第103話 信じられねえ!


「ガオオオンッ!」


「だ、誰か助けてください!」


 大熊に詰め寄られて、脅えるエリス。

 俺は両足に風の闘気オーラを纏い、全力で地を蹴った。

 羽根付きの靴フェザーブーツの効果もあり、俺は空中を浮遊しながら、手負いの大熊の背後を取った。


「エリス、今助けるぜっ! ――ハイパー・トマホークッ!」

 

 俺はそう叫びながら、両手に持ったプラチナ製の戦斧を

 全力で手負いの大熊の後頭部へ目掛けて投擲した。


 ぐしゃっ!!

 投擲したプラチナ製の戦斧が手負いの大熊の後頭部に命中。

 完全に頭部が破壊された大熊は、力なく前のめりに地面に転倒。


 ギリギリ間に合ったぜ。 この技は武器を投げるから、本当にヤバい時にしか使わない奥の手だからな。


「ラサミス、あ、ありがとう!」


 やや涙ぐみながら、礼を言うエリス。


「これくらいどうって事ねえよ」


 俺はぶっきらぼうにそう返事して、地面に着地するなり、

 大熊の死骸から戦斧を引き抜いた。 

 そしてエリスとメイリンを守りながら、両手で戦斧を握る。


 周囲に視線を向けてみると、全員苦戦している模様。

 兄貴は手負いの大熊に止めを刺そうとしていたが、後方から現れた敵の回復役ヒーラーが――


「我は汝、汝は我。 我が名はクエス。 神祖エルドリアの加護のもとに……『ハイ・ヒール』!」 


 と、上級回復魔法を唱えるなり、大熊の傷が癒されていく。

 チッ。 敵には回復役ヒーラーも居るのかよ!?

 これは想像以上に厳しい戦いになりそうだ。


「ラサミス、エリスは私が護るから、君とミネルバで敵の精霊使いエレメント・マスターか、回復役ヒーラーを狙うんだ!」


 俺とエリスの前に割って入ってきたアイラがそう告げた。

 そうだな、エリスはアイラに任せた方がいいかもしれん。


「了解よ、アイラ。 ラサミス、レイジング・ベアは他の皆に任せて精霊使いエレメント・マスターか、回復役ヒーラーを狙うわよ!」


「了解だ、ミネルバ」


 そうだな。 ここは敵の主力を狙うべきだ。

 俺は風の闘気オーラを全身に纏いながら、地を蹴った。


「まあそう来るよな。 熊共! そいつらを食い止めろ!」


「ガオオオンッ!」


 主に命じられて、一匹の大熊が俺とミネルバの前に立ち塞がった。

 それと同時にミネルバは地面をスライディングする。

 ざざあっという音を立てながら、大熊の股下を滑り抜けるミネルバ。

 一方、俺は大きくジャンプして、大熊の頭上を越える。


「――させるかっ! ハアアァッ!」


 だが敵も馬鹿ではない。

 俺達の意図に気付いた犬族ワンマンが俺に視線を向けて、口を大きく開けながら、こちらに狙いを定める。


 恐らく咆哮ハウルして、動きを食い止めるつもりなんだろう。

 犬にしては考えたな。 だが所詮、犬の浅知恵に過ぎん。

 俺は地面に着地するなり、腰帯から聖木でできたブーメランを抜きさり、犬族ワンマン目掛けて、素早く投擲した。


 聖木のブーメランは大きく弧を描きながら、犬族ワンマンに迫る。

 攻撃を中止して、咄嗟に左にサイドステップする犬族ワンマン


「――今だあぁっ! ――軌道変化っ!」


 大きく弧を描いていた聖木のブーメランは、物理法則を無視するように、急に角度を変えて、直角に曲がり、犬族ワンマンの右肩に抉って、再び弧を描いて、俺の手元に戻って来た。


「ぐっ……急にこんなに曲がるとはっ!?」


「ラサミス、ナイスよ。 この間隙を突いて……っ!?」


「そうはさせないわ! 我は汝、汝は我。 我が名はエリーザ。 ウェルガリアに集う風の精霊よ、我に力を与えたまえ! せいやあっ……『ワール・ウインド』!!」


 咄嗟に呪文を唱える敵の精霊使いエレメント・マスター

 放たれた旋風が、ミネルバの漆黒の軽鎧ライト・アーマーに乱暴に絡みつく。 


 ミネルバは両足を踏ん張って、何とか耐えようと試みたが――。

 そんな彼女に追い討ちをかけるべく、蜥蜴の精霊エレメンタルが無慈悲に呪文を詠唱した。


「我は汝、汝は我。 母なる大地ウェルガリアよ。 我に力を与えたまえっ! 『フレミング・ブラスター』!」 


「ラサミス、アンタだけでも何とかして! せいっ! 『ブラスト・ジャベリン』ッ!!」


 そう叫びながら、ミネルバは手にした斧槍ハルバードを投擲。

 だが次の瞬間、彼女はまともに魔法を喰らって、後方に吹っ飛んだ。

 魔力反応『熱風』が生じて、炎と風がミネルバの身体を焦がした。


 だが彼女は只ではやられなかった。

 最後に投擲した漆黒の斧槍ハルバードは、敵の回復役ヒーラーの胸部に突き刺さっていた。 肺が潰されたら、呪文を詠唱する事はできない。


 故に肺は魔法職の致命的な弱点である。

 そして口をパクパク開閉しながら、地面に崩れ落ちる敵の回復役ヒーラー


 自身の身を焦がしながらも、確実に敵の生命線を断つミネルバ。

 その覚悟と行動に、俺は軽い感動すら覚えた。


「ラサミス、ミネルバさんは私が回復ヒールするから、貴方は敵の主力を狙って! 我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 レディスの加護のもとに……『ハイ・ヒール』!!」 


