第129話 なりふり構わず


 信じられない光景を目の当たりにして俺だけでなく、周囲の者達も思わず硬直する。 眼前の魔将軍はゆっくりと前に歩み寄ってきた。 

 多対一でもまるで気にしない余裕と威圧感を放っていた。 

 そしてアイザックの居る方向に視線を向けて、にやりと笑った。


「さあ、前菜は終わりだ。 お次はメイン・デッシュだぜ」


 と、舌なめずりするザンバルド。


「やれやれ、魔族なんかに好かれても嬉しくないな」


 と、返すアイザック。


「……お前の名を聞こう」


「アイザック・レビンスキーだ。 見ての通り竜人だ」


「いい名だ。 俺は魔将軍ザンバルド」


「魔将軍か。 うちのボバンを一撃で倒しただけの事はある」


「アイザック、次はお前の番だ。 さあ、俺を愉しませてくれよ!」


 こいつ、戦いを楽しんでやがる。

 なんて奴だ。 そしてこれが魔族。 俺達の敵なのだ。

 しかし興奮気味のザンバルドとは、対照的にアイザックは冷静にこう返した。


「悪いが貴様の遊びに付き合うつもりはないっ!」


 そう言って左手を肩の線まで上げるアイザック。


「さあ、お前等っ! 全員でこの魔将軍を叩き潰せ! こいつの首を取った奴には、特別ボーナスを弾むぞっ!」


 この言葉に周囲の者がざわついた。


「マジかよ? アイザックさん、その話は本当だろうな?」


 アイザックはそう問う若い竜人の傭兵に対して、こう返した。


「このアイザック・レビンスキーの名に懸けて誓う! 本当だ。 金だけではない。 お前等が望むなら、俺が上に掛け合うぜ。 冒険者ランクの昇級や騎士爵も思いのままだ」


「マジかよ。 そりゃ実に美味しい話だねえ」


「ジード。 待てよ? あの魔族の強さは半端じゃねえぞ?」


「分かってるさ。 だが俺達は傭兵。 金次第で誰とも戦う。お前等もどうだ? ここで怖気づいたら、竜人族の傭兵部隊の名折れだ。 勝って大金を得るか、負けて死ぬか。 お前等も傭兵なら、好きな方を選べや」


 そう言って周囲を見渡すジードという竜人の傭兵。

 すると彼に釣られるように、他の者も追従した。


「よし、なら全員であの魔将軍の身体を八つ裂きにしようぜ。 それなら取り分で揉める事はないね」


「それいいね。 俺も乗った!」


 そう言って四方から魔将軍を囲む竜人の傭兵達。

 だがザンバルドは動じるどころか、両手を広げておどけた。


「おいおい、アイザック。 この仕打ちは酷くね?」


「ああ、酷いな。 ……それがどうかしたか?」


「あららぁ~。 お前ってそういうキャラなの?」


「俺は傭兵である前に一人の指揮官コマンダーなのさ。 下の者を食わせるのも、上の者の務めだろ?」


「ふう~。 なるほどね。 お互い辛い立場だよな~」


「……貴様の戯言にこれ以上付き合う気はない。 さあ、お前等全員でこいつをぶっ殺せ!」


「おうよ! お前等、一斉に攻め込むぞ?」


「あいよ」


「分かってらあっ!」


 剣や大剣、戦斧、槍斧ハールバードを持った竜人族の傭兵が武器を握りしめながら、じわりじわりと間合いを詰める。 少し卑怯と思わなくもないが、相手は魔族だ。 魔族相手に騎士道精神を貫いても意味ないからな。


 だがこのように包囲されていても、眼前の魔将軍は笑みを絶やさない。 

 まるでこの状況を楽しんでいるようだ。 この戦闘狂めっ!


