第260話 天機泄(てんきも)らすべからず
---ラサミス視点---
そしてオレ達は三人を引き連れて、
エリーザやマライアは少し躊躇った感じで――
「流石に
だから私達は宿屋にでも泊まるわ」
と云ったが、ドラガンはその申し出を拒んだ。
「いや我々はこれから苦楽を共にする事になる。
だからお互いに最低限、親睦を深める必要がある。
無論、過去の事を完全に水に流せとは云わんさ。
だが今回の任務に関しては、お互いに協力する必要がある」
ドラガンのこの言葉にエリーザ達だけでなく、
オレを含めた残りの七人の団員も納得したように頷いた。
という訳で期間限定だが、エリーザ達に
と云っても空き部屋に余裕がなかったので、
エリーザとマライアは女同士という事で相部屋、
レンジャーのギランは個室だが部屋自体は狭かった。
だがエリーザ達はそれに対して不平は云わず、素直に従った。
そして夕食後。
オレ達は一階の談話室に集まり、今後の方針について話し合った。
まずこの後、ドラガンは
敵の狙いが
あのニャルララ迷宮に行く可能性が高い。
奴――マルクス曰く、あそこの地下迷宮の下には世界樹があるとの話。
まあオレ自身、世界樹の知識は殆どないが、神聖なものだという事は分かる、
だからここは
だがそれに対して、エリーザ達が軽く反論した。
「
だけど何故この事をドン・ニャルレオーネの前で云わなかったの?」
エリーザは控えめだが、疑問の言葉を投げかける。
するとドランがやんわりとした口調でその疑問に答えた。
「それはあえて云わなかったのさ」
「……どうして?」と、エリーザ。
「云う必要がなかったからな。 ニャルレオーネ氏は問題の解決を求めたが、
その解決策や解決法に関しては何も云わなかった。
だから今回の依頼における解決策や解決法に関しては、我々の一存で決める」
「……ふうん、物は云いようね。
ホントはニャルレオーネ氏に細かい事情を知られたくないんでしょ?」
と、マライアがドラガンを見据えながら、そう云う。
だがドラガンのその言葉をあっさり肯定した。
「ああ、そうだよ。 何せ今回の件は非常に難しい問題だからね。
だから我々が知る情報も必要最低限にしか開示しないつもりだ。
それが一番安全だからね、だからキミ達にも我々のやり方に従ってもらう」
「へえ、そこはあっさり認めるんだぁ。
流石は名うての
口先だけ美辞麗句を並び立てる偽善者より好感が持てるわ」
「そうかい、それはありがとう」
マライアの言葉にドラガンは怒る素振りも見せず、さらっとそう言ってのけた。
するとエリーザや男レンジャー――ギランも納得した表情でマライアに同調する。
「そうね、確かに事が事だからね。
この件に関しては、私達は貴方達の方針に従うわ」
と、エリーザ。
「俺も同じ気持ちだ」と、ギラン。
「そうか、なら今夜はゆっくり休んでくれたまえ。
そして明日の夕方までに旅の準備を終えてくれ。
それから我々、八名はリアーナから
ニャンドランドまで
「それはいいけど、私達三人は王都ニャンドランドへ行った事がないから、
ニャンドランドへ向かえ、という事かしら?」
「まあそうなるな。
ニャルレオーネ氏のコネクションを生かすと良いだろう」
エリーザの疑問にドラガンがそう答えた。
するとエリーザは右手で自分の顎を触りながら、何やら考える素振りを見せた。
そして考えが改まったのか、次のような提案を出した。
「それなら私達三人は、明日の昼にでも馬車でニャンドランドを目指すわ。
貴方達と合流する時間は極力早い方がいいでしょ?」
「まあそれもそうだな。 ではそうしてくれたまえ」と、ドラガン。
「ええ、そうさせてもらうわ、 マライアとギランもそれでいいでしょ?」
「ええ」「ああ」
「うむ、ならば今日の話し合いはこれくらいにしようか」
「待って!」
話を打ち切ろうとするドラガンにエリーザが呼び止めた。
すると周囲の者の視線が自然とエリーザに向いた。
だが彼女は臆する事無く、毅然とした態度でこう云った。
「今回の敵、について貴方達は心当たりがあるのかしら?」
「ああ、あると云えばある」と、ドラガン。
「なら教えてもらえないかしら?
