第126話 悲しい性(さが)


 戦端が開かれてから、既に三時間以上が経過していた。

 この短時間の間にも、両軍合わせて多くの戦死者が出ていた。

 魔王軍の総指揮官ザンバルドは、ふてぶてしい態度で本陣の大きな椅子に腰掛けて、戦況を見据えていた。


「連合軍の連中め。 意外とやるじゃねえか。 六百年の間に少しは成長したようだな。 感心、感心」


「将軍、感心している場合じゃありませんよ? 正直想像以上に我が軍に被害が出ております。

何かを策を打たねば、まずい状況になりますよ?」


 そう苦言を呈したのは、ザンバルドの副官であるリスタルだ。

 軍師が着るような漆黒の軍服を着ており、中肉中背のやや長めの赤髪。

 肌は蒼白く、年齢は魔族としては、若手の二百歳。 

 神経質そうな顔つきをした一般的な魔族の印象からは遠い男だ。


「リスタル、お前は相変わらず神経質だなあ~。 六百年ぶりの戦いだぞ? もっと愉しもうや」


「私は前大戦の経験者じゃありません。 それより愉しんでいる場合じゃないですよ? 連合軍は想像以上に統率が取れてます。 特に敵の右翼部隊の攻撃が強力です。 早急に手を打つべきです」


 愉しむ司令官に対して、苦言を呈する副官。

 しかしザンバルドはあくまでも、笑みを絶やさない。


「分かってるよ。 敵の右翼部隊はどの種族が務めている?」


「主に竜人の傭兵部隊が主力のようです。 後は雇われ兵と思われる様々な種族による混成部隊ですね」


「竜人かあ~。 確かに奴等はなかなか強かったなあ~。 六百年前にもこの俺を手こずらせた奴が居たな~。 懐かしいぜ」


「貴方の昔話には興味ありません」と、リスタル。


「へいへい、全体的な戦況はどうなっている?」


「正直芳しくありません。 連合軍はこちらのサキュバス部隊に対して、女だけの部隊を編成して、対サキュバス戦に挑んでいるようです。また敵の弓兵アーチャー銃士ガンナーの腕も良く、遠距離射撃でサキュバスを狙い撃ちしているようです。 以上のような結果から、サキュバス部隊による魅了攻撃は期待できません」


「なる程、連中も馬鹿ではないようだな。ちゃんと六百年前の教訓を生かしている。 感心、感心」


 前大戦ではサキュバス部隊は大活躍した。

 敵が女性だけの部隊を編成して、対サキュバス戦に持ち込むまで、それなりの時間を要した。 魔族もそうだが、四大種族も基本男性社会。 故に女性に重要な作戦を一任するという発想がなかなか思いつかなかった。


 しかし今回は最初から対サキュバス用に女性部隊を編成していた。

 どうやら前大戦の記憶と記録がちゃんと現代人に受け継がれているようだ。

 それに加えて、弓兵アーチャー銃士ガンナーでサキュバスを狙い撃ちされたら、こちらとしても戦術を改める必要がある。


「仕方ない。 一端、サキュバス部隊は後退させろ。 あまり兵を失うと、エンドラが五月蝿いからな」


「分かりました。 直に全軍にそう命じます」


 指揮官の命に従い、サキュバス部隊を後退させる副官リスタル。

 サキュバス部隊を後退させた穴埋めは、グリファムの獣魔団を敵陣の両翼に展開する事で、なんとか埋め合わせする事が出来たが、戦局を大きく変えるまでには至らず、魔王軍の劣勢は変らなかった。


 一時間後。

 業を煮やしたグリファムが本陣に駆けつけた。

 グリファムはザンバルドの前に出るなり、こう告げた。


「ザンバルド。 戦局が思わしくない。 このままでは無駄に戦死者を出すだけだ。 総指揮官として、何かを策を講じて欲しい」


「お前が泣き言を言うとは、珍しいな」


「泣き言ではない。 だが連中は想像以上に強い。 このまま何もしないのは、総指揮官としての怠慢じゃないのか?」


 珍しくムッとした表情で反論するグリファム。

 リスタルだけでなく、コイツも糞真面目な野郎だな。

 久しぶりの戦いなんだぜ? もっと愉しもうぜ。

 と、思いつつも流石に言葉にはしないザンバルド。


「そうだな、お前の言う事も一理ある。 リスタル、敵の左翼部隊を務めているのは、どの種族だ?」


「……主にヒューマンの部隊ですね」


「ヒューマンねえ。 こいつは狙い目かもな」


「狙い目? ザンバルド、どういう意味だ?」


 そう問うグリファムにザンバルドはゆっくりと答えた。


「お前も知っての通りヒューマンは小狡こずるい種族だ。 俺達魔族が急遽攻めて来たから、四大種族は連合軍を結成したが、決して一枚岩じゃねえ。 心の底ではこの状況を利用して、自分達だけが美味しい思いが出来ないか? とか考えている連中も居そうだろ?」


「まあそうかもしれんな。 お前はヒューマンがそうだと言いたいのか?」


「まあな。 奴等は俺達魔族は当然として、エルフにも竜人にも劣る種族だ。 そういう連中は頭を使って、他種族を出し抜くしかねえ。 だからこの状況下でも、本気で戦わず相手の裏をかく事ばかり考える。 それが前大戦で奴等と戦った俺の印象だ」


