第110話 魔王と幹部


「相変わらずエグいな、お前のやり方は」


 両肩を竦めながら、ザンバルドがそう言った。


「あら? 失礼しちゃうわ。 私は殿方の欲望を叶えてあげただけよ。 男なんて皆、獣ですからね」


 エンドラは微笑を浮かべて、そう言った。


「それは否定しないが、魅了されて、同士討ちさせられて、最後はサキュバスの餌になる。という部分は同じ男として、少し同情するよ」


 グリファムが真顔でそう言った。

 するとエンドラがやや柳眉を逆立てて、


「五月蝿いわね。 どうせ最後は殺すんだから、それまで快楽に溺れさせてあげる私の方が、アンタ等より男達にずっと感謝されるわよ!」


「そりゃ違いねえ、グリファム。 一本取られたな」


 と、ザンバルド。


「まあサキュバス部隊が我が魔王軍に欠かせない事は、認めるよ。 とりあえず今回はこんなところでいいだろう。 一度魔王城に戻って、魔王様に報告しよう」


 と、グリファム。


「そうね。 お土産もあるし、とりあえず一度帰還しましょ」


 と、魅了した男共を一瞥するエンドラ。


「んじゃそうするか! お~い、ヒューマン、猫族ニャーマン、エルフに竜人共よ! 今のうちに精々短い生を謳歌しておけよ! どうせ最後は皆、死ぬんだ。 だからそれまで元気に生きろよ!」


 と、ザンバルドが大声で叫んだ。

 それはある種の魔族の宣戦布告だったのかもしれない。

 だが殆どの者は、そんな事は知らずに平和に生きていた。

 後に魔王軍に侵攻される日まで――



 暗黒大陸の中心部にある魔王の居城アストンガレフ城。

 そのアストンガレフ城の謁見の間は、黒と銀色を基調とした内装で、部屋の中央部に、金の刺繍がほどこされた赤の長い絨毯が敷かている。

 

 漆黒の鎧を来た魔王親衛隊の騎士達が、左右対称に縦一列に並んでおり玉座まで一本道を作っていた。 そしてその玉座に座る男こそが、魔族の頂点に立つ魔王である。


 輝かしい豪奢な金色こんじきの長髪。 

 白皙、長身痩躯。 そして切れ長の緋色の瞳。

 豪奢な漆黒のコートを華麗に着こなしており、全身から他者を圧倒するオーラのようなものを放っていた。


 この男こそが魔王。 名はレクサー。

 そして魔王は玉座の肘掛に頬杖をつきながら、眼前の部下達を一望する。

 魔将軍の死神グリム・リーパーザンバルド。 サキュバス・クイーンのエンドラ。 

 獣魔王ビースト・キンググリファム。 そして女王吸血鬼クイーンヴァンパイアのプラムナイザー。


 それぞれの上級階級アッパークラスにつく彼等、彼女等は、魔王軍の幹部である。

 幹部の魔族は魔王に忠誠を誓う事によって、身体の何処かに刻印が刻まれ、魔王と契約を結ぶ。


 魔王はその刻印から強い魔力を貰い、それを暗黒神ドルガネスに捧げる事によって、大きな力を得ている。 その力をまた眷属である幹部達に分け与えるというのが、幹部と魔王の関係性であり、刻印を刻まれた者は、あるじに逆らう事が出来ないという掟がある。


 同様に幹部達も自分の部下に刻印を刻み、魔力を貰う反面、力を分け与えている。

 魔王と直に契約を結ぶ幹部は上級階級アッパークラス

 幹部と契約を結ぶ幹部候補生は中級階級ノーマル・クラス

 その幹部候補生と契約を結ぶ一般兵は下級階級ロー・クラスとなる。

 

