第152話 予想外の昔話
第百五十二話「予想外の昔話」
「……何を知りたいというのだ?」
「決まってるじゃないですか!? あなたが竜騎士団を除隊した理由ですよ!」
「……もう昔の話じゃないか」
「あなたはそうやって大切な話をはぐらかす
「そうだな。 お前の言う通りだ」
「アイザックさん、俺は真剣に聞いているんですよ!」
「……分かった。 俺に答えられる範囲なら答えよう」
なんかアイザックとレフが言い合ってるな。
でも喧嘩とは違う。
どうやらレフはアイザックが竜騎士団を除隊した理由が知りたいようだ。
それは俺も気になる。 俺の右隣に立つミネルバも同様のようだ。
まあ盗み聞きがよくないことは百も承知だ。
しかしここまで聞いたからには、最後まで聞きたい。
その時、俺の右肩がとんとんと叩かれた。
ん? ミネルバか?
と彼女の方に視線を向けるが、ミネルバは前方を見据えたままだ。
へ? んじゃ誰? と思いながら後ろに振り替えると――
あの赤髪のベリーショートヘアーの女
「こんばんは~。 若い二人組が覗き見なんて趣味悪いわねえ~」
女
でも笑顔だが目は笑ってない。 ヤバいな、どうしよう?
「お? 団長と傭兵隊長アイザックが話しているのね。 なる程、そりゃ気になるわ。 というかお姉さんも
「へ?」
俺は思わず呆けた声を出してしまった。
だが女
「あ、あなたも盗み聞きするつもりなの?」
と、呆れた感じでそう言うミネルバ。
「そうよ。 あっ、あたしは竜騎士団の切り込み隊長カチュア・アルグランスよ。 カチュアさんか、カチュア
「あ、あなたもいい性格しているわね~」と、ミネルバ。
「うん、よく言われる。 それより二人の会話を聞きましょう!」
後から入ってきたにもかかわらず、急に場を仕切る女
しかしなんか逆らえないんだよなあ。
なんかいまいち掴みどころのない人物だ。
まあいいや、それより二人の話を聞こう。
「……では本当の理由を聞かせていただけますか?」
「ああ、なあレフ。 二十年以上前に竜人領で起きた改革派と呼ばれる連中と竜騎士団との一連の騒動は知っているか?」
「ええ、勿論ですよ。 あの事件があったから、俺は
「そうか、お前らしい理由だな。 俺はあの時、竜騎士団に所属していて、仲間の
ん? 改革派? 何スか、それ?
みたいな感じでミネルバを見たが、彼女はさっと視線を反らした。
続いてカチュアを見たが、彼女も無言で両肩を竦めた。
う~ん、この反応からしてあまり楽しい類の話ではなさそうだな。
「そうだったのですか、流石はアイザックさんです」
「よせよ、俺は今でもあの一連の騒動を思い出すと嫌な気分になる」
「でも武装蜂起して反乱を起こしたのは、改革派の連中ですよね?」
「ああ、そうだ。 だがある意味竜人族の社会と戒律が彼等をそうさせたんだよ」
「……どういう意味でしょうか?」
「あの内乱を経験していないお前には、分からんかも知れないがあの当時の竜人族の社会は本当に酷かった。 歪んだ選民思想に満ち溢れて、
そう言えば、二十年以上前に竜人領で反乱が起きたという話は聞いた事がある。
しかしミネルバやカチュアに視線を向けても、彼女等は何も答えない。
仕方ない。 もう少し二人の話を聞くか。
「ええ、秩序なき社会に未来はありませんから、多少の犠牲は仕方ないでしょう」
「……多少の犠牲か。 お前も当時の族長やその側近と同じ事を言うんだな」
「……気に
「いや別に。 だがお前の言うように改革派を粛正したのは、仕方のない犠牲だった。 それより俺が我慢できなかったのは、その後の事だ」
その後に何があったんだ?
