第121話 円卓会議(後編)

 

 円卓会議に参加するのは、まず主催者である猫族ニャーマンが、大臣と山猫騎士団オセロット・ナイツの騎士団長と副団長。 ヒューマンはハイネダルク王国騎士団の騎士団長バイスロン・アームラック。 それと副団長のエルリグ・ハートラーの二名。 伯爵夫人は不参加のようだ。


 エルフ族の穏健派からは、巫女ミリアムとナース隊長の二名。

 竜人族はアルガス、アーガス親子。 

 それと『竜のいかずち』の傭兵隊長であるアイザック・レビンスキー。

 そしてドラガン、兄貴、俺とミネルバを加えた十四名で円卓会議が行われる。


 円卓会議という名目ではあるが、実際には大きな四角いテーブルを囲んで、それっぽく演出しているのに過ぎない。 壁を背にして猫族ニャーマンの大臣が上座に座り、その右隣にレビン団長、左隣にケビン副団長が座る。 大臣の右手側の席にヒューマンの騎士団長と副団長、巫女ミリアムとナース隊長が座っていた。

 

 大臣の左手側の席にドラガン、ミネルバ、俺、兄貴。

 そして下座には左からアーガス、族長アルガス、傭兵隊長アイザックが座っている。


 俺とミネルバをアーガスの席から少し離したのは、ドラガン達の配慮だろう。

 あの野郎の面は久しぶりに見たが、正直気分が良いものではない。

 最初こそアーガスも俺達を見て、驚いていたが直にポーカフェイスに戻り、人を見下したような冷笑を浮かべていた。 相変わらず嫌な野郎だ。 だがこれくらいでムカついてたら、この場に居る資格はない。 今は個人的感情を捨て、真剣に会議に参加すべきだ。 俺だけでなく、ミネルバもそう感じたのか、彼女も視線をアーガスから逸らした。


「では、早速だが四大種族による円卓会議を始めたいと思う」


 そう切り出したのは、猫族ニャーマンの大臣。


「会議の議題は、云うまでもない。 暗黒大陸から蘇った魔族に関しての事だ。 既に諸君もご存知であろうが、エルフ領のエルドリア城が魔族の手に落ちた。 エルドリア城の次は地理的に云えば、穏健派のエルフ族領、あるいは我等、猫族ニャーマン領が魔族の次なる攻略拠点となるだろう」


 まあ普通に考えれば、そうなるよな。

 北エルドリア海を越えて、わざわざ竜人族領に攻め込みやしないだろう。

 地理的に見たら、ヒューマン領も魔族の次の攻略拠点にはならない筈だ。

 大臣の言葉に数人が「うむ」と頷いている。


「それで猫族ニャーマンと穏健派のエルフ族は我等、ヒューマンに助力を請う、というわけですかな?」


 そう切り返したのは、恵まれた肉体に白銀の鎧を纏った黒髪のオールバックの壮年の男。ヒューマン代表である騎士団長アームラックだ。 なる程、軽くジャブを入れてきたというわけか。 だが大臣は顔色一つ変えず、こう返した。


「まあそうとも言えますな。 何せ相手は魔族。 このまま放っておけば、穏健派の大聖林、我がニャンドランド城も第二のエルドリア城になりかねない。 そしてそうなれば貴方方、ヒューマンや竜人族にとっても他人事ではなくなる」


「無論、理解しております。 ですからこうして猫族ニャーマン領まで出向いたのです。 それは皆さんも同じでしょう?」


「まあそうですな」


 アームラックの言葉に相槌を打つ竜人族の族長アルガス。

 なる程、ヒューマン側としてはこの機に乗じて場の主導権を握るつもりか。

 まあこの壮年のヒューマンだけの意思ではないだろうな。

 恐らくその後ろに居るヒューマンの宰相の意向もあるだろう。


「だが現実問題として、危機に瀕しているのは穏健派のエルフ族と猫族ニャーマンだ。 それを我々、竜人族やヒューマンが無償で助ける道理もありませんな」


「その通りです」


 そう一石を投じたのは、族長アルガス。

 そしてアーガスが追従する。 やれやれ、無償ときたか。

 こういう状況下においても、自らの種族の利益を追求するとは大したものだ。

 要するに助力を請うなら、対価を寄越せ、という事なんだろう。


「確かに道理はありませんね。 ならばこの会議を中止なさいますか? 我々、穏健派のエルフ族と猫族ニャーマンだけで話し合いますのでご不満があるようならば、貴方方は退席してもらっても結構ですよ」


「なっ!」と、言葉を詰まらせる族長アルガス。


 ほう、見た目は美人さんだが巫女ミリアムもなかなか駆け引きが上手いな。

 こう言えば相手としても、必要以上に強気には出れないからな。

 というかこの機に生じて、竜人族やヒューマンが無理難題を吹っ掛けたら、猫族ニャーマンや穏健派のエルフ族も無条件で従う必要もない。 戦力的には厳しいが、猫族ニャーマンと穏健派のエルフ族だけで魔族と戦えばいいだけの話。 それを踏まえてのこの返し。 交渉上手だぜ。