 魔族の社会はこのようにピラミッド型の組織構造である。

 他にも幹部は存在したが、とりあえずこの場に居る幹部はこの四人だ。


「結界を破った先は、予想に反して、警備は手薄だったのか?」


 魔王は声も美声だ。


「はっ! 四大種族の詰め所がありましたが、

 とても戦力と呼べるものではありませんでした」


 左胸に左拳を当てながら、直立不動で答える獣魔王ビースト・キンググリファム。

 彼は名前の通り獣人や魔獣を統括する役職だ。


「ふむ。 何せ地上に出るのは、六百年ぶりだ。 四大種族の連中も我等、魔族の事を忘れているのであろう」


 魔王の言葉に幹部達も無言で頷いた。


「ならば我等の手で思い出させてやるべきでしょう」


 そう言ったのは、女王吸血鬼クイーンヴァンパイアのプラムナイザー。

 襟ぐりの広いノースリーブの黒いブラウスに、丈が短い真っ赤なスカートを履いている。


 髪は艶やかなアッシュ・ブロンドのセミショート。

 秀麗な眉目だが、その緋色の目は高慢さに満ちていた。 

 肌は非常に青白く、手足も長い。 非の打ち所のない美形だ。


「まあそれは当然やるけど、アンタの出番はあまりないんじゃない? 昼間に行動できないようじゃ、色々とリスクあるっしょ?」


 やや険のある声でエンドラ。


「貴様、わたくしを愚弄するつもりか?」


 負けじとプラムナイザーもエンドラを睨む。

 女性の魔族。 役職も同じ魔王軍の幹部。

 更には互いの種族も異性を魅了、虜にする類の種族。

 これだけ揃えば、両者が対抗心を抱くのも無理はなかった。

 

「お前等、よさぬか! 魔王様の御前であるぞ!?」


 グリファムがそう二人を一喝する。


「余は気にしておらぬ。 まあ互いにライバル心を抱くのは、悪い事ではない。 競争心のない組織は必ず衰退するからな」


 慌てる事なく、二人をフォローする魔王。

 するとエンドラはやや得意顔になり――


「流石魔王様! 話がわかるぅ~! でも私の言っている事も当たってるっしょ? 夜間にしか行動出来ない吸血鬼ヴァンパイアは、侵攻部隊には向いてないっしょ? その分、私のサキュバス部隊は、昼も夜も関係ない。 おまけに男には無尽蔵に強い!」


 と、自軍の最大の強みをちゃっかりアピールする。

 するとプラムナイザーは「チッ」と小さく舌打ちした。

 

「そうだな。 エンドラの云う事も一理ある。 やはり侵攻部隊は、ザンバルドの部隊、グリファムの獣魔団、エンドラのサキュバス部隊に任せようと思う。 プラムナイザー、卿はこの魔王城に残るが良い。 心配するな。 必ず卿にもチャンスを与える!」


「……御意」


 やや不服そうだが、この場は大人しく従うプラムナイザー。

 侵攻部隊を任されたザンバルド、グリファム、エンドラは三者三様の喜びを見せる。 


「流石は魔王陛下。 決断が早いぜ!」と、ザンバルド。


「必ずやご期待に応えてみましょう」と、グリファム。


「わ~い! だから私は魔王様の事が大好きなんだよ!」と、エンドラ。


「世辞は良い。 では最初の侵攻地点はどうする?

 地形的に見れば、猫族ニャーマン領に攻めるのが定石だが」


「あ~、それに関しちゃ俺から意見あるんで聞いてもらえるッスか?」


「なんだ、ザンバルド。 何か考えでもあるのか?」


「まあそうッスね。 おい、バルデロン! こっちに来い!」


 ザンバルドが右手の指をパチリと鳴らすと、部屋の隅に居た漆黒のフーデッドローブを来た何者かがこちらに歩み寄って来た。 見た感じかなりの小男だ。 身長一メーレル(約一メートル)にも満たない感じだ。


 だがその顔を覆ったフードが後ろに払われると、周囲の者の表情が変わった。

 露わになった顔は、見事なまでの犬頭。

 だがコボルドの類ではない。 その顔はまさしく犬そのものだった。

 それだけでも驚くに値したが――


「初めまして、魔王様! 魔王軍の幹部の皆様。

 私は犬族ワンマンのバルデロンと申します」


 と、自己紹介した時は魔王も含めて、この場に居る全員が驚いた。


「……ザンバルド、これはどういう事だ?」と、魔王。


「はいはい、勿論説明しますよ。 えーと――」



 ザンバルドは手短に周囲の者に分かるように説明した。

 約三ヶ月前に地上を偵察させていた自軍の兵士の一人がエルフ領近くの小島でこの喋る犬を見つけたとの事。


 只の犬なら気に留めなかったが、何せこの犬は言葉を喋った。

 これは何かあると思い、その兵士は上司であるザンバルドにこの件を報告。 そしてザンバルドはこの犬から色々な情報を聞き出した。


 名前はバルデロン。 自らを犬族ワンマンと名乗る喋る犬。

 こいつは色々と使えそうだ。


 そう思ったザンバルドは、このバルデロンを自らの手で保護したというわけだ。

 

「ほう、すると貴様はエルフ族に知性の実グノシア・フルーツを与えられた、というわけか?」


「はい、その通りでございます」


 魔王の問いに小さく頷くバルデロン。


「ひゃー、エルフって本当に馬鹿ね!

