第三十章 闇夜に舞う吸血鬼(ヴァンパイア)

第160話 対吸血鬼(ヴァンパイア)戦


 女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイアプラムナイザーは、灯台の三階にある展望台から見下ろす形で港町の様子を見据えていた。 急遽大結界を張られて、封じ込まれた連合軍は明らかに狼狽していた。 その様子を見て、プラムナイザーは愉悦の笑みを浮かべた。


 元々彼女は高慢で選民思想に満ちた性格。

 故に他者が苦しむ姿を見るのは、なによりも好きだった。

 しかし全てにおいて彼女の目論見通り物事が進むわけでもない。


「あれ? ご主人様、何者かがこちらへ向かってますよ?」


「何!?」


 使い魔の猫の妖精グリマルキンミアンに言われて、双眸を細めるプラムナイザー。

 魔族は夜行性の生き物。 

 故に夜間では視力などの五感も日中より研ぎ澄まされる。


 そしてその彼女の緋色の瞳にも、何者かの姿が映った。

 一人ではない。 十人近く居るように思われる。

 プラムナイザーは内心で舌打ちしながらも、表面上は冷静にこう告げた。


「どうやら敵の中にもこちらの意図に気付いた者が居るようだな。 まあ良い。 ならば返り討ちにするまでだ! ウィル、リアス!」


「「はっ!!」」


 プラムナイザーがそう叫ぶなり、彼女の後ろに二つの人影が現れた。

 両方とも男だ。 二人とも黒い燕尾えんび服に身を包んでいた。


「卿ら二人に命じる! この灯台に迫る敵を始末せよ! 吸血猫やグール、グーラーを引き連れて、奴等を蹴散すのだ!」


「「御意」」


 そう言うなり、二人は展望台から飛び降りた。

 もっとも彼等もプラムナイザー同様に浮遊能力ふゆうのうりょくの持ち主。

 故に急降下することもなく、余裕を持って地面に着地した。

 そして彼等が「パチン」と指を鳴らすと、何処からともなく吸血猫やグール、グーラ―が現れた。


「では行くが良い! 我が眷属として恥をさらすなよ!」


「「御意!」」


---------


 今日だけでどれだけ走ったんだろうか。

 でも俺はまだ若い。 故にこれくらいなんでもないさ。

 俺はそんなことを思いながら、ひたすら走り続けた。

 すると視界に真っ白い灯台が見え始めた。


 ようやく到着か。

 ん? 何だ? 灯台の前に人影が見えるぞ。


「アイザックさん、前方に何やら人影が見えます」と、兄貴。


「恐らく敵だろう。 全員戦闘態勢に入れ!」


「はい!」


 俺達はアイザックの言葉に従い戦闘態勢に入った。

 そしてゆっくりと歩き、人影との距離を詰めた。

 するとぼんやりとだが、前方に立つ人影の顔が見えてきた。

 一人は雪のような白髪はくはつを後ろで一つに結んでいる。

 もう一人は雪のような白髪をオールバックにしていた。 

 二人とも燕尾服を着た男だ。

 

「そこで止まれ! これ以上進むと死ぬことになるぞ?」


 と、髪括りの燕尾服の男がそう言った。


「悪いが聞けぬ相談だな。 しかし貴様らの反応で大体分かった。 こちらも遊びではないからな。 道をどかぬと言うなら力づくで通るまでさ」


 と、アイザック。


「ふん、馬鹿ともがっ! お前等、こいつらを囲め!」


 髪括りの男がそう言うなり、周囲に吸血猫やグール、グーラーが現れた。

 けっこう数が居るな。 しかしこれで確定した。

 結界が張られているのは、この灯台だ。 間違いない。

 ならば俺達のやることはこいつらをぶっ倒して、

 こいつ等のボスを叩きのめすことだ。 


「どうやら当たりのようだな。 アイザックさん、兄貴。 あの髪括りは俺に任せてくれ」


「まあ構わんさ。 となると俺は――」


「アイザックさん、もう一人は俺に任せてください」


 と、兄貴が口を挟んだ。


「別に構わんが、何か意味があるのか?」


「恐らくこいつ等のボスが灯台から監視しているでしょう。 だからアイザックさんは対ボス戦まで手の内を見せない方がいいです」


「……なる程な。 了解だ、ならば俺達は周囲の雑魚を狩ろう。 ドラガン殿もそれでよろしいかな?」


「ええ、問題ありません」


「フン、俺達も舐められたものだ。 俺の名はウィル。 女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイアプラムナイザー様の眷属けんぞくだ。 我ら吸血鬼ヴァンパイアは魔族の中でも、上位に位置する存在。 貴様ら如きが適う相手ではないわ。 己の愚かさを呪いながら、死んで行くがよい。 ――死ね!」


 そう言いながらウィルが猛スピードで地を蹴った。

 それと同時にもう一人の男も兄貴に向かって突撃を開始。

 周囲の雑魚はアイザックやドラガンに任せておいていいだろう。


吸血鬼ヴァンパイアの力がどれ程のものか見せてもらうぜ!」


「抜かせっ!」


 俺は腕をしならせて鋭い左ジャブを一発、二発と打ち込んだ。

 だがウィルも左右への華麗なステップで完全回避。

 ふうん、悪くない動きだ。 だが俺も伊達に修羅場を潜っちゃねえよ!