貴方達だけが知ってて、私達が知らないのは
エリーザの言葉にドラガンは「それは……」と云って言葉を濁した。
まあこの三人組を完全に信用した訳じゃないからな。
とはいえここでこの三人に事実を伝えないのも
「団長、この件に関してはお互いに情報を
「……それもそうだな。 他の皆もそれでいいか」
すると兄貴やアイラ、エリス、メイリン達も「まあな」とか「そうね」と
不承不承と言った感じだが一応は賛成してくれた。
「……色々と助かるわ。 貴方はラサミス……くんだったわね?」
と、エリーザ。
「ああ、よくオレの名前を覚えていたな」
するとエリーザは両肩を竦めた。
「それって謙遜? それとも遠回しの嫌み?」
へ? 何を云ってるんだ、この女?
するとエリーザはオレの顔を真っ直ぐ見据えた。
「ふうん、惚けてるわけじゃなさそうね。 本人に自覚ないかしら?
貴方、このリアーナじゃそこのお兄さんと揃って、今じゃ注目の的よ」
……ああ、そういう意味ね。
まあすこしはその自覚はあるが、この場でその辺の事を云うつもりはない。
というかそんな事より敵の
「それは光栄だな。 でも今はそんな話題はどうでもいい。
細かい駆け引きはなしにしいようぜ。 アンタ等は敵の素性が知りたいんだよな?」
「ええ、是非知りたいわ」と、エリーザ。
「なら教えてやるよ。 エリーザさん、アンタ大聖林の戦いの時に
バルデロンという
するとエリーザは少しバツが悪そうな表情になった。
「え、ええ……そうだけど彼は死んだ筈よ」
「いや奴は生きていたよ。 あの後、魔王軍の兵士として奴はオレ達と戦ったんだよ」
「えっ!?」
思わず両眼を見開くエリーザ。
まあ驚くのも無理はないか、オレも驚いたしな。
「……それって本当なの?」
「……こんな嘘をわざわざつく意味はない」
「で、でもどうしてバルデロンが魔王軍についてるの!?」
「さあ、そんな事は知らなさ。だが敵――魔族側がバルデロンを通じて、
「……私もそのつもりよ」
「アタシもよ、このままじゃ寝覚めが悪いわ」
「……オレもだ」
エリーザ達はそう云って、真剣な眼差しでこちらを見据えた。
どうやらこの三人も本気のようだな。
事の経緯はどうあれ、この三人なりに負い目を感じてるようだ。
「ならばお互いに協力するべきだな」と、兄貴。
「そうッスね、まあ過去には色々とあったけど、全部に水に流しましょう」
メイリンが胸の前で両腕を組みながら、そう云った。
すると他の団員達も「そうね」や「うん」と云って相槌を打った。
どうやら皆の結束が固まったみた――
「……うむ、これで拙者も心置きなく最後の戦いに挑めるよ」
と、ドラガンがいつになく神妙な表情でそう呟いた。
え? 最後の戦い? どういう意味だ?
「え? 団長さん、それでどういう意味ですの?」と、エリス。
「……まさか今回の戦いが終われば、引退するつもりなんですか?」
ミネルバがドラガンにそう問う。
するとドラガンはそれをあっさりと肯定した。
「ああ、実は前から引退を考えていたのだよ。
この事は既にライルやアイラには伝えていた」
「またまたまた、ドラさん、まだまだ元気じゃないですか?
