第163話 この意味分かる?


「ご、ご主人様ぁ! だ、大丈夫ですか!!」


 使い魔のミアンはそう言いながら、主人のもとに駆け寄った。

 しかしプラムナイザーは返事しない。

 多分話せる状態ではないのだろう。

 するとミアンは主人の生命の危機を察知して、素早く回復魔法を詠唱した。


「我は汝、汝は我。 我が名はミアン。 暗黒神ドルガネスよ。 我に力を与えたまえ! 『ヒール』!」


 ミアンの回復魔法によって、プラムナイザーの傷がじんわりと癒されていく。

 しかし初級回復魔法ヒールでは、完治するまでには至らなかった。

 またこの状況を見て、ミネルバが咄嗟に駆け出した。


「このままあいつの傷が治ったら、全てが無意味になる!! 私が突撃するから、残りの皆はフォローして!」


「「ああ!」」「わ、分かった!」


 ミネルバの言葉にドラガン、アイラ、メイリンもそう応じた。

 この時のミネルバの判断は正しかった。

 しかし敵もまた一人ではなかった。


「!?」


 不意に頭上から闇色の炎が迫って来た。

 ミネルバは咄嗟にサイドステップして、なんとか回避した。

 だが闇色の炎が地面に着弾して、爆発が発生。


 ミネルバはその爆風で後方に吹っ飛んだ。

 それと同時に真っ白な灯台の展望台から、青いフードケープを着た人影が飛び降りた。

 当然急速に地面に落下したが、途中で宙に浮くように浮遊した。


 そしてその人影は、そこからゆっくりと地面に着地して、

 ゆっくりとした歩調で死に身体のプラムナイザーに歩み寄った。

 褐色の肌に薄い水色髪の青いフードケープを着たその女魔族は、見下ろす形でプラムナイザーを見据えた。


「か、カーリンネイツ様! ご、ご主人様を助けてください!」


「……ええ、そのつもりよ」


 急かすようにそう言うミアンに対して、その女魔族――カーリンネイツは静かにそう答えた。

そして両手で印を結んで、呪文の詠唱を始めた。


「我は汝、汝は我。 我が名はカーリンネイツ。 暗黒神ドルガネスよ。 我に力を与えたまえ! 『サーナーティオ』!ッ」


 するとプラムナイザーの身体が闇色の輝きで包まれた。

 それからプラムナイザーの身体が異様な速度で治癒されていく。

 カーリンネイツの唱えた『サーナーティオ』は、魔人級まじんきゅうの回復魔法だ。


 更にカーリンネイツの魔族の中でもトップクラスの暗黒魔導士あんこくまどうし

 故に彼女の手にかかれば、このような重症でも魔法一つで治せる。


「ごほっ……ごほっ……」


 プラムナイザーは激しく咽込んだが、どうやら損傷した肺は治癒されたようだ。

 胸の傷は完全にふさがれていたが、衣服の一部が破れており、彼女の肌の一部が曝け出されていた。 それに気付くと、プラムナイザーは全力を振り絞って立ち上がった。 そして左腕で胸の部分を隠し、柳眉を逆立てた。


「ぐっ……な、な、な、なんたる醜態!! このわたくしともあろうものが! こ、この恨み、晴らさでおくべきか!!」


 プラムナイザーはヒステリック気味にそう叫んだ。

 だがそれと同時に前方から多数の人影が近づいてきた。

 それは魔導士ソーサレスリリア率いる冒険者部隊だった。

 その数合わせて十二人。

 

「救援に来たわ! この爆煙は? 状況はどうなってるの?」


「リリアさん! 敵の親玉とやりあっていた感じです。 なんとか全員で倒したと思ったんですが、新手が来たようです」


「なる程、状況は理解したわ!」


 メイリンがそう答えると、リリアは静かに頷いた。

 そして右手を上げて、周囲の仲間に命じた。


「私達も参戦するわよ! 敵は魔王軍の幹部よ! だからみんな細心の注意を払って!」


「ああ」「おう」「分かった」


 リリアの言葉に周囲の仲間は頷いて、身構えた。

 ようやく爆煙がおさまり、視界が良好になった。

 すると真っ白い灯台の入り口から漆黒のローブを着た魔導士らしき一団がこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。


「ふん! 敵も新手が来たか。 だがあの程度なら問題ない。 カーリンネイツ、卿も手を貸せ! わたくしと卿、それと暗黒魔導士部隊で奴等を皆殺しにするぞ!」


 と、意気揚々とそう言うプラムナイザー。

 だがカーリンネイツは冷たく拒否した。


「……嫌よ」


「な、何!? き、貴様……おくしたのか!?」


「あなた、この状況理解しているの?」


「だからわたくしと卿で奴等を蹴散らすのだ! 大丈夫だ、傷が完全に癒えたわけじゃないが、充分に戦える!」


「……そういう問題じゃないわ」


「ならどういう問題というのだ!」


 眦を釣り上げて怒鳴るプラムナイザー。

 するとカーリンネイツは心底うんざりした表情で首を左右に振った。


「あなたさ、礼の一つも言えないの?」


「は?」


「さっきの状況は私も見てたけど、あの状態で放置してたら死んでたわよね?」


「……ああ、そうだな」


「でそれを治療したのは誰?」


「……卿だ」


 そう答えるとプラムナイザーはしばらく黙り込んだ。

 しかしカーリンネイツはその間も特に何も言わなかった。

 するとプラムナイザーが珍しく謙虚な姿勢でこう告げた。


「……悪かった。 言い過ぎた」


「まあそれはいいわ。 でもそろそろ撤収した方がいいわよ? この状況で敵が五十人、百人と増えたら、わたしと貴方でも流石に勝てないわ。 というか普通に負ける、殺される。 この意味分かる?」


