?」


 ――マズい!!

 ルドラーは呼吸を乱しながら、全身の毛を逆立てた。

 此奴、恐らく魔法や拷問でオレの口を割るつもりだ。

 いかん、オレの知っている事を此奴に知られるわけには――


「――催眠術ヒプノーシス


 だがルドラーが行動を起こす前に、

 カーリンネイツが右手をかざして、短縮詠唱で催眠術をルドラーにかけた。

 そこでルドラーの意識が暗転した。


---------


「……それでここの地下で知性の実グノシア・フルーツが見つかったの?」


「ウニャニャ……そうだニャン……」


「他に何か秘密はないかしら?」


「そ、それは……」


「云いなさい!」


「……上層部は迷宮の最深部の地下に世界樹があると云ってたニャン」


「……世界樹!?」


 予想外の言葉に、カーリンネイツも思わず驚きの声を上げた。

 それは他の者も同じであった。


「……マジかよ」と、エレクサレド。


「これは凄い事になってきたわね」


 と、ジーナも相槌を打つ。


「これはまだまだ面白い話が聞けそうね。 それじゃ――」



 そしてカーリンネイツは催眠術さいみんじゅつを駆使して、ルドラーから情報を粗方あらかたを聞き出した。

 だがその情報は部下の魔導師達だけでなく、カーリンネイツの手に余るものであった。知性の実グノシア・フルーツに加えて、世界樹。


 正直、話のスケールが大き過ぎる。

 現場の判断だけでどう動いていいのかも難しいところであった。

 なので部下達の視線も自然とカーリンネイツに向いた。


 だがカーリンネイツとしても、安易に指示を出せる問題ではなかった。

 とはいえここまで来て何もしないわけにはいかない。

 なのでとりあえず最初は無難な指示を出した。


「とりあえず最深部まで行って、事実かどうか確かめてみましょう。

 私達もここまで来た以上、手ぶらで帰る訳にはいかないわ。

 皆もそれでいいわよね?」


「まあそれは構いませんが、もし本当に世界樹をあったらどうするんですか?」


「ああ、それは私も気になるところです。 実際どうするつもりなんですか?」


 エレクサレドとジーナが他の者達の気持ちを代弁するようにそう云った。

 

「そうね、私も正直どうすべきか、悩んでいるわ。

 だからその件に関しては、実際見つけてから皆で考えましょう。

 皆、それでいいかしら?」


「まあ……そうですね」と、エレクサレド。


「とりあえず私もそれでいいです」


 ジーナがそう云うと、他の者達も同意するように頷いた。

 とりあえず全員の同意が得れた事で、カーリンネイツの決意も固まった。


 ――世界樹か。 正直手に余る代物ね。

 ――とはいえ何もしないで、このまま帰るという選択肢はない。

 ――ならばとりあえずはやれるべき事をやろう。


「それではまずはこの迷宮内に張られた大結界を解除するわ。 

 恐らく最高級の大結界だから、解除するのには相当苦労するわ。

 そして定期的に魔力探査マナ・スキャンして、追っ手が来てないか調べるわ」


 凜とした声でそう云うカーリンネイツ。

 すると彼女の部下達も凜とした声で「はい」と答えて、

 目の前の仕事に集中して、迷宮内に張られた大結界の解除に全力を尽くすのであった。

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