 よく後先考えずそんな馬鹿な真似できるわね」


「ああ、馬鹿な貴様に馬鹿と思われるくらいだ。

 きっとエルフ族は底なしの大馬鹿者であろう」


「ハア? アンタ、喧嘩売ってるの?」


「いや別に。 ただ貴様が望むなら喧嘩してもよいぞ?」


「こ、このっ……夜行性の引き篭もりが!」


「はっ、色情魔しきじょうまに云われたくないな」


「お前等、さぬか!」


 グリファムが仲裁して、ようやく口喧嘩を止める女幹部達。

 二人は火花を散らしながらも、一応は争いを止めた。

 この二人の仲の悪さは筋金入りだ。


「しかし確かにエルフ共は大馬鹿者であろう。 猫族ニャーマンという悪例もあるのに、後先考えずにそんな真似をするとはな」


 魔王の言葉に周囲の者達は頷いた。

 するとザンバルドが得意気にこう云った。


「でしょ? でも逆説的に考えれば、この地上にまだ知性の実グノシア・フルーツがあるって証拠でしょ? ならそれを見つけて、俺達魔族が好きなように使う! っていう選択肢も面白いと思うんスけどね~」


「確かにな。 なる程、つまりザンバルド!

 卿はその過程を余興として愉しむつもりだな?」と、魔王。


「ハハハ、ご明察通りですわ。 だからまず最初はエルフ共から虐めてやろうと思うんスよ。 元々連中は小生意気で選民意識の固まりだし、最初に虐める相手としては、うってつけと思いますぜ?」


 まるで平民のガキ大将のようにそう云うザンバルド。

 だが周囲の者も彼に同意するように「うむ」「うん」「なる程」と頷いた。


「そうだな。 分かった、最初の侵攻地点はエルフ領にしよう。 やり方はザンバルド、グリファム、エンドラ。 お前等の好きにしろ! 何せ六百年も待たせたからな。 精々派手に暴れるが良い!」


「はいよ! 奴等に魔族の恐ろしさを思い知らせてやるさ!」


 嗜虐的な笑みを浮かべるザンバルド。


「我が獣魔団も全力を尽くします」


 優等生らしく模範回答するグリファム。


「えへへ、我がサキュバス部隊が全ての男を魅了しちゃうぞ!」


 と、胸を張りながらウインクするエンドラ。


 こうして魔族による六百年ぶりの戦争の準備は整った。

 最初の侵攻地点はエルフ領。

 魔王軍の総指揮官には、魔将軍ザンバルドが任命された。


 ちなみに言語の問題に関しては、この六百年の間に、四大種族の共通言語にあたるヒューマン言語を若年層には、教育機関で学ばせた。 そして魔族の一般兵や幹部候補生、そして幹部の魔族も「次なる戦いの為の布石」という理由でほぼ強制的にヒューマン言語を習得させられていた。


 基本的に仲間内では魔族言語で喋るが、敵の捕虜を尋問する時や、あるいは四大種族と意思の疎通を図る時には、ヒューマン言語を使うように推奨されているが、あくまで個人の判断に任せる。 というのが魔王レクサーの方針だ。 そして今回の戦いに参加する幹部の三人は、全員がヒューマン言語を習得していた。


 とりあえず最初は穏健派のエルフを無視して、文明派のエルフを重点的に攻撃する事を決定。

 制圧目標はエルドリア王国のエルドリア城。


 エルドリア城を陥落させたら、そこを拠点にして、穏健派のエルフ、あるいは猫族ニャーマン領に侵攻するのも悪くない。

 

「よーし、てめえら! 魔王陛下の許可は頂いた! とりあえず最初の標的は、クソ生意気なエルフ共だ。 あの勘違いしたボケ共に魔族の恐ろしさを教えてやるぞ!」


「おおおっ!!」


 ザンバルドの言葉に呼応するように、部下の魔族達は吼えた。

 こうして再び地上に魔族が降臨する事となった。


 だが人々はまだその事実を知らず安寧と暮していた。

 そしてその仮初かりそめの平和を破らんと、暗黒大陸からエルフ領に向けて、大勢の魔族が飛び立ったのであった。

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