「ほう、これはこれで悪くない。 より取り見取りってか?」


「悪いが死んでもらうぜ! 全員突撃だあっ!!」


「へいへい。 んじゃこっちも少し本気を出すよ。 『虐殺の円舞曲ジェノサイド・ワルツ』!!」



 一斉に飛び掛かる竜人の傭兵達。

 するとザンバルドは全身に闇の闘気オーラを瞬時に纏い、漆黒の大鎌をぐるりと水平に振り回した。 漆黒の大鎌が一回転して、周囲の傭兵達を薙ぎ払った。


「な、何っ!? か、身体の感覚がおかしいっ!?」


 そう慌てふためく竜人の傭兵達。

 そして彼等の肉体は、振るわれた漆黒の大鎌によって、上半身と下半身を分断するように、輪切りにされた。


 断末魔を上げる間もなく、絶命する竜人の傭兵達。

 その凄まじい光景を見ていた周囲の兵士達も思わず後ずさりする。 

 ま、マジかよ? たった一撃で八人以上を瞬殺したぞ!

 こ、これが魔族の将軍の実力なのかっ!?


 ばしゅんっ!

 という音と共にザンバルドの左肩に銃弾が命中。

 不意を突かれたザンバルドも「ぐふっ」と呻き声を上げた。

 咄嗟に後ろに振り替えると、目元に眼装ゴーグルを装着したマリベーレが膝撃ちの体勢で、銀色の魔法銃の銃口をザンバルドに向けていた。 魔法銃の銃口からは硝煙が立ち昇り、空薬莢がかつんと地面に転がり落ちた。


「光と炎の合成弾を撃ち込んだわ。 今のうちに攻撃して! この際格好つけている場合じゃないわ! 皆でそいつを倒そう!」


「あらら、マリベーレ。 アンタもやるようになったわね。 でもその通りだわさ。 相手は魔族の将軍。 小さなプライドに拘っている場合じゃないでしょ?」


 マリベーレが凛とした声でそう言い、彼女の近くで妖精フェアリーのカトレアがそう言葉を繋げた。


「そのエルフの娘が言う通りだ。 魔法部隊及び魔法が使える者は、初級魔法でひたすら奴――ザンバルドを狙い撃て! いくら奴が魔将軍と云えど、魔力の限界量は必ず存在するからなっ!」


「うほっ。 なりふり構わずって感じだな。 アイザックちゃん」


「――さあ撃つんだっ!」


 ザンバルドの言葉を無視して、左手を挙げるアイザック。

 すると周囲の仲間がザンバルド目掛けて、初級魔法を連射した。 

 それに追従するようにメイリンも「フレイムボルトッ!」と叫びながら、ここぞとばかりに初級火炎魔法を連射する。


 詠唱の短い初級魔法は、一発の威力は弱いが、連射できるのでこのように数で力押しする時は便利だ。 ザンバルドも左手を前にかざして、闇属性の対魔結界を張り、初級魔法攻撃を防ぐが、こちらは数の暴力で押し切る。 俺も魔法の代わりに、両掌から気功波を放つ。

 

「うほっ!? エグい、エグい。 地味にエグいぜ。 あはははっ!! でもいいぜ! この感じ悪くねえよっ!!」


 この状況下でも余裕たっぷりのザンバルド。

 連続して放たれる初級魔法攻撃が、闇属性の対魔結界と衝突して、激しい爆発音と爆風が生じる。


 土と草が燃えた焦げくさい臭いが周囲に漂う。 

 俺は思わず左手の甲で鼻を塞いだ。

 だが周囲の魔法部隊は更に初級魔法を撃ち込んだ。


 どおん、どおん、どおおおんっ!!

 まさに数による暴力だ。 だがここで躊躇っている余裕はない。

 魔族は強い。 俺達が想像していた以上に強い。

 そしてこの眼前の魔将軍は、その魔族の中でも一際強い。

 

