第130話 彼女が戦う理由
二時間後。
こちらの右翼の傭兵部隊が敵の左翼部隊を圧倒していたが、連合軍の左翼部隊が敵の猛攻を食らい、陣形を大きく崩した。 これによって左翼部隊が大きく後退して、右翼部隊が敵陣に突出するという形になり、
中央に陣取るレビン団長が本陣の一部を左翼部隊の加勢に、伝令兵を右翼部隊に走らせて、「一度、陣形を再編成するから、後退せよ」と伝えた。
更に一時間後。
なんとか陣形を再編成させた四大種族連合軍は、日が暮れる前に、一端ガルフ砦まで後退して野営の準備に入った。 こうして連合軍が優勢に戦いを進め、初日の戦いは終わった。
日が落ちて、夜になったので連合軍は一端ガルフ砦に戻り、砦及びその周辺で大規模な野営の準備に入った。 魔族は総じて夜行性。 更に夜になると身体能力や魔力が強化される種族が多い為、
ガルフ砦の近くで、多くのテントが張られて、焚き火が焚かれた。 敵の夜襲を警戒して、全種族全軍に禁酒令が出された。 初日の戦いは連合軍が優勢に進めて、終わったが油断は出来ない。 右翼に配置された竜人族の傭兵部隊や冒険者部隊は比較的善戦したが、左翼のヒューマンの部隊は、グリファムが率いた獣魔団に苦戦を強いられた。 それに加えて、全軍通しての統率力が低めであった。
アイザックが指揮する右翼部隊は想像以上の活躍をしたが、左翼のヒューマン部隊は士気も低く、敵軍に圧倒された。 四大種族連合軍。
といえば聞こえはいいが、その実態は即席の大部隊。
故に細かい部分でのミスも多く、至るところで種族間での対抗意識を燃やし、それが良い方向にも悪い方向にも働いている。
本来ならば、全軍の総指揮を
更に本陣の
だが幸いな事に魔王軍側の統率力も決して高くなかった。
これ程の規模の戦闘は、四大種族だけなく魔族側も第一次ウェルガリア大戦以来であった。 更には六百年という月日が四大種族側を有利にしていた。
種族間による大きな戦争こそなかったが、辺境などでは小競り合いもあり、また傭兵や冒険者は富と名声を求めて、迷宮に潜り、魔物や魔獣と幾多との戦闘を繰り広げた。 その統計記録を冒険者ギルドが管理して、四大種族の王族、為政者に裏でそれらの情報を提供していた。
それによって各種族の騎士団、部隊は練度が増し、力を蓄えていった。
それが六百年という年月で積み上げられた。
それに加えて、魔王軍の総指揮官ザンバルドの指揮能力は、落第点ではなかったが、及第点ギリギリであった。 元々、好戦的なザンバルドは
とはいえ仮にザンバルドの代わりにグリファム、あるいはエンドラが総指揮官となっても結果は大差なかったであろう。 しかし魔族の王であるレクサーは、ある程度はこの事態を予測していた。 その上で彼は『戦いの過程』を愉しんでいるのだ。
魔族は破壊が生き甲斐。
魔族の喜びは強者と戦う事。
魔族は戦う事でしか生きられない。
それは六百年という年月が経っても変わらなかった。
だから彼はあえて部下達に任せた。
本当に勝利だけ求めていれば、彼自らが前線に立てばいい。
でもそれでは面白くない。 だから彼はあえて傍観している。
果たしてそれが四大種族にとって追い風になるであろうか?
