第154話 まるで勇者きどり


 夜が明けて、翌日の8月31日。

 魔王軍との戦いも三日目に突入した。

 しかし昨夜も敵の不死生物アンデッド部隊による夜襲があり、多くの回復職ヒーラーは深刻な睡眠不足に陥っていた。


 夜襲の規模に関しては、前夜の方が上だったが、朝方まで不死生物アンデッド部隊による嫌がらせじみた攻撃が散発的ながら、続いた。 とにかく一端が終わったかと思わせて、一定の間隔を置いて、敵の攻撃が続くのだ。 これは地味に堪える。


 いくら歴戦の猛者と魔導士でも睡眠不足には勝てない。

 故にレビン団長は全部隊の回復職ヒーラーに五時間の仮眠を取らせた。

 勿論、その間も交代制で見張りは置いたが、全体的に皆、寝不足気味だ。

 だから俺や兄貴、ドラガン達も最低三時間の仮眠は取った。


 とはいえ三時間や五時間で完全に疲れが取れるわけもなく、俺達だけでなく、周囲の冒険者や傭兵部隊の連中も眠そうな表情だ。 しかし敵の意図が少し気になるな。


 単なる嫌がらせか?

 あるいは他に何か意図があるのか?

 竜騎士団の参戦によって、今は四大種族連合軍がやや優勢。

 しかしこういう時こそ、気をつけるべきだ。


 とは思うんだが、残念ながら俺には大して発言権はない。

 故に昼過ぎまで休んでから、またヒムナート平原で戦うという命令に素直に従うしかない。 下っ端は辛いね。


 そして迎えた午後の二時過ぎ。

 前日まで通り左翼にレビン団長率いる猫族ニャーマン部隊。

 右翼にアイザック率いる冒険者、傭兵部隊を配置して、中央にマリウス王子率いる本陣を置くという基本布陣は変えないが、竜騎士団は完全に指揮権を団長のレフ・ラヴィンに任せて、遊撃部隊として、敵の飛行部隊と交戦するという感じだ。


 まあ作戦自体には不満はない。

 俺自身この戦術がシンプルだが有効だと思う。

 要は面倒な敵の飛行部隊は、竜騎士団に任せて、俺達、両翼の部隊が地上戦で敵に勝てば良いという話。


 そして地上戦で勝って、そのままの勢いでクルレーベに突入して、敵の司令官を倒して、街を解放。 というのが理想的な形だが、敵も馬鹿じゃない筈だ。


 何らかの策は打ってくる筈だ。

 恐らく敵の司令官は、あのザンバルドクラスの大物の魔族だろう。

 多分数百年は生きているんだろう。

 そういう奴がこのまま何もしないで、手をこまねいているだろうか?

 でも俺には敵の策や狙いが分からない。

 だから不安に思いつつも、目の前の戦いに専念するしかなかった。



「我は汝、汝は我。 我が名はドラガン。 猫神ねこがみニャレスよ、我らに力を与えたまえ! 『ソニック・フォース』ッ!!」


「皆、頑張って! 我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 レディスの加護を我が友に与えたまえ! 『――プロテクト』!!」


「皆、職業能力ジョブ・アビリティ『アルケイン・ガード』を使うから、私の周囲に集まってくれ! はあぁっ!! ――『アルケイン・ガード』」

 

 ドラガンに続いてエリスも強化魔法を唱える。

 アイラも覚えたての職業能力ジョブ・アビリティ『アルケイン・ガード』を発動。

 他の魔法職も強化魔法を次々周囲の味方とかけていく。


「攻撃力を上昇させます! 『怒りのラプソディ』!!」


 更には中衛の支援職・吟遊詩人バード宮廷詩人ミンストレルが手にした楽器を奏でるなり、俺達、前衛部隊の身体が眩い光に包まれた。 『怒りのラプソディ』という歌・楽器スキルは、自分や周囲の仲間の攻撃力を上げる効果があるそうだ。 これに加えて、オーラを纏えば、攻撃力に更に上がるらしいアイザックは全員に強化魔法がかかると、手にした漆黒の魔剣を天に掲げた。


