第180話 皆でヤる?


「じゃあ頼んだぞ」


「ははっ! 畏まりました」


 エルドリア城の謁見の間の玉座に座りながら、伝令兵に援軍要請の書状を渡して、そう告げるザンバルド。 彼の左隣には副官のリスタルが、その右隣には犬族ワンマンのバルデロンが立っていた。 伝令兵は書状を手にしながら、謁見の間を後にした。


 それと入れ替わるように新たな訪問者が現れた。

 獣魔王ビースト・キングのグリファムとサキュバスのエンドラである。

 二人はつかつかと床を鳴らしながら、玉座の近くまで進んだ。


「よう、お前等か。 何か用か?」


「ザンバルド、そろそろ現状戦力では戦うのは厳しくなっている。今すぐ本国へ援軍要請を出すべきだ」


 と、グリファム。


「そうよ、つまらない意地を張っている場合じゃないわよ!」


 やや抗議するようにそう言うエンドラ。

 するとザンバルドは玉座の肘掛けに頬杖をつきながら、こう返した。


「ああ、それならたった今したぜ?」


「……そうなのか?」「そうなの?」


「おうよ、いくらオレでもこの状況でくだらん意地は張らんよ。 まあとはいえ援軍が来るまで時間がかかる。 だからこのエルドリア城の放棄も考えている」


「そうか、具体的にどうするつもりだ?」と、グリファム。


「まあここにはある程度の戦力は残すが、残り半数の部隊を古都エルバインに向かわせるつもりだ。 エルドリアに続き、エルバインも陥落したらギルレイクまで撤退する。 但し援軍が来るまで時間稼ぎが必要だ」


「まあそうよね。 で具体的にどんな割合で戦力を分けるの?」


 ザンバルドにそう問うエンドラ。

 するとザンバルドは数秒程、考えてからこう答えた。


「オレの本陣に残された部隊はざっと換算して、500前後だな。 このうちの200……いや250をエルバインへ向かわせる。 グリファム、エンドラ。 お前等の部隊は今どれくらいだ?」


「そうだな、我が獣魔団は多分300前後といったところか。 ここ数日の戦いで想像以上に損害が出てしまった」


「うちのサキュバス部隊もけっこう……いやだいぶやられたわね。 多分200人を切ってるかも……ちょっと厳しい数字だわ」

 

「そうか、なら獣魔団は150、サキュバス部隊は50人をエルバインに向かわせろ。 すると残された戦力はざっと換算して400前後になるだろう。 まあこの数で敵に勝つのは厳しい、いや無理だろう。 だがやりようによっては時間稼ぎが出来る。 まあというわけでオレはここに残って残留部隊を指揮するぜ」


「うむ、まあ妥当な判断だな。 で俺とエンドラはどうすればいい?」


 と、グリファム。

 

「ん? まあ好きにしろよ? ここに残るのも撤退するのもお前等の自由だ」


「いやぁ~この状況でアンタだけ残して、撤退するのは流石に薄情っていうやつでしょ?」


「うむ、オレもお前一人に責任を押し付けるつもりはない。 我等、幹部は同格の存在。 ならば責任も同様に背負うべきだ」


 グリファムの言葉にエンドラも「うん、うん」と頷いた。

 しかしザンバルドは珍しく落ち着いた声で言葉を返す。


「ま、気持ちは嬉しいけどよ。 こりゃもう負け戦だぜ? そしてオレはどういう形であれ、この戦いの総指揮官。 ならばその尻拭いはオレがやる。 だからお前等を巻き込むつもりはねえよ」


「……ザンバルド、アンタもしかして死ぬつもり?」


「……その気はないが、結果的にはそうなるかもな」


 何処か投げやりな声でそう言うザンバルド。


「アンタ、もしかして自分に酔ってる?」


「いやオレは白面しらふさ」


「ならつまんないプライドなんか捨てなさいよ! ここで負けても、また勝てばいいじゃない?

なんで自分一人でなんでもかんでも自己完結するのよ!」


 エンドラは珍しく怒った様子でそう言った。

 だがザンバルドは動じる素振りも見せずに静かにこう返した。


「エンドラ、お前意外といい奴だな。 でもよ、オレにもなんというか意地がある、というかオレはもう七百歳を過ぎてる老魔族なんだよ。 でもオレは転生する気はさらさらねえ。 というかしたくもねえ。 他の奴は知らん。 だがオレは転生してまでせいにしがみつきたくねえんだよ」


「……」


 けっこう、いやかなり予想外の言葉にエンドラも押し黙った。

 そう、見た目は若々しいというか、生命力に満ち溢れているザンバルドだが、この男は六百年前の前大戦に参加しているのだ。 対するエンドラはまだ百五十年くらいしか生きていない。

