第81話 美少女スナイパー


 エルフ領の最北端。

 そこには大聖林と呼ばれる不思議な森が存在する。

 そこに暮すエルフ達を人は穏健派、あるいはネイティブ・ガーディアンと呼ぶ。

 彼等、彼女等は争いを好まず、自然と調和して暮している。

 この大聖林には妖精フェアリーなる生き物が存在する。


 妖精フェアリーは体長二十セレチ(約二十センチ)くらいだが、高い知能を有しており、エルフ族が話す言語も正確に理解している。 妖精フェアリーの体から採取される鱗粉りんぷんは傷を癒す効果がある。 また高い機動力を持つ妖精フェアリーは、偵察や間者にも向いている。


 それ故にこの大聖林を離れた妖精フェアリーは、捕獲対象となり、捕まえられたら、王族や貴族に高く売られたりするくらいだ。


 だがこの大聖林では、エルフ族と妖精フェアリーは物の見事に共存している。

 妖精フェアリーは大聖林の周囲を自由自在に飛び回り、異変があればエルフ族に報告する。 そして今まさに異変が起ころうとしていた。



「お、おいっ……あの旗の紋章は文明派の王家の紋章じゃないか?」


「……ほ、本当だわ。 まさか文明派が戦争を仕掛けてきたの!?」


「カトレア、お前は皆に知らせて来い。 俺はしばらく様子を探る」


「分かったわ、キーン。 くれぐれも無理しないでね」


 そう言ってカトレアと呼ばれた妖精フェアリーは、羽根を羽ばたかせて、全速力でエルフ達が住むコミュニティに戻った。


「はやく皆に知らせなきゃ! あっ、あそこに居るのは!?」


 そう言ってカトレアは前方に立つ大木の枝に視線を移す。

 その大木の枝に腰をかけた一人のエルフ族の少女に駆け寄った。


「マリベーレ、大変よ! 文明派の連中が侵攻して来たわ!?」


「……そうみたいね。 何か不穏な空気を感じるわ」


 マリベーレと呼ばれた少女は、双眸を上空に向けて空を見上げた。

 空は既に日が沈み、闇色に染まりつつあった。

 エルフ族は総じて美形だが、この少女の美貌はエルフ族の中でも抜きん出ている。


 年齢こそまだ十一歳だが、眼はぱっちりと大きくて、手足もすらりと長い。

 きめ細やかな白い肌と、桜色の滑らかな唇。 眉目は当然秀麗だ。

 髪はクリーム色の可愛らしいツインテール。 

 身軽な純白の軽装姿で額には眼装ゴーグルという恰好。


 唯一の欠点は身長が142セレチ(約142センチ)という低身長だが、十一歳という年齢を考えれば、まだまだ成長の余地はある。 現在でも十分美少女だが、五年後にはその美貌はより完璧なものとなるであろう。 だがその美少女の両手には、眩く輝いた銀色の銃器が握られていた。


「アンタ、お、落ち着いている場合じゃないでしょ!? 文明派は血も涙もない連中なのよ! ああ~、やだ、やだ。 戦争なんか嫌よ」


「それは私も同じよ。 でもね、何かを護るならば、何かを犠牲にしなくちゃいけない。 だから彼等――文明派が戦うつもりならば、私も彼等と戦うわ!」


 そう言って大木の枝の上に立つマリベーレ。

 そう、穏健派――ネイティブ・ガーディアンは平和を好むが、自分の領土が侵犯されたら話は別だ。 侵略者は実力を持って排除する。 そしてこの少女――マリベーレもネイティブ・ガーディアンの戦士の一人だった。


 職業は魔法銃士マジック・ガンナー

 魔法銃士マジック・ガンナーは、魔法銃と呼ばれる不思議な銃を使いこなす。


 火、水、風、土、光、闇の六属性の魔弾丸に加え、二属性を有した合成弾も使い、長距離狙撃から、魔弾丸を味方に使い、疑似付与魔法ぎじエンチャントや対魔結界とほぼ同様の結果をもたらす為、中衛の支援職として重宝されている。


