第三十一章 上級職(ハイクラス)と独創的技(オリジナル・スキル)

第166話 老魔族の意見


「つまり何だ? 我が軍はまた負けたというわけか?」


「ぎょ、御意!」


 そう答えながら、床に片膝をつく伝令兵。

 その伝令を聞いても、玉座に座る魔王レクサーは、特に何も関心を示さなかった。


「それで我が軍の幹部に戦死者は出たか?」


 と、端的に問う魔王。


「い、いえアルバンネイル魔元帥閣下を含めて残りの御二方もご無事です」


「ならば良い」


「よ、よろしいのですか?」


 やや怯え気味にそう問う伝令兵。

 するとレクサーはやんわりとした口調でこう告げた。


「余はこの件でアルバンネイル達を責めるつもりはない。 あの三人が生きていれば良い。 だがまさか我が軍がまた負けるとはな。 少し敵を侮っていたかもしれん」


 そう言って玉座の肘をつき、頬杖をついた状態で黙考するレクサー。

 伝令は何も言わず硬直した状態だ。

 すると玉座の近くに立つ漆黒の軍服を着た魔王軍親衛隊長のレネシード・ミルトバッハが軽く右手を払った。


「で、ではわたくしめは、これにて失礼致します!」


「ん? ああ、もう下がってよいぞ」


「はっ!」


 とりあえず魔王レクサーは表面上では冷静を装っていた。

 しかしやはり内心では、何かもやもやとした感情が沸き上がっている。

 レクサーが歴代魔王の中で名君めいくんの位置にするかは分からない。

 魔王の定義は人類社会の王族とはまた違う。


 極論で云えば、魔族において魔王は絶対的存在。

 王が死ねと云えば、部下は死ぬ。 そういうものだ。

 しかし魔族にも感情というものは存在する。

 故に魔王があまりにも身勝手過ぎる命令を部下に下したら、当然部下達の間にもなんらかの悪感情が残る。


 だが魔王が優しすぎれば、部下はつけあがり、増長したものは反乱、あるいは簒奪さんだつを試みる者も出てくる。 故に魔王はある一定水準以上の戦闘力を求められる。 そういう意味では、レクサーの戦闘力は魔王として高い方だ。


 だが単純な戦闘力においては、レクサーより強い魔王は過去に存在した。

 しかしレクサーの政治的手腕は、歴代魔王の中でもなかなかのものだ。

 レクサーは基本的に部下達を自由にさせている。

 もちろん程よいバランスで魔王の威厳は保っているが、基本的に部下達には自由にさせている。


 しかしあまり自由にさせて過ぎても問題は起きる。

 魔族という生物は、云うならば肉食生物。

 肉食生物の世界にもコミュニティは存在する。

 故に最低限の掟と規則ルールは必要だ。

 それから逸脱したものは、厳罰を命じて軽く調教テイムしている。

 極力、排除という手段は使いたくないが、状況によってはそれも平気でする。


 そんな形でレクサーは魔王として、魔族の社会を三百年以上統治していた。 レクサーのやり方は、端的に云えば飴と鞭だ。


 基本的に部下のやり方には、口を出さないが問題が起きれば、あるいは魔族という社会の規律を乱す者には厳罰を命じる。 どんな組織や社会においても、秩序や規則きそくは大事なのだ。 そんな形でレクサーはゆっくりとゆっくりと魔族社会を変えた。


 現時点でレクサーの政治手腕は、大衆からかなり評価されている。

 しかし所詮魔族は肉食生物。

 力こそが正義、全てといういびつな生物。

 故にこの戦いで今後も負け続けるとレクサーへの不満も募るだろう。


 ――このままではまずいな、そろそろ手を打つべきだな。

 ――しかし幹部の殆どが遠征に出ている状態だ。

 ――そうだ、奴だ。 シーネンレムスが居た。

 ――ここは奴の知恵を借りるとするか。


「ミルトバッハ!」


「御意!」


「シーネンレムスを呼べ!」


「はっ!」



 三十分後。

 

「魔王レクサーよ、此度こたびは何故、わしを呼んだのじゃ?」


 両手で木の杖をついてそう問う白い仮面をつけた白いローブを着た老魔族。


「シーネンレムス、卿は一千年生きる大賢者ワイズマンだ。 だから卿の知恵を余にかして欲しい」


「……別に構わんがのう」


「我が軍がまた負けた。 これ以上負けるのは少しまずい。 だから我が軍を立て直す為にどうすれば良いと思う?」


 魔王の問いに老魔族はしばらく考え込んだ。

 それをゆっくりと見据える魔王レクサー。

 すると老魔族はぽつりぽつりとこう語った。


「儂は軍事の専門家ではないからのう~。 実戦部隊の総指揮権は魔元帥に任せた方が良いじゃろう。 ここで卿や儂が横から口を出すと魔元帥の機嫌を損ねると思うんじゃがのう~」


