第101話 引き際


「うおおおおおおっ……おおおっ!! ――兜割りっ!!」


 俺は手にしたプラチナ製の戦斧を全力で、眼前の大熊の頭上に振り下ろす。 次の瞬間、鈍い感触と共に大熊の頭部が破損した。


「グ、グガアアアッ!!」


 頭部を破損した状態でも大熊は、右手を水平に振るった。

 だが俺はその前にバックステップして、回避成功。


 そして左手を前に突き出して、掌から光弾を放出。

 大熊の目の前で光弾を弾けさせて、視界を奪う。

 

「ナイスよ、ラサミス! 止めは私が刺すわ! 

 せいやあっ!! ――ヴォーパル・スラスト!」


 左横から加勢してきたミネルバが上級槍術スキルを放ち、その漆黒の穂先をレイジング・ベアの眉間に突き刺した。


「グ、グオオオォォッ!?」


 今度は完全に頭部を破壊されたレイジング・ベアが断末魔を上げながら、背中から地面に倒れた。


「ハアハァハア、ようやくこれで全滅かよ」


「そ、そうね。 流石に六体同時は厳しかったわ」


 俺もミネルバも肩で呼吸しながら、そう言葉を交わした。

 何とかレイジング・ベアを全滅させたが、こちらにも被害が出た。

 俺達『暁の大地』の面々は、ほぼ無傷だったが、山猫騎士団オセロット・ナイツの猫騎士二十名のうち、三名が死亡。 四名が重軽傷だった。

 幸いエリスの上級回復ハイヒールで重傷者も一命を取り留めたが、今すぐ戦える状態ではない。  


 流石の山猫の猫騎士も二メーレル(約二メートル)を越える大熊相手では、分が悪かったらしく、レビン団長とケビン副団長以外はかなり苦戦した。


 まあ体長八十セレチ(約八十センチ)程度の山猫に対して、相手は三倍強の大きさ。 単純に体格差負けだ。


「ドラガン殿、少しいいですかね?」


「レビン団長、何でしょうか?」


「見ての通り我が隊に負傷者が出ました。 エリス殿の回復ヒールのおかげで、一命を取り留めましたが、約二名はこのまま同行するのは厳しい状況です。 ですので私の部隊は負傷者を連れて、後方の救助部隊に合流しようと思います」


「ええ、それは構いませんよ。 部下の命は何よりも大切ですからね」


「お心遣い感謝します。 私は十名程、部下を連れて行きますので、この場の指揮権をケビン副団長に委ねます。 副団長、いいかね?」


「ええ、私にお任せください」


「では我々ここで一端引き上げます」


 こうして山猫騎士団の十七名の内、十名がこの場から離脱した。

 残された戦力は俺達八人にケビン副団長とその部下が六人。

 残された猫騎士の職業の内訳は、レビン副団長がレンジャー。 戦士ファイター二名。

 聖騎士パラディンが二名。 

 魔法戦士一名、僧侶プリースト一名といった具合だ。


 全員で十五名の戦力。

 とりあえずこの戦力なら、このまま敵を追撃する事も可能だろう。

 だが先程のように敵が罠を張っている可能性は高い。

 先行しすぎるのは、得策ではない。

 

「とりあえず我々は、このまま川沿いに進んでいきましょう。

 ここならば視界も良好ですし、野営にも適した場所ですからね」


 と、ケビン副団長。


「了解です。 皆、陣形を組みながら周囲を警戒して、先に進め!」


 俺達はドラガンの言葉に従い、いつも通りの陣形を組んだ。 

 しかし予想以上に敵の反撃が厳しいな。

 さっきのようにまた強制調教テイムされたレイジング・ベアの集団に襲われたら、少し厳しいな。 というか味方の本隊は何処に居るんだ?


 もう正直これ以上の追撃は止めるべきだ。

 何事にも引き際が肝心だぜ?

 しかしそれは恐らくこの場の全員が思っている事であろう。

 だが撤退の命令が下されぬ限り、俺達はこのまま進軍するしかない。


 やれやれ、他種族との共闘は色々難しいね。

 俺はそんな不満を抱きつつも、周囲を警戒しながら、川沿いに進んで行った。

 

「ハアハアハァッ……ハアハァハア」


「リリア、しんどいだろうけど頑張れ!」


「わ、分かってるわ」


 妖精フェアリーのキーンに励まされながら、リリアはひたすら全力疾走で森の中を突き進んだ。 もうかれこれ十五分以上走っているだろう。


 魔法職としては、体力はある方だが、流石にこう立て続けに全力疾走するのは、想像以上に辛い。


「ご、ごめん、キーン。 少し休ませて?」


「そうだね。 その間、おいらが周りを見ておくよ」


 リリアは近くの木にもたれながら、呼吸を整えた。

 恐らくもうネイミス達は全滅しているだろう。

 もちろんリリアとしても、彼等が無事である事を望む。


 だが現実問題として、あの状況下で彼等全員が無事、とは考えにくい。

 こんな事なら自分もあの場に残って戦うべきだった。


 だが魔導師ソーサレスは魔法使いの上級職。

 ネイティブ・ガーディアンの全軍でも女魔導師ソーサレスの総数は十人に満たない。

 だから心では、そう思いながらも、生き延びる為に尽力を尽くすリリア。


 そう、もう私の命は自分一人のものではない。

 ネイミスの好意には、薄々気付いていた。

 彼女も彼の事は嫌いでなかった。


 だがそれ以上にリリアは巫女ミリアムを心酔していた。

 故にその淡い思いを心の中にしまうリリア。


「リリア、向こうから誰かが来る。 そのまま隠れてて!」


「う、うん」


 息を潜ませながら、木影に隠れるリリア。 

 もし敵兵ならどうしよう。 玉砕覚悟で特攻するか?

