第179話 何か癖はないか?


 戦闘が開始されて六日目。

 数で勝る連合軍に対して、魔王軍は総指揮官ザンバルドや獣魔団のおさである獣魔王ビースト・キンググリファム、そしてサキュバス・クイーンのエンドラが主軸となって、最前線で暴れていたが、数の差を埋めるには至らなかった。


 逆に連合軍はザンバルドに対しては、アイザック、ライル、ボバンが束になってかかり、その進撃を食い止め、魔法部隊がその間隙を突いて魔法攻撃を浴びせ続けた。


 ザンバルドも最初のうちは、それでも涼しい顔をしていたが、連戦に連戦を重ねると、流石にその表情から余裕の笑みは消えた。 またレフ率いる竜騎士団は、敵将グリファムにはレフが一騎打ちで食い止めて、その間に他の竜騎士ドラグーン達が敵の空戦部隊を強襲。


 レフとグリファムの一騎打ちは合計で三回ほど行われたが、その内訳は一勝一敗一引き分けといった感じだ。 もっとも勝敗に関しても、まさに拮抗勝負といった感じだ。 明確な決着がつく前に有利な方が勝ち名乗りをあげた、という感じだ。


 そしてその間に竜騎士団や地上部隊の狙撃手スナイパー弓兵アーチャーが上空の空戦部隊やサキュバス部隊を狙い撃ちして、確実にその数を減らしていった。 そして次第に連合軍に形勢が傾き始めた。


 戦端が開かれて、六日目の夜。

 戦いを終えた両軍は自陣に引き返していた。


「いやあ、マジきついわぁ~。 あの野郎――ザンバルドはマジ強いな! 俺もよくあんな奴にタイマン勝負挑んだな」


 と、ボバンが心底疲れた表情でそう言った。

 夜になったので、俺達はエルシュタット城に引き返して、二階にある大広間に集まり、各自それぞれ自由にくつろいでいた。


「でもボバンさんも三人掛かりで、何とか奴を食い止めてるじゃないですか?」


 俺はボバンを軽くそうフォローした。

 するとボバンは顔をしかめながら、左手を左右に振った。


「いやいやいや、もうマジで命懸けよ。 団長とライルが居なきゃ間違いなく三、四回は死んでるぜ。 俺はせこせこと逃げ回って、遠距離から魔剣で遠隔攻撃してるだけよ」


「いやでもそういう風に奴を食い止めてもらってるから、我々もなんとか戦えているのですよ」


 と、ドラガンもさりげなくフォローを入れる。

 するとボバンは気を良くしたのか、少しテンション高めに喋った。


「お? ドラガンさんよぉ~。 アンタ、よく分かってるじゃん。 あの野郎相手に防御役タンク囮役デコイするのはまさに命懸けよ!」


「ボバン、それが俺達の仕事だ。 いちいち威張ることじゃない」


 と、軽く一喝するアイザック。

 するとボバンはやや不服そうな表情でこう返した。


「いや団長、マジでアイツの相手はきついって!! というか正直俺には厳しいよ。 いやさ、俺もそれなりに自分に自信は持っていたよ? でも今後もあいつクラスの敵が ごろごろ出てきたら、マジでヤバいと思うぜ!」


「……だが現時点では戦えている。 今は目の前の戦いに集中しろ!」


「いやさ、そりゃやるよ。 それが仕事だからさ。 でもマジでさ、何か手を打たねえと、この先マジでヤバいと思うぜ? 団長、『ヴァンキッシュ』とは連絡取ってくれたか? いや『ヴァンキッシュ』でなくてもいい、とにかく名のある連合ユニオンや傭兵団に参戦してもらえるように頼んでくれよ?」


 う~ん、ボバンの云う事も一理ある。

 俺は遠巻きから三人の戦いを見ているだけだが、ザンバルドの戦いっぷりは、見ているだけで寿命が縮む思いがする。 正直俺じゃ囮役デコイにすらなれねえ。 だからボバンにも愚痴や文句を言う権利はあると思う。


 するとアイザックも思うことがあったのか、しばし考え込んでいた。

 そこで話題を変えるべく、兄貴がこう言った。


「ですが戦況はこちらに傾きつつあります。 こちらも苦しいが、同様に敵も苦しいでしょう。

ここが正念場です」


「ライル~。 そんなこたぁ、俺も分かってるよ。 でも愚痴の一つや二つくらいは言わせてくれよ? というかドラガンさんよ~。 アレだ、猫族ニャーマンには、第一次ウェルガリア大戦で大活躍した猫族将軍ニャーマン・ジェネラルが居たろ? え~と確かジェン……なんだっけ?」


「……ジェン・アルバ将軍のことですか?」と、ドラガン。


「そう、それ! なんか稀代きだいペテン師トリックスターと呼ばれた智将ちしょうだろ? 今の猫族ニャーマンにそういう奴いねえの?」


 いや流石にそれは無茶ぶりだろ?

