第二十二章 魔族復活

第109話 暗黒大陸


 猫族ニャーマン領の最北端から、更に北へ進んだ先にある大陸。

 それが俗に言う暗黒大陸あんこくたいりくである。


 暗黒大陸の総面積は、ヒューマン領の統治国ハイネダルク王国と中立都市リアーナを合わせたくらいの広さだ。 だがこの六百年余りの間、この暗黒大陸は、強大な結界で封じられていた。


 第一次ウェルガリア大戦で魔族に勝利した四大種族連合軍は、この暗黒大陸に魔族を追い詰めて、神帝球しんていきゅうの大結界を張り、この地に魔族を封じ込めた。


 この暗黒大陸は全体を覆うように白光で囲まれており、大陸の殆どが結界で封じられている状態だ。 それ以外は大陸の最南端の海岸に、言い訳程度に各種族の船着場と兵士の詰め所があるくらいだ。 本来ならば、最善の注意を払うべき場所なのだが、六百年という歳月が人々からその重要性と危険性を忘却させた。


 現在、暗黒大陸に派遣されている各種族の兵士は、言うならば出世争いから、脱落した落ちこぼれの集まりだ。


 こんな僻地でいつ復活するか分からない魔族を監視する。

 そんな生活が何日も何ヶ月も何年も続けば、必然的にやる気も失せ、自暴自棄になるのも無理はない。


 だが不思議な事だが、この大陸に派遣されている各種族の兵士達は、種族の垣根を越えて仲が良かったりする。 端的に言えば、大陸に滞在する人の数が少ない故に必然的にほぼ顔見知りになり、お互い落ちこぼれという事で妙な共感シンパシーを覚えて、仲良くなるのである。


 そして特にやる事もないので、兵士の詰め所に毎日集合して賭け事や他愛のない会話を日々繰り返すのであった。


「さあさあさあ、どうするよ? コールか? ドロップか?」


 ヒューマンの兵士の詰め所の広間で、ヒューマン、エルフ、猫族ニャーマン、竜人の兵士達が 輪になって賭け事に熱中していた。


 とにかく暇なのだ。

 こんな辺境でやる事など限られている。

 この大陸に派遣、左遷させれる者は男性及びおすに限定されていた。

 故に異性と遊ぶ、女を買いに行くという楽しみすらないので、いい年をした大人達が少年のように意味もなく集まって、賭け事やら、カードゲーム、意味のない談話に没頭している。


「う~ん、どうすっかな」


 と、みすぼらしい中年のエルフが呟く。


「オイラはコールだニャ!」


 そう答えたのは、老齢の白猫の猫族ニャーマンだ。


「バインはコールね。 ロペスはどうするのよ?」


 場をしきっている中年のヒューマンのニックが両手でカードを持ちながら、唸る竜人――ロペスにそう問う。


「う~ん、そうだなあ。 ここは勝負すっか!?

 行くぜっ! コールだ、コールッ!!」


「いいね、いいね。 ホセ、お前さんはどうするよ?」


「……俺はドロップするよ」


 と、両肩を竦めるみすぼらしい中年エルフのホセ。


「よし、ならば行くぜっ! おらぁっ! フラッシュよ!」


 と、芝居がかった口調と仕草で自分のカードを見せる中年のヒューマン。


「にゃ、にゃー! JとKのツーペアだニャ、負けたニャ!」


「ふふふ、貰ったぜ! フルハウスだっ!!」


「な、何っ!? ふ、フルハウスだとっ!?」


 目を見開いて驚く、中年のヒューマン・ニック。


「アハハハッ! 悪りいな、ニック。 このロペス様の勝ちだぜ!」


 ロペスは高笑いしながら、会心のドヤ顔を決めた。

 いい年をした大人が任務をサボって、賭けトランプに熱中するなんて、みっともない。

 

 なんて事は彼等も理解していた。

 だがこんな僻地に左遷させたら、誰でも腐る。

 だからお互いに傷を舐め合い、慰め合うのであった。


 とはいえ全員が全員そういう訳でもなかった。

 現に今この場に居ない若手の兵士の数人は、生真面目に警備及び見回り活動に精を出していた。


「ケッ、おっさん共がまた騒いでやがるぜ」


「いい年してみっともねえよな。

 ああなったらお終いだよ。 あ~、やだ、やだ!」


 そう軽口を交わすのは、比較的若いヒューマンの二人組み。

 年の頃は二十代半ば、それ故にまだ人生に絶望しておらず、この左遷も何年か経てば、元通りの人事に戻れる、と信じていた。


 これはどの種族でも同じであり、この暗黒大陸では、若者の方が真面目に働き、ベテラン程、投げやりになるという傾向が強い。


 しかし後、数年も経てば、若者兵士も理解する事になる。

 それはこの大陸に派遣された時点で、同じ穴の狢という事を。

 だが幸か不幸か、彼等はその辛い現実を知る事はなかった。


「ん? お、おい。 なんか結界の光がいつもより眩しくないか?」


「ん? あ、ああっ……そうだな。 な、なんだ、これ?」


 すると次の瞬間、眩く輝いた結界の光が次第に消えていった。

 変わりに真っ黒な闇が周囲の光を黒く塗りつぶす。


「お、おい……まさか? これって!?」


「お、おい! 脅かすなよ! そ、そんなわけねえ……」


 と、言いかけたところで、ヒューマンの若手兵士は硬直した。

 結界の光が闇色に変わり、ブオン、ブオン、という音と共に中から数人の人影が現れた。


「ふぅ~、久しぶりの地上の光は思ったより、眩しいな。 これも魔王の旦那のウザい掟のせいだぜ。 やれやれ、六百年も待たされる方の身になってみろよ」


 そう言いながら、結界の中から現れた巨体の男。

 肌は褐色。 ざんばらの銀髪。 緋色の三白眼。

 その双眸は野生の猛獣のように鋭かった。


 身長はゆうに二メーレル(約二メートル)を超えている。

 冥界の宝石のような、妖しく輝いた漆黒の鎧を着ており、その背中には漆黒のマント、その右手には、これまた漆黒の大鎌が握られていた。


「そうボヤかないの。 ザンバルド。 そのおかげで今地上は人々で溢れかえっている筈よ。おっ? 早速、発見。 見た感じ多分ヒューマンの男ね。 きゃはっ、ついているわ。 いきなり男に遭遇するなんて」