 エリスは右手で錫上を掲げながら、そう呪文を詠唱する。

 エリスの錫上の先端から眩い光が放たれて、地面に片膝をついていたミネルバの身体を優しく包み込む。 するとミネルバは、さっと立ち上がった。 よし、大丈夫そうだな。


ならば俺は俺の仕事をするまでだ!

 俺は眼前の敵の精霊使いエレメント・マスター目掛けて、突進する。


「くっ……我は汝、汝は我。 我が名はエリーザ。 ウェルガリアに……っ!?」


「させるかよっ!」


 俺は敵が呪文を唱える前に、ジャンプしながら、右飛び膝蹴りを敵の腹部に叩き込んだ。 深緑色のローブの女は堪らず嘔吐えずいた。 そしてがら空きの即頭部を掴もうとして、その目深に被ったフードを乱暴に払った。


 だが俺は次の瞬間、一瞬硬直してしまった。

 何故ならこの女の顔に見覚えがあったからだ。

 忘れもしない。 

 漆黒の巨人の戦いで陣頭指揮を取っていたあの女エルフだ。


「お、お前はっ!?」


「あ、アンタはっ!?」


 思わずお互いにそう呼び合う。

 だが俺は瞬時に気持ちを切り替えた。

 今は細かい事を気にしている場合じゃない!


「懲りねえ女だぜっ! オラアァッ!!」


 俺は左拳で女エルフの腹部を殴打。


「がはっ!?」


 その端正な顔を歪めて、口から胃液を吐く女エルフ。

 前も思ったが、絵的にも見ていて、気分が良いものではない。

 しかし女といえど、敵である事には変わらない。


「お前さんも懲りないな? 

 猫族ニャーマンの次は穏健派にちょっかい出すとはな」


「ごふっ……だ、だったら……ど、どうだと言うの?」


「俺はこう見えても女には優しい方だが、それがあだとなったようだな。 二度ある事は三度ある。 というからな。 だから悪いがお前さんは女としては扱わん」


 俺は女の両肩を掴んで、再び女の腹部に膝蹴りを喰らわせた。

 そして乱暴に突き飛ばしてから、右足で胸部にトーキックを喰らわせた。

 その勢いで後方に吹っ飛ぶ女エルフ。


 女エルフは背中から地面に倒れて、陸に上がった魚のように、ピクピクと全身を痙攣させていた。 これまた酷い絵だ。 しかし情けは為にならない。 俺は右手に戦斧を握り、狙いを女に定める。 その時である。


「やれやれ、不様だなあ~。 エリーザさん、よう? そろそろ潮時のようだな。 おい、ミロ。 そろそろ引き上げるぜ」


「そうだな。 だがパーベル、置き土産は忘れるなよ?」


 と、木の陰から姿を現した騎士らしき男エルフが相槌を打つ。

 するとパーベルと呼ばれた魔物調教師モンスター・テイマーは――


「当然だぜ、ほらよっ! ――制限解除リミッター・カット!」


 と、高らかに宣言した。

 すると周囲のレイジング・ベアが「ウオオオン」と激しく吼えた。

 その首に填められた漆黒の首輪が明滅した後に砕け散った。


 こ、これと同じような光景を見た覚えがある。

 あの漆黒の巨人戦だ。 まさかアイツ等っ!?


「パーベル殿。 な、何をしたのですか!?」


 仲間を問い詰める犬族ワンマン

 だが魔物調教師モンスター・テイマーは、野良犬を追い払うように――


「ぎゃあぎゃあ、うるせえよ。 しっしっ!」


「ま、まさか我々を見捨てるつもりかっ!?」


「ほう、犬コロにしちゃ理解が早いじゃん。

 まあそういう事だから、敵ともども死んでくれや!」


「ふ、ふざけるな! き、貴様らぁっ……ゆ、許さんぞ!」


「うるせえぞ、犬コロ。 お前の変わりは居るんだよ? 本国には、お前の子供がまだ数匹居る。 まあせいぜいこき使ってやるさ! だからお前はそこでエリーザと一緒に死んでろや!」


「き、き、き、き、貴様ああああああぁぁぁっ!? ゆ、許さん、許さん、絶対に許さんぞおおおおおおっ!!」


 怒り狂った犬族ワンマンはそう叫んだ。

 だが二人は涼しい顔をしながら、腰帯の皮袋から何かを取り出した。


「はいはい、地獄でやってろや。 んじゃあばよ。 転移! ダストア平原!」


「熊共に遊んでもらうんだな。 転移! ダストア平原!」


 二人は転移石を頭上に掲げながら、そう口にした。

 鈴を鳴らしたような音色と共に、転移石が激しく砕け散る。

 同時に二人の身体が白い光に包まれ、数秒後にはその姿が消え失せた。


 し、信じられねえ!

 あいつ等、仲間を見捨てて逃げやがった!!

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