「そ、そのような言い草は我々に対して、失礼ではありませんか!?」


「アーガス、落ち着け。 なる程、確かにそういう選択肢もありですな」


 憤るアーガスを諫めながら、そう返す竜人族の族長。


「ええ、事は我々エルフ族や猫族ニャーマンだけの問題ではありません。 既に文明派のエルフ族は魔族の手によって、蹂躙されている状態です。 このままでは我等、穏健派の領土にも文明派の難民が押し寄せてくるのも時間の問題です。 そしてそれはこの場に居る四大種族にとっても、他人事ではありません。 ですから我々は団結する必要があるのです」


 そう声を上げたのはナース隊長だ。

 正論だ。 

 一つの種族が危機に瀕したら、そのしわ寄せが他の種族に来るのは当然だ。

 この場合はやはり穏健派がその影響を一番受けるだろう。

 俺個人としては、文明派のエルフ族に良い思い出はないが、それで文明派のエルフ族を一括りにする程、愚かでもない。


 彼等、彼女等の中にも赤ん坊や幼子、老人は存在するんだ。

 そして難民と化した彼等を無条件で見捨てるわけにもいかない。


「ええ、その通りです。 しかしある程度の対価が必要なのも事実です。 別に私個人の問題ではありません。 我等、ヒューマンにとって利益がなければ、軍や騎士団を他種族の領土に派遣する事は出来ません」


「我々、竜人族も同じです」


 騎士団長アームラックと族長アルガスは頑なにそう拒んだ。

 やれやれ、荒れる会議とは思ってたが、ここまでとはな。

 こういう状況下でも優先するのは、自分達の利益。

 ある意味、種族の代表になるのに相応しい人物だ。


「つまり対価がなければ、助力を請う事は出来ないと仰るのですか?」


「端的に言えばそうです」


「まあそうですな」


 大臣の言葉にそう答えるヒューマンと竜人族の代表。

 すると猫族の大臣は右手を顎に当てて、「うむ」と頷いた。


「具体的にはどのような対価をお求めで?」


「……そうですな、例えば猫族ニャーマン領の鉱物資源の採掘権などを提供していただければ、我々としても国王陛下を説得し易いですな」


 騎士団長アームラックがそう言うと、竜人族の族長も同調する。


「我々も同じです。 猫族ニャーマン領には豊富な鉱物資源が眠っておりますからな。勿論、全てなどとは言いません。 その一部だけでも譲渡していただければ――」


「宜しい。 ならばその条件を呑みましょう」


「え?」


 大臣の意外な言葉に目を丸くする騎士団長アームラック。


「……本当によろしいのですか?」


 そう確認する竜人族の族長。

 それに対して大臣は「ええ」と小さく頷いた。

 するとヒューマンの代表と竜人族の代表が顔を見合わせた。

 彼等にしても、大臣がこうも簡単に要求に応じるのは予想外だったのであろう。

 

「対価は鉱物資源の採掘権でよろしいですかね?」


「ええ、それならば我々ヒューマンとしても問題ありません」


「騎士団長がそう仰るなら、私もそれに従います」


 ヒューマンの騎士団長がそう言うと、その左隣に座る副団長も同意する。

 騎士団長に比べたら、副団長は随分と優男だな。

 薄い蒼の鎧に白マントという格好で、体格は中肉中背。

 肌は白く、年齢は三十前後。 顔は整っているが、特筆するほど美形でもない。

 なんというか何処かの貴族のボンボンっぽい雰囲気。


「我々もその条件なら構いませんよ」


 ここぞとばかりに自分の存在をアピールする竜人族の族長。

 しかし猫族ニャーマンの大臣も一国の重鎮。 

 相手を舞台に上げさせてから、次のような条件を突きつけた。


「しかしただ軍や騎士団を派遣するだけでは、採掘権をお譲りするわけにはいきません。 なのでヒューマン、竜人族の双方で戦場でより多くの戦果を上げた方に、戦果に見合った対価をお支払いしようと思います。 勿論、戦果を上げなくても戦場で戦っていただけるなら、最低限の保障は致します」

 

 大臣も策士だな。 要するにヒューマンと竜人族に人参をぶら下げて、双方を競わせるという狙いか。 でも戦闘に参戦した時点で最低限の対価は払う。 この条件ならば、ヒューマンと竜人族にとっても損にはならないし、少しでも良い条件を勝ち取る為に戦果を上げようとするだろう。


