第199話 魔王病(まおうびょう)


---シーネンレムス視点---



  では次は魔王について考えてみるか。

  とはいえワシが知っている魔王は、先代魔王のムルガペーラ様。

  それと現魔王のレクサーくらいじゃ。



  魔王とはその名の通り、魔族の頂点に立つ王の事。

  だが魔王の定義は少し難しい。

  端的に云えば、下級階級ロークラス階級ノーマルクラス上級階級アッパークラスの全魔族と契約を結んだ存在が魔王と呼ばれる。 



  そして契約を結んだ全魔族から、

  吸い上げた魔力を暗黒神ドルガネスに捧げることによって、

  魔王は暗黒神の加護を受けて、魔族という種族において特別な存在となる。



  だが過去の魔王の全てが血縁関係にあるわけではない。

  しかし過去の魔王に関しては、今更気にする必要はなかろう。

  大切なのは今じゃからな。



  だからワシはこれから先代魔王様と現魔王の二人に限定して、

  魔王について考察していこうと思う。



  まず先代魔王ムルガペーラについて語ろうか。

  あの御方は云うならば、暴君ぼうくんの中の暴君。

  圧倒的な暴力ちからで魔族の頂点に立っていた。

  

  

  だがああ見えて、頭の回転もかなり速かった。

  なんというか知性は低いが、知能は高い御方じゃった。

  しかしあの御方にも弱点はあった。



  あの方は二度の転生を繰り返した魔王であり、

  正式な名前はムルガペーラ三世。

  だから精神年齢という概念においては、1500年は生きていたと思う。

  


  つまりワシが生まれる前から、あの御方は魔王だったのじゃ。

  1500年、それは知的生命体とっては、途方もない年月である。

  そしてそのように長生きした魔王は必ずあるやまいかかる。

  それは魔王病と云われる精神的な病だ。



  魔族だけでなく、四大種族の王や支配者も晩年になると、

  猜疑心が強くなり、部下の反乱などを異様に恐れるようになる。

  魔王病にもそう云った側面はある。



  一般的には魔王病は、魔王が高齢化した事による

  精神的な病に罹る事とされているが、事実は少しそれと異なる。

  魔王病の本当に恐ろしいところは、

  魔王の精神的、肉体的に老化によって、かつて転生に使った肉体の者の

  精神、あるいは何代か前の魔王の精神が自身の中で暴れ出すという点だ。



  ワシは具体的な例は、晩年のムルガペーラ様しか見てないが、

  あの超人的な自我じがの持ち主であるあの御方ですら相当苦しんでいた。

  ワシも晩年のあの御方には、相当酷い目に合わされたが、単純な老化だけでなく、恐らくあの時の魔王様は、重度の精神分裂症状態だったように思える。



  なにせ1500年も生きていたのじゃ。

  あの御方も敵味方問わず多くの者を殺し、踏みにじって生きてきた。

  それが魔王の生き様と云えば、確かにそうである。



  だが不思議な事に我々、魔族でも高齢化すると時々罪の意識を感じたりする。

  少なくとも同族に対しては、そう思うようになる節がある。

  実はあの御方も十年程、善政を敷いた時期があった。



  部下の意見をよく取り入れて、民にも税制を緩和するなどして、

  魔族社会の改革を試みた。 だが結局それは失敗に終わった。

  部下を厚遇したことによって、一部の幹部が結託して造反した。

  だがあの御方はそれでも対話によって、部下の造反を抑えようとした。

  しかしその結果、

 「あの人ももう落ち目だ」とか部下や民に噂されるようになった。



  それを聞いたムルガペーラ様は、怒り狂った。

  そして自ら兵を率いて、反乱部隊をあっという間に制圧した。

  その後はとにかく容赦なかった。



  反乱した者の一族はことごとく死刑。

  女、子供は僻地に流刑。 そして部下にも民にも異様に厳しくなった。

  結果的には、善政を敷く前の時代より、

  異様なまでに厳しい統治及び監視体制を敷れることとなった。

  


  その後はとにかく酷かった。 まさに暗黒の時代だった。

  魔王様は事あるごとに部下に当たり散らし、殴る蹴るなどは当たり前。 

  やってもいない罪を着せられ、粛正される者は後を絶たなかった。

  かく云うワシも本当に酷い目に合わされた。

  正直云って、今でもあの横暴な仕打ちは恨んでいる。



  そしてとうとう色んな意味で限界が来た。

  ムルガペーラ様は三回目の転生の儀を行う事をとうとう決意した。

  その魔王の新たな転生先として、選ばれたのが今の魔王レクサーだ。

  だが今にして思えば、アレが我々魔族の転換期となった。



  そして転生の儀は失敗に終わったのだ。

  いや厳密に云えば失敗ではない。

  だがあの御方からすれば失敗であったろう。

  


