第164話 疲労の極致


「ふう~、今回の戦いはマジできつかったぜ。 もう無理、俺立てない」


 俺はそう言って、地面に尻もちをついた。

 すると周囲の仲間も似たように楽な体勢を取った。

 あの女吸血鬼と魔導士らしき連中が逃げて、半日以上過ぎていた。


 あれから俺達は敵の残敵掃討を行いながら、他の仲間と部隊と合流を果たした。 ちなみに敵の張った大結界は白い灯台の中にあった。


 灯台の地下室に巨大な結界が一つ。

 そして二階と三階に中規模の結界がそれぞれ一つずつ配置されていた。

 だがこの中規模の結界は比較的簡単に解除できた。

 しかし地下室の大結界を解除するには、相当苦労した。


 メイリンや魔導士ソーサレスのリリア主導であの手この手でなんとか解除を試みたが、なかなか成功しなかった。 そして残敵掃討も大半が終わって、掃討部隊の魔法部隊も結界解除に協力したが、それでも苦労した。


 なんでも魔法部隊が云うには――



「基本的に結界というものは、相反する魔力を注ぎ込めば解除できるのだが、結界の魔力が百とすれば、こちらも百の相反する魔力を注ぎ込む必要がある。 この結界も基本的には同じ構造だ。 だがあまりにも魔力量が膨大だ。 だから解除には時間がかかる」


 ということらしい。

 まあ理屈上はそうなんだろうが、こちらもこの港町に封じ込まれて、本陣や竜騎士部隊から孤立した状態。 故に一秒でも早く結界を解除して、本隊と合流したい。


 だから俺達はすこし強引な手口を使った。

 まあでもやり方は単純だ。 実に簡単な手口。

 基本的に魔力量や魔法能力の高い者が中心となり、魔力を注いでいく。


 しかしこの結界の魔力はあまりにも膨大なので、解除を試みる連中の魔力も次々と枯渇していった。


 そこで魔力回復薬マジック・ポーションや魔法戦士などによる『魔力パサー』などで他の者の魔力を結界解除部隊に受け渡した。

 まあ単純に言えばそれを繰り返しただけだが、それでも結構時間がかかった。

 結局、結界の解除には、約八時間を要した。


 それからマリウス王子率いる本隊と合流を果たした。

 だが予想に反して本隊はほぼ無傷であった。

 それは竜騎士団が獅子奮の働きで、無数に襲い掛かってきた敵を各個撃破で虱潰しにしていったようだ。


 やはり竜騎士団はかなり強いようだ。

 だが正直今はそんなことはどうでもいい。

 単純に肉体的にも精神的にも疲弊していたのだ。


 とりあえず俺は腰のポーチから回復薬ポーション魔力回復薬マジック・ポーションを取り出して、何本か飲み干した。 それでかなり楽になったが、完全に疲れは消えなかった。


「いやぁ~、流石にあの結界の解除は苦労したわ」


「メイリン、ご苦労さん」


 俺はそう言って魔力回復薬マジック・ポーションをメイリンに手渡した。

 すると彼女は「ありがとう」と言って、綺麗に瓶の中身を飲み干した。


「な、なかなかしんどい戦いだったわね」


 珍しく疲れた表情でそう言うミネルバ。


「あ、ああ。 もう俺もへとへとだぜ、 今すぐ眠りたい気分」


「わ、私も同じ気分。 もうあんな浄化作業はごめんだわ」


 複雑な表情でエリスも同意した。


「……なんかごめん。 わたしは少し楽してるかも」


 と、気まずい表情のマリベーレ。

 まあ彼女は狙撃手スナイパーだからな。

 あの女幹部の戦いでは見事なアシストをしてくれたが、それ以降の残敵掃討や結界解除では特に何もしなかった。 その辺に対する気まずさがあるのかもな。


「いいのよ、アンタは気にしなくて! 世の中適材適所。 世の中分業制なの、アンタはアンタの仕事をした。 それでいいじゃない!」


 と、妖精フェアリーのカトレアがマリベーレの顔の前で両腕を組んだ。


「そ、そうかな?」


「そうなのよ! みんな疲れたでしょ? 今は素直に休みなさい! 働き過ぎることは悪い事じゃないけど、まったく休まないのも駄目よ?」


 どうやらカトレアなりに気を使ってくれているようだ。 俺達はあまりにも疲弊していたので、適当に返事して港町クルレーベの船乗り場の眺めをぼうっと見ていた。 すると女性陣も俺に続くように近くのベンチに座った。


