第161話 アイザック対プラムナイザー


「……わたくし上級階級アッパークラスの魔王軍の幹部プラムナイザーである」


 尊大な口調で名乗る女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイア

 するとアイザックが表情一つ変えず、右手に漆黒の魔剣を握りながら、一歩前へ踏み出した。


「……俺の名はアイザック・レビンスキー。 四大種族連合軍に雇われた傭兵隊長だ。 貴様に恨みはないが、これも仕事だ。 プラムナイザー、貴様の命、貰い受ける!」


 アイザックの力強い言葉に、一瞬、

 女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイアは言葉を失ったが、次の瞬間、大音声おんじょうで嘲笑った。


「ふっ……このわたくしを討つというのか? 身の程しらずの青二才め。 わたくしは五百年以上生きる魔族。 貴様程度の敵は何度も返り討ちにしてきたわ。 というか貴様一人でわたくしに挑むつもりか? ん?」


 そう言いながらプラムナイザーはアイザックの周囲に立つ俺達に視線を向けた。

 その緋色の瞳には傲慢さと尊大さが滲み出ている。

 まるで自分が負けることなどないと思っていそうだ。

 しかしアイザックも臆することなくこう返した。


「俺とて少しは名の知れた傭兵だ。 当然傭兵としての矜持は持っている。 だからまずは一騎打ちでお前に挑む。 まさかこの申し出を拒否しないよな?」


「ふふふ、抜かせ。 よかろう、ならば貴様の望み通りわたくし自らが相手してやろう。 ミアン、お前はわたくしから離れていろ!


「了解、ご主人様」


 使い魔のミアンはそう返事をすると、宙に浮遊して主人から離れた。

 ミアンが人語を喋ったので――


「何? あの白猫は猫族ニャーマンなの?」


「さあ、どうだろな」


 と、エリスとラサミスもそう言葉を交わした。

 そうこうしているうちにプラムナイザーは黒鞘から片手剣を抜剣して前へ進み出た。 そして地を蹴り、とてつもない速度でアイザックに迫った。

 即座に剣を構えるアイザック。 


 すると女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイアは頭上に高く飛翔して、身体を高速回転させた。 翻った黒いマントは赤い裏地を見せて、刃物のような鋭さを持って空を裂いた。 この黒マントは魔力によって強化された魔道具の類であろう。 

 それを瞬時で見抜いたアイザックは漆黒の長剣を縦にして、受け止めた。


 すると金属を切り裂くような耳を劈く音が周囲に響いた。 

 堪らず後方のラサミス達は耳を塞ぐが、アイザックは動じない。

 迫り来る黒マントを薙ぎ払うが、その時には女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイアも素早く移動して距離を取る。


「ほう、少しはやるではないか。 竜人族だけあって他の種族よりはマシなようだな」


「はっ! 俺が強いのではない。 貴様が弱いのだ!」


 アイザックは力強くそう吐き捨てた。


「ふふふ、口だけは達者のようだな」


「おしゃべりはもういい! ふんっ! ――ダブルストライク!」



 技名詠唱とほぼ同時にアイザックは二連撃が繰り出した。

 光の闘気オーラで強化された剣戟。 

 だが女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイアも再び黒いマントを翻し、迫り来る黒い刃を受け止めた。


 鈍い音と共に黒いマントが僅かに切り裂かれた。 

 だが次の瞬間、くるくると回るマントにアイザックの右手が巻き取られる。 

 どうやらこの黒マントは並大抵の魔道具まどうぐではなさそうだ。 


 漆黒の魔剣がこのまま巻き取られたらアイザックが一気に不利になる。 

 だがアイザックは剣を右手で握ったまま、身体を内側に捻り、渾身の力で左拳をプラムナイザーの顎目掛けて突き出した。 鈍い感触と共にアイザックの左拳が女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイアの顎を討ちぬいた。


 堪らず後ろに下がる女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイア

 その隙にマントに巻き取られた漆黒の魔剣を握った右手を引き戻すアイザック。

 そして僅かに後ろに上がり、中間距離で再び漆黒の魔剣を構えた。

 本来のアイザックは接近戦を何よりも得意とする。


 だが相手は無詠唱で魔法を使う魔王軍の幹部。

 それ故に接近戦を仕掛けるのは、少々危険だ。

 もし零距離から無詠唱で魔法を撃たれたら、アイザックといえど危険だ。

 ならばこの中間距離から、魔法攻撃をすべきか?

