第155話 大結界


 ヒムナート平原を越えて、港町クルレーベに雪崩れ込む四大種族連合軍の両翼部隊。 周囲では猫族ニャーマンの猫騎士や傭兵、冒険者で編成された侵攻部隊が、港町クルレーベに滞在する魔王軍の部隊と交戦している。


 相次ぐ爆音に、発生する衝撃波。

 放たれた数々の魔法が着弾し、爆音と爆風が周囲に巻き上がる。

 魔王軍の兵士達と猫騎士、傭兵、冒険者が手にした武器で斬り合う。


 しかし数の上では、連合軍が圧倒的に有利だった。

 魔王軍は精々150から200という戦力。

 それに対して、連合軍は両翼の部隊だけでも500以上居る。

 そして後方からは、支援職や魔法部隊が次々とこの港町に入ってきた。


 連合軍が港町クルレーベを奪還するのも時間の問題。

 と思った時に、茜色に染まった夕空に異変が起きった。

 まるで時間を早送りしたかのように、夕空が闇夜と変わっていく。


「な、なんだ!? これはっ!!」


 異常事態に思わず声を上げるアイザック。


「ま、まさか昼夜を逆転させる魔法!? でもそんな魔法があるなんて聞いた事ないわ! だけどこの異様な魔力は何? とんでもないわよ、これ……」


 自身の知識をフル回転させて、そう言うメイリン。


「こ、これが相手の張っていた罠なのか!? この後、何か起こるぞ。 全員固まって周囲に警戒するんだ!」


 慌てながらも、状況を的確に判断するラサミス。

 そうこうしているうちに、空が茜色から惣闇つつやみ色に変わっていく。

 そして港町クルレーベが巨大なドーム状の大結界で覆われた。

 暗黒魔導士あんこくまどうしカーリンネイツとその部下の暗黒魔導士が連合軍を封じ込める為に張った魔帝級まていきゅうの大結界だ。


 魔族の魔法と技スキルは、全部で初級、中級、上級、英雄級、魔人級まじんきゅう魔王級まおうきゅう魔帝級まていきゅうの七段階に分別されるが、魔帝級まていきゅうは四大種族の神帝級に該当する。


「団長、なんか変です。 港町の周囲だけが真っ黒になっている」


 周囲の異変に気付く女竜騎士ドラグーンカチュア。

 カチュアに言われて、騎士団長レフ・ラヴィンは港町の方を見据えた。


「こ、これはっ!?」


 カチュアの言うように、何かがおかしい。

 港町以外の場所はまだ夕方なのだが、港町の周辺はまるで真夜中になったように暗い。 もしかしてこれは敵の結界なのか?


「こ、これはまずいかもしれん! アクセル・ドライブ!」


 そう言いながら、中級風魔法を唱えるレフ。

 すると加速されたレフが騎乗する黄金の飛竜が港町を覆う巨大なドーム状の大結界に近づいた。 レフは街を覆う黒い結界に近いて、左手で触れてみた。 すると左手がビリッとした強い感触で弾かれる。


「こ、これは……とんでもなく強い結界だ。 帝王級……いやもしかしたら神帝級レベルの結界か!?」


「だ、団長! どうなっているんですか?」


 青い飛竜を操り、慌ててレフに近づくカチュア。


「恐らく敵が港町クルレーベ全体に大結界を張った。 多分神帝級クラスのものだ。 正直俺にはどうしようない……」


「神帝級って!? それじゃ先行した部隊は街に閉じ込められたの!?」


「……そういう事になるな。 敵にかなり凄い魔導士がいるようだな」


「お、落ち着いてる場合なの!? もう少ししたら日没なのよ? 夜になれば魔族は力や魔力を増すし、危険だわ!!」


「分かっている。 だがその前に俺達は分断された部隊と味方の本陣を護るべきだ。 敵の飛行部隊はまだたくさん居るからな」


「そ、そんな……それじゃ先行した部隊を見殺しにするつもりなんですか!?」


 やや興奮気味にそう言うカチュアをレフは軽くさとした。


「カチュア、言葉を慎め! 俺達は俺達のやれる範囲で任務を果たすのだ。 恐らくこの結界は残された味方の魔法部隊にも解除できないだろう。 ならばここは閉じ込められた仲間より残された仲間を護るべきだ。 カチュア、俺の言っている事はおかしいか?」