 いやそれは賢明ではない。 ネイミス達の為にも生き延びるべきだ。

 だからギリギリのところまで、その選択肢は選ばない。


「お、おい、リリアッ! 味方だ! 猫族ニャーマンの部隊だ!」


「ほ、本当!?」


 思わず歓喜の声を上げるキーンとリリア。

 リリアも木影から前方に視線を向ける。

 すると前方には、赤銅色の鎧を着込んだ大柄の猫族ニャーマンの姿が見えた。


「お、お~い! そこの猫族ニャーマンの部隊!

 こっちに味方が一人居るから、救助してくださいな!」


 キーンの声に猫族ニャーマンの部隊は足を止めた。 

 そしてリリアは木影から出て、その姿を露わにした。


「もしかして魔導師ソーサレスのリリア殿ですか?」


 と、レビン団長。


「は、はい。 急にレイジング・ベアの集団に襲われて 命からがら逃げてきました」


「何? 貴方の部隊もレイジング・ベアの集団に襲撃されたのですか?」


「え、ええ。 という事はレビン騎士団長の部隊も?」


 リリアの問いにレビン団長が小さく頷いた。


「ええ、それで我が部隊に負傷者が出て、今から救助部隊に合流するつもりです。 リリア殿もご同行しますか?」


「やったぜ! リリア、これで助かったぜ!」


「え、ええ……」


 安堵して思わず、地面に崩れるリリア。

 

「だ、大丈夫ですか?」


「ええ、安心したら急に力が抜けただけです」


「どうか無理しないように! さあ、私の肩に捕まってください」


「は、はい。 ところで『暁の大地』の方々はどうされたのですか?」


「ああ、彼等はケビン副団長と共に北側の川沿いを進軍しております」


「そうですか。 彼等はまだ戦うんですね」


「ええ、リリア殿。 我が軍の本隊は今何処に居ます?」


 レビン団長の問いに、リリアは左右に首を振った。


「いえ私にもわかりません」


「そうですか、何にせよ。 我々はこのまま救助隊に合流しましょう」


 一瞬思い悩むリリア。

 『暁の大地』の面々やケビン副団長がまだ戦っている中で、

 自分だけおめおめと安全地帯に逃げ込んでいいのか?


 だが既に彼女の体力は限界に達していた。

 残念ながら、自分はここまでだ。 だがならばせめて――


「ねえ、キーン。 悪いけど貴方だけで北へ行って、ケビン副団長のところへ行ってくれないかしら?」


「そうだね。 おいら一人でも少しは役に立つからな。 了解。 彼等に合流して、手助けしてくるよ」


「き、キーン、あ、ありがとう」

 

「リリア、あまり思い込まないでね?」


「ええ、わ、わかった」


 その後、リリアはレビン団長に抱えられながら、この場から離脱。

 そしてこの状況を後方からエリーザの部隊が観察していた。


「アイツ、猫騎士の親玉なんだろ?」


「ええ、半年前にも戦ったけど、強敵だったわ」


 ミロの問いにそう返すエリーザ。


「まあなら流石に厳しいか。 でもあの妖精フェアリーが他の部隊に合流するみたいだぜ? どうする? 後を追うか?」


 一瞬、考え込むエリーザ。

 正直これ以上敵と戦っても意味があるとは思えない。

 どうせ自分は今後永遠に冷や飯ぐらいだろう。


 ならばこれ以上、文明派のエルフに仕える意味はない。

 だが恐らくパーベルとミロはエリーザとバルデロンの監視役。

 何とかこの二人の眼を掻い潜る方法はないか?


 その為に敵と交戦して、その隙に逃亡するという手もある。

 そういえばマライア達は、あの後リアーナへ行ったらしい。

 彼女から手渡された携帯石版は、まだ腰のポーチに入っている。

 

 ――そうね、この辺りが引き際かもしれないわね。


 そう覚悟を決めたエリーザは――


「こちらにはまだ強制調教テイム状態のレイジング・ベアが六体居るわ。 あの妖精フェアリーの後を追って、合流先の敵の部隊を叩くわよ!」


「……俺は構わないぜ」


「……俺も」


「私はエリーザ殿の命令に従います」


 バルデロンは別として、パーベルとミロが素直に従うのは少し以外だった。

 だがある意味警戒した方がいい。 この二人も敵との交戦のどさくさに

 紛れて、エリーザやバルデロンを始末するつもりかもしれない。


 ――ここからは要注意ね。


「それじゃあ、あの妖精フェアリーを追うわよ!」


「了解です!」「はいよ!」「あいあい」


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