「はっ、はっ、はぁっ!」


 俺は右、左、右、左と交互に、速い突きを繰り出すウィルの攻撃を、上下左右にステップを刻み華麗に交した。 激しい突きと蹴りを繰り出す燕尾服の吸血鬼ヴァンパイアだが、その攻撃はまるで当らない。 確かに悪くない動きだ。


 だがな、俺も今まで色んな強敵と戦ってきたんだ。

 だからこの程度の攻撃を見切ることなんて朝飯前さ。

 次第にウィルの表情に焦りの色が浮かび、その動きにも強引さが目立ち始めた。

 俺はその隙を見逃さず反撃に転じた。


 とりあえずワンツースリーとパンチを放つ。 

 一、二発目は腕でガードされたが、三発目の左ストレートが綺麗にウィルの顔面に命中。


「ごふっ!?」


 堪らず喘ぐウィル。 だが俺は更に追撃を繰り出した。 まずガードが上がり気味になった敵の腹部に、強烈な右ストレートを喰らわせた。 ウィルが呻きながら身体を九の字に曲げた。

 よし、ならばここで英雄級の体術スキル『黄金の息吹ゴールデン・ブレス』を発動させる。


「はあああっ……『黄金の息吹ゴールデン・ブレス』」


 俺は右手に全体の三割程度の闘気オーラを宿らせた。

 闘気オーラの属性は光属性。 魔族に良く効く属性だ。


「な、なんだ!? な、なにをする気だ!?」


 俺の右手の尋常ならざる闘気オーラに驚き戸惑うウィル。

 その隙を突いて、俺は「ハア――」と大きく呼吸して、右手を開いたまま眼前の吸血鬼ヴァンパイアの胸部に突き出した。


「ご、ごがはぁぁっ!?」


 ウィルは絶叫しながら、後方にふっ飛んだ。

 そして十五メーレル(約五メートル)くらい吹っ飛んで、背中から地面に倒れ込んだ。

 おおお、これは凄い威力だ。

 英雄級の体術スキル「とおし」と『黄金の息吹ゴールデン・ブレス』を組み合わせると、ここまで絶大的な威力を発揮するとはな。


 しかし相手は吸血鬼ヴァンパイア

 確実に止めを刺した方がいいだろう。

 俺は吹っ飛んだウィルのもとに駆け寄り、右足で思いっきり首を蹴った。


 すると「ぼきっ」という鈍い音と共にウィルの首があらぬ方向へと曲がった。

 しばらくはウィルの身体は痙攣していたが、すぐに動かなくなった。

 我ながら悪くない攻めだった。 だがこれはまだ前哨戦に過ぎない。

 一方、兄貴も圧倒的な力でもう一人の吸血鬼ヴァンパイアを追い込んでいた。


「ファルコン・スラッシュ!」


 兄貴の放った一撃が容赦なく若き吸血鬼ヴァンパイアを切り刻む。 

 若き吸血鬼ヴァンパイアも腕を交差させて防ごうと試みたが、それが更なる不幸を呼び寄せた。


「ぐ、ぐ、ぐああああああぁぁぁっっっ」


 野獣のような悲鳴とともに、燕尾服の吸血鬼ヴァンパイアの右腕が頭上に吹き飛んだ。 

 燕尾服の吸血鬼ヴァンパイアは、たまらず蹲り、苦しみ悶えた。

 しかし兄貴は無表情のまま手負いの吸血鬼ヴァンパイアに歩み寄った。


「ま、待て! 待ってくれ!!」


「お前は今まで多くの者の血を吸ってきただろう? 多くの者が「助けて!」と言っただろう?

 それでお前は助けたか? つまりそうことだ。 貴様も魔族なら見苦しい生に執着するな。 とても見てられん。 そういうわけだ。 だからこのまま大人しく地獄に行け!」


「ちょ、ちょ、ま、待てえぇぇぇ!!」


 兄貴は、脅え気味に後ずさりするに吸血鬼ヴァンパイア対して、全く慈悲をかけなかった。 両手でしっかりと握り締めた白銀の宝剣を振り上げ、狙いをさだめると、吸血鬼ヴァンパイアの頭部目掛けて、打ち下ろした。 白銀の宝剣は皮膚と肉を切り裂いて、吸血鬼ヴァンパイアの頭部を打ち砕いた。


 なかなかエグい光景だが、相手は吸血鬼ヴァンパイア

 この港町の惨状を生み出した敵の親玉の手下の一人。

 故に同情する必要はない。 弱いコイツが悪いのだ。

 兄貴は血で赤く塗装された白銀の宝剣の切っ先を一、二回ほど振った。


「どうやらアイザックさん達も周囲の雑魚を片付けたようだ。 残すは敵の親玉のみ。 これからが本番だ。 ラサミス、お前も心して挑めよ」


「ああ、分かってるよ」


 などと会話していると、目の前の灯台の展望台から人影が飛び降りてきた。

 というか今三階くらいの高さから飛んだよな?

 でもその人影はまるで浮遊しているかのようにゆっくりと地面に着地した。

 どうやら浮遊能力の持ち主みたいだ。

 そしてその人影は優雅な歩調でこちらに歩いてきて、その姿が露わになった。


 どうやら女の魔族のようだな。 なかなかの美形だ。 その女魔族は襟ぐりの広いノースリーブの黒いブラウスの上に、赤い裏地の黒マントを肩から羽織っており、下半身は丈が短い真っ赤なスカートという格好。 腰の茶色の剣帯には、黒鞘に収められた少し短い片手剣。 だが何より目に付くのは、左肩に白猫を乗せているということだ。


 でも多分こいつが親玉だ。

 山猫騎士団オセロット・ナイツの証言と容貌が一致している。

 つまりこいつが女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイアだ。

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