第141話 商人(あきんど)アイザック


 その後、俺達は自分達の部屋に戻った。

 そして今日一日はまるまる休みを貰った。

 これは猫族ニャーマンの大臣の――


「明日からは戦場におもむく事になるので、せめて今日一日くらいは、我が猫族ニャーマン領をゆっくりと観光してくだされ」


 というありがたい配慮であった。

 そうだな、一日くらい休んでも罰は当たらないだろう。

 ドラガンはエリス、メイリン、マリベーレの三人から観光案内をせがまれており、彼は「やれやれ、仕方ない」と言いながらも、その役を引き受けた。


 俺もエリスから「ラサミスも一緒に行こうよ?」と誘われたが、冒険者ギルドに少し用事があったので断った。


 実は先日の「アスラ平原の戦い」で俺の拳士フィスターのレベルが4も上がったのだ。 加算されたスキルポイントはなんと12もあった。


 これをどのように割り振るか、悩んでいるので冒険者ギルドの受付で相談しようと思っているのだ。 これで拳士フィスターのレベルは36。 そろそろ上級職への道が開かれる頃だ。


 その辺も含めて色々相談したいんだよなあ。

 そして兄貴とアイラ、ミネルバがそれに付き合ってくれるのだ。


「36かあ。 ラサミス、君の成長速度は異常だな。 そろそろ私もレベルが追いつかれそうだ。」


「そういうアイラもこの間の戦いでレベル上がったんでしょ?」


「ああ、だから私も少しギルドの相談係に助言を聞きたくてね」


「俺も二つばかりレベルが上がったからな。戦いの前に準備しておこうと思ってな」


 と、兄貴。

 という事は兄貴のレベルは41か。

 上級職のブレード・マスターで2も上がるのは普通に凄いな。

 まあ明日から移動と戦闘の繰り返しになるだろうから、

 今日のうちにスキル調整するしかない。


「私もレベル4上がったから、スキルの調整したいから、同行していいかしら?」


「ああ、勿論だぜ。 というかミネルバも4も上がったんだな」


 となるとミネルバのレベルは31くらいか。

 上級職の竜騎士ドラグーンで4も上がるとは凄いな。


「ええ、がむしゃらに敵を斬り捨てたからね。 でもそのおかげで斧槍ハルバードの穂先や斧刃もボロボロよ。 だからラサミス。 後で武器屋に付き合ってくれない?」


「ああ、いいぜ」


「それじゃまずは冒険者ギルドへ行くか」


 兄貴がそう言って、客間の扉を開けて、外へ出た。

 それに続くように俺とミネルバ、アイラが後を追う。


 そして俺達はニャンドランド城を出て、冒険者区にある冒険者ギルドに向かった。 歩く事十五分。 冒険者ギルドに到着。


 ニャンドランドの冒険者ギルドは王都に相応しい立派な建物だった。 しかし猫族ニャーマン領の冒険者ギルドという事もあってか、少しカラフルな配色だ。 赤煉瓦あかれんが二階建ての程よい大きさの建物だ。 多分只の赤煉瓦ではないな。 耐魔性の赤煉瓦だろうな。


 そして冒険者ギルドの入り口付近でアイザックと出会った。

 アイザックは俺達の姿を見るなり、こちらに寄って来た。


「何だ、お前等も冒険者ギルドに用事か?」


「ええ、レベルが上がったので、

 少し相談を受けようと思いまして」と、兄貴。


「そうか。 俺は竜人領の冒険者ギルドから送ってもらった武器や防具の受け取りに来たというわけだ。 ところでお前等、金は持っているか?」


「え? まあそれなりに預金はありますが」


 やや唐突な問い掛けだが、丁寧にそう答える兄貴。

 何だ、アイザックの奴? どういうつもりだ?


