第四十五章 追う者、追われる者
第263話 静かなる進行
---三人称視点---
「ウニャニャニャ」
「ゥヒャヒャヒャヒャ、ニャアン」
「タビだ、タビだニャン」
リアーナから
正確に云えば、魔王軍の女幹部カーリンネイツが率いる
ここハスボナ関所はリアーナから
二日ほど、かかるので人の出入りが一番少ない関所でもあった。
カーリンネイツ達はここ十日余りの間、リアーナで徹底的に情報収集して、
偽造の冒険者の証や通行書もリアーナの闇商人から入手していた。
金額的に随分ふっかけられたが、全ての用意が整った後は、
口封じの為に関わった闇商人を一人残らず始末した。
そして人通りが極めて少なくなる深夜帯を狙って、
睡眠魔法や催眠魔法を使って、関所の警備兵や監視員を無力化した。
更には
関所に勤める
但し夜が明ければ、誰かが異変に気付く可能性があるので、
睡眠魔法や催眠魔法は八時間後に解除されるように設定し、
魔タタビに関しても過度の量は与えなかった。
何も知らない第三者からすれば、
地方の関所勤めの怠け者の
――と思わせるように全て仕組んだ。
カーリンネイツは、これから先にある関所でも基本的に同じ策をとるつもりだ。
しかしあまり時間的余裕はない。
短時間で関所に異変が続けば、それを訝しむ者も必ず出てくる。
だから深夜四時にも関わらず、カーリンネイツ一行は背中にバックパックを背負いながら、初級風魔法『
深夜帯だが魔族は元々、夜行性。
なのでカーリンネイツ一行は次なる目的地であるニャランナの街を目指す。
それから三時間程、走り続けたが流石に疲れ始めた。
なのでカーリンネイツはニャランナの街から、
五キール(約五キロ)程、離れた地点で仮眠を取ることにした。
各自、背中のバックパックから野営用のテントを取り出して、
テントのリングをペグで地面に打ち付けて、固定させた。
そして野営地の周囲に、結界を張りつつ、鳴子を仕掛けた。
それから薪を集めて、焚き火を焚いた。
時刻は朝の六時過ぎ。
ここから睡眠時間を約九時間取る予定で、見張り番を置いて、
残り九人は携帯食で味気のない栄養補給を済ませて、そのまま眠りについた。
見張り番は基本的に三時間で交代制。
最初の見張り番はカーリンネイツとエレクサレド、それと女魔導師のジーナ。
カーリンネイツはとりあえず
周囲の状況を探った。 幸いにもそれ程大きい魔力反応はなかった。
そこで少し気が緩んだのか、焚き火の前に座り、凍えた身体を温めた。
同様にエレクサレドとジーナも焚き火の前に座って、一休みする。
他の者は疲れていたのか、もう既に寝入ったようだ。
するとエレクサレドが横目でカーリンネイツを見ながら、探るようにこう云った。
「……カーリンネイツ様、一つお聞きして宜しいでしょうか?」
「……何かしら?」
「そろそろ我々にも特命の内容と目的地を教えて頂けませんか?」
「……」
カーリンネイツはエレクサレドの問いに一瞬黙り込んだ。
ここで特命の内容を打ち明けるべきか、否か悩んだ。
しかしここまで来たのだから、もうそろそろ教えて良い頃だろう。
だからカーリンネイツは部下達にようやく特命の内容を打ち明ける事にした。
「そうね、そろそろ教えて良い頃ね。
私達はあの
「……やはりそうでしたか。
それは魔王陛下のご命令なんですよね?」
エレクサレドが軽く探りを入れる。
だがカーリンネイツはその事実をあっさり肯定した。
「ええ、そうよ。 私が魔王陛下から直々に命令を下されたわ」
するとエレクサレドは何やら考える素振りを見せた。
カーリンネイツは焚き火に当たりながら、辛抱強く彼の言葉を待つ。
それからエレクサレドは言葉を選びながら、話し始めた。
「魔王陛下は
「さあ、それは私にも分からないわ」
「それは少し危険じゃありませんか?」
と、初めてジーナが口を聞いた。
するとカーリンネイツも右手で自分の髪を触りながら「そうね」と答えた。
再び流れる静寂。
