第二十七章 危急存亡(きんきゅうそんぼう)の秋(とき)

第138話 強襲、大猫島


「糞っ!! 早く住人を避難させろっ! このままじゃ持たぬ!」


 後衛で指揮を執りながら、そう叫ぶトイガーの隊長猫族たいちょうニャーマン


「避難って何処にさせるんですかニャ! もう島中、敵だらけですニャンッ!」


 と、叫ぶ白と黒のぶち猫の猫族海兵ニャーマン・マリーン


「少しでも安全そうな場所にだ!」


「も、もう無理ですニャ! 隊長、白旗を上げましょうニャン!」


「それこそ無理な話だ! 誇り高き猫族海軍ニャーマンかいぐんが降伏などできるかっ!」


「誇りなんかより命の方が大切だニャ!」



 突如、襲来してきた魔王軍の猛攻撃に大猫島の猫族ニャーマン海軍は右往左往した。 魔族が復活した事は本土の海軍上層部から知らされていた。

 だからこの大猫島おおねこじまにもそれなりの戦力が集結していた。

 基本戦力の猫族ニャーマン海軍七十名に加えて、島の自警団二十名。 

 更には十人程の様々の種族の冒険者。 総勢百名前後の戦力。 

 この規模の島を護る戦力としては、多い……筈であった。


 だが突如襲来した魔王軍の総数は魔獣、魔物を含めれば五百以上、いや五百どころの話じゃない。 多分八百~一千くらいの戦力に達している。 それを百に満たない戦力で迎え撃とうなんて無理があった。


「もう無理ですニャ! おいらは逃げるだニャ!」


「ま、待て貴様ぁっ! 敵前逃亡は……っ!?」


「おいおいおい、猫共ねこどもが仲間割れしてるぜ?」


「ふん、所詮は猫畜生。 こんな連中が領土を管理している事自体が間違いなのだ。 だがそれも終わりだ。 この島は今日から我々魔王軍が管理する」


 トイガーの隊長猫族たいちょうニャーマンは、頭上を見上げて漆黒の両翼を羽ばたかせて、宙に浮遊する二人組を見据えた。 体長は二メーレル(約二メートル)を超えている。

全身が鍛え抜かれた筋肉で包まれており、上半身は裸体だが、下半身は濃紺な黒い長い毛で覆われている。 


 肌は褐色。 分厚い胸板の上に乗った頭部には、二本の漆黒の細長い角が生えており、髪は深い緑色で逆立っている。 先程の会話はヒューマン言語で喋っていたので、トイガーの隊長猫族たいちょうニャーマンもヒューマン言語で話し掛けた。


「き、き、貴様らぁ……魔族だな?」


「あ? この猫畜生ねこちくしょうがなんか云ってるぞ?」


「正確に言えば竜魔りゅうまだぜ、猫さんよ~」


「そうそう、更に付け加えるなら、魔元帥直轄の竜魔部隊さ。 お前等、猫じゃ竜には勝てねえよ。 大人しく命乞いしろや? まあ命乞いしても多分殺すと思うがな」


 竜魔の存在は聞いた事がある。

 確か竜人と魔族の混血種だ。 かなり強いらしい。

 しかも竜魔部隊ときた、こんな連中が何人も何十人も居るのか? 

 ならば確かに勝ち目はない。 しかし彼は隊長であった。


「な、何故この大猫島に侵攻してきた?」


「あ? 別に理由なんてねえよ。 猫共の本土を攻め込む橋頭保きょうとうほにするのにうってつけだったからよ。 ただそれだけさ」


 これに関しては嘘ではないだろう。

 仮に自分が魔族側の立場としたら、やはり猫族ニャーマン本土に攻める橋頭保として、この大猫島を最初に制圧する。


 しかしこの大猫島が制圧されたら、猫族ニャーマン本土はもう目と鼻の先。

 故に何としてもこの大猫島を死守すべきだ。 だが戦力差が大き過ぎる。


「おい、貴様ら。 何、敵と遊んでいる?」


 と、上空から低くて野太い声が聞こえてきた。

 条件反射的に視線を上に向けると、大きな漆黒の飛竜に乗った人影が見えた。


「ま、魔元帥閣下!? す、すみませんっ!」


「ふん。 どうやら物見雄山ものみゆさん気分でいるな。 これは紛れもない戦闘だ。 我等、魔元帥部隊の名を地に落とすつもりか?」


 と、低くて野太い男の声が聞こえてきた。


「い、いえそのようなつもりでは……」


「ふん、どいつもこいつも浮ついてやがる。 良かろう、俺自ら手本を見せてやろう」


 その人物はそう言いながら、大きな飛竜から飛び降りた。

 よく見るとその人物にも漆黒の両翼が生えていた。

 そしてその漆黒の両翼を羽ばたかせながら、地上に降りた。

 その顔を見るなり、トイガーの隊長猫族たいちょうニャーマンの全身の毛が逆立った。

  

 体長はかなり大きい。 

 250セレチ(約250センチ)くらいありそうだ。

 深い紫色の鎧を着込んだこの男の頭部は、竜頭りゅうずであった。


 そして腰の剣帯けんたいから、二メーレル(約二メートル)はありそうな黒光りする黒刃の大剣を抜剣して、こちらに向ける竜頭の魔族。


「俺は猫相手と言えど全力を尽くす。 そこの猫よ、かかって来い!」


 と、ヒューマン言語で高らかに叫んだ

 相手は体長250以上。

 対するトイガーの隊長猫族たいちょうニャーマンは精々60セレチ(約60センチ)程度。

 子供と大人どころでない。 猛獣と子猫くらいの差がある。

 それを本能で悟った隊長猫族たいちょうニャーマンは両手を万歳して、


「わ、我々はこ、降伏する! わ、私の命の代わりに部下やこの島の住人の命は救ってやってくれ。 た、頼める筋合いじゃないが、た、頼む」


「ふん。 戦いもせず命乞いか? 貴様らには自尊心プライドはないのか? だが賢い選択でもある。 良かろう、俺も無駄な血を流す趣味はない。 大人しく降伏するなら、貴様らの命は保証してやろう」


 こうして大猫島は僅か一時間半で制圧された。

 魔王軍の総指揮官アルバンネイルは約束通り捕虜や住民の命を無暗に奪うような真似はしなかったが、その代わり細かい作業や労働力として彼等を使った。 こうして魔王軍は猫族ニャーマン領進行に向けて、橋頭保を手に入れた。 そして戦火はエルフ領だけでなく、猫族ニャーマン領まで広がろうとしていた。

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