第135話 ライル対ザンバルド(後編)


「よく躱せたな。 ライル、お前は大した野郎だよ?」


 先程までのようなふざけた感じでなく、真顔でそう言うザンバルド。


「そうか? だとしたら貴様も案外大した事はないな」


 と、珍しく挑発する兄貴。


「何っ!? ……なんて言わねえよ。 ライル、俺には分かるぜ。 お前はこういう状況でもどうすれば勝てる、と考えているのだろう。 そういう奴は油断できん。 だから俺も全力でお前を殺しにいく」


 表情から笑みが消えたザンバルド。

 その鋭い双眸に秘められた確固たる強い意志は本物だ。

 対する兄貴も臆する事なく、ジリジリと間合いを詰める。

 彼我の距離が十メーレル(約十メートル)くらいに狭まる。 

 先に仕掛けるのはどちらだ?


「――ロザリオ・インパルスッ!」


 先手を打ったのは、兄貴の方だ。 地を蹴り、前傾姿勢のまま一気に距離を詰める兄貴。 兄貴の銀色の長剣が疾風怒濤の勢いで打ち込まれた。 銀の刃が空を切り裂き、十字を描きながら、無数の剣線がザンバルド目掛けて、刻み込まれた。


「――速いな。 だが俺には効かんっ!」


 ザンバルドは両手で握った漆黒の大鎌で兄貴の連撃を受け止める。 

 しかし兄貴の攻撃は止まらない。

 何度も何度も十字を描き、防御ガードしきれないザンバルドの巨体に剣線を刻み込んだ。


「おお、あの若造が押しているぞっ!」


「いいぞ、いいぞっ! そのままっちまえっ!」


「ザンバルド将軍。 一端、距離を取りましょう!」


 周囲の見物人が見守る中、死闘は続く。 延々と続く連撃に流石のザンバルドもその表情に焦りの色を浮かべ始めた。 次第に兄貴の銀の刃がザンバルドの漆黒の鎧を鋭利に切り刻んでいく。


 ザンバルドの巨体を切りつけ、銀髪が空中に散る中、兄貴はじわじわと後退するザンバルドを追い詰めるように延々と連続攻撃を繰り返し、ひたすら前進する。


「く、くっ!! 調子に乗るなぁっ――」


 業を煮やしたザンバルドが右手一本で大鎌を持ち、残った左手を振りかざした。


「――貰ったあぁっ! 秘剣・『神速しんそく太刀たち』」


 兄貴はこの瞬間に闘気オーラを最大限まで高め、渾身の薙ぎ払いを放った。

 そしてその鋭い剣線がザンバルドの左腕を両断した。


「く、くあああぁぁぁっっ!!」


 ザンバルドの悲鳴と同時にその左腕が宙を舞った。

 連続攻撃で相手を疲労させて、痺れを切らして相手に魔法を使わせる。 そしてその瞬間に最大速度の剣戟を放ち、相手の腕を両断する。


 単純な戦術であるが、単純がゆえに応用が効き、いかなる局面でも使える。 それをこんな局面で一発で成功させる辺りは、兄貴の剣士としての資質が飛びぬけて高いという証でもある。


 だが相手も魔族の将軍。

 並みの相手ではなかった。

 ザンバルドは――


「や、やるじゃねえかあぁっ!!」


 悲鳴に近い叫び声を上げながら、兄貴目掛けて突貫する。

 大技を決めて少し油断していたのか、兄貴の反応も僅かに遅れた。

 

「――『スパイラル・ザッパー』ッ!!」


「くっ!?」


 ザンバルドは残った右手で漆黒の大鎌を高速で周囲を薙ぎ払った。 

 兄貴はそれよりやや早く後ろに大きく跳躍した。

 辛うじて、すんでのところで回避したように見えたが――


「うっ……うおおおっ……あああっ!!」


 次の瞬間、兄貴の真紅の軽鎧ライト・アーマーの胸部が斬り裂かれて、兄貴の呻き声と共に胸部から血が迸った。 致命傷ではないが、軽傷でもない。 兄貴は左手で胸部を押さえながら、後ろに下がり距離を取った。


「ほう、殺すつもりで放ったんだが、ギリギリのところで耐えたか。 ん?」


「そこまでだ。 この勝負、このアイザックが預かった」


 いつの間にかアイザックが兄貴の前に出てきた。

 おいおいおい、まさかアイザックの奴、美味しいとこりする気じゃねえだろうな。 そいつは少しばかりせこくねえか?


「ほう、ようやく本命のお出ましか。 いいぜ、こちらは片手だが丁度いいハンデだ。 それじゃメインイベントを始めようぜ」


 と、口の端を持ち上げるザンバルド。

 だがアイザックの口から発せられたのは、意外な言葉だった。


「悪いがこれ以上、貴様の余興に付き合うつもりはない。 ここからは一騎討ちではない。 全員で貴様を狙い撃つ」


「おいおいおい、マジかよ? この状況でそれやっちゃう? 魔族の俺でも流石に引くんだけど、お前ってそういう奴なの?」


「何とでも言え。 貴様は危険な男だ。 だから殺せる時に殺す。 その為には俺の戦士せんしとしての矜持など捨ててやるさ」


「へえ、ある意味、指揮官しきかんとしては正しいな」


「ああ、これも仕事なんだ。 だから悪く思うな。 いや悪く思っても構わん。 どうせお前も俺も地獄行きだろう。 だから貴様との一騎討ちは地獄でやってやるさ。 さあ、お前等、余興は終わりだっ! 余力を振り絞って、この魔将軍及び魔王軍を壊滅させろっ!」


 アイザックはそう言って、漆黒の長剣を頭上に掲げた。

 すると周囲の傭兵や冒険者達も――


「そうだな。 魔族相手に気取ってもしゃねえ。 やってやる!」


「ああ、りまくって、ガンガン稼ごうぜっ!」


「アイザックさん、魔将軍の首を高く買ってくれよ?」


 口々にそう言いながら、武器を手に取り戦闘態勢に入った。

 それに呼応するように魔王軍の兵士達も前線に出てきた。


「将軍、この場は我等にお任せください」


「そうだな。 左腕を拾って、一時撤退するか」


「ええ、将軍が無事撤退を終えるまで、我々が前線を死守します」


「ああ、じゃあ任せたぜ。 じゃあな、アイザック。 今度はちゃんと一騎討ちタイマンやろうぜ。 それとライル。 俺に殺されるまで死ぬなよ?」


 ザンバルドはそう言い残して、

 地面に落ちた切断された左腕を拾って、この場から去った。

 というか「俺に殺されるまで死ぬなよ?」ってどんな別れ言葉だよ。

 だがある意味ザンバルドらしい。


 両軍が武器を構えながら、じわりじわりと歩み寄る。

 そしてアイザックの次の言葉が戦闘再開の合図となった。


「――全軍突撃。 一人残らず皆殺しにしろっ!!」

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