第122話 高慢なオバさん
俺達は会議室を後にして、二階の階段付近の踊り場でエリス達と合流する。
とりあえずヒューマンと竜人族の協力を得ることができた。
しかしその代償に
「確かに痛手だ。 だが魔族に国を滅ぼされるよりかはいいだろう。 要するにこの戦いはそういう戦いだ。 お前等も肝に銘じておけ」
というドラガンの言葉に俺は少なからず動揺した。
国が滅びる? 正直実感が沸かない。
だが現にエルドリア城は陥落した。 これは紛れもない事実である。
つまりこの
「あら、誰かと思えばカーマイン兄弟じゃありませんか?」
そう声を掛けてきたのは、お馴染みのヴァンフレア伯爵夫人だ。
というかカーマイン兄弟なんて呼び方、はじめてされたな。
伯爵夫人は金の刺繍が施された胸元が大きく開いた赤いドレスに身を包んでおり、扇子を片手に、つかつかとこちらに歩み寄って来た。
「これは、これは、ヴァンフレア伯爵夫人。 ご無沙汰しております」
「どうもッス」
兄貴が深々と頭を下げたので、俺も一応ぺこりと頭を下げて挨拶する。
すると伯爵夫人は左手で扇子を仰ぎながら、俺達に視線を向ける。
「まさかこのような場所で貴方達と会うとはねえ。 でもこの城の内装のセンスは、悪くはないわね。 猫さんにしては頑張ってるんじゃないかしら?」
「ハア……」
この御婦人も随分と度胸があるね。 見ろよ?
周囲の執事やメイド、警備兵の
「しかし貴方達も酔狂よね。 ヒューマンより猫さんに組するとはね。 まあそちらの団長さんが猫さんなのも関係あるのかしら?」
ドラガンを見据えながらそう言う伯爵夫人。
心なしか、ドラガンの耳がぴくりと動いた気がする。
「我々は猫ではありません。
「そう? 別にどっちでもいいわよ」
「それで我々に何か御用でしょうか?」
あくまで冷静な対応するドラガン。
「貴方には用はないわ。 私が用があるのはライル・カーマインよ」
「……左様ですか」
ドラガンが無表情で後ろに下がり、それと同時に兄貴が前へ歩み出た。
「私に何の御用でしょうか?」
「うーん、やはりヒューマン相手の方がいいわね。 猫さん相手だと視線がぐっと下がるから、疲れるわ」
煽る、煽る、めっちゃ煽るよ、このオバさん。
ドラガンは無表情だが、なんか俺の方がムカついてきたぞ。
何か文句の一つでも言ってやろうか。
と、思った矢先にミネルバに片手で制された。
ミネルバは無言で首を左右に振る。 それで俺も落ち着きを取り戻した。
そうだな、ここでこのオバさんと争うのは、賢い選択肢ではない。
「ライル。 貴方はヒューマンに付くの? それとも猫さんに付くの?」
ド直球にそう問う伯爵夫人。
しかし兄貴は慌てる事なく、冷静にこう返した。
「いえ我々はどちらに付くという訳ではありませんよ。 今回は懇意している
「ふうん。 相変わらず無難な受け答えをするわね。 まあいいでしょう。 とりあえず我々ヒューマンからしたら、収穫があったわけだし、今回は目を瞑るわ。 でもね、ライル。 いつまでも今みたいな宙ぶらりんな状態が続くとは、思わない方がいいわよ? 結局人間誰しも何かに隷属する宿命からは逃れられないのよ。 賢い貴方なら分かるでしょ? だから良いお返事を期待しているわ」
「はい、伯爵夫人のご期待に添えるように、今回の戦いで何らかの成果を上げるつもりですので、今後ともよろしくお願いします」
「うふふ、そういう言い方、嫌いじゃないわよ。 では皆さん、御機嫌よう。 私はこれで失礼するわ!」
そう告げると、伯爵夫人は踵を返して、この場から去った。
相変わらず高慢なオバさんだ。
敵地でもその言動と態度を変えないのは、ある意味立派だな。
そして伯爵夫人の姿が完全に消えると――
「な~に~? あのケバいオバさん」
「ぷっ。 ケバいオバさんって、マリベーレ、アンタも言うわねえ~」
「え~? だって凄い厚化粧だったじゃない?