 周囲の連中もそれを感じ取っている。

 だから自尊心プライドと羞恥心を捨てて、なりふり構わず狙い撃ちしているんだ。 


 多分俺達四種族より一個体としては、魔族の方が強いだろう。

 残念ながらそれは認めなければならない。

 ならば俺達は団結して、魔族と戦うしかない。

 そう、蜜蜂が天敵を蜂球はちだまで焼き殺すように。


 撃つ。 撃つ。 撃つ。 撃つ。 

 俺達は余力を振り絞って、ひたすら魔法や闘気オーラを連射、放出した。 

 しかし初級魔法といえど、こう何度も連発していると流石に魔力が枯渇する。


「はぁ、はぁっ、はっ…………」


 俺は肩で息をしながら、ゆっくりと呼吸を整えた。

 周囲の連中も苦しそうだ。 だが中衛には魔法戦士達が控えている。 

 彼等から魔力を供給されたら、もうひと踏ん張りだ。


 そして前方の白煙が消え失せると、不動の構えで立ち尽くすザンバルドの姿があった。 

 ザンバルドの漆黒の鎧からプスプスと白煙が生じているが、顔や身体の一部をすすだらけにした以外は、無傷なように見えた。


「ふう~、初級魔法といえど、こう連発されたら、流石にキツいな。 俺は一端後退するから、後はお前等に任せたぞ!」


 そう言って後ろに下がるザンバルド。

 それと入れ替わるように、後方の部隊が前に躍り出た。

 漆黒の武具を装備した魔族と思われる集団。

 見るからに精鋭部隊といった雰囲気の連中だ。


「ザンバルド将軍、ここは我々が敵の進行を食い止めます。 将軍はその間に本陣まで後退してください」


 隊長らしき魔族がそう告げた。


「悪いな、お前等に尻拭いさせて」と、ザンバルド。


「いえこれが我々の仕事ですので」


「んじゃそういう事だ。 また会おうぜ、アイザックちゃん!」


 そう言ってこの場から離れるザンバルド。

 とりあえず一番厄介な敵は追い払う事が出来た。

 これでこちらの士気も高まった。

 ならばここは攻勢に出るべきだ。 

 俺だけでなく周囲の者達の視線が自然とアイザックに向いた。


「よし、流れは我が軍に傾いている! 俺が先陣を切るから、お前等も後に続けっ! ――全軍突撃っ!!」


「おおおっ!!」


 アイザックがそう号令を出すと、周囲の連中も雄たけびを上げて突撃を開始。 

 アイザックは自ら陣頭に立ちにその卓越した剣術をいかんなく披露してみせる。 

 黒光りする長剣を片手にアイザックは突貫する。


 冷やかな殺意を帯びた斬撃が次々と魔王軍の魔族兵の肉体を切り裂いた。 

 魔王軍も果敢に応戦するが、振り下ろした戦斧は空を切り、その次の瞬間にアイザックの黒刃の長剣で戦斧を手にした利き腕が切り落とされた。


 アイザックの剣が空を水平に切り裂く、弧を描くと一連の動作を幾度も繰り返し、魔王軍の魔族兵の肉体を次々と切り裂き、切り刻み、辺りに血しぶきを迸らせる。


「つ、強いっ!! 本当に強い」


 俺はありきたりの言葉だが、本心からそう漏らした。

 うちの兄貴もかなりの剣士だが、正直アイザックの方が数段上だ。

 少なくとも現時点では、二人の間に大きな開きがある。

 だが今はそんな事はどうでもいい。 

 そう、この男は俺達の味方なのだ。 


「な、何だぁっ……あの竜人っ!?」


「さ、下がるな、貴様らぁっ!」


 驚き戸惑う部下達を叱責する魔族の隊長。


「糞っ……魔族に栄光あれっ!!」


 この竜人の魔剣士に魔王軍の精鋭部隊も威圧、圧倒された。 

 アイザックは切り捨てた敵兵を顧みることもなく、次なる標的を定めると疾風のような速さで間合いを詰める。


 魔族兵に武器を振り上げさせる猶予も与えず、脇腹に横薙ぎを、鎖骨部分に袈裟斬りを、止めに頭部を強撃。 息をつく間もない三段攻撃が繰り出され、複数の急所を切り裂かれた魔族兵は断末魔の絶叫を残して絶命した。


「団長だけに良い思いをさせるなっ! 俺達も続くぞっ!」


 汚名返上をすべく、アイザックの後に続くボバン。

 次々と魔族兵を斬り倒していくアイザックの姿を目の当たりにして、他の傭兵部隊も闘志と競争意識を刺激された模様で、アイザックの後に続かんと一斉に雪崩れ込んだ。


「こいつは乱戦状態だな。 下手に飛び込むのは危険だ。 ラサミス、ミネルバ。 俺達はこちらに逃げてきた敵を集中して狙い撃つぞ? わかったな?」


 的確に状況を判断して、そう指示を出す兄貴。

 そうだな、ここは俺達が無理する必要はないな。

 俺とミネルバは顔を見合わせて、無言で頷き合った。

 

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