「よし、魔法部隊の蓄積チャージが終わるまで、俺達で敵を食い止めるぞぉっ!! ――では行くぞ! 全員、心してかかれ!」


 その号令と同時に俺達は地を蹴り、前方のゴーレム軍団目掛けて突貫した。


「――パワフル・スマッシュ!」


「――ピアシング・ブレードッ!!」


「――せいっ! 『スピニング・ツイスター』!!』


 アイザックが漆黒の魔剣を、兄貴は白刃の宝剣を、そしてミネルバは漆黒の魔槍まそうを手にしながら、技名を叫びながら眼前のゴーレム達を斬り捨てる。


 眼前のウッドゴーレムは、斬撃にそれなり強いが、上級職に加えて魔剣や宝剣、魔槍を使うアイザック達の敵ではなかった。 三人は強引にゴーレムの身体を切り裂き、確実に背中の刻印こくいんを破壊していく。


 いやあ、凄いねえ。

 この三人が魔剣やら宝剣やら魔槍を持つと洒落にならない強さだ。

 というわけで俺はゴーレムの撃破は彼等に任せて、他のオーガとか蜥蜴人間リザードマンやコボルド、ゴブリンなどと戦う。


 操り人形ゴーレム相手だといまいち燃えないんだよねえ。

 それにゴーレム相手だと殴ると手が痛いんだよな。

 アイザック達三人だけでなく、周囲の冒険者や傭兵もゴーレムの動きが大体読めてきたのか、確実に一体一体撃破していく。


「――魔法部隊、蓄積チャージ完了しました」


「了解だ。 前衛部隊、中央を空けながら下がれ」


「おう!」


 アイザックの指示と共にさあっと中央に綺麗な一本道が出来上がる。

 それと同時に中衛、後衛に居た魔法部隊が何歩か前に出てきて――


「行くわよ! 我は汝。 汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う水の精霊よ。 我に力を与えたまえ! 喰らいなさいっ! 『シューティング・ブリザード』ッ!」


「我は汝。 汝は我。 我が名はリリア。 ウェルガリアに集う水の精霊よ。 我に力を与えたまえ! せいっ! 『シューティング・ブリザード』ッ!」


 メイリンと魔導士ソーサレスのリリアが狙いすましたように上級氷魔法を詠唱。

 呪文の詠唱するなり、メイリン達の周囲の大気がビリビリと震えて、そして手にした杖の先端の魔石が眩く光り、大冷気が放出された。


 大冷気に呑まれてたゴーレム軍団は物の見事に氷結。

 更に第二射が放たれる。

 

「粉々になりなさいっ! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う風の精霊よ、我に力を与えたまえ! ……『アーク・テンペスト』!!」


「我は汝、汝は我。 我が名はリリア。 ウェルガリアに集う風の精霊よ、我に力を与えたまえ! 消えなさいっ……『アーク・テンペスト』!!」


 メイリンとリリアが上級風魔法を唱えた。

 激しい旋風が、氷結したゴーレム達の身体に渦巻いた。 

 そして魔力反応『分解ぶんかい』が発生。


 凍り付いたゴーレムの身体に放射状に皹が入り、硝子がらすのように粉々に砕け散った。何体もの、何十体ものゴーレムが同じように砕け散る。 なかなか見事な光景だが、ここ数日何度も見てきたので少し慣れた。


