第二十一章 他が為に尽くす

第104話 惨劇の本番


 俺はあまりの出来事に言葉を失った。

 仲間を見捨てて、自分達だけ転移石で逃げる。

 それで終わりではない。


 最後に置き土産として、『制限解除リミッター・カット』していきやがった。

 そうまだこれで終わりじゃない。 むしろこれからが惨劇の本番だ。


 四方八方に散っていた大熊達は、双眸を吊り上げ、唸り声を上げた。

 詳しい原理は分からないが、奴等は調教テイムしたレイジング・ベアを魔力暴走状態にして、更に凶暴化させたのだろう。


「グガアアアァッ!!」


 乱暴に両手の爪で近くの猫騎士を払う大熊。

 その衝撃で真横に吹っ飛ぶ猫騎士。 

 地面に二、三度叩きつけられて、ピクピクと痙攣する猫騎士。


 やはり狂暴化してやがるっ!?

 それに破壊力も増した気がする。 これはヤバいぞっ!?


「ラサミス、今はレイジング・ベアを倒す事に集中するんだ!」


「団長! わ、わかったぜ!」


 ドラガンの言うとおりだ。

 色々アクシデントが起きて、一瞬呆けていたが、今がヤバい状況である事には変わりない。


「グガアアアオオオンッ!!」


 猛り狂ったレイジング・ベアがこちらに目掛けて突貫して来た。

 俺は条件反射的に頭上にジャンプして、回避する。


 羽根付きの靴フェザー・ブーツの効果もあって地上から十メーレル(約十メートル)以上の上空から、この川沿い付近の光景が一望できた。


 やはり皆、苦戦しているようだ。

 レイジング・ベアの残数は全部で五体。

 エリスやメイリンは、アイラとドラガンが身体を張って護っている。

 マリベーレもケビン副団長に肩で担がれおり、とりあえず大丈夫そうだ。


 ならばとりあえずここは先程、突撃してきた大熊に狙いを絞るか。

 俺は再び右手に聖木のブーメランを手に取り、地上の大熊目掛けて投擲した。

 弧を描きながら、標的に迫る聖木のブーメラン。


「行けえっ!! ――軌道変化っ!!」


 俺はいつものようにブーメランの軌道を変えた。

 ブーメランは突如直角に曲がり、レイジング・ベアの右眼に突き刺さった。


「グガアアアッァァァッ!!」


 悲鳴を上げるレイジング・ベア。

 その間に俺は余裕を持って、地面に着地。

 そして先程のように右手に持った戦斧に――


「止めだ! ――ハイパー・トマホークッ!!」


 炎の闘気オーラを宿らせて、全力で投擲。

 空を裂きながら、投擲された戦斧が大熊の右眼に命中。

 突き刺さっていたブーメランが更に深く突き刺さった。


 再度吼えるレイジング・ベア。

 そして俺は止めを刺すべく、全力で地を掛けた。

 間合いが詰まり、レイジング・ベアを射程圏内に捉えた。


 そこで俺は風の闘気オーラを右足全体に纏い、強烈なトゥーキックで突き刺さったブーメランと戦斧を更に奥に押し込んだ。 鈍い感触と共に大熊の頭部に炎と風の闘気オーラが混じり、魔力反応『熱風』が発生。


 頭部を乱暴にシェイクされた大熊は、とうとう息絶えた。

 そして死に身体になった大熊は、背中からもんどりうって、地面に倒れ込んだ。

 これで残り四体。 よし、なんとかなりそうだ。


 俺は右手に水の闘気オーラを宿らせて、大熊に突き刺さった戦斧を引き抜いた。 一瞬右手に熱が伝わったが、次の瞬間にはレジストが発生して、痛みは綺麗に消え去った。 残念ながらブーメランはもう使えそうにないな。 まあいい。 また買えばいいだけの事。


 俺は後ろに振り返り、周囲の戦況を見据えた。

 猫騎士達はレイジング・ベアにかなり苦戦しているな。

 数匹掛かりで何とか一匹を食い止めている。


 アイラはドラガンと一緒にエリス達を護っている。

 そして兄貴は一方的に一匹のレイジング・ベアを追い詰めていた。


「ふん。 所詮は熊に過ぎん。 俺の相手ではない」


「グガアアアオオオンッ!!」


「――遅いっ!!」


 右手を振るう大熊の一撃を華麗に躱す兄貴。

 そして後方にバックステップして、間合いを取った。


 兄貴は長剣を握る右手に炎の闘気オーラを集中させながら、

 

「――終わりだぁっ!! 『ジャイロ・スティンガー』!」


 兄貴が右腕を錐揉みさせると、長剣の切っ先から、うねりを生じた薄黒い衝撃波が、矢のような形状になり放たれた。 薄黒い衝撃波は暴力的に渦巻きながら、レイジング・ベアの腹部を貫いた。


 大熊の腹部に大きな空洞が生まれ、貫通した薄黒い衝撃波は、その背後にあった木の幹も貫き、その進行方向を阻む物を容赦なく次々と打ち砕いていった。


 流石は兄貴の英雄級の剣術スキルだ。 とんでもない威力だ。

 これで残り三体。 ここまで来れば、なんとかなりそうだ。


 さて残り三匹。 何処から手をつけるか。

 猫騎士に加勢するか? あるいはアイラ達に加勢するのも有りだ。

 そう思いながら、残り一匹に視線を向けると――


「バロンワイズ殿! ここは私にお任せください」


「……ハアハァ。 バルデロン。 も、もういいわよ。 わ、私達は上層部に見捨てられたのよ。 だ、だからもう無理して私に尽くす必要はないわ」


 バロンワイズと呼ばれたあの女精霊使いエレメント・マスターが両膝を地につけて、肩で呼吸しながら投げやりにそう言った。 


 よくわからんが、向こうは向こうで事情があるらしいな。

 しかし例の犬族ワンマンは、首を左右に振って――


「諦めるのは早いですぞ? 

 とりあえずこの場を切り抜けて、生き延びましょう」


「……も、もういいのよ。 私は色々と疲れたわ」


「し、しかしっ!?」


「ガオオオンッ!」


 二人の会話を無視するが如く、レイジング・ベアは猛然と地を蹴った。

 そして体重ウェイトをたっぷり乗せて、女精霊使いエレメント・マスターに体当たりを食らわせた。


「ぐ、ぐほおっ!?」


 モロに体当たりを食らった女精霊使いエレメント・マスターは、後方に吹っ飛ばされて、川の中へ背中から飛び込む形で落下。


「ば、バロンワイズ殿っ!?」


 犬族ワンマンの叫びも空しく、女精霊使いエレメント・マスターはそのまま川に流された。 それと同時にあの女が召喚した蜥蜴の精霊エレメンタルも消滅した。

 

 なんだろう。

 あの女とは色々あったが、こういう終わりを目の当たりにすると少々複雑な思いがするな。 だがまだ戦いは終わってない。

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