第159話 灯台を目指して!(後編)


 そして北へ進む事、十分余り。

 俺達は船着場の近くに立つ二階建ての倉庫の屋根の上に身を潜めていた。

 するとアイザックが腰袋から双眼鏡を取り出し、船着場の状況を確認する。


「お前等も見てみろ」


「はい」


 と、アイザックが兄貴に双眼鏡を手渡した。

 そして兄貴からドラガン、ドラガンからアイラと手渡されて、しばらくすると俺にも双眼鏡が手渡された。


 船着場の出入り口には、二人の魔王軍の魔族兵が門番の如く立ち塞がっていた。 だがこの二人以外の敵影はなかった。 二人ならなんとかなりそうだな。 船着場の構造は、出入り口以外は、八メーレル(約八メートル)くらい高さの灰色の壁で囲まれている形だ。 闘気オーラを纏えば、飛び越せる高さだ。


 俺は更に奥の方を双眼鏡で覗き込んだ。

 船着き場にはそんなに敵は居ないようだ。

 まあ吸血猫やグール、グーラー化した猫族ニャーマンやヒューマンの姿はちらほら見かけるが、あの程度の数ならそんなに心配することはないだろう。


 それよりは問題は灯台の位置だ。

 俺は両手で双眼鏡を持ちながら、灯台を探した。

 あっ! あれか!?

 岬の先端に聳え立つ真っ白い灯台。

 多分あれが俺達の目指す灯台であろう。


 港からけっこう距離がありそうだな。

 でもあれくらいの距離なら走れないことはない。

 ならば敵にこちらの意図を気付かれ前に灯台を目指したい。

 とりあえず俺は双眼鏡をミネルバに手渡して、こう言った。


「思ったより港内に敵は居ないみたいですね。 ならば門番の敵を長距離射撃で倒して、港に入ったら、俺達だけで灯台へ向かいますか? それとも他の右翼部隊が来るまで待ちますか?」


 するとアイザックはしばらく考え込んでから――


「そうだな。 出来れば今すぐにでも結界を解除したい。 しかし他の右翼部隊を待っている時間的余裕もない。 だから門番を倒したら、この九人で灯台を目指そう。 俺がこの携帯石板でリリア殿にそう伝えておく」


 アイザックはそう言いながら、腰袋から銀色の長方形の携帯石板を取り出した。

 そうと決まれば善は急げだ。


「マリベーレ、ここから敵の門番を狙撃できるか?」


 という俺の質問にマリベーレは少し首を傾げながら――


「うん。 少し視界が暗いけど、これくらいの距離なら問題ないと思う」


「そうか。 ならとりあえずあの出入り口の見張り二人を狙撃してくれないか? マリベーレが二人を射殺した後に、俺達は一気に出入り口へ向かい、港内に侵入する。 マリベーレはこの場に残り長距離射撃で周囲の敵を狙撃してくれないか?」


 マリベーレは天才的な魔法銃士マジック・ガンナーだが、その身体はまだ十一歳の子供。 故に接近戦は苦手だ。 ならばこの場に留まり、長距離狙撃で敵を狙撃する方が安全だし、効果的だ。


「そうね。 わたしが前線に出ても足手まといだからね。 でもこの距離からなら、十分敵を狙撃できるよ。 了解、ラサミスお兄ちゃんの指示に従うよ」


「悪いな、マリベーレ」


「いえいえ、これもわたしの仕事だから。 それじゃとりあえずあの目障りな二人から、始末するね」


 そう言ってマリベーレは伏射ふくしゃ体勢になり、自分の銀色の魔法銃のスコープに顔を寄せた。 そして額に装着したゴーグルをくいっと目元に引き寄せた。 このゴーグルは魔法道具で、暗闇でもある程度、視界が良好になるようだ。



「――『ホークアイ』発動開始っ!!』



 そう叫ぶなり、マリベーレは左眼を瞑り、魔力を解放する。

 そしてマリベーレはスコープ越しに標的である見張り役を見定めると、魔法銃の引き金を引き絞り、火と風の合成弾を放った。 合成弾は目にも止まらぬ速さで、左側に立っていた見張り役の眉間を射抜く。 見張り役は口をぱくぱくさせながら、地面に力なく崩れ落ちた。


