第198話 老魔族、魔族の幹部を評(ひょう)する


---シーネンレムス視点---



「しばらく誰もここに入れてはならぬぞ」



「畏まりました」



  ワシがそう云うと、世話係の魔族の青年ネイルが軽くお辞儀して席を外した。 

  とりあえずワシは自分の書斎の扉を閉めて、

  木製の研究机の椅子に腰掛けて、軽くため息を漏らした。



「やれやれ、最近どうにも仕事が増えてきたな」



  どうやらワシはレクサーの信頼を勝ち得たようだ。

  それ自体は悪いことではない。

  だがいささかワシに話を振りすぎている気がする。



  正直云えば、それが少し面倒というか、煩わしい。

  本音を云えば、ワシは自身の研究させしていれば、

  満足するタイプの魔族なのだ。



  ワシの研究活動の主目的は「転生」についてである。

  色々あってワシは一千年生きてきたが、

  未だに魔族の転生に関しては、不可解な点が多い。


  

  まあそれについては簡単に結論が出るものではない。

  だからこそワシ自身、生涯掛けての研究課題に選んでいる節はある。

  簡単に解明できるものなど、つまらんからな。


 

  さて、それはさておき、

  ワシ自身が置かれた現状を考える必要がある。

  ワシ自身の本音を云えば、レクサーとは今くらい距離を保ちたい。

  ワシは昔から出世欲や権力闘争などには、

  あまり興味がないタイプの魔族じゃった。



  しかし今の魔族は戦争状態。

  そしてとうとう魔王軍の幹部に戦死者が出た。

  これは由々しき事態じゃ。



  故にレクサーだけなく、魔王軍全体にも影響を及ぼす問題である。

  まあ細かいことはあまり気にしても仕方ないが、

  ワシ自身も最低限の自己保身の為に、手を打っておく必要がある。



  まず最初に考えるのは、魔王の事より幹部との関係性だ。

  そしてそうじゃのう、ワシ自身、今の幹部をどうも思っているか考えてみる必要があるな。どうにも長生きすると、細かい人間関係などに興味をなくしがちだが、

  ワシも腐っても幹部の一人。 故に他の幹部のことでも考えてみるかのう。

  そうだな、まずは今居る幹部の事を評して、

  ワシ自身の好き嫌いをハッキリさせておこう。


  まずは……そうじゃなあ。

  もう死んでしまったが、ザンバルドについて語ってみるか。

  まあワシから云わせれば、ザンバルドは実に単純明快な男じゃった。


  好きな時に食い、寝て、女を抱き、そして何よりも戦闘を好む奴じゃった。

  だが何をするときも正面から正々堂々とやる、そんな男だ。

  でも単細胞に見えるが、アレでなかなか頭の回転は速かった。

  少なくとも戦闘面においては、駆け引きというものを知ってた。


  また見かけずによらず、面倒見が良い部分もあった。 

  そういう性格だから、部下にも慕われており、

  意外と幹部の間でも嫌われておらず、

  誰に対しても態度を変えることなく、ただ本能のままに接していた。


  そういう意味じゃ奴は実に魔族らしい魔族だった。

  そしてワシもそんな奴が少し好きだったかもしれん。

  

  次はそうだな、アルバンネイルを評してみるか。

  魔元帥アルバンネイル。 恐らく奴が現状の幹部の中で一番強いだろう。

  なにせ奴は龍族りゅうぞくおさ。 恵まれた体格に生まれ持った天性の戦闘センス。戦闘面においては、奴がレクサーの次に強い魔族と云っても過言はないだろう。


  だがワシは奴の性格がどうにも好きになれん。

  まあ、あれだけ強いのだ、そりゃ当然、プライドも高くなるだろう。

  とはいえ奴は弱者を露骨に見下す性格。

  そして事あるごとに龍族こそ魔族最強の種族と豪語する。


  まあそれは事実かもしれんが、

  ああも露骨に他者を見下す奴の性格はどうかと思う。

  とは云え、ワシは奴にどうこう云うつもりもない。

  単純な戦闘力じゃワシより奴の方が上だろうしな。  

  だからどうぞ勝手にしてくれ、という感じじゃな。


  次に評するのは、グリファムあたりにしてみるか。

  獣魔王ビースト・キンググリファム。

  その名の通り奴は獣人じゅうじんを初めとした、数々の獣魔じゅうまを束ねるおさだ。 年齢は確か二百歳くらいで、幹部の中では若手の部類に入るがその戦闘能力、部下を束ねる統率力はかなりのものである。