どうしてアイザックは竜騎士団を除隊する事になったんだろう。
隣を見るとミネルバとカチュアも食いつくように聞き耳を立ててた。
クールに見える二人だが、意外と野次馬根性が強いのね。
「……その後に何があったのです?」
「改革派との戦いが終わり、俺達、竜騎士団は
「……気の毒な話ですね。 やはり再起不能だったのでしょうか?」
レフの言葉にアイザックが「いや」と答えて、更にこう付け加えた。
「怪我自体は完治したよ。 ただその騎士団長の漆黒の角が左右共に真っ二つに折れた。 それが原因で彼は軍籍から除籍され、若くして僅かな恩給を貰う隠居生活を送らざるを得なかったんだよ」
「っ!?」
ん? 何かレフが必要以上に驚いているな。
え? ミネルバもカチュアもその表情を強張らせていた。
正直ヒューマンの俺には事態の重要性が分からないが、竜人族にとっては、かなり重要な問題なのだろう。
「そ、それはなんというか……あまりにも運がないですね」
「ああ、俺達、竜人族にとって頭部に生える二本の角は、欠かせない種族の象徴のようなものだ。 だが理屈では分かるが、救国の英雄に対して、周囲の扱いがあまりにも冷たかったのでな。 俺はその時から竜騎士団の除隊を考えていたよ。 お前が竜騎士団に入隊したのは、それからしばらくしてからだな?」
「ええ、十年以上前に入隊しました。 ですが前騎士団長に関しての話題は、一種の
「ああ、だから俺は竜人族やその社会の排他性に嫌気がさしてな。 だからそれからしばらくして、竜騎士団を除隊して傭兵になったわけさ」
「なる程、そうだったのですか。 少し納得がいきました」
レフが神妙な表情でそう告げた。
するとアイザックは虚空を見澄まして、こう答えた。
「……話はまだ終わりじゃない」
「え? まだ続きがあるんですか?」
「ああ、そしてかつての救国の英雄は、竜人族の社会からはじかれて、酒浸りの生活を送るようになった。 妻は病死、二人の間に出来た子供は周囲の子供に虐められる。 地獄のような日々さ」
「!? ……その話、何処かで聞いたような気がします」
するとアイザックが寂しそうな表情で微笑を浮かべた。
「察しがいいな。 そうだ、その元騎士団長の名はレナード・ハルダー。 そしてその息子こそがあの竜神の谷で、虐殺事件を起こしたあのマルクス・ハルダーだ」
「なっ……!?」
「!?」
マジかよっ!? ここにきてあのマルクスの名が出てくるとは、予想外だ。
それはミネルバもカチュアも同じようだった。
二人も両目を見開いて驚いていた。
なんとうか非常に救いようのねえ話だ。
少しだけマルクスに同情したよ。
まあ仮にマルクスが生きてたとしても、同情されても喜ぶような奴じゃないがな。
「……そうだったの。 知らなかったわ」
と、一言だけ漏らすミネルバ。
「……あたしも驚いているわ。 本当に救えない話よね」
「ああ、俺もそう思うよ」
俺はカチュアの言葉に同意した。
「ここまできたら、最後まで聞きましょう」
カチュアの提案に俺とミネルバも頷いて、同意する。
「無論、俺も奴――マルクスがした事を赦すつもりはない。 だが最終試練の前日に元騎士団長である奴の父親が息子に毒入りの手料理を食わせたそうだ。 その時の奴の対戦相手が当時の族長の息子でな。 要するに色んな意図が働いたというわけさ」
「……そうか。 そうしてあの大惨劇が生まれたわけですか」
「ああ、まあ噂ではもうマルクスも死んだらしいがな。 だが俺はこの魔族との戦いが終わったら、現族長やその周囲の連中に色々進言するつもりだ。 具体的に言えば竜人族の古い戒律や風習などを変えたいと思う。 だからレフ。 もしお互い無事に生き残れば、お前等、竜騎士団もその話に乗ってもらえないだろうか?」
そう言うアイザックの表情は真剣そのものだ。
対するレフはやや困惑しがらも、しばらく黙考した後にこう言った。
「……そうですね。 我々、竜人族も
「そうか、それは助かるよ」
「ええ、ですからお互い生き延びましょう」
「……そうだな」
「アイザックさん、正直に話してくれて、ありがとうございます。 色々と腑に落ちたし、納得がいきました」