「ふふふ、大臣殿もなかなか交渉上手ですな」


「まったくですな。 我々を競わせて、成果を上げた方に対価を支払う。 いやあ、実に見事な交渉術だ。 我々も見習うべき点がありますな」


「お褒めにあずかり光栄です」


 騎士団長アームラックと竜人族の族長の嫌味を軽く受け流す大臣。

 しかしこれでヒューマンと竜人族の協力を仰ぐ事ができた。

 これでこの会議もようやく一歩前に進めそうだな。


「ではヒューマンも竜人族も戦力を派遣して頂けるということですね?」


 巫女ミリアムの言葉にヒューマンの代表も竜人族の代表も無言で頷いた。


「では派遣する戦力を具体的に教えていただけますか?」


「そうですな、我々ヒューマンは王国騎士団及び王国魔導騎士団から二百から三百程の戦力を派遣しようと思っております」


 大臣の言葉にそう答えるヒューマンの騎士団長。

 まあそれぐらいの戦力が妥当だろうな。 

 ヒューマン側としても、万が一の事に備えて、本国にある程度の戦力は残しておきたいだろうからな。


「まあそれぐらいが妥当でしょうな」


「ええ、私も異論はありません」


 大臣の言葉に巫女ミリアムが首肯する。


「我々、竜人族はここに居る『竜の雷』の傭兵隊長アイザックを総司令官とした竜人族のみで構成された傭兵部隊を派遣致します。 その総数は三百人程。 但し猫族ニャーマンと穏健派のエルフ族が彼等を直接雇用するという形でお願いします。 やや経費はかかりますが、彼等の実力は折り紙付き。 きっと満足していただけると思います」


 そう言って、竜人族の族長は視線を右隣の男に移した。

 筋骨隆々の肉体を漆黒の鎧で包んだ壮年の竜人族の男。

 年齢は40前後くらいか? 右頬に派手な刀傷があり、やや無造作な短めの蜂蜜色の髪。 この男が傭兵隊長アイザックだ。


 竜人族による傭兵団の中でも一際有名な『竜の雷』の団長も務める。

 その噂はリアーナの冒険者ギルドや酒場でも何度か聞いた事がある。

 竜騎士ドラグーンでもあり、傭兵でもあり、数々の戦果を上げた男。

 こうして近くで見るだけで分かる。


 この男は強い。 とてつもなく強いという事を。

 だが味方にすれば何よりも心強い。


「うむ。 確かに我々が直接、彼等を雇えば話が簡単に進みますな。 分かりました。 傭兵隊長アイザック殿に傭兵部隊の指揮をお任せします」


「……よろしく」


 愛想なくそう一言だけ告げる傭兵隊長アイザック。

 これでヒューマンと竜人族を合わせて、約五百くらいの戦力か。

 これに猫族ニャーマンや穏健派の戦力を加えれば、総数一千は超えるだろう。

 これならば魔族相手でも充分に戦える……筈だ。


「我が猫族ニャーマンからは山猫騎士団オセロット・ナイツ、ニャンドランド王国猫騎士団おうこくねこきしだん、ニャンドランド王国魔導猫騎士団おうこくまどうねこきしだんから五百程、戦力を派遣致します」


「我々、穏健派のエルフ族も五百名くらいなら問題なく集められます」


 大臣と巫女ミリアムがそう淡々と告げた。

 え~と、つまりざっと換算して1500前後の戦力か?

 これに冒険者や傭兵を金で雇えば、更に戦力の上積みができるな。

 これなら何とかなりそうだ。


「総数1500前後ですか。 なかなかの大部隊ですな」


「ええ、これ程の戦力ならば、きっと勝てるでしょう」


 ヒューマンの騎士団長と副団長がそう言った。


「うむ。 まるで第一次ウェルガリア大戦のような豪華な顔ぶれですな」


「そうかもしれませんな」


 竜人族の族長の言葉に、大臣が鷹揚に頷く。


「では戦力の編成は決まりましたので、次は具体的な作戦に移りたいところですが、その前に一度エルドリア城に和睦の書状を送ろうと思います」


「……和睦の書状? 魔族相手にですか?」


「奴等が素直に和睦に応じるとは思えませんな」


 大臣の言葉に首を捻る騎士団長アームラックと族長アルガス。


「無論、奴等が和睦に応じるなど思ってなどおりません。 ただの時間稼ぎですよ。 我々もまだ奴等の具体的な戦力を把握しておりません。 だから少しでも時間を稼げればと思っての事ですよ」


「うむ。 そうですな」と、騎士団長アームラック。


「確かに準備時間はあった方がいいですな」


 やや感心したように頷く族長アルガス。


「では本日の会議はこれにて閉会します。 次の会議は具体的な戦略と戦術についての作戦会議であります。 日時は五日後の予定です。 それまではこのニャンドランドでゆっくりとお休み及び観光なさってください。 それでは解散します」


 こうして一度目の円卓会議は無事に終わった。

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