どうにもこうにもこの人はやりにくい。
エレクサレドとジーナは内心でそう思った。
カーリンネイツはとにかく寡黙だ。
だが仕事や任務に対しては、的確の指示を出す。
無駄口は叩かず、最小の言葉で最適解を導くタイプだ。
他の幹部のように高圧的なところもないので、
彼女に仕える部下達も今までは不満はなかった。
だがここに来ての予想外の特命。
僅か十名で敵地に乗り込んで、隠密行動を取らされた。
彼等、彼女等は優れた魔導師だが、流石にたった十人ではやれることも限られていた。だがその状況下でもカーリンネイツはいつものように冷静に的確な指示を出した。しかし彼女が何を考えているか、正直よく分からない。
そう思ったのはエレクサレドだけではなかった。
だが魔王直々の特命とあれば、従うしかない。
なのでエレクサレドは意思の疎通を図るため、珍しく女性上官に意見を申し出た。
「私が申し上げるのもアレですが、
「私も同じ意見です」
と、エレクサレドに同意するジーナ。
だがカーリンネイツはいつもと変わらぬ態度で素振りで彼等の疑問に答えた。
「まあ貴方達の云わんとする事は分かるわ。
なにせ物が物ですからね。 私個人としても
入手する、あるいは使う事に躊躇いを覚えるわ」
「……それはどのような理由ですか?」と、ジーナ。
「……貴方達、前魔将軍ザンバルドの配下に居た
「え、ええ……噂では聞いてますが、それが何か?」と、エレクサレド。
「只の犬に禁断の果実を与える、これは許されざる
ヒューマンが猫に禁断の果実に与えた結果が
「……カーリンネイツ様は本気でそうお思いなのですか?」
「ええ、そうよ」
彼女はあっさりとそう肯定した。
それと同時にエレクサレドは、乾いた唇を舌で舐めた。
ここから先の言葉は一言一句考え抜いて発言しよう。
彼はそう思いながら、女性幹部の言葉に同意する発言を発した。
「ならば我々がしている事はそのような結果を招く危険性が
高いのでは? カーリンネイツ様はその辺りをどう思われてますか?」
「そうね、私個人は出来ればそんな真似したくはないわ。
でもこれは魔王陛下の特命、それ故に最初から拒否権などないのよ」
「ま、まあそうですが、魔王陛下がどうお使いになるかは
我々が関知できぬ問題ですが、肝心の品物がなければどうしようもありません」
「……貴方、何がいいたいのかしら?」
エレクサレドの言葉にカーリンネイツが軽く柳眉を持ち上げる。
無言の圧力がのし掛かるが、エレクサレドは重圧に負けず、二の句を継いだ。
「……危険な代物は誰の手にも渡らないようにすべきです。
それが特命に反してたとしても、我々は世界全体の調和を考えるべきと思います」
エレクサレドなりに覚悟を決めて、云った台詞だった。
だがカーリンネイツは彼の言葉を冷淡に切り捨てた。
「まあ貴方の云わんとする事は分かるけど、残念ながら却下よ。
私はこれでも魔王軍の幹部、だから魔王陛下の特命には従うわ」
「……左様ですか」と、やや声のトーンを落とすエレクサレド。
「でも……」
「でも何でしょうか?」
「まずは
まあ過程の話はいいわ。 その時はまたその時に考えましょう」
「「……はい」」
エレクサレドとジーナが声を揃えて返事する。
そして三人ともそれ以上は喋る事無く、
焚き火の前で凍えた身体を暖めながら、時折周囲に目を配った。
やや気まずい空気が漂うなか、カーリンネイツは独り思った。
――エレクサレドの云う事は分かるわ。
――でもまずは特命をきっちりと果たす事が大事。
――だけどもし無事見つけたら、どうすべきかしらね?
――あの御方、レクサー様はイマイチ何を考えているか、分からない。
――まあ私も他人よくそう云われるけどね。
――でもまずは幹部としての責任は果たそう。
――その後の事はまたその時に考えればいいのよ
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