ガルフ砦付近の野営場。
そこにかつてラサミス達と戦った者達の姿もあった。
その仲間である
あの金鉱町レバルでの死闘以降、マライアとギランは中立都市リアーナに身を寄せていた。 金鉱町レバルで手に入れた金塊を換金して、マライアとギランはリアーナのマフィアと交渉して、偽りの身分と名前を手に入れた。
しばらくの間はリアーナのスラム街に住み、大人しくしていた。
なにせ金銭的にはまるで不自由していない。
だから無理に冒険者ギルドを介して、依頼を受ける必要もなかった。
そんな生活が半年以上続いたが、それにも飽きてきた。
だから暇潰しにマフィアの裏及び汚れ仕事を請け負った。
そしてその一か月後、かつての仲間エリーザが二人に助けを求めてきた。
彼女には恩もあり、二人はそれを快く受けた。
エリーザを加えた三人でスラム街及びマフィアの関連施設で寝泊まりする日々が続いた。
三人は皆同様に国を捨てた、国に追われる身。
だから目立つような真似をせず、静かに暮らしていたが、ここに来て魔族が復活。 更には彼等の祖国であるエルドリアが魔族の手に落ちた。 それによって三人は晴れて自由の身になった。 これで彼女等を追う者は居なくなった。
だがそれと同時に三人の愛国心、郷土愛に再び火がついた。
正直国王グリニオン一世が死んだという噂を聞いても、三人の心に響くものは何もなかった。しかし祖国が魔族に蹂躙されているという話を聞いて、黙っていられる程、三人は薄情でもなかった。
確かに文明派のエルフ族は排他的かつ選民意識に満ちている。
こうして祖国から離れてみると、それがいかに異様な事か分かった。
だが全ての文明派のエルフ族はそうというわけではない。
彼等の中にも赤子、幼子、善良な男女は存在する。
エルフという種族の全てを愛せるわけではなかったが、祖国が、同族が魔族に蹂躙されるのは、やはり気分の良いものではない。 そこで三人は雇われ冒険者として、この戦いに参加した。 彼等を匿ってくれたマフィアの
どうやら彼等は、この戦争特需を生かして、一儲けするつもりのようだ。
その逞しい商売魂には、頭が下がる思いだ。
そういう訳で両者の思惑が一致して、今三人はこの場に居る。
「まさかまたこの砦にもう一度来る事になるとはな。
あれからどれくらい経ったんだろうか?」
「約一年くらいよ、ギラン」
「そうか、もう一年にもなるのか」
「ええ、早いものね」
そう言葉を交わすギランとマライア。
そうか、二人にとってはもうそんなになるのか。
自分はついこないだまでエルフ領に住んでいたが、二人にとっては、一年ぶりの帰還になるわけか。 と、内心で思うエリーザ。
「もう私達を追う者も居ないわね。 その代わり魔族が故郷エルドリアの新たな支配者となった。 ホント、一年前には考えられない話よね」
「そうね、エリーザ。 今にして思えば、我々エルフ族があの禁断の実を手に入れた事が何かのトリガーになった気がするわ」
それにはエリーザも同意だ。
漆黒の巨人ブラックに関しては、ギリギリ許容範囲だったが、
あの森の戦いで川に流されたバルデロンが絶望の眼差しでエリーザを見る光景は今でも時々思い出す。 あれは本当に嫌な気分になった。
勝手に知性を与えられて、手駒にされて、最後は見殺しにされた。
死の間際、彼――バルデロンは何を思っただろうか?
そう考えるだけで、暗く沈んだ気分になってくる。
「かもしれんな。 だがどのみち俺達のような下っ端にはどうする事も出来なかった。 国王は死んで、エルドリア城は魔族の手に落ちた。 それは上の事情。 そしてそのシワ寄せは必ず国民に来る。 そして俺は同胞が魔族に良いようにされるこの現状を見過ごす事はできん」
「ギラン、それは私も同じよ。 だから私達はこうして戦場に出向いているわ。 エルフの上層部がどうなろうと私の知った事じゃない。 でもなんの罪のない人達が魔族にいいようにされるのは、我慢ならないわ」
「そうね」
マライアの言葉に小さく頷くエリーザ。
別に今更、正義感をふりかざすつもりはない少なくともエリーザはそう思っている。 マライアやギランはどうかはしらないが、自分はあの金鉱町レバルでの戦い、更にはあのフォリスの森での戦いで多くの者の命を奪った。
あの時は国王、あるいは上層部の命令だから仕方ない。
と、自分にそう言い聞かせていたが、やはりそれらの事柄はエリーザの心に大きな影を落とした。
だからこうしてかつての同胞を救う戦いに参加する事によって、その大きな影を振り払おうとする自分が居る。
「そういえば俺達が所属する右翼部隊に見覚えのある顔を見たな。 あれだ。 あの金鉱町レバルで戦った
「ギラン、それって『暁の大地』の連中の事かしら?」
「ああ、そうだ。 あいつ等、リアーナでも有名になりつつあるよな」
「ええ、ここ数か月で物凄い勢いで名を上げているわね。 今では
「それは別にどうでもいいんじゃないかしら? 私達には私達の事情があるし、他人の事を羨むより、まずは自分達の出来る事をするべきと思うわ」
「そうだな」「そうね」
エリーザの言葉に同意するギランとマライア。
そう、自分達は自分達の役割を果たせばいいのだ。
自分達が戦う事で一人でも多くのエルフ族を救えるならそれでいい。
今更大きな物を求めないし、欲しいとも思わない。
エリーザの母はもう居ない。 自分の帰りを待ってくれる者は、もうギランとマライアしか居ない。 自分自身に関してはそれでいい。 今の状況はある意味、自分自身が招いたものだから。
でも他のエルフ族には、幸せになる権利があると思う。
少なくとも魔族に一方的な隷属関係を押し付ける筋合いはない。
だがこのままではエルフ領のエルフ達は酷い人生を歩む事になるだろう。
そして自分が戦う事でその状況が少しでも変わるなら、彼女は戦える。
それが彼女が戦う理由であった。
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