第197話 魔王の婚約事情


「――というわけだが、シーネンレムスよ。 卿の意見が聞きたい」


  魔王が端的に事の経緯を説明すると、

  一千年生きる老魔族は右手の指を顎に当てて、沈思黙考する。

  いや正確には、考えているふりをした。

  元々、レクサーの方針に逆らうつもりはない。


  なんだかんだ云って、この男は名君と呼べる存在だ。

  だが最近やたら自分に意見を求める事が増えてきた。

  なのでここは適当に相槌を打ち、

  レクサーの方針に従うのが吉だ。


「わたくしも陛下やマーネスの方針が正しいと思います。

 こちらが海上戦力で連合軍てきに劣っているのは事実です。

 ならばそのダークエルフの海賊達を使うのは、戦術的にも正しいと思います」


「うむ、卿もそう思うか」


「はい」


「だがあまり表だって行動はできぬな。

 魔元帥アルバンネイルはとても誇り高い男だ。

 故に余が横から口を挟むのは控えるべきであろう」


  確かに奴は異様にプライドが高いからな。

  ある意味それが奴の長所で有り、短所であるが、

  わしとすれば、あまりその辺の事情には関わりたくない。

  ならいつものようにのらりくらりと躱す、かと内心で思う老魔族。


「はい、魔元帥は龍族りゅうぞくおさでもあります。

 故に一度彼に兵を任した以上、しばらくは彼に任せるべきでしょう」


「うむ、卿もそう思うか? ならばそうしよう。

 ならば猫族ニャーマン領はアルバンネイルに任せよう。

 しかしエルフ領をどうするかだな、カーネス率いる

 不死生物アンデット部隊は敵の追撃を食い止められる

 だろうが、それ以上は期待できそうにないな。

 それにザンバルドがどういう経緯いきさつで死んだかも気になる」


  その辺については、シーネンレムスもレクサーと同意見だった。

  しかし現時点では色々不透明な点が多い。

  それにどうやら今回の四大種族てきはそれなりに強いようだ。

  少なくとも弱くない。 弱者にはザンバルドを討てない。

  これは色々と敵の情報を探る必要があるな、と思う老魔族。


  しかしシーネンレムスの本音としては、

  自身の研究が一番重要であり、その他の事はついでに過ぎない。

  とはいえ魔王にこうして意見を云えるのは、自分のみ。

  だからこの状況で知らんぷりするのもどうかと思う。

  そこで老魔族は魔王に対して、意見を一つ述べてみた。


「しかしこうも争いが続くと、民は不安に思うでしょう。

 なのでここで何か明るい知らせを民に伝えるのも良いかと」


「……まあそれはそうだが、具体的に何か案でもあるのか?」


「……あると云えばあります」


  するとレクサーは「ほう」と少し興味ありげに老魔族に視線を向けた。

  だが老魔族が言上ごんじょうしたことは、レクサーの予想外の言葉であった。


「魔王陛下、ご結婚なさる意思はございませんか?」


「……急に突拍子もない事を云うな」


「さりとて、魔王陛下は独り身でございます。 だから結婚なさり、

 世継ぎをもうけて、王位継承の秩序を保つのは、王としての

 責務であると思われます」


