第144話 五百年生きる吸血鬼(ヴァンパイア)


「せいっ! ――スピンニング・ドライバー!」


「はいやぁっ! ――スカル・ブレイク」


「へい、へい、へい、オレ様のテンションMAX! か・く・ご・しろよ、魔族共! これはオレ様がお前等に送る鎮魂歌レクイエム! ――ラピッド・ショット!」


 ジュリー、ロブソン、ラモンも各々のスキル名を叫びながら、敵を狙う撃つ。

 

「お、おい! 猫騎士達が押してるぜ! これなら勝てるかも!」


「そうだ、連中ばかりいい思いをさせるな! 俺らも行くぞ!」


 後方で様子を見ていたクルレーベの警備兵や冒険者の集団がそう口々に言いながら、武器を片手に参戦した。 これによって魔王軍は更に劣勢になったが、何処からともなく蝙蝠の大群が中央広場の上空に現れた。 


 その数、軽く見ても三十以上。

 そしてその蝙蝠が密集して、次第に人のような形になっていく。

 すると次の瞬間、本当に人の姿になった。


「やれ、やれだわ。 猫相手ねこあいてに苦戦するなんて魔族の面汚しもいいところ。 猫相手に本気を出すのは、気が引けるが、これも仕事だから仕方なかろう」


「真面目にお仕事するご主人様、偉いですわ!」


 そう言いながら、宙に浮遊するのは、左肩に人語を喋る白猫を乗せた魔族の女。 襟ぐりの広いノースリーブの黒いブラウスの上に、赤い裏地の黒マントを肩から羽織り、下半身は丈が短い真っ赤なスカートに、腰の茶色の剣帯には、少し短めの片手剣が黒鞘に収められていた。


「っ!?」


 突如、現れた強力な魔力に上空に視線を向ける戦乙女ヴァルキリーのジュリー。

 すると空中に浮遊する左肩に白猫を乗せた女魔族と目が合った。


「ほう、猫にしては勘が良いではないか。 見たところ雌猫めすねこのようだな。 よかろう。 褒美にこのわたくし自らが相手してやろう!」


「ロブソン! 上空を見て! 敵の親玉らしき女魔族が現れたわ!」


「っ!? 凄い魔力じゃのう! 間違いない、奴は親玉クラスの魔族だ!」


 そう言葉を交わすジュリーとロブソン。

 二人の頭上で浮遊する女王吸血鬼クイーンヴァンパイアプラムナイザーは微笑を浮かべた。 そして次の瞬間に、ジュリー目掛けて突撃を開始。


 強力な念動力サイコキネシスの持ち主のプラムナイザーは、体を回転させて、翻った黒いマントは赤い裏地を見せて、刃物のような鋭さを持って大気を裂きながら、上空からジュリーに襲い掛かった。


 この黒マントは魔力によって強化された魔法道具マジック・アイテムの類であろう。 それを瞬時で見抜いたジュリーは白銀の細い刺突剣を縦にして、受け止めた。 ギリギリギリギリィッ。


 耳を劈くような金属音が周囲に鳴り響く。 

 ジュリーは迫り来る黒マントを薙ぎ払うが、その時には女王吸血鬼クイーンヴァンパイアも上下左右に移動して距離を取る。


「へえ、咄嗟に防御ガードするとはやるではないか。 猫にしては良くやる。 何なら我が眷属けんぞくにしてやろうか?」


「……眷属? 貴様、もしかして吸血鬼ヴァンパイアか?」


 眉間に皴を寄せて、そう言うジュリー。


「ほう、察しが良いな。 いかにもわたくし吸血鬼ヴァンパイアだ。 それも只の吸血鬼ヴァンパイアではない。 女王吸血鬼クイーンヴァンパイアだ。 五百年生きる吸血鬼ヴァンパイアの女王。 貴様ら、猫とは生物としての価値が違うのさ!」


 裏地が赤い黒マントを優雅に翻し、そう高らかに名乗り上げるプラムナイザー。 なる程、どうりで桁違いの魔力の持ち主のわけだ。 五百年か。 短命の猫族ニャーマンからすれば、気の遠くなるような歳月だ。 しかし必ずしも長生きが良いとは限らない。 それに誰であろうと、敵である限りには戦うしかない。


「それがどうした? 誰が相手であろうと関係ない! ――行くぞ!」


 ジュリーは疾風の速さで間合いを詰める。

 そして両手で細い刺突剣をしっかり握り締めて、猛然と斬りかかった。

 いきなり右斜め斬り降ろしの強撃。 僅かに後方に身を引くプラムナイザー。

 そこからジュリーは左肩口から体当たりで、一気に距離を零にする。


「くっ!?」


 と、低い呻き声を上げて、僅かにぐらつく女吸血鬼ヴァンパイアの無防備な胴体目掛けて、水平に剣を払う。 当れば致命傷。 だが相手も五百年を生きる魔族。 華麗に身を翻して、紙一重のタイミングで刃を避ける。 しかしジュリーもくるりと体を一回転させ、二撃目を繰り出す。