 これを見て当然もう一人の見張り役が驚き慌てた。

 しかしその時には、マリベーレは狙撃体勢に入っており、再び魔法銃の引き金を引いた。 放たれた合成弾は、先程のようにもう一人の魔族の見張り役の額に命中。 そして次の瞬間、もう一人の見張り役は地面に崩れ落ちて、地べたに接吻した。


「あ、相変わらずスゲえなっ!」


 俺は思わずそう口にした。 

 ここから標的までは軽く見て、三百メーレル(約三百メートル)くらいの距離がある。 それを立て続けに標的を狙い打つなんて並みの技量じゃない。


「驚いてる場合じゃないよ、ラサミスお兄ちゃん。 すぐに敵に気付かれるよ。 ここはわたしに任せて、残りのみんなであの出入り口へ向かってよ」


「あ、ああ。 そうだな。 アイザックさん、今のうちに行きましょう!」


「ああ、そうしよう。 全員全力で走れ!」


「はい!」


 よし、このまま一気に港に侵入するぞ。

 中に入れば、後は灯台を目指してひたすら走るだけ。

 とにかく早く結界を解除せねば!

 この作戦の成功の鍵は俺達の手に委ねられたのだ。

 そう思いながら俺は全力で地を蹴り走った。



 ハアハアハアハァ。

 俺達は呼吸を乱しながら、全速力で出入り口を目指す。

 当然両足には、風の闘気オーラを纏っている。 

 現時点では敵は異変に気付いていないようだ。


 周囲にも魔王軍の魔族兵の姿はない。 この絶好の機会を逃す手はない。

 そうこう考えているうちに、出入り口の扉が近づいてきた。

 ここは小細工などせず、正面突破で行くべきだ。 

 バタンッ!!

 俺は出入り口の木製の扉を足で蹴破り、勢い良く中に飛び込んだ。



「ニャァ――ア゛ア゛―ニャア゛―」


「ニャァア゛―ア゛―……」


「ア゛ァーア゛ァーア゛ーア゛ー」


 どうやら港内のグール、グーラー化した猫族ニャーマンやヒューマンは、この暗闇で俺達をまともに認知できてないようだ。 しかし全員がグールやグーラーというわけでもなかった。


「な、何だ!? 何かあったのか?」


「お、おい……黙るなよ。 言いたい事があるならちゃんと言えよ!」


 と、慌てふためく魔族兵。

 これはついてるぜ。

 どうやら敵もこの暗闇で俺達の姿をまともに視認できてないみたいだ。

 ならばここは攻めるべき! 俺は咄嗟にこう叫んだ。


「メイリンッ! 今のうちに強烈な光属性魔法を撃て!」


「了解よっ! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う光の精霊よ、我に力を与えたまえ! ――みんな、吹き飛べえっ! ……『ライトニング・ダスト!!』」


 メイリンがそう素早く呪文を紡ぐと、彼女の杖の先端の魔石に眩い光の波動が生じる。 それからメイリンは両手杖を握った両腕を大きく引き絞った。 次の瞬間、杖の先端の魔石から迸った光の波動が神速の速さで周囲の敵に迫った。 そして「どおおおん」という轟音と共に敵の集団が吹っ飛んだ。 今の一撃でけっこうな数の敵が死んだようだ。


「やるじゃねえか、流石メイリン!」


「ふふん、これくらい楽勝よ」


 と、得意げな顔でそう言うメイリン。

 まあ実際大したものだから、この場は大目にみてやろう。


「くっ! こいつら想像以上に強い……うぐっ!?」


「お、おい……どうした……」


「せいっ! ファルコン・スラッシュ!」


「ぎゃあああっ!?」


 兄貴は敵の隙を逃さず、手にした宝剣で斬り捨てた。

 もう一人の敵は多分マリベーレが狙撃してくれたのだろう。

 この暗がりで長距離狙撃を決めてくれるのは、マジで有難い。


「敵が想像以上に狼狽してるぞ。 今のうちに灯台に行くぞ!」


「「「了解」」」「「「「はい」」」


 俺達はアイザックの言葉に大きな声でそう返事した。

 そう、ここで道草を食っている場合じゃない。

 俺達はお互いに顔を見合わせて、無言で頷いた。

 そして再び両足に風の闘気オーラを宿して、灯台目掛けて全力で走った。


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