 そう言ったのは、蠱惑的な笑みを浮かべた幼い感じの少女。

 ウェーブのかかった赤髪。


 身長150前半、白皙、手足は長く、胸も大きい。

 ウェストのラインがきゅっとくびれており、身長以外は抜群のプロポーションだ。

 

 その魅惑的な身体を上半身は、黒いチューブトップ。

 その両腕には、黒の長めの手袋グローブがはめられている。

 下半身は黒いショートパンツ、その両足にヒールの高い黒のブーツという姿。


 良く見ると背中には小さな両翼があり、そしてお尻の部分から、悪魔のような黒い尻尾が生えていた。

 

 幼さと妖艶さが融合とした妖しい美貌。

 ヒューマンの若手兵士は唖然としながら、眼前の少女の身体に視線を釘付けにする。


「お前達、目的を忘れるなよ?

 我等の任務は地上の偵察及び情報収集だ」


 そう口にしたのは、大柄の男だった。

 但し人間ではなかった。 

 体長はザンバルドより更に巨漢で、二メーレル二十セレチ(約二メートル二十センチ)以上。


 その肌は茶色と白の体毛で綺麗に彩られており、ザンバルドと同様に、冥界の宝石のような妖しく輝いた漆黒の鎧を身につけていた。


 頭部には鋭い橙色の双眸と見事な黄色のクチバシ。 

 一言で言えば、鷲頭わしあたまである。

 そして下半身は茶色の長い体毛に包まれていた。


「グリファム。 お前は相変わらず堅苦しいよな?」


「ザンバルドの言うとおりよ。 久々の地上じゃない?

 そりゃ少しはハイテンションになるじゃない?」


「エンドラ、お前の場合はご馳走にありつけて嬉しいだけだろ?」


 と、グリファムと呼ばれた鷲頭の男。


「まあ失礼しちゃう。 まっ、そのとおりなんだけどね!」


 エンドラと呼ばれた黒い衣装の幼い少女が快活に笑いながら、眼前のヒューマンの若手兵士に視線を送った。


 しばらく思考停止状態になっていたが、ようやく彼等も現状を飲み込んだ。


「ま、まさかお前等は!? ま、ま、魔族かっ?」


「ピンポーン、正解! ご褒美に貴方を私の下僕にしてあげるわ! え~いっ! ファシネーションッ!!」

 

 エンドラは右手を唇に当てて、兵士に向けて投げキッスをした。

 その仕草だけ見れば、可愛いのだがその効果は凄まじい。

 これだけで眼前の兵士は、エンドラに魅了されたのである。


 何故なら彼女はサキュバスなのである。

 そう、全ての種族の男性及び雄の天敵のサキュバスだ。

 その魅惑的なボディで男共を魅了して、精気を吸う夢魔むま


 第一次ウェルガリア大戦でもサキュバスは、四大種族連合軍の男性兵士を次々魅了して、同士討ちさせた。 その被害は甚大で、苦肉の策として女性のみのサキュバス討伐部隊が編成されて、激戦の末に四大種族連合軍は何とかサキュバス部隊の撃退に成功。


 だがそれから六百年以上経っている。

 故に地上の人間は、サキュバスと遭遇するのはなかったが、ここにきて急遽サキュバスと遭遇するという悲劇が生まれた。


「う、うっ……あ、ああ~。 き、気持ちいいっ!!」


「お、おい! ペデロ! ど、どうしたんだよ!?」


 恍惚の表情を浮かべる同僚に戸惑う若手兵士。


「さあ、ペデロ。 私の言う事に従うのよ?」


 色気たっぷりの声でそう告げるエンドラ。

 するとペデロはコクコクと頷いた。


「いい子ね、ペデロ! まずはそこの貴方のお友達を殺しなさい!」


「お、お前っ……何を言ってるのだ!? ……ぐはっ!?」


 エンドラの言葉に従うように、手にした片手直剣で同僚の首筋を水平に切り裂くペデロ。


「いい子よ、ペデロ。 私はエンドラ。 貴方のご主人様よ。 だから私の言う事を聞きなさい。 貴方の知る情報を全て私に教えなさい。 いいわね?」


「そ、それは……流石に……」


「いいわね!?」


 キッとペデロを睨むエンドラ。


「は、はいっ……エンドラ様っ!」


「いい子ね、ペデロ。 後でたっぷり可愛がってあげるわ」



 それから先は悲惨の一言に尽きた。

 ペデロから情報を引き出したエンドラは、次に仲間の居場所を吐かせた。


 そして次々と男達を魅了して、同士討ちをさせた。 こう見えてエンドラは美食家である。

人間と同じく彼女もまた若い肉体を好んだ。 だがこの辺りの兵士達は、中年以上の男が多かった。


 それでもエルフや竜人は中年でもそれなりの容姿を保っていたので、精気を吸う用に何人かは生かした。 中年や老齢、あるいは彼女の好みに合わぬ男は全て処分された。

 彼女に魅了された同僚の手によって――

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