「なら良かった。 じゃあ俺はもう寝るよ。 おやすみ、レフ」
「はい、おやすみ」
そう言って二人はその場から去った。
やれやれ、結構重い話だったな。
まさかここにきて、またあのマルクスの話を聞かされるとはな。
まあ俺も奴のした事を赦すつもりはねえが、奴がああいう性格になった一端を垣間見た気がする。
「ん~、もう終わりかぁ~。 いやあぁ~、色々と予想外の話が出てきたねえ。 そういえば――」
カチュアはそう言いながら、ちらりとミネルバに視線を向けた。
対するミネルバはむっとした表情でカチュアを少し睨んだ。
するとカチュアは「ん~」と言いながら、小さく両肩を竦めた。
「じゃあね、あたしももう行くわ。 二人ともおやすみなさい~」
「ああ、おやすみ」「……」
そう別れの挨拶をして、カチュアは踵を返した。
何だろう、カチュアって任務中はすんげえクールな印象を受けたが、いざ喋ってみると、なんか色々と乗りが軽いな。
「……意外だったわ」
と、ミネルバがポツリと一言そう漏らした。
「……何が?」
「アイザックさんの話もそうだけど、マルクスにそんな過去があったなんて。 ……少し私の過去話していいかしら?」
「ああ、構わないぜ」
恐らくシリアスな話になるだろう。
だが誰かに話す事で楽になる部分は確かにある。
だから俺は辛抱強くミネルバの話に付き合った。
「さっきアイザックさんが言ってたマルクスの対戦相手が私の兄だったの。 でもあなたやライルさんのような良好な関係の兄妹じゃなかったわ。 竜人族は十七歳から
「……そうか」
「でもまさか最終試練の場において、不正行為が行われてたとは思わなかったわ。 私は今でもマルクスを赦すつもりはないわ。 多分、それは未来永劫変わらないわ。 でもあの男を追い詰めたのは、竜人族の社会なんだと思う。 今は故郷を捨てたつもりだったけど、正直色々と動揺しているわ」
「別にお前が気に病む必要はねえだろ?
お前は何も悪くないんだからさ~」
「そう私は直接的には何も関係ないわ。 でも憤りは感じるわ。 だから私もこの戦いに生き残れば、アイザックさんに賛同するつもりよ。 竜人族は、竜人族の社会は変わる、否、変わる必要があるわ」
そう言うミネルバの顔は何処までも真剣で、そして凛々しかった。
良かった。 変に気落ちする彼女の顔など見たくない。
俺はこういう彼女の凛々しい姿を見る方が嬉しいからな。
「そうか。 それはなんとしても生き残らないとな」
「ええ、だから今夜は敵の夜襲に備えて、もう寝るわ。
ラサミス、おやすみなさい!」
「おお、おやすみ」
まあミネルバからすれば、複雑な心境だろうな。
でも生き残る理由が出来たことは悪い事じゃない。
しかし俺達が戦う魔族も元はと言えば、俺達ヒューマンが魔界から強引に召喚したんだよな。
勿論、魔族は話合いが通じるような生温い相手じゃない。
黙っていたら、文明派のエルフ族のように滅ぼされる。
だから魔族と戦うという選択肢を選ぶのは、理解できる。
でも本当にお互いに滅びるまで、戦い続けるしかないのか?
それ以外の選択肢は存在しないのだろうか?
こういう考えをする俺は甘いのだろうか?
多分、甘いんだと思う。
だが色々な可能性を模索しておくのは、悪いことではない……と思う。
しかしそれにはある程度こちら――四大種族連合軍が魔王軍に対して、優勢になる必要がある。 奴等は会話より戦闘を好むからな。 もっとも一介の冒険者に過ぎん俺がこんな事考えても無意味かもしれんがな。
でも仮にこの戦いが無事に終わっても、俺達、ウェルガリアの民は色々と変わる必要があると思う。 しかしこれこそ思い上がりもいいところだ。 只の一介の冒険者がこんな事を考える自体がおこがましい。
でも頭の片隅には入れておこう。
勿論、俺にどうこうできる問題とは思わんが考えるくらいならいいだろう。
まあいいや、今夜も敵の夜襲がありそうだ。
もう寝よう。 そして俺は自分のテントに戻り、そのまま眠りについた。
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