「……ああ」


「大丈夫よ、あなた一人の責任にはしないわ。 魔元帥閣下には、わたしからも謝罪するわ」


「……悪いな」


「いずれにせよ、この戦いは負け戦よ。 ならば傷口は浅い方がいい。 これも分かる?」


「あ、ああ……もちろん分かるがわたくしにも面子めんつというものがある」


「ふうん、そんなもん道端にでも捨てておけば?」


「なっ!?」


「別に負けることは恥じゃないわよ。 でも正直この戦いは思ったより簡単じゃないわ。 少なくともこの戦いにおいては、魔王軍の敗北よ。 でも別にいいじゃない? 一度の敗戦くらい。

次に勝てばいいわけだし、戦争は最終的な勝利を収めないと意味がないでしょ? これも分かるわよね?」


「……確かにそうだな。 分かった、カーリンネイツ。 この場は卿の判断に従おう。 それとわたくしにも色々と至らない点があった。 それについては謝罪する」


 そう言ってプラムナイザーは軽く頭を下げた。

 だがカーリンネイツはその行為に対して何の興味も示さず、身近に迫った危機に対しての、回避方法を提案した。


「そうね、三十秒程時間を頂戴。 わたしがこの大結界をほんの一部を解除するから、それが終わったら、転移魔法で逃走するわ。 それでいい?」


「構わんが、この場に居ない部下はどうする?」


「残念ながら見殺しにするしかないわね。 まあ大半が吸血猫やグールだし、魔族の部下の数はあまり多くないわ。 それに部下は死ぬのも仕事の一つでしょ? この状況じゃ流石に全員無事で撤退は無理だわ。 じゃあ結界を一部解除するから、サポートをお願い!」


「ああ」


 そう言ってカーリンネイツは左手を頭上にかざして、眉間に力を篭めた。

 周囲の暗黒魔導士の数人も同じような真似をした。

 そして残りの四人の暗黒魔導士がプラムナイザーの近くで陣形を組んだ。


「な、何かするつもりのようだな! メイリン、それと他に魔法を使える人は一斉に魔法で攻撃して! 理想は熟練度の高い中級、あるいは初級魔法で! ふんっ! ライトニング・カッター!」


「了解ッス! フレイムボルト!」


 魔導士ソーサレスのリリアは、中級光魔法を詠唱。

 メイリンは初級火炎魔法を詠唱した。

 それに続くように他の者達も魔法攻撃を連発。


「ふん! 猿知恵が!」


 そう言って素早く印を結ぶプラムナイザー。

 するとリリア達の魔法攻撃が不意に生まれた闇色の壁に阻まれた。

 恐らく魔族の闇属性の対魔結界だろう。


 しかし魔王軍の幹部が張っただけあってかなり強固だ。

 その闇色の壁は、リリア達の放った攻撃魔法をことごとく防いだ。

 その間にカーリンネイツ達は上空の大結界の解除に成功。


「よし、空いたわ! プラムナイザー、それとミアンもこっちに来て!」


「ああ」「了解ですわ」


 すぐさまカーリンネイツに駆け寄るプラムナイザーとその使い魔。

 そしてカーリンネイツは両手で印を結び、魔力を解放する。


「我が名はカーリンネイツ。 時をつかさどる時の神よ。 我に力を与えたまえ! 『テレポーテーション』!」


 するとカーリンネイツ達が居る周囲の風景が溶解したように消失していき、しばらくするとその姿が消えた。 残った暗黒魔導士達も同様に転移魔法を唱えて、なんとかこの場から逃げ出した。


 ようやくリリア達がプラムナイザーの張った対魔結界を破壊したが、前方に駆け付けた時は、既に全員逃走した後だった。


「くっ! 逃げられたか!」


 悔しそうにそう言うリリア。

 するとアイザックがその左肩に自分の右手を乗せた。


「そう残念がることはないさ。 魔王軍の幹部を倒すことはできなかったが、奴等を追い出すことには成功した。 リリア、君が主導で多分あの灯台の中に、あると思われる大結界を解除してくれないか?」


「……はい、じゃあ魔法部隊はわたしについて来て!」


「はい」「了解」


 正直少し消化不良の結末だった。

 だがこれで一応は港町クルレーベを解放できるだろう。

 とりあえずそれで良しとしておこうと思うアイザックだった。


「これから残敵掃討に入る! まあ大半が不死生物アンデッド相手だが、全員とはいかないまでも、最低限は神職の手でアニマを浄化してやれ」


 エリスを含めた神職はそれに静かに頷いた。

 これからある意味辛い仕事が待っている。

 だが今更、不死生物アンデッドと化した元同胞を救う手はない。

 だから皆、涙を呑んで悲しい残敵掃討を開始するのであった。

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