 いやそれは得策ではない。


 アイザックの職業ジョブである魔剣士は確かに魔法が使える。 

 但し攻撃魔法に関しては、闇属性の魔法が主流だ。

 だが魔族は一部の例外を除いて、ほとんどの者が闇属性の耐性を持っている。

 だから魔族の幹部相手に闇属性魔法で攻撃するのは愚策だ。


 となると接近戦も魔法戦も得意とするプラムナイザーが有利になるわけだが、アイザックにも秘策がないわけではない。 但し何度も使える手ではない。 だからこそ相手にこちらの意図を読まれる前に一撃で勝負を決めたい。 アイザックはそう思いながらほんの少しずつ間合いを詰めていく。


 そしてアイザックは絶好の間合いになった瞬間、右手に持った漆黒の魔剣を勢いよく振り上げた。 そして右手に持った漆黒の魔剣に闘気オーラを宿らせて、豪快に振った。


「なっ!?」


 プラムナイザーは思わず声を上げる。

 だが次の瞬間には、漆黒の魔剣から放たれた巨大の炎塊えんかいが放たれた。

 アイザックの持つ漆黒の魔剣の名はレヴァンティア。

 魔剣の中でもかなりの名剣とされる一流の魔剣だ。


 そして魔剣は魔力や闘気オーラを注ぐことによって、魔剣に宿る強力な魔力を自由に変換させて、標的に向かって放つことが可能だ。 完全に隙を突いた形で放った渾身の一撃。 まともに命中すればプラムナイザーも無事では済まなかった。 しかしその窮地を救ったのは、使い魔である猫の妖精グリマルキンだ。


「ご主人様、危ないっ! ふおおおおおおおっ!! ――『吸魔きゅうま』っ!!」


 そう叫びながらミアンは口を開けて大きく息を吸った。

 次の瞬間には、アイザックの放った巨大の炎塊が白猫の口内に、吸い込まれるように吸収された。


「なっ!? 咄嗟に吸収するとは、貴様ただの猫ではないな!」


 これには流石のアイザックも驚いた。


「にゃはははっ! わたしは猫の妖精グリマルキンだよ!」


 してやったりという具合に高笑いするミアン。


「ミアン、奪った魔力をわたくしに渡すのだ!」


「了解です、ご主人様。 ふおおおぉっ!! 『魔力解放マジック・リリース』」


 ミアンから魔力を受け取るプラムナイザー。

 この時、一瞬だがアイザックは硬直した。

 そして五百年を生きる吸血鬼ヴァンパイアはその絶好の機会を逃さなかった。


「我は汝、汝は我。 我が名はプラムナイザー。 暗黒神ドルガネスよ。 我に力を与えたまえ! 『ダークネス・フレア』ッ!!」


 プラムナイザーは全身全霊の力を持って闇の炎を発生させた。

 そして右手からその闇の炎をアイザック目掛けて放った。


 ――ヤバい!


 そう思うアイザックだったが、その時には闇の炎が目前まで迫っていた。

 完全に不意を突かれた。

 少なくとも後方に待機していたメイリンは、咄嗟に対魔結界を張ることはできなかった。 しかしアイラは違った。


 闇の炎がアイザックに迫るなか、咄嗟に彼を庇うように前に躍り出た。

 そしてそのアイザックから買い取ったブルーミラーシールドで闇の炎を受け止めた。 すると闇の炎はブルーミラーシールドに反射されて、プラムナイザーが立つ方向へと軌道を変えた。


「なっ!?」


 思わず声を上げるプラムナイザー。

 これにはミアンも反応ができず、呆然とその様を見据えていた。

 プラムナイザーも対魔結界を張る余裕はなく、羽織った黒マントで身を隠すように防御するしかなかった。


 どごおおおん!

 闇の炎が着弾して轟音を産んだ。

 その轟音と共に生み出される爆風。 

 焦げくさい臭いが鼻腔を刺激し、視界はプスプスと立ち昇る黒い煙で覆われていたが、次第に薄れていき、前方の光景が露わになった。


 全身からプスプスと焦げくさい匂いを放ちながら、プラムナイザーは立っていた。

 羽織っていた黒マントが灰を被り、一部が擦り切れていた。

 どうやらこの黒マントは耐魔力も高かったようだ。

 だが完全に防御ガードしたわけでもなさそうだ。

 プラムナイザーがふらりと身体をよろめかせた。


 ――今だ!


 アイザックはそう心の中で呟きながら、全力で地を蹴った。

 そして手にした漆黒の魔剣に光の闘気オーラを宿らせて、こう叫んだ。


「――エンハンス・ドライバー」


 それから右手を内側に捻り、渾身の力を篭めて強烈な突きを繰り出した。

 アイザックが放ったこの一撃は独創的技オリジナル・スキルである。

 その名の通り独自のスキルである。

 既存の技ではなく、自らが編み出したスキルだ。


 独創的技オリジナル・スキルは少し普通の技と違い、自身で好きな攻撃方法とモーションを決めて、冒険者ギルドで個人記録に登録してもらい、自信の冒険者の証にも登録して、初めて使える独自のスキルだ。


 ちゃんと使い込めば熟練度も上がり、その辺は普通のスキルと同じだ。

 故に熟練者は独創的技オリジナル・スキルを一つか、二つは持っている。


 疾風怒濤の連続技を使う者も居れば、アイザックのように単純明快な全力で突きを放つ者も少なくない。 ちなみにライルがザンバルド戦で使った『神速しんそく太刀たち』も独創的技オリジナル・スキルである。


 武器を使用した連続技は見栄えも良く命中すれば威力は絶大だが、モーションが大きい為に強敵相手にはあまり通用しない場合が多い。 故に強敵相手には咄嗟に放てるシンプルな技が効果的だ。