「はあ~、なんかもう喋るのもきついわ」


「ホントね、メイリンの言う通りだわ……」


 エリスがメイリンの言葉に同調する。

 普段は明るいエリスも珍しく疲れた表情だ。

 というか皆、疲れた表情だ。 まあ当たり前だよな。


「う~ん、なんかこのままじゃヤバいかも?」と、メイリン。


「ん? 何がヤバいんだ?」


「いやさ、なんというか今回の戦いはなんとかなったけど、次からは本当に色々と厳しいかも……」


「自信家のお前にしちゃ珍しく弱音を吐くな」


「……もうそんな己惚れた自信なんてないわよ」


「え?」


 少し意外な言葉だったので、俺は思わず聞き返した。

 するとメイリンはぽつりぽつりと独り言のようにこう漏らした。 


「いやさ、あたしもそれなりには、自分に自信を持ってたよ? でも流石にそんなのはもうないわよ。 単純に魔法に関しても、敵のボス格は無詠唱で唱えるもん。 あれは多分あたしが一生かけても真似することはできない。


「……そうか」


「うん」


 まあ俺の魔法知識なんて知れているが、多分そうなんだろう。

 今のところ無詠唱で魔法を使う奴はボス格だけだが、なんというか魔王軍にも幹部候補生みたいな若手のエリートは居るであろう。 そういう連中なら使えるかもしれない。


「だからちょっと今のままじゃヤバいかも、でもあたしなりに何か手を打ってみるつもり」


「へえ、色々考えてんだな。 で具体的には?」


「それは内緒」


 と、軽く牽制するメイリン。

 まあこれ以上聞くのも無神経だからな。


「お前等全員お疲れのようだな」


 俺達は不意に声をかけられて、声が聞こえた方向に向いた。

 するとドラガンと兄貴、それとアイラが立っていた。


「「「「「お疲れ様です!!」」」」


 とりあえず俺達は挨拶を交わした。 まあドラガン達三人はここ数日程、上との話合いに付き合っていた。 流石の俺も今回ばかりは本当に疲れたので、そのような会談に同席する気にはならなかった。 まあドラガンにやんわりとその辺の事情を伝えておいた。


「で上との話はどうだったの?」と、ミネルバ。


「ああ、端的に言えばどうやらエルフ領の味方がエルシュタット城を陥落させたようだ。 だから我々『暁の大地』はエルフ領の味方を支援する為に配置転換された。 これは上の命令だから聞いてもらう」


「……了解」


 ミネルバが端的にそう返事する。

 すると兄貴がやんわりとした口調でこう言った。


「ただ上が俺達に一時的な休暇を与えてくれた。 日数にして十五日だ。 だから俺達『暁の大地』はこれを機に一時的にリアーナへ帰還する。 今回の戦いは俺も疲れたが、お前等はもっと疲れただろ? だから少しは休むがいいさ」


「で、でも他のみんな……味方はその間も戦っているんでしょ?」


 何か申し訳なさそうにそう言うマリベーレ。

 するとアイラが優しく諭すようにこう言った。


「マリベーレ、妙に気を使う必要はないわよ?

 疲れた時は無理しちゃ駄目」


「う、うん」


「とりあえず拙者達はまだ上との話合いがあるが、お前等は先にリアーナに帰っておけ。 これは団長命令だ、いいな?」


 そして俺達はドラガンの言葉に「はい」と大きな声で返事した。

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