第262話 転ばぬ先の杖


---ラサミス視点---



「久しぶりだな、冒険者ドラガンとその仲間達よ」



 眼前に立つ黒いタキシードを着たシャム猫の猫族ニャーマンの大臣がそう告げた。オレ達は前一列にドラガンと兄貴が並び、

 その後ろに俺とアイラが横に並んで、深々と頭を下げた。


「お久しぶりです」


「まあ挨拶はいい。 ではワシの後をついて来い!」


「「「「はい!」」」」


 そしてオレ達は大臣の後について行く。

 案内された場所はニャンドランド城の三階にある玉座の間。

 すると扉の前の二匹の衛兵が大臣の姿を見るなり、敬礼した。

 そして「扉を開けてくれ」と大臣が云うと、

 二匹の衛兵が「はいニャン!」と云って玉座の間の扉を開いた。


 それから俺達はゆっくりと中に入った。

 真紅の豪華な絨毯。 キラキラと輝いた白銀のシャンデリア。 

 歴代国王の肖像画、数々の価値ある美術品などで彩られた内装。

 だがこれらの光景にも随分と慣れた。

 そしてオレ達は真紅の絨毯の上を背筋を伸ばしてゆっくりと歩いた。


 金の王冠を被った豪奢な赤いガウンを羽織った猫族ニャーマンの王様であるガリウス三世が「やあ」と云いながら右手を上げた。

 それと同時に、オレ達は深々と頭を下げてから、恭しくその場に跪いた。


 これで何度目の謁見だ? 

 まあそれは良い。

 今回の会談は秘密裏に行う必要がある。


 故に猫族ニャーマンの王に謁見するのは、

 オレ、ドラガン、兄貴、アイラの四名。

 エリスとメイリンとミネルバとマリベーレは別室の客間で待機していた。


「それで今回はどのような理由で謁見を申し出たのだ?」


 と、猫族ニャーマンの大臣が軽く探りを入れてきた。


「……その前にお人払いをお願いできますか?」


 大臣の言葉に対してそう返すドラガン。

 すると大臣は少しムスッとした表情になったが、

 その空気を緩めるべく、奥にある玉座に座ったガリウス三世が口を挟んだ。


「まあ大臣、そうカッカするな。 冒険者ドラガンよ!

 久しぶりだニャン。 元気にしてたニャン?」


 初老のコラットのガリウス三世がそう云うなり、

 やや場の空気が緩んだ。 この王様ってイマイチ分からないんだよな。

 只のボケた老猫なのか、あえて阿呆のふりしてるのか、オレにはよく分からない。 


「はい、おかげさまで元気にやっております」と、ドラガン。


「そうか、それは良かったニャン!」と、ガリウス三世。


 ……。

 相変わらず緊張感の欠片もねえな、この王様。

 とはこれから話す会話の内容を聞いたら、流石に顔色を変えるだろう。

 すると大臣が「コホン」と咳払いしてから、威厳のある口調でこう云った。


「それで冒険者ドラガンとその仲間達よ。 

 此度こたびの謁見の理由は何だ? 申してみよ!」


「……その前にお人払いをお願いできますか?」


 大事な事なので二回同じ台詞を云うドラガン。

 だが大臣は首を軽く左右に振って、その申し出を拒絶する。


「駄目だ、その申し出は受け入れられん」


「……分かりました」


 ドラガンは渋々ながら了承した。

 まあ猫族ニャーマン側からすれば、当然の配慮だろう。

 仮にも護衛なしに一国の国王を冒険者と対面させる訳にはいかないだろう。

 さあて、これからが問題だ。 どう話を切り出すか。

 ここはドラガンの話術に期待しよう。



「実は敵――魔族の集団が我等、四大種族の領土に侵入したようです。

 我々も手を尽して奴等の動向を追ってますが、我々だけでは厳しいので、

 猫族ニャーマン王室のお力を拝借にやってまいりました。」


 と、慇懃な態度で応じるドラガン。

 すると大臣は「ウムゥ」と唸り、渋い表情になった。

 明敏な大臣の事だ、事の重大性を理解したのであろう。


「その話ぶりだと敵は既にこの猫族ニャーマン領に侵入しているのだな?」


「……その可能性は否定できません」と、ドラガン。


「……で敵の狙いはなんだ?」


「……恐らく知性の実グノシア・フルーツでしょう」


「なっ……!?」


 冷静な大臣も予想外の言葉だったのか、眦を吊り上げて驚いた。

 近くに居る警備兵達も「マジかニャン」と小声で囁いた。


「……となると敵の狙いはニャルララ迷宮かニャ?」


 と、ガリウス三世がそう口を挟んできた。

 するとドラガンは「ええ」と小さく頷いた。

 途端に周囲の兵備兵達も「ざわ、ざわ」とざわめき始めた。


「……何故そのような事態になったのだ?