「それは分かっている。 だが軍自体の立て直しは必要であろう?」


「まあそうじゃな。 それでは現時点での戦況を教えてもらえんか?」


「ああ、それは――」


 レクサーは簡潔に今までの戦況を老魔族に伝えた。

 すると老魔族は「うむ」と頷いて、またしばし黙考する。

 やや長い静寂の後、老魔族は淡々と語り始めた。


「敵は思ったより、強いようじゃのう。 儂は少し敵を知る必要があると思う。 魔王よ、我が軍の情報部隊はどのような状況じゃ?」


「ん? ああ、基本的に好きにさせているぞ」


「そうか、儂はもう少し軍の情報管理を統制するべきと思う。 とはいえあまり情報部隊を強化することは、辞めた方がいいと思う」


「……何故だ?」


「儂が先代魔王陛下に仕えていた頃じゃが、情報部隊が力を増した時期があったが、どうにもああいう組織は敵だけでなく味方の要らない情報まで収集する悪癖がある。 それで実戦部隊と情報部が水面下で、衝突したことは一度や二度ではない」


「まあそうであろうな」


 と、鷹揚に頷くレクサー。


「今の情報部隊はどのような感じじゃ?」


「余も詳しくは知らん。 ミルトバッハ、卿は知っておるか?」


「はっ! 私の知る限り情報部隊に悪い噂は聞きません。 ですが今回の戦いで実戦部隊と上手く連動できてないと一部の者が不満を漏らしているようです」


 ハキハキとそう答える親衛隊長ミルトバッハ。


「そうか、まあそうであろうな」と、レクサー。


「……確か世界各地に放った偵察部隊の一部を呼び戻せんか? それで敵の各種族の情報を聞き出して、分析するべきじゃ。 味方を知る事も大事じゃが、敵を知る事も大事じゃ」


「……正論だな」


「じゃが魔王軍の現状を考えれば、情報部隊という組織が力をつけることはあまり良くない。 ああいう組織は味方に嫌われる。 じゃから情報部の構成員は、なんというか大人しい気質の者が良い。 魔族も全員が全員気性が荒いわけではない。 大人しい者も居るじゃろ?」


「ああ、だがそれがどうした?」


「まあ要するに情報部隊みたいな組織は大人しい気質の者が管理するのが良い、それと構成員の身内に病気で療養中の者が居たら良い療養場へ移す、あるいは程よい給金を払う。 なんとうか気楽に働ける環境で、構成員にメリットを与えるのじゃ。 そういう連中で組織を構成すれば、味方に恨まれることもないじゃろう」


「ん~、いまいち話の要領がつかめんな」


「要するにじゃ、情報部隊は実戦部隊にとって、只の連絡係や情報取集するだけの「都合の良い便利な道具」と思わさせるのじゃ、そしてなんというか危険視や嫉妬させないようにさせるべきじゃ。 要するに情報部隊は、「気が弱い連中が後方でこそこそ働く部隊」と周囲に認知させる。 でも気の弱い魔族にとっては、良い働き先と思わせる。 そして必要最低限の連絡や情報収集させておけば、味方からもそう嫌われることはないと思うのう~」


「なるほどな」


 魔王レクサーは老魔族の意見に少し感心した。

 確かにそういう組織なら、味方から恨まれることもない。

 勿論、必要最低限、情報部隊を監視する必要はあるが、基本的に自由にさせるつもりだ。

 やはりこういう時は自分だけでなく、他人の意見も大事だ。

 そういう意味じゃこの老魔族の意見は貴重かもな、と思うレクサー。


「うむ、分かった。 この件は卿に任せるがよいか?」


「ああ、構わんよ。 どうせ退屈にしてたところじゃ」


「それとエルフ領進行部隊が苦戦しているようだ。

 何か妙案はないか?」


「急にそう言われてもなあ。 しかしある程度の増援を出す必要はあるな。 だがここで手柄を横取りされたら、ザンバルド辺りが怒るじゃろう。 だからここは静観すべきじゃ。 そして苦戦した始めたところで、増援を出す。 そうじゃのう、リッチマスターのカルネスに不死生物アンデッド部隊を指揮させてみてはどうじゃ?」


「うむ、悪くない意見だ。 こう云ってはなんだが、不死生物アンデッドが死んでもあまり不平を云う者は少ないからな。 しかし敵にして見れば、不死生物アンデッド部隊は脅威になるだろう。 奴等には死の恐怖というものがないからな。 とはいえここはザンバルドの顔を立てよう。 もし奴が負けたら、不死生物アンデッド部隊をエルフ領に派遣する」


「うむ、まあそんなところでいいじゃろう」


「ではシーネンレムスよ、情報部隊の件を任せたぞ。

 もう下がって良いぞ?」


「……うむ」


 そう言って老魔族は踵を返した。

 だが途中で立ち止まって、レクサーにこう問うた。



「……ところで今でもあの御方おかたの声は聞こえるのか?」


「……それは卿には関係ない」


「それもそうじゃのう、では儂はこれで失礼する」


「……ああ」


 そう言い残して、シーネンレムスはこの場から去った。

 その後姿を見ながら、レクサーはこう思った。



 ――やはりあやつは使えるな。 

 ――だがどうにも腹の底を見せぬ男だ。

 ――それに今のは多分オレに対して軽く探りを入れた。

 ――奴は先代魔王にも仕えていたからな。

 ――そして先代魔王――の声は未だに俺に聞こえる。


 ――云わばこれはオレの生まれながらの呪われた宿命。

 ――いずれにせよ、そろそろ勝たねばならんな!

 ――の意見も聞いてみるべきか。

 ――どうせはまた現れる。

 ――あの男は本当に本当に執念深い男だからな。


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