第165話 とにかく考えるんだ!


 それからしばらく俺達は、船乗り場でぼーとしていた。

 まあ一部の者はちょっとした会話は交わしていたが、やはりみんな肉体的にも精神的にも憔悴していた。


「じゃあラサミス、わたしたちはもう行くね」


「ああ、エリスもゆっくり休めよ」


「あたしも休むわ。 じゃあね」


「ミネルバ、お疲れさん」


「あたしもちょい休みたいし、少し考えたいから行くわね」


「おう、メイリン。 またな!」


「……わたしも行くね」


「じゃあね、ラサミス。 アンタもゆっくり休みなさいよ」


「……ああ」


 俺はマリベーレとカトレアの言葉に曖昧にそう返事した。

 それから俺は近くの白いベンチに腰掛けてしばらく考え込んだ。

 考える内容の大半は、今後の事と魔族の戦闘力に関してだ。


 まあ今後の事についてはいい。

 正直今後どうなるか本当に分からない。 だから今は考えない。

 問題は魔族、それと奴等の戦闘力だ。


 これはあくまで俺個人の考えなんだが、下っ端、あるいは中堅クラスの魔族なら意外と戦える。 なんというか味方も敵も最低限の戦術は用いているが、全体的に戦い方がアバウトだ。 要するに適当なんだ。 更に端的に言えば戦術はあるが、戦略はない。 だが俺の立場でそれで上へ文句を言うつもりはない。


 俺達は所詮冒険者、上の命令は絶対だ。

 もちろん絶対に従いたくない類の命令は拒否するが、基本的に命令には従う。 これは命令系統の問題だ。 まあ俺から見ても、指揮系統の一本化は必要と思う。 だがそれは上の問題。問題は魔族と直接戦うのは、俺達なのだ。


 正直言ってそろそろ俺は、もう自分の戦い方に限界を感じている。

 そりゃ俺も昔に比べたら、少しは色々できるようになったさ。

 でもどれも中途半端、所詮器用貧乏は器用貧乏のまま。


 今回の敵……あの女吸血鬼はかなり強かった。

 だが俺はなんかあの女魔族が嫌いだった。

 上手くは説明できないが、なんかヒューマンの王族、貴族、一部のエルフ族のように凝り固まった選民意識に満ちていた気がする。 まあそれはいいか、これはあくまで俺個人の感情だ。


 しかし戦闘面においては、かなり強かった。

 俺があの女になんとか最後に渾身の一撃を決められたのは、あくまでパーティ戦での結果だ。 俺の手柄じゃない。


 だが戦闘には殆ど関わらなかったが、あの女魔族の魔導士っぽい奴はまた違う怖さがった。 単純に魔法の腕だけでみてもかなりのものだろう。 あいつはなんか冷静な奴だと思う。 ああいうタイプの奴は別の意味で怖い。


 それとあのザンバルドという敵の魔将軍。

 あいつは本当に強い。 洒落にならない強さだ。

 現時点の連合軍みかたで強いのは、俺の見立てでは兄貴、アイザック。

 ああ、それと彼だ。 竜騎士団の騎士団長レフ。

 彼は相当強い。 もしかしたらアイザック以上かも……。


 だが単純な一騎打ちでは、あのザンバルドに勝つのは難しいだろう。

 なんというかアイツの怖さは理屈じゃない。

 とても原始的なのだ。 

 俺と奴等は、最低限の会話と意思の疎通はできているが、根本的になんというか俺達と価値観……いや行動原理が違うのだ。


 魔王軍の内情は知らない。

 しかし少なくとも魔王、あるいはそれに該当する存在は居るだろう。

 そいつがどういう奴なのかは、今考える必要はない。

 だがとにかく敵には魔王という存在が居て、幹部という存在がある。


 魔王軍の幹部の選別の基準はよく分からないが、やはりある一定上の戦闘能力がないとなれないだろう。 要するに奴等の価値観の基準は戦闘力。

 そして俺が奴等を見て感じたのは、奴等の行動原理の基本は破壊行動。

 なんとうか奴等は戦うことが行動原理というか存在意義なのだ。

 そして徹底した指揮命令系統と絶対的な上下関係。


 それらの集団がただこちらを破壊するという目的で延々と延々と攻めてくる。 仲間が死んでも延々と攻めて来る。 言葉にすれば簡単だが、いざこういう奴と戦うと正直キツい。


