第111話 オーガ狩り


 あの大聖林の戦いから、三ヶ月が過ぎた。

 俺達はあの戦いの後、すぐに巫女ミリアムから受け取った書状をヒューマンの国王ジュリアン三世に手渡した。


 彼等は俺達にさして期待してなかったようで、短期間に穏健派のエルフとコネクションを作れた事に驚いていた。 国王と宰相は、巫女ミリアムの提案を快く受け入れた。


 その結果、大聖林からヒューマン領への銃火器の長距離交易が始まった。

 この交易によって、両国の経済が活性化して、あぶく銭を持つ富裕層も生まれた。 

 穏健派は交易によって懐をうるわせ、ヒューマンは銃火器を手に入れた事によって武力を強化。


 まさにお互いウィンウィンの関係だ。

 これらのきっかけを産んだ俺達『暁の大地』にも国王から、褒美を与えられた。 報奨金一千万(約一千万円)グラン。


 これをマリベーレを加えた八人で均等に配分。

 一人頭125万(約125万円)の稼ぎだ。

 更に連合ユニオンランクもDからCに昇級。


 これでヒューマンに面目を保った状態で、猫族ニャーマン王室やエルフ族の穏健派にも人脈が出来た。


 これは素直に凄い事だと思う。

 ミネルバの絡みで竜人族とは、コネを作れないし、穏健派の手前、文明派とは事実上の敵対関係。


 同盟三、敵対国二、といったところか?

 俺達の連合ユニオンの規模を考えたら、これは偉業と言っても過言はない。


 そういうわけで俺達『暁の大地』は今順調に成長している。

 穏健派から預かったマリベーレも旅芸人一座の仕事を手伝わせ、連合ユニオン拠点ホームに住み込みさせている。


 最初こそ慣れない都会暮らしに緊張していたマリベーレだが、旅芸人一座の仕事や雑用をこなしていくうちに周囲とも打ち解けた。 少し無愛想なところもあるが、何せ彼女は抜群の美少女だ。


 当然周囲も彼女を可愛がった。

 彼女も最初は周囲の反応に戸惑っていたが、お供の妖精フェアリーのカトレアが上手くフォローした。


「いやあ~。 この子、人見知りが激しいんですわ。 でも言われた事はきちんとこなすので、ジャンジャン使ってください」


 その言葉通りマリベーレに色んな雑用を任せたが、彼女は思ったより器用で物覚えもよかった。 そして仕事や都会暮らしに慣れてくると笑顔を見せるようになった。

 今では旅芸人一座のアイドル状態だ。

 

 そして最近では、一座の演劇にも端役はやくで出演している。

 何せ彼女は名うての魔法銃士マジック・ガンナー

 せっかくだから、その射撃の腕前を大勢の観客の前で披露してもらった。


 ドラガンや兄貴の頭の上に乗せた林檎をマリベーレが空気銃で撃つというよくある射的だ。 だがそれが百発百中の成功率となれば観客も沸き立つ。


 おまけにその狙撃手が見目麗しい少女となれば、観客も放っておかない。 

 気がつけば、彼女目当てのリピーターの客も増えた。


 でもそこはマリベーレの体調と芸の希少性を保つ為に、彼女が射撃する日は、週に二、三回に限定。 だが結果的に彼女目的で毎日通う客が増えて、一座の興行収入も大幅に上昇した。


 そんなこんなで楽しい日々が続いていた。

 だが俺達の本業はあくまで冒険者。

 なので旅芸人一座の仕事がない日は、皆で冒険者ギルドの討伐依頼を受けて、近隣の狩場かりばへ遠征を繰り返した。


 そして今は七月の下旬。

 夏休みになったエリスとメイリンも合流して、俺達はリアーナから少し離れたラフェル荒野にやって来た。


 今回の遠征に俺は拳士フィスターで参加。

 前衛は兄貴、俺、ミネルバ。 中衛にアイラを置く事により、陣形全体の防御力を強化、そして同じく中衛のドラガンが付与魔法エンチャント魔力マナパサーを供給。

 そして後衛にはマリベーレ、メイリン、エリスという陣形だ。


 魔法銃士マジック・ガンナーのマリベーレが加入した事により俺達のパーティも戦術の幅が広がった。 


 なにせマリベーレの魔法銃は射程距離三百メーレル(約三百メートル)くらいなら正確な長距離射撃が可能だ。 これは非常に心強い。

 だが弱点がないわけではない。


 まず狙撃の際には、ある程度の足場が必要だ。

 それ故に迷宮や洞窟などの狭い場所での戦闘には向いてない。

 神業的な狙撃、射撃能力を誇るマリベーレだが、その肉体は十一歳の少女。  

 非力な故、接近戦には滅法弱い。


 つまりある程度の足場と敵との距離がなければ、彼女の力は発揮できない。

 そういう意味じゃこのラフェル荒野は都合が良い。

 遮蔽物も少なくて、標的となるモンスターとも距離が置ける。

 これならばマリベーレの狙撃能力を生かす事も可能だ。

 

 目の前に広がる赤茶けた大地。

 大小問わぬ石が地面に無造作に転がっている。

 用がなければこんな荒野など来たくもない。


 だが狩場としては悪くない場所だ。

 何せ遮蔽物が少ないからな。 銃の狙撃だけでなく魔法も遠慮なしに撃てる。 今回の討伐対象はオーガだ。


 オークよりも巨体でその平均体長は二メーレル半(約二メートル半)以上。

 デカい奴になると三メーレル(約三メートル)を越える事も珍しくない。

 知能は比較的高い。 オークや蜥蜴人間リザードマンのように冒険者や兵士から奪った武器や防具を装備している場合がある。

 