 ジェン・アルバ将軍と云えば、歴史に残る稀代の英雄えいゆうじゃねえか。

 ジェン・アルバ将軍は猫族ニャーマンながら、敵も味方も予想しない奇策を用いて、魔王軍を手玉に取った。


 第一次ウェルガリア大戦で連合軍が勝利者になったのも、アルバ将軍の手腕によるところが大きい。 と猫族ニャーマンだけでなくヒューマンの歴史書や英雄譚にも記述されているくらいだ。


 いやさ、俺も子供の頃はアルバ将軍に憧れたよ?

 でも多分、歴史書や英雄譚も随分と話を盛ってると思うぞ?

 まあそれでも後世に名を残しているから、やっぱりそれなりの智将だったのだろう。 だからそんな存在が都合よくポンポン生まれるわけがねえ。


「……いえ残念ながら今の猫族ニャーマンにアルバ将軍のような智将はいませんね。 まあそもそもアルバ将軍に関しても、後世の歴史者や作家が随分と脚色していると思いますよ」


 と、ドラガンがそう答えた。

 するとボバンは両腕を組みながら、「う~ん」と唸った。


「やっぱそう上手い話はねえか。 でも何か手を打つべきと思うぜ? じゃねえとこのままだと死人でまくるぜ?」


「分かったよ、ボバン。 とりあえずこの戦いが終わったら、俺も真剣に上に掛け合うよ。 ただこの戦いに関しては、現状戦力で頑張るしかない。 それは分かるな?」


「流石団長だぜ。 オーケー、俺もしんどいがなんとか頑張るよ」


「ええ、我々も全力を尽くします」


 ドラガンの言葉に俺と兄貴も無言で頷いた。

 まあそうだな、とにかく俺達は自分のやれることをしよう。

 でもボバンが愚痴る気持ちも分かるよ。

 あのザンバルドはとてつもなく強いからな。


 ただ強いだけでなく、戦闘と破壊行動を心から愉しんでいる。

 少なくとも俺の眼にはそう思える。

 今の俺じゃ奴に敵うわけがない。


 でもなんというか横から戦いを見ていて、幾つか気付いた事がある。

 奴もあの女吸血鬼と同様に無詠唱で魔法を唱えるが、魔法に関しては、多分あの女吸血鬼の方が上だろう。 それに奴等は多分、回復魔法に関しては無詠唱で唱えられない。 けっこうな傷を負っても、回復魔法はきちんと声を出して詠唱している。


 だからどうしたと云う奴も居るかもしれんが、これは大事な事だ。

 あいつ等クラスの敵に無詠唱で回復魔法を使われたら、正直こちらとしては、かなりキツい。


 だが奴等も無詠唱で回復魔法が使えるなら、とっくに使ってるだろう。

 それがないという事は奴等の無詠唱にも制限があるのだろう。

 というか今の所、攻撃魔法以外の無詠唱は見たことがない。


 そして奴等が無詠唱で使う攻撃魔法は初級か、中級に限る。

 いくら奴等が魔族の幹部と云えど、無詠唱で上級以上の攻撃魔法を短時間で使えないようだ。 とはいえそれでもかなり厄介だ。


 奴等が使う無詠唱の魔法攻撃は確かに初級か、中級クラスに限られるが、その威力はとてつもない。 恐らく練度と精度が異様に高いのであろう。


 また近接戦闘に関しては、女吸血鬼よりザンバルドの方が上だろう。

 というか基本的にザンバルドは近接戦闘タイプだと思う。

 とにかく奴の攻撃は半端ない。

 ここ数日の間も兄貴やアイザックも命懸けで奴の攻撃を受け止めていた。


 しかしなんというか魔王軍の幹部にも違い、個性はある。

 そして当面の敵はあのザンバルドだ。

 いや他にも幹部っぽい奴が居るな。

 レフが戦っていたあの鷲頭の魔族。 あいつは幹部っぽい。

 後、時々に強烈な魅了攻撃をするあのサキュバス。

 あいつもなんとなく幹部っぽい気がする。


 まああの鷲頭の魔族はレフに食い止めてもらおう。

 今のところ、レフはあの魔族相手に互角以上に渡り合っているらしいからな。

 あのサキュバスの魅了攻撃は厄介だが、あいつが来るたびに魔法攻撃や狙撃すれば、なんとか食い止められる。


 そして見た限り、今回の敵の総指揮官はザンバルドっぽい。

 だからもし奴を倒す事ができたら、形勢はぐっとこちらに傾くだろう。

 とはいえあいつを倒すのは並大抵のことじゃない。

 だけどあいつの性格はなんとなく分かる。

 とにかく好戦的な奴だ。 これは間違いない。

 それと何か癖はないか?


 それが分かれば戦いの幅も広がり、間隙を突くことが可能かもしれん。

 とはいえ俺がアイザックや兄貴、ボバンに口を挟むことはできない。

 そうすれば流石にあの三人も気分を害するだろう。

 

 う~ん、やはり簡単な問題じゃねえな。

 でも何もしねえより、何をすべきか考えるべきだな。

 そう思って色々思案したが、やはり名案は浮かばなかった。

 まあ今日は疲れた。 しばらくしたら客間のベッドで休もう。

 休むのも仕事のうちだからな。

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