 だがなんというか妙なところもある。

 あのザンバルドという奴はとても残虐で戦闘を心の底から楽しんでいる。

 少なくとも俺の眼にはそう見えた。


 しかしアイツはなんというか最低限の約束は守った。

 少なくとも兄貴との一騎打ちでは、正々堂々と戦った。

 正直言えばあの時のアイザックの強引な参戦は、セコい手だと思った。

 まあそれはいい。


 しかしなんとうか奴等にもちゃんと感情があるのだ。

 少なくともあの一騎打ちに関しては、

 ザンバルドが公正フェアだった。


 まあその細かい部分は分からんが、奴等にも感情はあり、価値観が存在する。

 しかしそれを必要以上に知る気はない。


 所詮俺達は敵同士。 それ以上でもそれ以下でもない。

 だがある程度敵を知る必要はある。

 少なくとも戦闘面だけにおいてもだ。


 とはいえ俺に何ができるというのだろうか?

 俺なんか只の下っ端、強さもせいぜいそこそこレベル。

 そんな奴が上に意見を言って、誰がまともに聞くものか。

 ただなんとうか自分でいうもアレだが、全体的に能力が底上げされている実感はある。


 しかしそれも精々言って全体能力の平均値が二、三から六になった程度だ。

 要するに最初が酷過ぎただけで、今ぐらいの数値が普通なのだ。

 ……ん?


 でもそんな俺が曲がりなりもあの女魔族に大打撃を与えた。

 もちろん俺はそんなことで己惚れるつもりはない。

 だが一応それは事実だ。


 もしかして俺は自分で思っているより……強いのか?

 とはいえ当然今のままでは、魔王軍の幹部には適わない。

 しかしなんとうかアレだ。


 全体能力の平均値を六から八くらいにしらどうだろうか。

 これだとなんというか非常にバランスが良い感じがする。

 まあ理想は全部十にすることだが、残念ながらそれは絶対にない。


 まず俺個人の資質、それと時間。

 この際、資質の問題はおいて置こう。 俺は今十七歳だが冒険者をできる年数は精々あと二十年ってところだろう。


 ヒューマンは短命だ。 長生きでも精々百年だ。

 だが魔族は長寿。 あの女魔族も自分は五百年以上生きているといった。

 短命のヒューマンからすれば、五百年なんて想像もつかない時間だ。

 そういう意味じゃ戦闘という一点においては、奴等に敵わないのかもしれない。


 しかし奴等は強いが、なんというか強過ぎる故、なにか欠点があるような気もする。

 それが何かは分からない。 ただ今のじゃままじゃ駄目だ。

 でも具体的にどうしていいかも分からない。


 だけどやはり俺はこの戦いで死にたくないし、仲間が死ぬのは嫌だ、だからなんとかしてその状況を避けたい。 でも俺には力も経験キャリアもない。 しかし一応は戦えているし、現時点では俺も仲間も死んでない。


 それは事実だ。

 ……考えよう、生き残る為に力も頭も使おう。

 考えても意味はないかもしれない。

 でも何も考えとこのままじゃいつか死ぬ。


 とにかく考えるんだ。

 俺はそう思いながら、ベンチの背にもたれた。

 気が付けばもう夕方になっていた。


 目の前に見える海がじわじわと黄昏たそがれ色になりつつある。

 俺はそれをぼんやりと眺めながら、綺麗な光景だと思った。

 だが今の俺にはその綺麗な光景を楽しむ余裕は何処にもなかった。

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