「……いえ」


「団長、敵の飛行部隊が味方の本陣を狙い始めている。 今すぐ本陣の救援に向かうべきだ。 指示を頼む!」


 赤い飛竜に騎乗した筋骨隆々の白銀の鎧を着た

 大柄な竜騎士ドラグーンロムスがそう言った。


「副団長、何人か連れて本陣の救援に向かってくれ! 俺とカチュアは敵の飛行部隊を食い止める!」


「わかった! ――アクセル・ドライブ!!」


 そう言って中級風魔法を唱えて、手綱を握りながら赤い飛竜を操り、本陣の救援に向かう白銀の鎧を着たロムス。


「カチュア、今は目の前の仕事に専念するんだ。 いいな?」


「……はい」


「心配するな。 先行した部隊にアイザックさんが居る筈だ。 あの人がこんなところで死ぬわけがない」


 そう言って口を真一文字に結ぶレフ。

 そして手綱を取って、黄金の飛竜を操り敵の飛行部隊目掛けて突撃して行くのであった。



「ニャァ――ア゛ア゛―ニャア゛―」


「ニャァア゛―ア゛―……」


「……こいつは少しヤバいな」


 アイザックはそう言って乾いた舌を舐めた。

 闇夜のように暗闇に包まれた港町クルレーベ。

 そしてしばらくすると家屋や倉庫などから、眼が血走った猫族ニャーマンが大量に現れた。


 よく見ると顔や手などに噛まれた痕がある。

 そう彼等は女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイアプラムナイザーとその配下の吸血鬼ヴァンパイアに吸血されて、吸血猫きゅうけつねこ化、あるいはその成れ果ての食人鬼しょくじんきグール、グーラー化した者達だ。


 そういった連中が色んな所から、次々と現れて、連合軍の両翼部隊を包囲した。

 その数――数十、いや数百単位に達している。

 大半は猫族ニャーマンだが、三割くらいはヒューマンの老若男女。

 エルフ族と竜人族の冒険者らしき男女が一割未満という割合だ。


「ヴァーア゛―ニャアア゛――」


「見渡す限り猫族ニャーマンだらけか。 こいつはちょっとした見物だな。 しかも吸血猫きゅうけつねこやグール、グーラー化しているというおまけ付きだ。 なる程、敵の狙いは最初からこれだったのか」


 アイザックは周囲を見渡しながら、そう呟いた。


「落ち着いている場合じゃないですよ? アイザックさん、どう対処するつもりですか?」


 珍しく慌て気味にそう言うライル。


「……さてどうしたものか」


「グール、グーラーは無理と思うけど、大元の吸血鬼ヴァンパイアを倒せば吸血鬼化した

連中は元に戻るはずですよね?」


 確かめるようにそう言うラサミス。


「伝承通りならその筈よ。 でも実際に試したことはないけど」


 と、周囲の猫族ニャーマンをちらちら見るエリス。


「で、でもこの状況で全く犠牲を出さずに大元の吸血鬼ヴァンパイアを倒すってのは……」


 メイリンはそう口にしながら、途中で言葉を止めた。

 自分で言っておきながら、そんな事は不可能だと悟ったのだ。

 しかし周囲の連中は、元はと言えばこの港町の住人だ。

 そんな何の罪もない連中を自分の手で倒すことは心苦しい。

 だがアイザックがそんな思いを打ち砕くように、高らかに宣言した。


「全員、戦闘態勢に入れ! 生き残る為だ。 まずは周囲の吸血鬼ヴァンパイア化、グール、グーラ―化した連中を始末していくぞ。 これは右翼部隊の指揮官としての命令だ!!」


 その言葉を聞くなり、周囲の者達も戦闘態勢に入った。

 彼等も本心では分かっていた。

 この状況を何の犠牲も出さず、打開することなど無理という事実に。


「お前等がやりにくいなら、俺が代わりに始末してやる。 どうせ俺は地獄行きが確定だ。 だからこれ以上、ごうを背負っても、大して差はない」


 アイザックは僅かにドラガンを見ながら、そう言った。

 言い方は少し悪いが、要するに彼は自分が汚れ役になると言ってるのだ。

 その意図を汲み取ったドラガンは表情を消したままこう返した。


「いえアイザック殿だけにお任せする訳にもいかない。 それに我等も連合ユニオンとしての、冒険者としてのプライドがある。 だから我々も戦います! そういうわけだ! お前等もいいなっ!?」


 そう言って周囲の連合ユニオン団員メンバーを見るドラガン。

 すると各自、様々な反応をしながらも、最後は黙って頷いた。


「いい覚悟だ。 気にいったよ。 この戦いが終わったらアンタと一杯飲みたいな」


 と、アイザック。


「アイザック殿。 我々、猫族ニャーマンは酒を飲めませんよ。 でも是非生きて祝杯を上げたいものですな」


「ああ、是非ともな」


 と、剣を構えながら微笑を浮かべるアイザック。

 

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