グリファムに関しても二百歳前後だったと思う。


「そういえばそうなのよね、アンタって……。 アンタってあまりにも荒々しくて元気だから、殺しても死なない奴と思ってたけど、……もしかして肉体的にキツいの?」


 するとザンバルドは力なく首を左右に振った。


「いや肉体的には問題ねえよ。 問題は精神的な老いだよ……」


「……そっかあ。 まあ魔族も高齢化すると精神が暴走、あるいは異常化するからね。 今のアタシには理解できない世界だけど……」


「……俺もだ」と、低い声で言うグリファム。


「あ~、別に変に気を使う必要はねえぞ? でもそうだな、この際だからお前等にはオレの本音を云っておくか」


「うん、聞くわよ」「……ああ」


 するとザンバルドは珍しく考えながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。


「オレは正直この六百年間、非常に退屈していた。 でも最初の三百年間は平気だった。 オレは先代魔王様のことが好きだったし、尊敬してたからな。 だがお前等も知っているだろ? 三百年前に起きたあの事件・・・・・・を」


「……うん」「……ああ」


「まあなんつーかでもあの人も――ムルガペーラ様も晩年は酷かった。 とにかく猜疑心の塊でな。 オレも何度も何度も意味不明な因縁をつけられたり、八つ当たりもしょっちゅうされたよ。 ありゃ老魔族がかかる精神的な病みに加えて、魔王がかかる魔王病まおうびょうにかかってたんだろうな。 でもそれは仕方ねえ、魔王とはそういう存在だ」


「……魔王病か、アタシも話でしか知らないからねえ~」


「ああ、でもあの事件が起きて、魔王の座はムルガペーラ様から今の魔王――レクサーに代替わりしてしまった。 当人たちの思惑とは別にな。 まあそれはどうこう云う気はねえ。 それにオレは今の魔王――レクサー……様に不満はねえよ」


「ふうん、まあアタシもあの人のこと嫌いじゃないけどね」


「……俺もだ」と、エンドラに同調するグリファム。


「へえ、お前等もそうなんだ」


「うん、ただあの人って何考えているか分からないよね」


「ふうん、お前もそう思うのか?」


「うん、でもなんというかあの人は多分頭脳派タイプの魔族、魔王ね。 でも実際、彼の代になってからの統治は、民衆にもけっこう評判いいわよ。 なんというか魔族の社会も随分と良くなった気がする」


「俺もそれには同意だ」と、グリファム。


「まあそうだろうな。 うん、多分多くの魔族にとってはそうだろう。 でもオレ個人にとっては非常に退屈な三百年間だった。 ま、単純にオレは戦いが好きなんだよ。 まあ今の魔王も

その辺を考慮してか、最低限の遊び場は用意してくれたけどよ。 でもよ、オレってマジで単純なんだ。 戦うことが飯食うのや、オンナ抱くのよりマジで好きなんだわ……」


「アンタって本当に魔族らしい魔族ね」


 少し感心したようにそう言うエンドラ。


「……それ褒めてるのか?」


「うん、アタシなりにかなり褒めてるよ」


「そりゃどうも、まあそういうわけでよ。 死ぬまで戦いたいのよ、それにどういう形であれ、今回の戦いでオレは多くの部下を戦死させた。 戦争においては、指揮官が部下を殺すのは戦術の一環だ。 しかしオレはこのまま自分だけ逃げるのは嫌だ。 なんというかオレの中の魔族の矜持がそれを許さねえ!」


「……アンタって本当に単純だけど、なんというか非常に歪だけど、とても誇り高いおとこと思うわ」


「ああ、俺も今日の今日までお前のことを戦闘能力は高いが、少し思慮の欠いた奴と思っていたが、確かにお前はそれでいいと思う。 しかしやはり俺としては、お前一人置いて行く気にはなれん」


 グリファムがいつも以上に真面目な表情でそう云う。

 するとザンバルドは左手で後頭部を掻きながら苦笑した。


「なんかお前等に褒められると、少し嬉しいわ……」


「うん、でもやっぱりアタシもアンタは犬死させるには、惜しいと思う。 というかアレよ、アレ。 アンタ、無駄に頭使ってるから、なんか余計なことを考えちゃうのよ! いいわ、アタシがここで抜いてあげるわ!」