「実は予想以上に魔族との戦いが厳しいからな。 だから俺の秘蔵の魔剣や宝剣、防具などを本国から取り寄せたのさ。 お前等さえよければ、それらの武器や防具をそれなりの値段で譲ってやってもいいぞ?」


「本当ですか?」


 珍しく声を弾ませる兄貴。

 何? 魔剣や宝剣だと? マジかよ? それは欲しいな。


「まあ魔剣の類は俺、それにボバンに送るが、それ以外の物も一級品だ。 俺の長い傭兵生活で手に入れた秘蔵の一品さ。 だがどんなお宝も使わなければ意味がない。 お前等は俺から見ても筋が良い。 だからお前等なら売ってやってもいい」


「よろしいのですか?」と、兄貴。


「ああ、他の三人はどうだ?」


「欲しいです」「俺も欲しいッス」「……同じく」


 アイラ、俺、ミネルバがそう答えた。


「そうか、ならば俺について来い。 とりあえず中に入るぞ?」


「「「はい」」」


 そして俺達はアイザックの後を追い、冒険者ギルドの中に入った。

 ギルドの預かり屋から武器や防具が入った長方形の大きな木箱を受け取ったアイザックは、ギルドの受付に「少し談話室を借りるぞ?」と言って、ヒューマンの妙齢の受付嬢が「どうぞ」というなり長方形の大きな木箱を両手で持ちながら、速足で近くの談話室へ移動。 俺達四人もアイザックを追って談話室に移動。


 談話室には二つの黒革のソファが部屋の手前と奥に置かれており、アイザックは奥のソファに座り、中央にある透明の円卓に長方形の大きな木箱を置いた。


「ふう、流石に少し重かったな。 中を開けていいぞ? 欲しい物があったら遠慮なく言えよ?」


「それでは」


 そう言って兄貴が木箱の蓋を開けた。

 おお、凄い。 木箱の中に武器や盾がずっしり詰まっている。

 するとアイザックはその中から漆黒の長剣と緋色の大剣を取り出した。


「この漆黒の魔剣レヴァンティアは俺個人が使う。 こちらの緋色の魔剣イスカンダールはボバンに送るから譲れないが、それ以外の物なら好きに選んでいいぞ?」


 魔剣かあ。 話には聞いていたが実物を見るのは多分初めてだ。 アイザックが手にした漆黒の魔剣は、確かに見るからに名剣という雰囲気がする。 妖しく黒光りする剣身は150セレチ(約150センチ)くらい。 なんというか魔界の名工が渾身の技術で作り上げた、という感じがする。


「魔剣は魔力や闘気オーラの伝達率が非常に良いうえに、多少の傷なら自動再生するから、激しい連戦では重宝する」


「アイザックさんが魔剣を使えば、更に火力が増すでしょうから、心強いです」


「だが俺一人では限界がある。 だからライル、お前には期待しているぞ? お前には、そうだな。 この宝剣なんかいいんじゃないかな?」


 そう言ってアイザックは、木箱から一本の長剣を取り出した。

 黒鞘の黒柄に赤い宝石で装飾された一メーレル(約一メートル)くらいの長剣。


「ちょっと手にしていいですか?」


「ああ、構わんさ」


 アイザックの許可を取り、両手でその長剣を握る兄貴。

 そして黒鞘から剣を抜くと、鏡のように光った美しい白刃が露わになる。

 うおおお、こいつは凄い。 

 剣に対して大した知識のない俺でも一級品の宝剣だと一目で分かった。

 兄貴は黒柄を何度も握りしめて、手の感触を確かめる。


「確かに凄い宝剣ですね。 これが欲しいです。 おいくらですか?」


「そうだな、おおまけで400万グラン(約400万円)にしておいてやるよ」


 よ、400万グラン(約400万円)!?

 流石に高いな。 でも多分それぐらいの価値はあるだろうな。

 とはいえ剣一本で400万グラン(約400万円)は流石に高いぜ。


「その値段で買います。 支払いは銀行振り込みでいいですか?」


 か、買うのか! 兄貴も思い切った買い物するなあ。


「ああ、それで構わんよ。 そこの三人は何か欲しいものがあるか?」


「あ、じゃあこの漆黒の斧槍ハルバードが欲しいです。 いくらですか?」


 両手で漆黒の斧槍ハルバードを握りしめながら、そう問うミネルバ。

 ミネルバは本当に黒が好きだな。 


「それは魔槍まそうの一種だから、200万グラン(約200万円)ってとこだな」


「に、200万グラン(約200万円)ですかっ!?」


 目を見開いて驚くミネルバ。

 200万グラン(約200万円)は確かに高いよなあ。

 正直おいそれと払える金額じゃねえよな。

 しかしミネルバは物欲しそうに手にした漆黒の斧槍ハルバードを見据える。

 そして何度も「う~ん」と唸りながら、考えた末に――


「分かりました。 その値段で買います! 

