第二十九章 血だらけの魔宴(ブラッディ・サバト)

第153話 真夜中の灯台での密談


 真夜中の三時過ぎ。

 魔族や魔物、魔獣の巣窟と化した港町クルレーベ。

 そして岬の先端に立つ真っ白い灯台。

 その灯台の全高は82メーレル(約82メートル)、形態は四階建て。


 基本はレンガ作り、それも耐魔力の高い耐魔レンガを用いている。

 それ故に嵐や暴風だけでなく、ある程度の魔法攻撃にも耐えられる。

 基盤の一辺は約30メーレル(約30メートル)あり、一番下は四角形、二段目は八角形、そして六角形、一番上が円形という四層になっている


 灯台内部には、緩やかな螺旋状の傾斜道が四階の灯台室まで続いている。

 そしてその灯台室のある八角形の小さな塔の中に、直径一メーレル(約一メートル)もの、巨大な魔法の鏡が置かれており、日中はこれに陽光を反射させ、夜間は炎を燃やして、それを反射させて遠くまで光を送っている。 その光は50キール(約50キロ)先の沖合からでも見ることが可能だ。


 その港町の象徴である真っ白い灯台に魔族の幹部とその配下達が集結していた。

 この灯台は、この港町の象徴でもあり、内部に展望台も設けられている。

 その三階にある展望台からは、この港町だけでなく周辺の海を一望する事が可能だ。


 だから魔族の幹部である女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイアプラムナイザーと暗黒魔導師あんこくまどうしカーリンネイツの二人がこの灯台を拠点きょてんに選ぶ のも自然の流れであった。 そして二人は灯台の展望台で密談していた。


「良い眺めね。 ここからなら、この辺りを大体一望できるわね」


 と、薄い水色髪の青いフードケープを着た暗黒魔導士あんこくまどうしカーリンネイツが

 展望台から夜景を眺めながら、そう言った。


「うむ。 それでカーリンネイツよ。 首尾の方は良いのか?」


 そう言ったのは、左肩に人語を喋る白猫を乗せたプラムナイザー。

 襟ぐりの広いノースリーブの黒いブラウスの上に、赤い裏地の黒マントを肩から羽織り、下は丈が短い真っ赤なスカートと黒のニーハイブーツという格好。 腰の茶色の剣帯には、やや短めの片手剣が黒鞘に収められている。

 

「ええ、灯台の地下室に巨大な魔法陣を設置したわ。 魔法陣の近くに私を含めた数人の魔導士が待機しておくから、敵が港町に入り次第、大結界だいけっかいを発動させられるわ」


