第139話 緊急撤退


「こ、この小僧っ! 死ねえええ……えええっ!!」


「遅いぜ、山羊頭やぎあたまっ!! ふんっ!!」


 俺は眼前の黒い山羊頭やぎあたまの獣人にそう言いながら、素早く二、三発ジャブを顔面に打ち込んだ。


 黒い山羊頭やぎあたまの獣人は「ぬう」と唸りながらも、両足を踏ん張って耐える。 そして逆にこちらに目掛けて突貫してきた。 山羊頭やぎあたまの獣人は、両手に握った何かの動物の骨で作られたような戦斧を豪快に振り回すが、俺はそれを軽くバックステップで回避。


 そこから素早く右拳を山羊頭やぎあたまの獣人の顔面目掛けて繰り出す。

 ごきん、という感触と共に右拳に確かな感触が伝わる。

 更にそこから左、右と交互にパンチを繰り出した。


「ぐふっ!? こ、こいつめっ!!」


「俺のコンボに耐えるとは獣人ってマジタフだねえ~」


「くっ……。 貧弱なヒューマン如きにやられはせんよ!」


「あっそ、んじゃこれならどうよっ!」


 俺は素早くステップインして、山羊頭やぎあたまの獣人の懐に入った。

 そして両掌を大きく開きながら、眼前の獣人の胸部を強打。


「ぐ、ぐおおおっ……あああっ!?」


 俺の十八番おはこの英雄級・体術スキル『徹し』が成功。

 強烈な衝撃が山羊頭やぎあたまの獣人の胸を駆け抜け、その巨体が後方に大きく吹っ飛んだ。 背中から地面に倒れて、山羊頭やぎあたまの獣人は口から大量の血液を吐きだす。


「ふっ」


 我ながら、綺麗に決まったぜ。

 ここのところは百発百中に近い。

 おかげでここ四日程の魔王軍との戦いでも我が軍が優勢だ。


「ちょっと、ラサミス! カッコつけてる場合じゃないでしょ!」


 前線の敵と交戦しながら、そう言うミネルバ。


「そうだぞ、ライルのおとうと。 おめえの『徹し』は確かにそれなりのものだが、それで余裕かましている場合じゃねえぞ?」


 と、前線で大剣を振るう傭兵ボバンにも注意された。

 というかライルの弟って微妙な呼び方だな。

 などと思っていると、上空から『パン』という大きな音が響いた。


 俺は思わず振り返る。

 するとマリベーレと目線が合うが、彼女は左手を左右に振り――


「私じゃないよ」とだけ答えた。


 なんだ、マリベーレの魔法銃の銃声じゅうせいじゃないのか。

 んじゃ何だ? 俺は上空に視線を向けた。

 すると黒い煙が真っすぐ上空に上がっているのが見えた。

 あれは確か『緊急撤退きんきゅうてったい』の狼煙のろしだ!?


 おいおい、今は押せ押せの状況なんだぜ?

 ここで撤退はねえだろう。


「おい、団長! どういう事だよ!?」


 不満げにそう叫ぶボバン。


「俺が知りたいくらいだ。 だが命令は命令だ。 ここは一端引くぞ!」


 と、相変わらず冷静なアイザック。


「糞っ……。 納得いかねえよっ!」


 不満をあらわにする傭兵ボバン。

 それは俺も同じだ。 本陣の連中は何を考えているんだ?

 しかし命令は命令だ。 

 俺やボバンだけでなく周囲の仲間も愚痴を言いながらも、この場を撤退した。



「なあ、急に撤退させるとはどういうつもりだよ?」


 と、本陣に戻るなりレビン団長とナース隊長にそうつっかかる傭兵ボバン。

 するとレビン団長が右手を上げて、ボバンを制した。


「緊急事態が起きたのだよ。 どうやら魔王軍の新手の部隊が我が猫族ニャーマン領に攻め込んだらしい。 そういう訳で私とナース殿は一端ニャンドランド城に戻らねばならん。 アームラック殿と傭兵部隊のアイザック殿と『暁の大地』の面々も我々に同行せよ、と上から命じられている。 準備が出来次第、上記の者達は転移石でニャンドランド城まで飛ぶぞ」


 レビン団長の口から語られる衝撃的な言葉。

 マジかよ? 

 魔王軍の新たな部隊が猫族ニャーマン領に攻め込んだのかよ!?