 狂暴で残忍な性格。 人の肉を好んで食する。

 特に好みはヒューマンの肉らしい。

 群れで行動する場合もあれば、そうでない場合もある。


 だが今回の標的は群れで行動するオーガだ。

 どうやらこのラフェル荒野の何処かに奴等の根城があるようだ。

 

「――前方にオーガの集団を確認。 数は十体以上よ」


 職業能力ジョブ・アビリティ『ホークアイ』を発動させたマリベーレが銀色の魔法銃のスコープに右眼を当てながら、そう告げた。


 俺達は岩陰に隠れながら、双眼鏡を片手に前方を見据える。

 確かにオーガだ。 数は十体以上。 

 彼我の距離は三百メーレル(約三百メートル)前後といったとこか。


「マリベーレ、ここから狙撃スナイプできるか?」


「うん、これくらいの距離なら問題ないわ。

 オーガ相手だから弾は氷と風の合成弾を使うよ」


 兄貴の言葉にそう頷くマリベーレ。

 オーガは火炎属性に強い。 そしてその反面、氷属性に弱い。

 なので彼女の選択に異を唱える者は居なかった。


「良しならばここから一、二体を狙撃してくれ。 奴等がこちらに気付くまでマリベーレ以外は攻撃するな」


 ドラガンの言葉に全員が無言で頷いた。


「全員戦闘態勢に入っておけ。 ではマリベーレ、頼む!」


「わかったわ、団長」


 スコープの中では、標的のオーガの集団がゆっくりとこちらに向かっている。

 この距離からも狙撃は可能だが、マリベーレは辛抱強く待った。

 待つ事、三分以上。

 オーガの集団との距離が250メーレル(約250メートル)ほどに縮まった。

 

「……狙撃開始します。 皆、フォローをお願い!」


 そう告げて、マリベーレは右手の人差し指で魔法銃のトリガーを引いた。

 銀色の魔法銃の銃口から放たれた氷と風の合成弾が先頭に立つオーガの眉間に命中。 炸裂した合成弾がオーガの頭蓋骨の中で砕けて、弾の残骸が脳の中に漂流する。 


 この氷と風の合成弾は一発の殺傷能力は他の合成弾に劣るが、敵に命中すればこのように傷口に弾丸の残骸が散らばるという仕様。 狙撃される立場とすれば殺傷能力の高い合成弾で一思いに始末してもらう方がまだマシだ。


 だが戦場や狩場においては、この氷と風の合成弾は非常に重宝する。

 この弾丸は所謂友釣りに非常に有効であった。

 そしてそれを実戦すべくマリベーレが再び銃のトリガーを引いた。


 放たれた合成弾が今度は別のオーガの右足大腿部に命中。

 当然地面に崩れ落ちるオーガ。 そして凄い声で悲鳴を上げた。


「ウ、ウガアアア……アアアッ!!」


 右足を押さえながら、地面をのた打ち回るオーガ。

 周囲のオーガ達も驚き戸惑う。 モンスター相手とはいえ少々気の毒だ。


 しかしマリベーレは顔色一つ変えず、魔法銃のボルトハンドルを引く。

 金属音と共に薬莢が排出され、近くの岩に当たってから地面に転がった。

 弾が装填されると同時に、マリベーレは次なる目標をスコープに捉える。


 再び狙撃スナイプ

 今度はオーガの腹部に命中。 先程と同様に絶叫するオーガ。

 三度狙撃された事により、オーガの集団も周囲に視線を配り警戒する。


「よし、上出来だ。 次はメイリンの氷属性の魔法で攻撃だ。 それからエリスはライルとラサミスとミネルバにプロテクトをかけろ! それと同時に拙者も氷属性の付与魔法エンチャントを三人にかける。 プロテクトと付与魔法エンチャントがかかり次第、ライル達は突撃しろ!」


「了解ッス!」「はいですわ!」「「「了解」」」

 

 そうこのオーガ狩りは討伐依頼だけが目的ではない。

 対人戦を想定して、パーティ内で役割分担をしながら戦う。

 という事も一つの目的だった。 


「我は汝。 汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う水の精霊よ。 我に力を与えたまえ! 行けえっ! 『シューティング・ブリザード』ッ!」


 メイリンが杖を構えて、素早く呪文を詠唱する。

 呪文の詠唱と共にメイリンの周囲の大気がビリビリと震える。 

 そして杖の先端の赤い魔石が眩く光り、絶対零度のような大冷気が迸った。

 神速の速さで大冷気がオーガの集団目掛けて、放射状に放たれた。 


「ウ、ウガアアア……アウアアアッ!!」


 大冷気に呑まれて、オーガの集団が絶叫する。

 効いている。 効いている。


「行きますわよ! 我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 レディスの加護を我が友に与えたまえ、『――プロテクト』!!」


「――よし、今だ! 我は汝、汝は我。 我が名はドラガン。 猫神ニャレスよ、我らに力を与えたまえ! 『アイス・フォース』ッッ!!」


 エリスに続いてドラガンも魔法を唱える。

 俺と兄貴とミネルバに耐久力を上げるプロテクトがかかり、手にした武器に氷属性の付与魔法エンチャントが宿った。


「よし行くぞ。 俺は左のオーガを狙う。 

 ミネルバは中央の奴を! ラサミスはその右の奴を狙え!」


「了解!」「わかったぜ!」

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