「ふふふ、そなたは相変わらず抜かりがないな」


「ええ、まあそれが私の仕事ですから」


 あくまで淡白にそう答えるカーリンネイツ。

 ちなみに彼女とプラムナイザーは、特に親しいわけではないが、それなりに会話を交わす間柄だった。


 正確に言えば、任務に関しては、カーリンネイツは誰とも分け隔てなく喋る。

 そして会話相手に対して、気に障るような物言いもしない。

 だから誰とでも会話するが、常に他者と一定の距離を置くというスタンス。


 プラムナイザーはサキュバス・クイーンのエンドラとは犬猿の仲だ。

 同じ女性という事に加えて、二人の性格の相性がとことん悪い。

 だから魔元帥アルバンネイルは、その辺を配慮して今回の任務でプラムナイザーとカーリンネイツを組ませたのである。


「本番は夜が明けてからだな。 奴等を上手い具合にこの街に引きつけてたら、卿ら魔導士部隊が大結界を発動。 さすれば敵をこの港町に封じ込める事が可能だな」


「そうそう、その後は一網打尽にするんだわさ!」


 プラムナイザーの左肩に乗った使い魔の猫の妖精グリマルキンがそう言った。


「ええ、でもあまり油断しない方がいいわ。 特にあの飛竜に乗った敵の飛行部隊は要注意ね」


「ああ、奴等は恐らく竜人の竜騎士団であろう。 各地に配置した密偵から、竜人にはそういう部隊があると聞いている」


「プラムナイザー、魔元帥閣下に飛行部隊の増援を頼めないかしら? 敵を封じ込めるにしても、彼等を結界に入れるのは危険と思うわ」


「まあそうであろうな。 わかった、その件はわたくしに任せておけ」


「ええ、お願い」


「作戦の決行時間は、午後の十六時以降にしよう。 頃合いを見て、狼煙をあげよう。 敵にこちらの撤退と思わせて、奴等が街に入ってきたところで……という具合にな」


 得意げにそう語るプラムナイザー。 でもこの作戦の成否の鍵を握るのは、カーリンネイツだ。 作戦自体はシンプルだが、この港町を覆うように大結界を張るのは、大変な労力を要する。 要するにプラムナイザーは、カーリンネイツに面倒な役割を押し付けて、自分は楽して甘い汁を吸うつもりだ。


 それに不満がないわけではない。

 しかし大して出世欲もないカーリンネイツは、仕事と割り切って、作戦成功を信じて、全力を尽くすつもりだ。


「まあこの作戦を成功させれば、エルフ領に侵攻しているザンバルド達の鼻も明かせるし、我々の今後の発言権も増すだろう」

 

「……そうね。 でもあまり油断しない方がいいわよ? 今回の戦いを見ても、敵――四大種族連合は想像以上に結束力があるわ。 甘く見ていると、痛い目を合うわよ」


 カーリンネイツは、さして興味もなさそうにそう言った。

 プラムナイザーは一瞬むっとした表情になるが、すぐにそれを引っ込めて、言葉を返した。


「分かっている。 わたくしも元帥殿から総指揮権を任された身だ。 必ずやこの戦いを勝利に導いて見せよう!」


「ご主人様、頑張れ!」と、猫の妖精グリマルキン


「そう願いたいわね。 それじゃ私はこれで失礼するわ」


 そう言って踵を返すカーリンネイツ。

 

「待て、カーリンネイツ」


「……まだ話があるのかしら?」


 そう言うカーリンネイツの声にもやや棘があった。

 しかしプラムナイザーは気にする素振りも見せずにこう問うた。


「ところで卿は、魔王陛下からどのような特命を受けたのだ? ん?」


 この言いようには、流石にカーリンネイツも腹を立てた。

 そもそもプラムナイザーとカーリンネイツは同格の立場だ。

 それをこのように上から目線で言われた上に、特命について、問いただす傲慢さと無神経さに軽い怒りを覚えた。


「……それはあなたには関係ない話でしょ?」


 自然と険のある言い方になるカーリンネイツ。

 するとプラムナイザーも少しだけ態度を軟化させた。


「いや勿論具体的な内容を教えろ、と言うつもりはない。 だが魔王陛下から直々に下りた特命だ。 わたくしでなくても、気になるところであろう? ん?」


「残念ながら、私の口からは何も語る事はできないわ。

 特命ってそういうものでしょ?」


「まあ、それもそうだな。 悪かったな、変な事を聞いて」


「……気にしてないわ」


「そうか、なら良かった。 いずれにせよ我々の手で共に勝利を掴もうではないか!?」


「ええ、微力を尽くすわ。 それじゃあね」


 そう言って今度こそこの場から去るカーリンネイツ。

 プラムナイザーは、その後姿を見ながら――


「相変わらず腹の内を見せぬ奴だ。 まあ良かろう。 わたくしも今夜はゆっくり休もう」


「夜更かしは美容に良くないからね~」と、猫の妖精グリマルキン


「ふふふ、それもそうだな」


 プラムナイザーはそう言葉を交わして、灯台の地下室まで降りて、そこに置いた黒い棺桶の中でしばしの休息につくのであった。

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