第108話 捨てる人あれば拾う魔族あり


 こうして一応今回の遠征は無事終了した。

 結果だけ見れば成功だが、今後に向けて課題が浮き彫りになった。

 俺達『暁の大地』は特に問題ないが、ネイティブ・ガーディアンはやや問題点が目についた。


 個人としてなら、申し分ない戦力を持っているが、集団になれば、統率力と指揮系統が杜撰になりがちだ。


 特にあの追撃戦は、まさに蛇足であった。

 今回は多少の損失で済んだが、次回以降こういう事が続くようなら、彼等は今回以上に無駄な戦死者を増やす事になるだろう。


 まあ俺達が彼等にそう指摘する権利はないけどな。

 でも気になるんだよな。 もし統率された軍勢に襲撃されたら?


 まあ多分俺の考え過ぎだろうな。

 うん、まあいいや。 とりあえず今は宴を楽しもう。


 だが残念ながら、後日、俺の杞憂は現実のものとなるのであった。


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 シトラス川の大滝から北エルドリア海に出た海上。

 そのマリンブルーの海の上で、一匹の犬が木板の上で漂流していた。

 いや厳密にいえば彼は只の犬ではない。 犬族ワンマンと名付けられた高度な知能を有する犬だ。 彼の名前はバルデロン。

 

 バルデロンは川の激流に呑まれて、大滝から北エルドリア海に落下した。

 本来ならばそれで死亡確定だが、彼は生き残る為に知恵を駆使した。 

 とりあえず必死に海の中を泳ぎながら、近くにあった大きな木板の上に乗った。


 まず冷えた身体を火と風の合成魔法の熱風で乾かす。

 そして身体が温まったら、次は回復魔法で傷ついた身体を癒した。

 体調が戻ったところで、周囲に使えそうなものがあるか探す。


 だがここは海上。 

 見渡す限り、どこまでも広がる水平線。

 風景としては悪くないが、ある種の絶望感に襲われるバルデロン。


 どうしてこうなった?

 私が間違っていたのか? だが私はエルフ族に忠実に従った。

 なのに私は見捨てられた。 パーベルやミロだけなら我慢できた。


 だがあのエリーザに見捨てられたのは、流石に堪えた。

 何故彼女は私を助けてくれなかったのだろうか。


 それが不可解だったし、言い知れぬ孤独感に全身が包まれた。

 全部、私が悪いのか? それともこの世界が間違っているのか?

 この絶望的な状況で、彼が命を絶たなかったのは、納得できなかったからだ。 


 次第に底冷えしたドス黒い感情が胸の内に渦巻く。

 このままでは死ねない。

 このまま死んだら、それこそ犬死だ。


 だから木の板の上で何日も海を漂流するバルデロン。

 だが次第に肉体的にも精神的にも疲労していった。

 そして海を漂流して三日目。


 ようやく近くに小島らしきものを見つけた。

 バルデロンは余力を振り絞って、風魔法で木の板の進行方向を変えて、なんとか小島に辿り着いた。


 だが小島の海岸に着いたところで、急に安堵した事もあって、全身から力が抜けた。


「わ、私は……ここで……死ぬのか……」


 海岸付近の砂浜に前のめりに倒れ込むバルデロン。

 極度の空腹でもう立ち上がる気力もない。

 このまま死ぬのか。 だがもうそう考えるのも億劫だ。


 バルデロンがそう死を覚悟した時、上空に何かが現れた。

 褐色な肌をした背中に黒い両翼を生やした人型の何者かが地上に降り立った。

 その何者かはゆっくりとバルデロンの許に近づく。


「なんでこんなところに犬が居るのだ?」


「……だ、誰か……居るのか?」


「うおっ……この犬、喋ったぞ!? お前は何者なんだ? 新手の魔獣か? それとも精霊エレメンタルか?」


 バルデロンはそう問われて、一呼吸置いてからこう答えた。


「わ、私は……犬族ワンマンの……バルデロンだ……」


「ワンマン? 初めて聞く言葉だな。 どうやら魔獣の類ではなさそうだな。 だがこれはこれである意味重要な情報になりそうだな。 よし、バルデロンと言ったな? お前は俺が助けてやるよ」


 ここに来てようやくバルデロンに救いの手が差し伸べられた。

 だが極度な衰弱状態のバルデロンはこう返すのがやっとだった。


「な、何故……私を助ける? 貴公は……何者だ?」


 すると眼前の謎の人物は、僅かに口の端を持ち上げた。


「俺か? 俺は魔族だ。 お前を助けるのは……そうだなあ。 お前に興味があるからだ。 きっと上層部もお前に興味を持つだろう。 それがお前を助ける理由さ」


 だがバルデロンは既に意識を失っていた。

 魔族と名乗った謎の人物は、一瞬両肩を竦めたが、背中にバルデロンを背負いながら、陸地まで引き上げた。


「お前がどうしてこんな所に辿り着いた理由は知らんが、ここで俺と会ったのも何かの運命。 だからお前を助ける。 お前から色々と面白い話を聞けそうだからな」


 ここでバルデロンがこの魔族と出会ったのは、偶然に過ぎない。 だが結果的にこの邂逅かいこうが後にウェルガリア全土を震撼させるきっかけとなるのであった。

 

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