「今だ、一気に蹴散らすぞ!」


「おう!」


 メイリン達の後に続くように他の魔法部隊も氷属性から風魔法のコンボを繰り返した。 そして砕けたグラスのように身体が粉砕されるゴーレム達。


「魔法部隊、撃ち方、やめい! 狙撃そげき部隊!」


「はいっ!」


 アイザックが右手を上げるなり、マリベーレをはじめとした狙撃部隊が前線に出てきた。


「『ホークアイ』発動!」


 そして職業能力ジョブ・アビリティ『ホークアイ』を発動せる。

 そこからマリベーレは膝撃ち状態で、銀の魔法銃の引き金を引く。

 更に他の者達も魔法銃で狙撃、あるいは弓矢で前方の敵の魔法部隊を狙い撃つ。

 正確な狙撃で敵の術師を確実に始末していく。


 魔法部隊が蓄積チャージするまで、前衛部隊がゴーレムを食い止め、蓄積チャージが終わった魔法部隊は氷魔法から風魔法のコンボでゴーレム軍団を粉砕。 そしてそこから狙撃部隊が敵の術師を狙撃スナイプ。 邪魔な敵の飛行部隊は、竜騎士団が食い止める。 だが昨日より明らかに竜魔の数が増えており、流石の竜騎士団も少しだけ攻めあぐねていた。


 という戦いが何度か繰り返された。

 するとの十五時半過ぎには、こちらの猛攻の前に徐々に後退する魔王軍。

 左翼の猫族ニャーマン部隊も同様に相手を圧倒している。


 ずるずると後退する魔王軍。

 押せ押せ状態の我等、四大種族連合軍。

 激しくせめぎ合う両軍。

 

 しかし流れは完全こちらに傾いている。

 というかそろそろ港町クルレーベが見えてきた。

 今の時期だと日没は、大体十八時過ぎ。

 日没まで約二時間。


 その間に港町に突入して、敵の指揮官を討てるか。

 実に悩ましいところだ。 アイザックもしきりに周囲を気にしている。

 アイザックとしては、このまま敵陣に突撃して敵の指揮官を討ちたいだろう。

 しかし彼にその決定権はない。


 決定権を握るのは、左翼を指揮するレビン団長だ。

 しかし日没までそれほど時間がない。

 日が落ちれば、魔族の時間となる。


 その辺りの判断が難しい。

 敵が港町で何か罠を張っている可能性もある。

 だが勝てる時に勝つのが戦争の鉄則だ。

 頼む、レビン団長! 早く決断してくれ!!


 と思っていると、上空から「パアン」という乾いた大きな音が鳴り響いた。

 あ、あれはっ!? 

 俺は釣られように、上空に視線を向けた。

 そこで上空に赤い信号弾が打たれたのに気付いた。

 あれは確か『全軍突撃』の合図だ!?


「ライル、周囲の状況はどうなっている?」


 兄貴にそう問うアイザック。


「右翼、左翼共に敵軍を圧倒していますが、竜騎士団は少し苦戦しているようで、こちらと彼等との距離が少し開いてます。 尚、同様に本陣との距離も開きつつあります」


「そうか。 たが流れはこちらにある。 敵が何か罠を張っている危険性もあるが、攻めなければ勝利は掴めん。 だからこのまま突撃するぞ!」


「了解です!」


 すると先頭に立つアイザックは、妖しい輝きを放つ一メーレル(約一メートル)を越す漆黒の魔剣を前方へ突き刺した。


「全軍、突撃!! 我々の手で港町クルレーベを奪還せよ!!」


 低いが耳に響きわたるアイザックの声が、右翼部隊の兵士達の中枢神経を駆け巡り、突撃が開始された。 俺も近くの兄貴、ミネルバ、アイラ、ドラガンと視線を交わす。 そして俺達は無言で頷き合った。


 ここまで来たら、やるしかねえ!

 多分全員そういう気持であったろう。

 しかし後に思い返せば、まさかあのような悪夢が待っているとは、思いもしなかった。


 そう、相手は数百年生きた魔族。

 このままで終わるわけがなかった。

 なのに俺達はその場の熱にほだされて、

 まるで勇者きどりで、前方の敵目掛けて突撃していくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る