「――ダブル・ドライバー!」


 技名詠唱とほぼ同時にジュリーの得意とする二連撃が繰り出される。

 光の闘気オーラで強化された剣戟。 

 女吸血鬼ヴァンパイアはそれを瞬時に見抜いたが、避ける余裕はなかったので再び黒いマントを翻し、迫り来る白い刃を受け止めた。


「くっ! 味な真似を!」


「ふふふ、貴様も猫にしておくのはおいしいくらいだ。 だが歯向かうならば、容赦はせんぞ! ハアァッ!!」


 そう言って再びに宙に浮遊するプラムナイザー。

 どうやら浮遊能力ふゆうのうりょくの持ち主のようだ。

 従来の身軽さを生かして、空中戦を挑むという手もありだが、相手の力量が読みきれない。 だからジュリーは剣を構えたまま、敵の様子をうかがった。


 すると宙に浮遊する女吸血鬼ヴァンパイアは、素早く印を結んだ。

 魔法攻撃を仕掛けるつもりか? 

 しかし相手は魔法を詠唱する素振そぶりをみせない。

 妙だな、本能的に危険を察知するジュリー。

 すると次の瞬間に嵐のように渦巻いた炎が迫って来た。


「!?」


 戸惑う前に身体が勝手に動いていた。

 なんとか紙一重のタイミングで回避を成功させたジュリー。

 そして背後に居たボブ・キャットの猫騎士二匹が炎に包まれた。


「な、なんだぁっ!? 急に炎があああぁっ!!」


「う、うわあああっ……だ、誰か消火してくれえええ!」


 しかし猫同様に基本的に水が苦手な猫族ニャーマンは、水魔法が苦手だ。

 周囲の者も驚くばかりで、消火することまで気が回らない。

 結果、猫族ニャーマン二匹は火達磨ひだるまになり、焼死した。


 ジュリーはそれにも戸惑うが、それ以上に注意を払うべき点がある。

 今、あの女は無詠唱で魔法を唱えた。

 それも火と風の合成魔法だ。 威力からして、中級クラスの魔法だ。

 中級の、しかも合成魔法を無詠唱で使う相手なんて聞いた事がない。

 ジュリーの背中に戦慄が走った。


「ふふふ、驚いているようだな? 無理もない。 貴様ら、猫如きでは無詠唱で魔法を使う事など不可能だからな。 だが我らのような上級階級アッパークラスの魔族なら珍しい事でもないわ。 それと向こうを見てみるが良い。 面白い物が見えるぞ」


 そう言って北の方角を指さすプラムナイザー。

 釣られて北の方角に視線を向けるジュリー。

 するとそこには信じられない光景があった。

 両目を血走らせた猫族ニャーマンをはじめとした港町の住人が夢遊病者のように、ゆっくりゆっくりこちらに近づいてきた。


「なっ!? あ、アレは!?」

 

 目を見開いて驚くジュリー。

 すると宙に浮遊するプラムナイザーが口の端を持ち上げた。


「見ての通りさ。 奴等は我が眷属となったのさ。 さしずめ吸血猫きゅうけつねこと呼ぶべきであろう。 もっとも吸血鬼ヴァンパイアになれず、グールと化した者も多いがな」


「くっ! なんて真似を!」


「ふふふ、立ち話している余裕はあるのか? 吸血鬼ヴァンパイアとグールの集団が血を求めて、視界に入った者を片っ端から襲っているぞ? ん?」


 吸血鬼ヴァンパイアやグールと化した猫族ニャーマンやその他の種族の者が次々と周囲の者を襲っていく。 その光景はまさに地獄絵図であった。 更に北の方角から敵の援軍と思われる魔族の集団が現れた。 次第に山猫騎士団オセロット・ナイツの猫騎士達も数の暴力で押され始めた。


 山猫騎士団オセロット・ナイツは奮闘したが、数的不利に加えて、敵の戦意と士気に呑まれて、後退し始めた。 それでも三時間に渡り、激しい抵抗を見せたが、とうとう限界に達し、指揮官のケビン副団長は撤退命令を下した。


 猫族ニャーマン軍は壊走しながら、なんとか兵をとりまとめて、隊列を維持したまま南へ、南へと南下する。 そして中堅都市ホルトピックまで撤退した。


 こうして港町クルレーベは魔王軍に制圧された。

 猫族ニャーマン軍、魔王軍の多大なる犠牲のもとに……

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