  確かに一理ある。

  レクサーもその点は認めた。

  だが何故、急にこの老魔族がこのような事を云ったのかが気になった。

  だからその真意を探るべく、レクサーは次のように述べた。


「一理あるな。 だが現状の我々は敵と戦争状態だ。

 多くの兵が余の命令で戦い、そして死んでいく状況だ。

 そんな中で余がのうのうと結婚するのはどうかと思うぞ」


  う~ん、やはりレクサーは生真面目な男だ。

  というか生真面目すぎる。 ある意味、病的な真面目さだ。

  ある意味、結婚という儀式に対して、

  いや正確に云えば、世継ぎをもうけることに抵抗感があるのであろう。


  その気持ちは分からなくもない。

  何故ならレクサーは自分の意に反して、魔王の座に就いたからだ。

  そう、レクサーは先代魔王の転生先の新たな肉体として選ばれた王子であった。

  そして先代魔王ムルガペーラは、転生のを行った。

  だが悪魔、あるいは天の悪戯いたずらか。

  転生のは、先代魔王の精神をレクサーの精神が乗っ取るという結果に終わった。


  それから先は良くも悪くも激動の時代となった。

  新たな魔王となったレクサーを真っ先に殺そうとする幹部も幾人か居た。

  いや正確に云えば、転生の儀の直後にレクサーが先代魔王の精神を

  乗っ取ったと分かるなり、レクサーを殺しにかかった幹部が数名居た。


  しかしその時のレクサーは、ある種のトランス状態にあり、

  手にした魔王剣まおうけんで迫り来る幹部をその場で切り捨てた。

  あの光景は今でも覚えている。 とてもおぞましい光景だった。


  その後、アルバンネイル、プラムナイザーがレクサーに

  加勢して、簒奪を目論む者達を次々と切り捨てた。

  アルバンネイルとプラムナイザーのその辺の判断力は優れたものだった。


  その後も簒奪を目論む幹部達は、後を絶たなかったが、

  アルバンネイル、プラムナイザー、そしてザンバルドが

  レクサー側に立ったので、シーネンレムスもその後に続いた。

  それからも幾度か、内部抗争はあったが、

  その度、レクサー側が反乱分子を排除して、

  次第に新たなる魔王として、確固たる地位を築いていった。


  そうした経緯もあるから、この魔王はとても警戒心が強い。

  そして先代魔王のようにはならぬと、その頭脳を使って、

  魔族社会を徐々にだが、変化、変質させていった。


  シーネンレムスもレクサーの政治手腕は高く評価していた。

  だが良策だけでは、魔族社会を牛耳ることは出来ない。

  無論、レクサーの戦闘力は魔王としても高い方だ。

  恐らく単純な戦闘能力では、アルバンネイルやザンバルドより上だろう。

  しかしそれでも先代魔王の暴力ちからには、及ばないだろう。


  その辺がレクサーに妙な劣等感コンプレックスを抱かさせているかもしれぬ。先代魔王様も大概、面倒くさい御方じゃったが、レクサーもレクサーで面倒臭い。 まあ魔王とはそういうものじゃがな。仕方あるまい、レクサーが暴走せぬよう、儂が相手するしかないな。老魔族はそう思いながら、魔王と知恵比べを始めた。