 そいつは一大事いちだいじじゃねえか。


「マジかよ? せっかく押せ押せムードなのに、団長が居なくなるのは痛いぜ」


「ボバン、俺の不在の間はお前が右翼部隊を率いてくれ落とせそうならエルシュタット城を落としても構わん」


 と、アイザック。


「……そうだな。 分かったよ。 右翼部隊は俺に任せてくれ!」


 と、右手で自分の胸を叩くボバン。


「副団長、俺の不在の間は卿に指揮権を託す」


 ヒューマンの騎士団長アームラックが副団長エルリグ・ハートラーにそう告げた。 すると優男風の副団長ハートラーが小さく頷いた。


「分かりました、謹んでお受け致します」


「うむ、期待しているぞ、副団長」


 これでヒューマン部隊と竜人部隊の指揮権の譲渡は済んだな。

 後は本陣である猫族ニャーマン部隊とネイティブ・ガーディアンだな。


「我がネイティブ・ガーディアンは賢者セージベルロームに指揮権を任せる」


 ナース隊長がそう言うと、赤いローブを着た魔導士風のエルフの男が前に出た。 上級職の賢者セージという事だけあって、見るからにやりそうな雰囲気がある。


 年齢は……よくわからないな。 

 二〇代後半にも見えるし、40前後にも見える。

 エルフって成人後はあまり老化しないから、いまいち実年齢が分からないんだよな。


「了解です。 ナース殿が不在の間はこのベルロームにお任せください」


「うむ、任せたぞ」


 これでネイティブ・ガーディアンも無事引き継ぎ終了。

 んじゃ残りは猫族ニャーマンだな。 

 ここはあのマンチカンの王子にでも指揮権を与えたら、色々上手く収まりそうだが――


「ちょっと待ってくれ!」


「マリウス王子、何でしょうか?」と、レビン団長。


「ボクもニャンドランド城に戻るだニャン。 我が猫族ニャーマン領が攻め込まれたんだ。

ここは王族であるボクも会議に同席するのが、王家の務めというものじゃないか?」


「しかしそうなると我が猫族ニャーマン軍の指揮権は誰に委ねるのでしょうか?」


 当然の疑問を問うレビン団長。

 するとマンチカンのマリウス王子は右手を上げて――


「ガルバン、ジョニー!」


「「はっ!」」


 と、マリウス王子の両隣に立つ二匹のメインクーンが返事する。


「ボクとレビン団長が不在の間は猫族ニャーマン軍のガルバンを司令官、ジョニーを副司令官に任ずる。 山猫騎士団オセロット・ナイツと力を合わせて、魔王軍を叩き潰せ!」


「はっ! しかし我等が居ないとなれば、王子の警護は誰がなさるのですか?」


 と、王子の左隣に立つメインクーンがそう言った。

 するとマリウス王子は「ふん」と胸を張り――


「ニャンドランド城に戻るだけなら、警護の必要もないだニャン」


「しかし王子――」


「黙れ、ガルバン。 レビン団長も同行するんだ。 要らぬ心配は止めるだニャン!」


「……分かりました」


 どうやら王子の左隣に立つ白茶のメインクーンがガルバンのようだな。

 となるともう一匹の王子の右隣に立つ白黒のメインクーンがジョニーか。

 というかこいつ等やたら似てるな。 もしかして双子か?


「それでは指揮権の譲渡も無事完了しましたので、ニャンドランド城に戻る方は前に出てください」


 レビン団長にそう言われたので、マリウス王子、ナース隊長、騎士団長アームラックが前に出て、その後を追うようにドラガン、兄貴、アイラ。 俺、ミネルバ、エリス、メイリン、マリベーレも後に続いた。


「それでは転移石を人数分配ります。 とりあえずガルフ砦まで戻りましょう。 その後、二回転移石を使用して、ニャンドラン城まで飛びましょう」


 レビン団長がそう言うなり、団長の近くに居た従卒らしき猫族ニャーマンが一人一人転移石を手渡す。 ちなみにこの転移石は使い捨てアイテムだ。 一度でも行ったことのある場所に転移できるが、あまり長距離は飛べない。 長くて精々10~15キール(約10~15キロ)くらい。

 

 それ以上の距離を飛ぶのは、色々危険とされている。

 また非常に便利なので転移石は市場価値も高い。

 なんと一個で五十万グラン(約五十万円)くらいする。

 まああまり安価で購入されると、違法行為や犯罪に使われそうだからな。

 だからこれぐらい高いのも妥当と言えば妥当。


「全員に行き渡りましたか?」


 レビン団長の言葉に周囲の者は頷いた。


「では行きましょう。 転移! ガルフ砦!」


 他の者達も口々にそう叫んだ。

 そして鈴を鳴らしたような音色と共に、転移石が激しく砕け散った。

 同時に使用者の身体が白い光に包まれ、数秒後にはその姿が消え失せた。


「では俺達も後に続くぞ。 転移! ガルフ砦!」


 兄貴がそう言って、転移石を頭上に掲げた。

 それに続くように俺達も転移石を右手に持って掲げながら、こう叫んだ。


「転移! ガルフ砦!」

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