「うむ。 しかし全大戦から六百年の年月が経った今では、連中も少しは変わっているんじゃないのか?」


 グリファムがそう正論を唱えた。

 だがザンバルドは「ククク」と嗤って、それを否定した。


「グリファム。 人間の本質なんて基本的に変らないものさ。 俺達魔族は六百年近く暗黒大陸に隠居していたが、変ったか?」


「……なる程、一理あるな。

 だがそれがこの状況下で何か意味を成すのか?」


「分からんか? つまり右翼の竜人共に比べて、左翼のヒューマンの方が戦い易いという事だ。

だからお前等、獣魔団には右翼に戦力を固めて、敵の左翼を崩してくれ。 そうすれば必然的に敵の陣形も崩れる」


「なる程、分かった。 敵の左翼は我が獣魔団で抑えよう。 しかしそうなると、こちらの中央と左翼が手薄になるが、何か策はあるのか?」


「リスタル、敵の中央、本陣に陣取る種族は何だ?」


猫族ニャーマンとエルフ族です」


 淡々とそう告げるリスタル。


「化け猫が本陣か。 なら中央には重装備の兵士やサイクロプスやオーガなどのガタいの良い部隊で固めろ。 この中央の部隊は、基本的に防御重視でいい。 化け猫共の魔力は侮りがたいが、体格は四種族で一番虚弱だ。 だから敵の魔法攻撃にだけは、注意して、対魔結界を張っていれば、中央から崩される事はないだろう」


「うむ、私もその策でいいと思う」


 顎に手をやり、納得した表情のグリファム。

 粗暴で場当たり的な行動が多いザンバルドだが、腐っても魔族の将軍。 こういう状況下ではちゃんとした指示を下せる。 今回の戦いでは、彼の粗暴さが先行していたが、やる時はやる男なんだな、と少しだけ見直すグリファム。


「それで肝心の敵の右翼部隊には、どう対処するんだ?」


 これが一番重要な問題である。

 こういう大きな戦いでは、初戦の勝敗が今後に響く。

 だからこそ必ず勝たねばならない。

 そして少し期待しながら、ザンバルドの言葉を待つグリファム。


「俺が直々に出向いて、敵の頭をぶっ叩くよ。

 シンプルだが、これが一番効果的だろ?」


 なる程、実にザンバルドらしい言葉だ。

 結局、彼は一番の強敵は自分で戦いたいという性質たち

 魔族としては、彼のそういう部分は正しい。

 だがこの戦いは彼個人の戦いではない。


「だがもしお前が敵に討たれたら、どうするつもりだ?」


「そのつもりはねえが、その時はお前が指揮権を引き継げ。 弱い魔族は滅びる。 これが俺達魔族の掟じゃねえか? だが心配するな。 俺は負けんよ。 こんなところで死ぬ為に、六百年も待ったわけじゃねえからな」


「分かった。 俺が指揮権を引き継ぐ事がないように、お前の勝利を願う事にしよう。 では我々は命令に従うとしよう」


「ああ、期待してるぜ」


「お前も死ぬなよ?」


 そう言葉を交わして、グリファムは踵を返した。

 グリファムの姿がこの場から完全に消えると、副官リスタルがこう口にした。


「色々言いたい事がありますが、あえて口にしません。 だが同じ魔族として、貴方のそういう部分は尊敬しますよ」


「ありがとうよ、とりあえず俺の直属部隊を緊急招集してくれ。 大丈夫さ。 竜人は強いが、俺ほどじゃねえ。 俺もこんな所で死ぬつもりはねえからな。 だから今後の指揮はしばらくお前に任す」


「御意。 謹んでお受け致します」


 と、軽く頭を下げるリスタル。

 その姿を見て、ザンバルドも少しだけ笑みを浮かべた。

 小うるさい奴だが、コイツのこういうところは嫌いじゃねぇな。

 まあ絶対に本人には言わねえけどな、と思うザンバルド。


「バルデロン、バルデロン! ちょっと来い!」


 ザンバルドは大きな声でそうバルデロンを呼んだ。

 すると後ろで待機していたバルデロンがザンバルドの前に立ち、左膝を地につけて、頭を垂れた。


「はい。 何か御用でしょうか?」


「お前も俺に同行しろ。 お前は少し前に化け猫やエルフと戦ったろ? だからその知識と経験で、俺をサポートしてくれや?」


「はい。 微力を尽くします」


「おうよ、まあ俺が連中を虐殺する様を特等席で拝ませてやるよ?」


「……光栄です」


 とは言うものも、バルデロンの心情は少し複雑であった。

 エルフ族の文明派、特に国王には強い憎しみを抱いていた。

 そしてその復讐の機会を与えてくれたこの魔将軍には、感謝している。

 だが他の無関係な種族と戦うという状況に、彼は少し戸惑っていた。


 しかし彼は犬族ワンマン

 犬は主人との主従関係を望む。

 なので心では違和感を感じながらも、彼は命令に従った。

 そう今はこの魔将軍が、魔族が自分の主人なのだ。


 この魔将軍は一見粗野で乱暴だが、自分を捨てたエルフ族比べれば、随分マシだ。 少なくともこの男は意味もなしに自分を捨石にはしないだろう。 ならば自分は与えられた役割を果たすべきだ。


「んじゃ準備が出来次第、敵陣に突っ込むぜ! ククク、竜人よ。 少しは俺を愉しませてくれよ」


 そう言う主人の笑みは何処までも嗜虐的だった。

 それに違和感を感じながらも、彼は主人に従うのであった。

 それが犬を母体とした犬族ワンマンの悲しいさがであった。

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