引退なんて十年早いですよ?」
メイリンが明るい口調でそう言ってのけた。
だがドラガンはそれに対して、首を左右に小さく振った。
「十年後なら拙者はとっくに老衰死してるよ。
「え? マジッスか?」と、メイリン。
「ああ、拙者は今七歳で今年中に八歳になる。
だがこの年齢を人間の年齢に換算すると、五十歳近い年齢になるんだ。
つまり拙者はもう老猫と云って良い年齢なのだ」
「そ、そんな……」
「う、嘘ですわよね?」
メイリンとエリスが弱々しくそう云うが、
ドラガンは「残念ながら事実だ」と真顔で答えた。
……どうやらドラガンは本気のようだ。
そうか、ドラガンももう八歳になろうとする年齢か。
幸か不幸か、
猫の年齢で七、八歳と云えばもう壮年期にあたるが、
魔族相手の激しい戦いは、オレ達が思っている以上にキツいのかもしれない。
やや場の空気が暗くなったが、ドラガンは明るい声で周囲を和ませた。
「そう心配するな。 あくまで冒険者を引退するだけさ。
その後はまた芸人一座の座長に戻るつもりだ。
ただ今回の件は禁断の果実が絡んでいる。
今にして思えば、我々が禁断の果実を見つけた事によって、
マルクス事件が起き、文明派のエルフとも争う事になった。
だから拙者としても、最後のケジメとして今回の任務にあたりたいと思う」
「……本気なんだな」と、兄貴。
「ああ、これが拙者の最後の冒険、戦いになるだろう。
だがこの任務が終わるまでは、拙者も全力を尽す。
だからライル、アイラ。 それと若手の団員の皆!
拙者と共に禁断の果実のまつわる因縁に終止符を打とう!」
「ああ、俺も全力を尽すよ」
「ええ、私もよ」
兄貴とアイラが口を揃えてそう云う。
「ワタクシも全力を尽します」
「アタシもッス!」
「私もよ!」
「あ、アタシも頑張るわ!」
エリス、メイリン、ミネルバ、マリベーレもそう言って、ドラガンを後押しする。
するとドラガンはしばらく黙った後に「……皆、ありがとう」と小声で返した。
「では皆、明日に向けて今日は早く寝るように!
それでは以上を持って、打ち合わせは終わりだ、解散っ!!」
ドラガンは最後に大きな声でそう云った。
残りの団員は団長の言葉に「ああ」や「はい!」と大きな声で返事した。
そしてドラガンが去った後、皆、決意を固めた表情で自室に戻った。
同様にオレも自室に戻り、ラフな格好になり、自分のベッドに腰掛けた。
「……引退か」
オレは誰に聞かせるわけでもなく、独りでそう呟いた。
正直オレとしては、ドラガンにはまだまだ団長で居てもらいたい。
この『暁の大地』の団長は兄貴ではなく、ドラガンなのだ。
ドラガンは少し口うるさいところもあるが、
周囲をもり立て、王族や貴族、マフィア相手にも堂々と受け答えする。
ああいう振る舞いや発言は、兄貴やオレには出来ない。
だけどその彼が『引退』を口にしたんだ。
恐らくオレ達が思っている以上に魔族との戦いがキツいのかもしれない。
だが彼はこの件――禁断の果実にまつわる騒動に終止符を打ちたがっている。
そしてそれはオレ達も同じ気持ちだ。
だからオレ達としては、彼の最後の冒険、戦いを無事終わらせてやるように手助けするまでさ。
そうすれば彼も周囲も納得して、引退の花道を飾ることが出来る。
でも本音を云えば、やっぱり寂しいぜ。
それは他の皆も同じだろうな。 そしてドラガン自身もそうだろう。
「……オレの引退はいつになるのかな」
オレは考えなしにそう独り言を漏らした。
まあオレはまだ17,18歳という年齢だから、イマイチ実感が沸かないが
いずれオレも歳を取る。 十年後なら27、28歳という年齢だ。
これくらいの歳いなると、その後の生活も真剣に考えないといけない年齢だ。
そういう意味じゃオレの残された冒険者人生ももう折り返し地点に入ってるのかもな。でも今は遠い未来より、近い未来――ドラガンの引退の花道を立派に飾らせたいな。その後の事は――またその時に考えるさ。
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