ミネルバ姉さんもそう思うでしょ?」
「ぷっ。 アンタ、容赦ないわね」
「素で言ってるから、余計破壊力があるわね」
ミネルバが軽く噴き出し、アイラが冷静にそう突っ込んだ。
「でもマリベーレちゃんの言う通りよ。 というかウチのライルさんやラサミスにも色目使ってるじゃないわよ。 オバさん、必死だな」
「メイリン、言いすぎよ? あれでも頑張って若作りしてるんだから」
メイリンがぶった切り、エリスが天然気味な発言で更に追い討ちをかける。
というか凄い連携コンボだな。 よく阿吽の呼吸でポンポンこんなに悪口出るな。
いや~女は怖いね。 でも正直いって幾分か小気味良い。
「コホン。 まあそれくらいにしておけ。 では部屋に戻るぞ!」
「「「「は~い」」」
ドラガンの言葉にアイラを除いた女性陣が間延びした声で返事する。
それから男性陣は男部屋、女性陣は女部屋に戻った。
部屋につくなり、俺はソファに腰掛けて、ラフな格好になった。
いやあ、何も発言しなかったけど、正直かなり疲れたぜ。
「やれやれ、若い娘は気楽でいいな」
「まあそう言うなよ。 正直俺も夫人のあの言い様には腹が立ったよ」
ドラガンの言葉に兄貴が珍しく感情を露わにする。
「な~に、あれくらいどうって事ないさ。 ヒューマンの貴族なんてあんなものさ。 だが問題はそんな事じゃない。 一番重要なのはやはり魔族との戦いだ」
「だよね。 正直どうなるか見当もつかないよ」
俺は率直な感想を述べた。
「ああ、それは俺も同じだ。 というか多分皆、似たような心情だろうさ。 この数百年の間、魔族とまともに戦った事なんかないからな」
「兄貴でも不安なのかい?」
「まあな。 怖くないと言えば嘘になる。 だが俺達は戦うしかない。 だからラサミス、お前も覚悟を決めて戦うんだな」
「……そうだな。 誰かが戦わなくちゃ誰かが死んじゃうからね」
「そういう事だ。 まあとりあえず今はゆっくりと静養しておけ。 先にシャワーを使っていいぞ? そのうちシャワーを浴びる余裕もなくなるからな」
「……うん、じゃあお先に使わせてもらうよ」
俺は簡易式の脱衣所で衣類を脱いで、シャワーボックスに入った。
そしてボックス内にある柱にあるボタンを押した。
蛇口から適温のお湯が出て、俺はそれを全身に浴びた。
これらのシャワーボックスも魔道具に近いものらしい。
魔石を動力にして、水やお湯の温度を調整しているとの話。
まあそんな事はどうでもいいな。
戦いが始めれば、こうしてシャワーを浴びる時間もなくなるだろう。
だから今は食って、寝て、休む。
俺に出来る事はこれくらいだ。
しかし本当に魔族相手に勝てるのだろうか?
奴等はたった数日でエルドリア城を陥落させた。
対する四大種族連合軍は即席部隊もいいところ。
こんな状態で本当に勝つ事ができるのか?
だが負ければ全てが終わる。
相手は血も涙もない魔族。 既に文明派のエルフ族が蹂躙されている状態。
奴等の侵攻を食い止めなければ、いずれ
ヒューマンや竜人族も奴等の魔の手によって、撃ち滅ぼされるだろう。
だから怖くても、戦うしかない。
だが後に俺は思い知る事になる。
魔族という生物の本当の恐ろしさを――
そして魔族の出現によって、ウェルガリアの歴史は大きく変ろうとしていた。
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