  そう、転生の儀はムルガペーラ様の精神をレクサーが乗っ取るという

  形で終わったのだ。 とはいえ転生直後のレクサーは異様な拒否反応を

  示して、苦しみ悶えた。 その時である。



  幹部の内、二名がレクサーに突如、襲い掛かったのだ。

  奴等がどういう心理だったかは、今でもよく分からん。

  だが魔族にとって、魔王を討って新たな魔王になる、

  という簒奪行為は、ある種の名誉であり、勲章である。



  その時のワシは傍観者に徹した。

  正直、ワシは魔王の座など微塵も興味なかった。

  だが前魔王に大きな不満を持っていたのも事実。



  だからこれを機に新たな魔王が誕生するのも悪いことではない。

  と思った矢先、異変が起きた。

  苦しみ悶えていたレクサーが転生の儀の際に、

  使った魔王剣まおうけんアルガンレガムを手にして、

  襲い掛かってきた幹部二人を斬り殺した。



  あの時の光景は今でも覚えている。

  レクサーはある種のトランス状態に入っており、

  全身から強烈な魔力と闘気オーラを発していた。

  するとアルバンネイルとプラムナイザーがレクサーの前に跪き、



「我が龍族は貴方に忠誠を誓います」



「我等、吸血鬼ヴァンパイアも同様です。 レクサー陛下!」



  と新たな魔王に忠誠を誓った。

  これによってレクサーは新しい魔王として即位した。

  それからザンバルドもレクサーに忠誠を誓ったので、

  ワシもそれに倣うように、新たな魔王に従うことにした。



  しかしそれからしばらくの間、魔族内で激しい権力闘争が起きた。

  新魔王の座に就いたレクサーは、病の床に伏すことが度々あった。

  その都度、反乱及び簒奪を試みる輩が現れたが、

  アルバンネイルやザンバルド、プラムナイザーが武力を持って、

  それらの抵抗勢力を鎮圧。 そうした争いが数年程、続いた。



  今にして思えば、あの時のレクサーもある種の魔王病に犯されていたのだろう。

  恐らくあの御方――ムルガペーラ様の精神がレクサーに延々と怨嗟の言葉を

  投げかけていたと思われる。 あの御方はとても執念深いお人じゃなからな。



  というか恐らくレクサーは、今も先代魔王様の精神干渉を受けているだろう。

  あの御方と精神を共有する。 それはとてもおぞましい事じゃ。

  少なくともワシなら耐えられん。 

  そういう意味じゃレクサーは、精神的にタフなのかもしれん。



  その後、レクサーは善政を敷いて、魔族社会を緩やかに変えていった。

  税制度の見直し、魔王軍の再編成、そして闘技場などで武闘大会を

  開催して、魔族兵には戦いの場、一般市民には娯楽の場を提供した。



  またレクサー自身も飛び込みで、武闘大会に参加した事もあった。

  あれは今でも覚えている。 アルバンネイルとザンバルドが戦った決勝戦。

  一進一退の攻防が続いたが、最後はアルバンネイルに軍配が上がった。

  そして余興として、レクサーとアルバンネイルの戦いが行われたが、

  結果はレクサーの勝利。 あれは今思い出しても見事な戦いじゃった。



  こうして冷静に考えてみると、レクサーはなかなかの名君めいくんだな。     

  容姿端麗、頭脳明晰、戦闘力は高い。

  だが単純な戦闘力じゃムルガペーラ様の方が上だろう。



  なんというかレクサーは魔王にしては、珍しい頭脳派の魔王だ。

  色々なんでもそつなくこなす全体的にバランスの取れた魔王。

  しかしムルガペーラ様のような圧倒的な暴力ちからを持っている訳ではない。



  う~ん、こうして考えてみると、レクサーは案外、器用貧乏・・・・なのかもしれん。 まあ器用貧乏とは、あまり良い例えではないが、ムルガペーラ様に比べたら、レクサーは能力全体のバランスでは勝っていると思う。



  しかしレクサーもいずれは魔王病に罹るであろう。

  それが魔王の宿命じゃ。 だがそうなる前に何か手を打つべきかもな。  

  ワシとしても、あの暗黒のような時代の再来はもう御免じゃからな。



  となるとワシがレクサーの相談役として、色々奴の悩みを聞く必要があるな。

  少々面倒臭いが、ワシ以外の者には出来そうにないからな。

  だから面倒じゃがワシがその役割ロールを果たすしかなさそうじゃ。



  しかしアレじゃな、  

  仕事いうものはあればあれで面倒なものじゃが、

  無ければ無いで寂しいものじゃからな。



  だが不思議と肉体的にも精神的にも若返った気がする。

  よし、面倒じゃが今後もワシが色々とレクサーを補佐するしかないな。

  そしてワシは椅子の背もたれに背を預けながら、

  再び鈴を鳴らして、ネイルに「もう一杯紅茶を頼む」と命じた。



  とりあえず一休憩してから、また色々と考えるか。

  そしてワシは次に打つ手を考えながら、

  ネイルの持ってきた紅茶をゆっくりと味わった。


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