 何故、魔族が知性の実グノシア・フルーツやニャルララ迷宮に関する情報を知っているんだ?」


 大臣がそう疑問の声を上げた。

 大臣がそう云うのも無理はない。だがオレの勘だがエルフの文明派がバルデロンに知性の実グノシア・フルーツを与えた事が引き金になっているのだろう。 そのバルデロンも今では魔族の配下。

 

 オレはドラガンや兄貴を顔を見合わせた。

 とりあえず長くなるが、最初から話すべきであろう。

 そしてドラガンは、これまでの経緯をゆっくりとした口調で説明し始めた。


「実は――」


---------


「成る程だニャン、そういうややこしい事態になったんだニャ?」


「ええ、あくまで我々の推察ですが、その可能性は高いでしょう」


 王様の言葉にドラガンは恭しくそう答えた。

 しかしこの王様、案外大物かもな。

 オレ達がこれまでの経緯を説明したら、流石の大臣も驚いていた。

 大臣は今も苦虫を噛み潰したような苦い表情をしている。


 一方、王様――ガリウス三世は普段とそう変わらない態度だ。

 なんというか慌ててないし、非常に落ち着いている。

 

「大臣、お前はこの件についてどう思うだニャン?」


 と、ガリウス三世。


「そうですね、非常に危険な状況だと思います。

 ですが今なら間に合います。 冒険者ドラガンとその仲間よ。

 卿らは本気で奴等――魔族の動きを止めたいのだな?」


 大臣の言葉にドラガンは凜とした声で「はい!」と応じた。

 すると大臣も右手で顎を触りながら、何やら考え込む素振りを見せた。

 オレ達は大臣の次なる言葉を辛抱強く待った。


「分かったニャン、我々、猫族ニャーマン王室も卿らに協力するだニャン。

 大臣もそれでいいだニャン?」


「ええ、概ねは……ですが彼等は猫族ニャーマンマフィアとも

 情報を共有シェアしております。 我が王室がマフィアなる存在と

 繋がっている、と周囲に思われるのは、王室の権威に関わります。

 ですのでドラガン殿達とマフィアの関係に我々は関与しない、

 という事で宜しいですかな?」


 大臣がやや周りくどい口調でそう云う。

 まあこの辺は無理もない、仮にも王室が闇組織なるマフィアと

 繋がってると周囲に噂されるのは、あまり好ましくない事だからな。


「……まあそれに関してはそうだニャン!

 後の細かい事は大臣、卿に任せる。 ちんはそろそろお昼寝がしたいニャン」


「ええ、任されましょう。 陛下、ごゆっくりお休みください」


「うん、じゃあね! バイバイだニャン!」


 ……王様はそう云って従者に連れられて、玉座の間から去った。

 この状況下でお昼寝を優先するのか。

 あの王様の事がますます分からなくなったぜ。

 まあいい、とりあえずここは大臣と話し合いを進めよう。


「コホン、では話し合いを続けようか」


「……はい」とドラガン。


「先程も云ったが、卿らとマフィアは基本的に自由に動けば良い。

 本来ならマフィアのような組織と手を結ぶことは好まんが、

 状況が状況だ。 この際、打てるべき手は打っておこう」


「はい、で具体的にどう策を練りましょうか?」


「そうだな、例えば――」


 

 それからオレ達は考え得る限りの策を述べた。

 まず第一に今すぐニャルララ迷宮に猫族ニャーマンの猫騎士部隊と魔導猫騎士部隊を派遣する事。

 この件に関しては、大臣の納得した感じで了承してくれた。


 大臣曰く、あのマルクス事件以降はニャルララ迷宮の警備はかなり強化した模様。

 警備兵もそれなりの規模で配置して、ニャルララ迷宮内やその周囲にも神帝級の大結界を張ってるらしい。

 通常ならばこれで問題ないが、オレは一抹の不安を感じた。


 今回、潜入した敵の部隊は魔導師部隊の可能性が高い。

 そういう連中が十人前後居るのだ。

 だから猫族ニャーマン達が張った大結界をなんとかする可能性はある。

 

 オレはその辺の事も伝えたが、

 大臣は「しかし現時点では敵を見つけない限りどうしようもない」と

 云って、オレの進言を無下なく退けられた。

 

 その次の策はオレ達と猫族ニャーマン領を根城とする猫族ニャーマンマフィアが連絡を重ねて、敵の情報を得る事。 そしてその得た情報を猫族ニャーマン王室に伝える事。但しその事は猫族ニャーマンマフィアに悟られないようにする事。


 ややまどろっこしいが、大臣の主張も理解出来る。

 あのドン・ニャルレオーネも今回の件を無事解決する事が最優先と云っていた。

 だからここは融通を利かして、敵の動向を追うことに専念すべきであろう。

 まあとりあえずこんなところだ。

 

「では卿らはしばらく客室に泊まるがいい」


 と、大臣に云われたが、それは丁寧に断った。

 この後、エリーザ達と合流する予定だからな。

 流石にエリーザ達もニャンドランド城の客室に泊まるのは、気が引けるであろう。


 なにせ散々、猫族ニャーマンとやり合ったからな。

 仮にそれが猫族ニャーマン側にバレてないとしても、

 猫族ニャーマン側やエリーザ達の気持ちを優先して、

 ここはニャンドランド内の中級の宿屋に泊まる事にした。


「そうか、なら無理は云わぬ。

 では何かあったら、また伝えてくれ」


「はい、それでは我々は失礼します!」


 ドラガンがそう云い、恭しく頭を下げた。

 オレや兄貴、アイラも同様に頭を下げる。

 そしてオレ達は玉座の間から去った。


 それじゃエリス達と合流して、

 冒険者ギルドへ行って、ニャンドランド内の中級の宿屋を紹介してもらうか。

 それからエリーザ達と合流して、今後の方針を語り合うか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る