 ライルの『神速しんそく太刀たち』は全闘気ぜんオーラを一点に集中して、放つ斬り払いだ。 

 アイザックの「エンハンス・ドライバー」も全力で突くというシンプルな技だ。

 しかしどんな大技も相手に命中させねば意味はない。

 だから熟練者は二人のようにシンプルだが強烈な一撃を使う者が多い。


 それに加えて使用する武器は魔剣。

 アイザックは右腕を内側に捻りながら、

 魔剣の切っ先でプラムナイザーの胸部を狙った。


 まともに命中すれば、プラムナイザーの肺は大きく損傷したであろう。

 肺が潰れたら、まともに魔法を詠唱できない。

 仮に無詠唱で魔法を唱えたとしても、肺が潰れた状態ではまともに魔力も練れないだろう。 相手が魔法を使えなければ、アイザックの勝利はほぼ確定する。


 ――筈であった。

 しかしそれはプラムナイザーも理解していた。

 故に彼女も必死に身体を左側に横飛びして、肺への直撃はギリギリ回避した。

 とはいえ右側の肩を激しく抉られた。 

 プラムナイザーはその衝撃と激痛で右手に持った片手剣を地面に落とした。


「もらったぁ!」


 そう叫びながらアイザックは突撃しながら、漆黒の魔剣を構えた。

 もう一度、独創的技オリジナル・スキルを発動させるか、あるいはシンプルに剣技で斬り捨てるか。 だがそれを実行する前に、眼前のプラムナイザーは右手を前に突き出して、全力で魔力を練った。


 アイザックは「まずい」と思ったが、時は既に遅し。

 超至近距離での無詠唱魔法攻撃。

 爆音と共にアイザックの身体が後方に吹っ飛んだ。

 超至近距離で放たれた闇の炎が体内で暴れ狂い、その全身を焦がす。


「ぐ、ぐっ!?」


 思わず低い声で唸るアイザック。

 だがギリギリのところで命拾いした。

 もし後、数セレチ(数センチ)先で喰らっていたら、完全に気を失っていただろう。

 またプラムナイザーが放った魔法が炎と闇の合成魔法なのも幸いした。


 魔剣士は他の職業ジョブより闇属性耐性が高かった。

 そうでなかったら、今の一撃で完全に戦闘不能状態になっていただろう。

 アイザックは気力を振り絞って、なんとか地面から立ち上がろうとした。

 その姿を見てエリスが即座に回復魔法を唱えた。


「我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 

 レディスの加護のもとに――」 


「させるか! 我は汝、汝は我。 我が名はプラムナイザー。 暗黒神ドルガネスよ。 我に力を与えたまえ! 『炎の呪縛ファイア・バインド』!!」


 すると次の瞬間、プラムナイザーの右掌から縄状の炎が生み出され、

 エリスに目掛けて放たれた。


「き、きゃあああ……な、何よ、コレ!?  あ、熱い、熱いっ!!」


 魔力の込められた縄状の炎が、ぐるぐるとエリスの身体を巻き付けて動きを封じた。 エリスの白い法衣と肌を少々焦がしながらも、縄状の炎がエリスの肢体に食い込む。


「ふっ! これで回復役ヒーラーの動きは封じた。 回復役ヒーラーさえ居なければ、貴様らなど物の数ではない。 我が手で一人残らず皆殺しにしてくれよう!」


「流石ご主人様! 動きに無駄はない!」


 高らかにそう宣言するプラムナイザーの上空で使い魔のミアンがそう言った。

 エリスの動きが封じられたことによって、この場で回復魔法を使えるのはアイラのみ。

 ならば長期戦では分が悪い。

 それにいち早く気付いたライルはいち早くこう叫んだ。


「長期戦だとこちらが不利だ。 だから数的有利があるうちに一気に攻め込むぞ。 ラサミス、ミネルバ。 俺が奴に突撃するから、お前等は中衛で待機しろ。 状況次第で俺に加勢しろ! アイラも中衛に待機しながら、負傷者が出れば回復ヒールするんだ。 ドラガンは様子を見ながら、状況応じて付与魔法エンチャント魔力マナパサーを! メイリンは後衛で対魔結界を張ってくれ!」


 と、的確に指示を飛ばすライル。


「わ、分かったぜ!」


「了解」


 と、答えるラサミスとミネルバ。

 同様にアイラも「ああ」と返事ながら――


「みんな、私の周囲に集まってくれ! はあぁっ!! ――『アルケイン・ガード』」


 と、職業能力ジョブ・アビリティ『アルケイン・ガード』を発動。

 これによってラサミス達の防御力や魔法防御が一時的に強化された。

 それに合わせるようにドラガンも付与魔法エンチャントを発動させた。


「我は汝、汝は我。 我が名はドラガン。 猫神ニャレスよ、我らに力を与えたまえ! 『ライトニング・フォース』ッッ!!」


 これで強化魔法も十分にかけられた。

 それと同時にライルは全速力で地を蹴り、プラムナイザー目掛けて突撃する。


 ――相手は魔王軍の幹部。

 ――ここで俺がこいつを倒さなければ全滅もあり得る。

 ――だがそうはさせない! 俺が――俺の剣で勝利を掴む!

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