「陛下の仰ることも分かりますが、

 魔族社会において、魔王は特別な存在でございます。

 故に魔王が死ねと云えば、死ぬのが兵士の役目であります。

 だからそのようにお気になさる必要はございません」


「一理あるな。 しかしな、兵士達が激戦の最中に居るというのに、

 余が安穏と結婚や子作りをしていいものか、分からん」


  こいつも大概、面倒じゃのう。

  どうにも理屈でものを考えすぎている。

  だがここは辛抱強くいこう、と思う老魔族。


「陛下、もしかして第一婚約者フィアンセにご不満でもあるのでしょうか?」


  するとレクサーはしばし考え込んでから、「いや不満はない」と答えた。


「では第二婚約者フィアンセに関しましてはどうでしょうか?」


「……なんだ、シーネンレムス。 まるで尋問のようだぞ?」


「答えてくだされ! これは大事な問題ですぞ?」


  老魔族のやや強引な言い方に、少し不快感を感じながらも、

  レクサーも婚約者フィアンセを半ば放置していた事は、

  気にかけていたので、少し考えてからこう述べた。


第二婚約者フィアンセのエスカリーナに関しては……そうだな。

 あまり良くない噂も聞くが、それも基本的に余のせいであろう」


「どうしてそう思われるのですか?」


「……第一婚約者フィアンセマリアローリアは余も好いている。

 だがその事で第二婚約者フィアンセのエスカリーナが気に病んでいたのは、

 知っている。 そして魔宮廷まきゅうてい魔貴族まきぞくの間で、エスカリーナがマリアローリアの根も葉もない噂話を流しているのも、余も知っている」


「成る程、ご存じでしたか」


「ああ、でもそれも余が悪いのであろう。

 余はマリアローリアにも、エスカリーナにも禄に構ってなかった。

 そんな状態で百年以上、待たされているのだ。

 彼女らの立場からすれば、それは愉快な状況ではないだろうさ」


「ではもし結婚するとすれば、

 やはり第一婚約者フィアンセマリアローリア様をお選びになるのですか?」


「まあそうなるだろうな。 なにせ彼女は第一婚約者フィアンセだからな。

 しかしその場合、エスカリーナをその後、どう扱うべきかで悩んでいる」


  成る程、この男もその辺の事をまったく考えてないわけではないか。

  しかしなんというか色々と細かい、というか面倒じゃのう、と思う老魔族。


「それは問題ありませぬ。 何十年か経ってから、エスカリーナ様を

 第二王妃として迎えれば良いだけのことです」


「……ふむ、まあそれが無難な落としどころであろうな」


  なんというかレクサーは見た目は、魔族の中でも一際目立つ美形であるが、

  どうやら男女の関係に関しては、少し奥手のようじゃのう。

  まあそういう儂も奥手というか、不得意の分野ではあるがな。

  しかしこの問題は放置しておくと、後々揉め事が起きそうだ。

  だから老魔族は面倒と思いながらも、一歩踏み出した意見を述べた。


「ちなみにマリアローリア様やエスカリーナ様とは、

 お会いになっておりますか?」


「いや長らく会ってないな。 だが月に一度手紙は出している」


「その手紙はご自分で書かれているのですか?」


 するとレクサーは少しばつの悪そうな表情になった。


「いや執事長などに代筆させておる……」


「ではとりあえず御二方おふたかたのどちらかに、

 陛下自らで手紙を書く事をお薦めします」


「うむ、それは悪くない案だ。 だが……」


「何でしょうか?」


「……なんと書けばいいか分からん」


  それぐらい自分で考えろ!

  と、シーネンレムスはわりと本気で内心で腹を立てた。

  なんというか此奴こやつも色々と拗らせておるのう。

  しかしここで自分が怒れば、この問題は更に拗れるだろう。

  だからシーネンレムスは忍耐力を最大限に使って、こう進言した。


「陛下の素直なお気持ちを伝えれば良いのです」


「……まあそうであろうな。 分かった、とりあえずマリアローリアに

 手紙を出してみる。 ……なんか少し疲れた。 

 シーネンレムス、もう下がってよいぞ」


「御意」


  こっちも疲れたわい!

  まったくもって魔王という存在は実に面倒臭い。

  正直、魔王と婚約者フィアンセがいちゃつこうが、

  婚前交渉しようが、どうでもいい。 


  だがこれで拗れた魔王の婚約事情が少しは良くなるであろう。

  というかそうであって欲しい。

  しかしなんというか疲れた。

  やはり魔王の相手も程ほどにせんとな、

  と思いながら老魔族は謁見の間から去った。


  そして三日後、魔王レクサーから第一婚約者フィアンセのマリアローリアに

  手紙が届いた。 手紙の内容は一行だけこう書かれていた。


  『急に卿に会いたくなった。 だから余に付き合え!』


  この文面に関しては、少し魔王らしさが出ていた。

  だが具体的に会う場所や日時が書いてなかったので、

  後日、会う場所と日時を指定した手紙が再度送られた。


  そしてこの手紙によって、魔宮廷内の魔貴族達は色々と噂話をしていたが、

  それ自体は悪いことではなかった。 それから十日後。



  レクサーは魔宮廷で久しぶりに、第一婚約者フィアンセのマリアローリアと対面した。 それによって魔貴族だけでなく、平民階級の魔族達も色めき立っていたが、結果的に魔族社会にとっては、久しぶり明るい知らせとなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る