「へ?」と、呆けた声を出すザンバルド。


「いやだからさ、アタシ、サキュバスじゃん。 だからアンタの相手してあげるわ。 それとも何? アタシじゃイヤ?」


「……え~とそれってオレとお前が……ヤるってこと?」


「そうよ、こういう時はスッキリするのが一番よ。 魔族にしろ、四大種族にしろ、男なんて出せば満足する生き物だもん」


「……い、いやぁ。 いきなりそう言われてもな……」


 珍しく戸惑うザンバルド。

 しかしエンドラは馬鹿にした素振りも見せずににこりと笑った。


「大丈夫、大丈夫。 別にヘタでもアタシはバカにしないから! というかそういうのも全部受け止めてあげるわよ! だってアタシはサキュバスの女王クイーンだもん!」


「……いやそうのぅ、お前……オレでいいのか?」


 やや緊張した感じでそう問うザンバルド。

 するとエンドラはとても良い笑顔でこう告げた。


「うん、うん、全然オーケーよ。 まあぶっちゃけ云えばアンタの外見はアタシの好みじゃないけど~、性格はけっこう好きよ。 というかサキュバスは相手の外見や上手いヘタなんかあまりに気にしないわ。 だってサキュバスだもん! ヤりたい時にヤる! それがサキュバスよ」


「……」


 あまりにもあっけらんかんとした大胆発言だ。

 これにはザンバルドも思わず苦笑した。

 そしてこうも思った。 「こいつ、スゲえな!」と。


「というかちょっと興奮してきたわ! もうここでしましょ! というかグリファムもそこの副官っぽいのも、あとそこのコボルドみたいなのも全部来なさい! アタシがたっぷりサービスしてあげるわぁ!」



「へ?」


 一瞬我が耳を疑うザンバルド。


「「「えっ?」」」


 と、グリファムとリスタル、バルデロンも同時に声を揃えた。

 なんというかエンドラの発言に対して、思考がついていけない状況だ。

 いや云わんとすることは分かるが、この場に居るエンドラを除いた全員が躊躇した。 するとエンドラは胸の前で両腕を組みながら、黒いブーツで床を何度か踏んだ。


「……でヤるの? ヤらないの?」


「え……と……お前、ここに居る全員とヤる……つもり……か?」


「うん、そうよ。 ……もしかしてイヤなの?」


「い、いや……嫌というか、なんというか……お前は平気……なのか?」


「うん、平気よ。 だってアタシはサキュバスだもん!」


「「「「……」」」」


 ザンバルドだけでなくグリファムを含めた三人も押し黙る。

 誰もが何を云おうとしない、というか何も云えない。

 するとエンドラは「ん~」と小さく唸ってから、こう漏らした。


「……う~ん、ちょいとハードル上げ過ぎたかな?」


「あ、ああ……流石に上げ過ぎだよ? というかオレには無理!」


「……俺もそういう意味での度胸はないな」


 グリファムがぽそっとそう漏らした。

 するとザンバルドが軽く深呼吸してから、真面目な口調でエンドラを見ながら言葉を発する。


「……分かったよ。 オレも一人で考え込んで、自己完結ばかりしてたよ。 そうだな、オレ達は同格の幹部。 オレ一人で何でもかんでも背負い込むのは、ある意味、お前等を信用してないとも云えるな。 グリファム、エンドラ!」


「なに?」「何だ?」


「基本的にこれからの戦いは負け戦だが、少しでも敵に損害を出した上で味方を上手い具合にエルバインまで撤退させるつもりだ。 だがオレ一人じゃ無理だ。 お前等の力を貸してくれ!」


 ザンバルドはそう言って小さく頭を下げた。


「最初からそう云いなさいよ!」


「……うむ、俺もエンドラも限界までお前に付き合うぞ」


「うん、うん」


「……悪いな。 じゃあオレはちょっと仮眠でもしてくるよ。 確かにエンドラの云うように、無駄に頭を使いすぎたようだ。 ここは少しゆっくり休むことにするわ……」


「そうね、それがいいかも?」


「……そうだな、では俺も少し失礼する」


「おう、じゃあな。 お疲れさん」


「お疲れ~」「ではな」


 そう言ってザンバルドとグリファムはこの場から極自然に去ろうとした。

 するとエンドラが不意にこう言った。


「ねえ、ザンバルド」


「ん? 何だ?」


「なんかそれっぽい話で、アタシも納得したけどさぁ~。 もしかしてアンタ、上手いこと逃げたの?」


「……」


「……」


「……あ、分かる?」と、ザンバルド。


「うん、分かる」と、エンドラ。


 するとザンバルドは両肩を竦めた。

 そして頬を綻ばせるような微笑を浮かべて、こう一言漏らした。


「……お前、マジでスゲエな」


 だがエンドラはそれには何も返さず、ザンバルドとグリファムが去るのも黙って見届けた。その後、謁見の間にはエンドラとリスタル、バルデロンだけが残されたが、しばらくの間、誰も何も云わなかった。 するとエンドラがコケティッシュな笑みを浮かべて、独り言のようにこう言った。


「アタシしゃ幹部でもあるけど、サキュバス、それにオンナなんだよ。 男の考えることくらい分かるわ。 でもザンバルドってマジで単純ね。 後、意外と正直ね。 少しアイツのこと見直しちゃった」

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