 そしてマリベーレは、ネイティブ・ガーディアンの中でも、一、二を争う優秀な魔法銃士マジック・ガンナーであった。


「カトレア、あなたは皆にこの事を知らせてきて頂戴。 私は少し敵の――文明派の様子を探ってくるわ!」


「わかったわ! この先にキーンも居るから、二人で様子を探るといいわ!」


「うん、そうするわ!」


 そう言うなり、大木から飛び降りるマリベーレ。

 空中で二度程、回転しながら両足から地面に着地。

 この少女は美貌だけでなく、優れた身体能力を有していた。

 そしてマリベーレは、額の眼装ゴーグルを目元にぐいっと寄せた。


「……やはり魔力の数値が高くなっている」


 この眼装ゴーグルは、周囲の魔力を探知できたり、視力を一時的に大幅に上げれる魔道具である。 魔法銃士マジック・ガンナーには、欠かせない一品だ。


 だがここ数年、この大聖林でも魔力の数値が高まっていた。

 大聖林は元々魔力の濃度の高い土地だが、それでも無視できない数値であった。

 特に時々この大聖林に現れる魔物や魔獣の魔力も高まる一方だった。


「……これは何かの前兆かもしれないわね」


 エルフ族は元々このウェルガリアの大地の住人ではない。

 このウェルガリアの先住者であるヒューマンに異界から呼び寄せられた。

 その後、エルフ族だけでなく、竜人族、そして魔族。


 様々な種族が異界から呼び寄せられ、激しく争った。

 そしてヒューマン、猫族ニャーマン、竜人族、エルフ族が共闘して、魔族を暗黒大陸に封印して、和平条約と不可侵条約を締結。


 その後は各種族、自国の領土に引き上げ、種族間では争いらしい争いは起きなかったが、エルフ族は文明派と穏健派の二派に分かれて、激しく争った。


 最初の方は、数の上で上回る文明派が穏健派を迫害したが、穏健派はエルフ族が元に居た世界から、この世界に持ち込まれた古代文明の兵器や魔道具を駆使して、文明派に反撃。


 マリベーレの持つ魔法銃もこの古代文明の技術の結晶の一つである。

 そして穏健派が巻き返して、このエルフ領内で激しい血の雨が降った。

 数十年に及ぶ争いの末、ようやく両者は折れて、和平条約と不可侵条約を締結。


 お互いに不干渉する事を前提に、穏健派は大聖林の奥地に移住。

 穏健派は自らを『ネイティブ・ガーディアン』と名乗り、大聖林の加護の元、自然と調和して平穏に暮していた……のだが。


「しかし何故、文明派は急に侵攻してきたのかしら? 彼等も私達が無力ではないと知ってる筈。 ならば何かしら理由があるわ!」


 そう言いながら、両足に風の闘気オーラを纏い、地を駆けるマリベーレ。

 眼装ゴーグル内の魔力反応が高まる。 どうやら敵は近いようだ。

 

「おっ、マリベーレ! 大変だぜっ、文明派の連中が攻め込んできたぜ!」


 マリベーレの存在に気付いた妖精フェアリーキーンが彼女の許に近づく。

 マリベーレは左肩にキーンを乗せながら、ジャンプして近くの大木の幹に飛び乗った。


「……敵の様子はどんな感じ?」


「奴等の掲げる旗に文明派の王家の紋章があったぜ。 恐らく王国騎士団の連中だ」


「まあ当然と言えば当然よね。 彼等も私達の力は知っているだろうし」


「ああ、でも何の策もなく攻めて来るとも思えないぜ? それに王国騎士団の中に何か変な奴が居るんだよ!」


「……変な奴?」


 と、きょとんと首を傾げるマリベーレ。

 するとキーンが早口で事の詳細を説明し始めた。


「ああ、なんか黒いローブで姿を隠しているんだが、見た感じかなり小さいんだよ! ありゃ身長一メーレル(約一メートル)もないぜ!」


 それは確かに妙だ。 エルフにしては小さすぎる。 子供並だ。

 そう言えば半年前くらいに文明派と猫族ニャーマンが小競り合いをしたらしい。

 その時に猫族ニャーマンの捕虜なり奴隷なりを捕獲して、戦場に同行させている。 ――という線は薄い気がする。


 猫族ニャーマンは元が猫の為、他者からの命令を嫌う傾向が強い。

 だから調教テイムには向いていない。 となると調教テイムした魔物や魔獣の類か? あるいは召喚獣や精霊の類か?


 だがそれも違う気がする。 

 それだけでわざわざ文明派が侵攻して来るだろうか?

 文明派のエルフは自尊心と虚栄心が強く、排他的だが無能ではない。

 少なくともマリベーレが知る限り、勝ち目のない戦いはしない主義だ。


「……何か嫌な予感がするわ。 キーン、そのおかしな奴の居場所は分かる?」


「ああ、最前列に居る黒いローブを着た奴さ!」


「了解。 それじゃちょっと見てみるね。 『ホークアイ』ッ!!」


 そう叫ぶなり、マリベーレは左眼を瞑り、魔力を解放した。 と残すると残された右目が緋色になり、前方の襲撃者達の姿を明確に映し出した。

 

 弓兵アーチャー銃士ガンナー魔法銃士マジック・ガンナーなどの遠距離攻撃を得意とする職業ジョブ職業能力ジョブ・アビリティ『ホークアイ』だ。 


 このスキルは左眼を瞑ることにより、魔力で一時的に右眼の視力を大幅に向上させる効果がある。 マリベーレは通常時でも二百メーレル(約二百メートル)圏内なら、標的の顔を見分けれるが、この『ホークアイ』を使えば、標的の細かい表情の変化すら読み取れる事が可能だ。


 更に眼装ゴーグルの効果も相まって、敵の姿をはっきりと捉えた。

 最前列に立つ文明派の王国騎士団の騎士達の表情は、何処か余裕があるように見えた。


 やはり何かが気になる。 

 そして右の方向に視線を移すと標的を見つけた。


 キーンの言うとおり、漆黒のフーデッドローブを目深に被っており、身長もかなり低い。 だが全身から発せられる闘気オーラは強い。 そして眼を凝らして、相手の表情を盗み見しようとしたが――


「!?」


 その妙な漆黒のローブの男がこちらに指を指した。

 まさかこちらに気付いた!? いやそんな事は通常ではありえない。

 だがマリベーレが視界に捉えた標的の顔は、エルフでも猫族ニャーマンでもなかった。 ヒューマンでも竜人でもない。


 マリベーレの眼には、標的の顔が犬のように見えた。

 いや間違いなく犬であった。 多分、品種はシェパードだ。

 そのシェパードが二足歩行で立っており、何故か文明派の軍に混じっていたのだ。


「キーン、敵に気付かれたわ。 とりあえずこの場は退散するわよ!」


「おう! であの変な奴の顔は拝めたのか?」


「……それは後で答えるわ。 さあ、行くわよ!」


「おうよ!」


 そしてマリベーレは軽快な動きで木々の幹の上に飛び乗って、逃走した。

 間違いない。 あれは犬だったわ。 どういう事なの?

 何が起きているの? マリベーレの心音がどくん、どくんと高まる。


 だがとりあえず今は逃走に専念して、この事態を仲間に知らせる必要がある。

 そしてマリベーレは軽快な動きで、木々の幹の上に飛び移りながら、足早に仲間の許へと向かうのであった。

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