 支払いは銀行振り込みでいいですよね?」


「ああ、毎度」と、アイザック。


 か、買うのかよ!?

 これでアイザックは瞬く間に600万グラン(約600万円)をゲット。

 まあ本人らが納得しているなら、いいと思うがやはり高い買い物だ。


「すみません、この盾ならおくらでしょうか?」


 アイラが鏡のように表面が磨きあげられた水色の盾を手にしながら、そう尋ねた。


「その盾はブルーミラーシールドだ。 超合金アダマンタイトとマナタイトが素材として、

使われているから、耐久力は抜群だ。 更に耐魔力も高く、中級魔法程度なら反射できる逸品だ。 値段は……そうだな、200万グラン(約200万円)でいいぞ?」


「……200万グラン(約200万円)ですか?」


「ああ、少々高いと思うが、買って損はしないぞ?」


 アイザックの言葉に「う~ん」と唸り黙考するアイラ。

 まあ良い品なのは間違いないだろうが、やはり悩むだろうな。

 というかアイザックの奴、俺達相手に良い商売してるな。

 やがて考えがまとまったのか、アイラはアイザックを見据えながら――


「……買います」


「そうか、毎度あり」


 これでアイザックは800万グラン(約800万円)の稼ぎ。 結講ボロい商売だな。 この男、商売人としても優秀かもしれない。 さて、三人に武器、防具を売りつけたとなると、当然この俺にも何かを売りつけるだろう。 俺の予感は的中して、アイザックは木箱から黒皮の手袋グローブを取り出して、中央の円卓の上に乗せた。


「お前は……え~と」


「あ、ラサミスです」


「そうそう。 お前は拳士フィスターだからこの手袋グローブなんかが良いと思うぞ? ナックルパート部分には超合金アダマンタイトが使われており、暗黒竜あんこくりゅうの皮で作られた魔法道具まほうどうぐ手袋グローブだ。 何なら試着してもいいぞ?」


「……そうッスね」


 暗黒竜の皮の魔法道具まほうどうぐ手袋グローブかあ。

 でも見た目は俺が今使っている手袋グローブとあんまり変わらないな。 

 う~ん、試着したらなんか買わなくちゃならない空気になりそうだなあ。


 まあここ一年ばかりで俺の貯金も随分増えたが、やはり百万単位の買い物は躊躇うぜ。 ま、とりあえず試着するだけしてみるか。


 俺は円卓の上の黒皮の手袋グローブを手に取り、両手にはめてみた。

 ……。

 肌触りが非常に良い。 それに強度もあり、拳の保護も万全そうだ。

 それでいて伸縮性と弾力性も良い。 うむ、なかなか良い感じだ。

 

「魔力や闘気オーラの伝達率も非常に高いぞ? なんなら軽く闘気オーラを篭めてみろ!」


「んじゃお言葉に甘えて……」


 軽くだけ炎の闘気オーラを篭めてみると、瞬時に手袋グローブに熱がこもった。

 うおっ! 確かに凄い伝達率だ。 こりゃ確かに凄い!

 ……そうだな。 これなら買ってもいいかもな。

 で感じのお値段は? という感じの視線を俺はアイザックに送った。


「そうだな。 それに関しては150万でいいぜ?」


「150万ですかあ~」


 兄貴達の買った物よりかは安いな。

 でもやはり手袋一つに150万は少し高いぜ。

 王侯貴族が夜会でつける高級品の手袋より高いんじゃね?

 だがギリギリ出せる額だ。 しゃあねえ、空気読んで買ってやるよ。


「それじゃ買います。 支払いは銀行振り込みでいいっスか?」


「ああ、構わんよ。 毎度あり」


 こうして俺達四人は戦いの前に新たな武器と防具を手に入れた。

 対するアイザックもこの短時間に950万グラン(約950万円)を荒稼ぎ。

 きっちり金を取るあたりがしっかりしている。

 そういう部分も含めて、「この男はプロだな」と思い知らされた。

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