  また強者でありながらも、それをひけらかすような言動や振る舞いもない。

  更には部下思いで、使役する獣魔達も丁寧に扱うので、

  部下だけでなく獣魔にも慕われている。



  ……うむ、そういえば此奴こやつの悪い噂を聞いたことはない。

  そしてワシ自身この男を結構好いている。

  ザンバルド亡き今、魔将軍の座はこの男に与えるべきかもしれんな。



  次はそうだな。 プラムナイザーにしよう。

  ……ワシは正直云ってあの女は好かん、というか嫌いじゃ。

  とにかく高慢で一々、他者を貶めるような言動が多い、多すぎる。

  幹部の中では、エンドラとは特に仲が悪いが、

  ワシに云わせれば、大体はプラムナイザーが悪い。



  しかしそれも仕方ないこともかもしれん。

  彼奴きゃつ吸血鬼ヴァンパイア。 

  それも並の吸血鬼ヴァンパイアじゃない。

  吸血鬼ヴァンパイアの頂点に立つ女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイアだ。



  更には五百年以上生きている。

  幹部の中でも古参にあたる。 故に当然プライドも高くなる。

  だが彼奴きゃつはレクサーの立場がまだ弱かった頃に、レクサーに加勢した。そういう意味じゃ目ざとい……先見の目があったのかもな。



  まあでもやっぱりワシはあの女が好きになれんのう。

  とはいえ奴自身の戦闘力は高い、

  故に魔王軍としては欠かせない戦力なのも事実。



  ……次はエンドラについて語ってみるか。

  エンドラに関しては、ハッキリ云ってよくわからん。

  でもあやつの性格は嫌いじゃない。



  けっこう云いたい事をハッキリ云うが、

  不思議と陰険さはなく、良くも悪くも裏表のない性格だと思う。

  しかしせいに関しては、少々……いやかなり開放的だと云える。

  とはいえ所構わずって訳でもない。



  まあそもそもあやつはサキュバス・クイーン。

  ワシ個人も若い頃に何度かサキュバスと交わったことがあるが、

  正直云ってワシみたいな研究肌の魔族には、サキュバスの相手はキツい。



  いや最初の頃は天にも昇るような思いをしたのも事実。

  じゃがその後も延々と性的欲求を求められる。 あれはある意味地獄じゃ。

  だからある時期を境にワシはサキュバスと関係を持つ事を止めた。



  でもエンドラ率いるサキュバス部隊の魅了攻撃は非常に効果的だ。

  じゃから魔王軍には絶対に欠かせない戦力じゃな。

  ……ワシから云えるのは、それくらいかのう~。



  最後の一人はカーリンネイツじゃな。

  カーリンネイツは幹部の中では、確か最年少だったと思う。

  と云っても、流石に百歳は超えてた筈じゃ。



  まああの者は寡黙な性格じゃが、魔法に関してはかなりの腕前じゃ。

  先の戦いでも魔帝級まていきゅうの大結界を張ったらしい。

  現状の魔族で魔帝級まていきゅうの魔法を使えるものはそうはおらん。

  ワシにしても、実戦ではもう何十年、いや何百年も使っておらん。



  だからあの若さで魔帝級まていきゅうの魔法を使える事は天才的とも云える。 だがなんというか、あの者は本当に寡黙じゃ。 

  しかしワシ個人はあの生真面目で寡黙なカーリンネイツの事がわりと好きじゃ。



  ……とりあえずこんなところか。

  こうして考えてみると、幹部の性格も能力もそれぞれ違いがあるのう。

  まあワシとしては、今の立場が一番じゃな。



  ワシは一千年生きる大賢者ワイズマンと魔族の内で呼ばれておる。

  その事もあり、幹部の連中もワシには最低限の敬意は払っておる。

  まあ正直云えば、ワシの単純な戦闘力はもうそれ程高いものじゃないだろう。

  


  じゃがワシには一千年の知恵と経験がある。

  それを上手く生かして、のらりくらりと今の立場を維持するかのう~。



  さあ、幹部が終わったから、次は魔王について語るか。

  ある意味これが一番重要じゃからな。

  とはいえ少し疲れたから、休憩でもするか。

  そしてワシは机に置いた鈴を鳴らし、ワシの世話係のネイルを呼んだ。



「何か御用でしょうか?」



「うむ、紅茶を一杯頼む」


「畏まりました」



 

  すると五分もせぬうちに、ネイルが紅茶を持ってきた。

 


「うむ、御苦労。 ではもう下がってよいぞ」



「はい」



  うむ、相変わらずネイルの入れた紅茶は格別に美味い。

  そしてこの紅茶は、奴等――四大種族のヒューマンが生んだ嗜好品。

  それを前大戦で我が魔族が敵の情報収集に加えて、

  奴等の文化や嗜好品なども盗み、今日こんにちの魔族文化に組み込んだ。



  ワシはヒューマンはろくでもない種族と思うが、

  奴等の生み出した文化や嗜好品だけは認めておる。

  まあではもう一休憩してから、魔王について語ってみるかのう。

  そう思いながら、ワシは研究机の椅子に背中を預けて、

  ティーカップに入った紅茶をゆっくりと飲み干した。

  

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