十七章 新種族誕生
第80話 犬族(ワンマン)
「エリーザよ、よく余の前に姿を現せられたな?」
エルフ族の居城エルドリア城の謁見の間。
玉座に腰掛けながら、不機嫌そうな声でそう問う国王グリニオン一世。
すると目の前で跪いた女エルフ――エリーザ・バロンワイズはこう返した。
「このエリーザ、無能ゆえに陛下からお預かりした兵を全て失いました。 全ては私のせいでございます。 その穴埋めをすべく、兵を失った後に一人で金策をしておりました。 無論、金銭で全て済む問題では、ありませんが、こちらに一億グラン(約一億円)用意しております」
「……何? 一億グランだとっ!?」
一億グラン(約一億円)という言葉に耳をピクりとさせるエルフの王。
エリーザは後ろに振り返り、目配せをする。
すると兵士の一人が
「……宰相、本物かどうか確認せよ!」
「はっ!」
当然の事ながら、これらは全て本物の金塊だ。
あの金鉱町レバルでの激戦の後、エリーザはマライヤ達と別れて、エルフ領内の街を転々として、ひたすら金策に励んだ。
討伐依頼に商品の転売などを重ねて、僅か数ヶ月で荒稼ぎした。
一人で億単位の金を稼ぐ事は至難の業であったが、そうしない限り自分の命と未来はない。 それ故に多少強引な真似をして、この数ヶ月で目標額を貯めたエリーザ。
「……どうやら全て本物のようです」と、宰相。
「うむ、そうか。 なる程、エリーザ。 貴様の誠意は分かった」
「……いえ陛下の大事な兵を失ったのです。 これくらいはしないと陛下に合わせる顔もなく、今日まで帰還が遅れた事をお許しください」
そう言って深く頭を下げるエリーザ。
エルフの王は顎に指を当てながら、「ふむ」と頷いた。
「本来ならば貴様は極刑だが、その誠意に免じて今回だけは許してやろう!」
「あ、ありがとうございます!」
「だが二度目はないと思え! その事を忘れず新たな任務に励むが良い!」
「……新たな任務ですか?」
「うむ、我等に新たな切り札が出来たからな。
これを機に穏健派――ネイティブ・ガーディアンの領土に侵攻するつもりだ!」
「!?」
穏健派とは、自然を何よりも大切として、
大聖林は強い魔力に満ち溢れており、その領土も非常に強い結界で護られている。 大聖林に居るだけで、非常に強い自然治癒能力が働き、軽い怪我なら、魔法を使わなくても治癒されるとの話。
更に大聖林には、多種多様な
ウェルガリア広しといえど、
そして彼等は大多数のエルフ族――文明派とは異なり争いを好まない。
だが自分の領土を侵されたら、彼等は全力で外敵を排除する。
穏健派と言っても別に平和主義や無抵抗主義というわけではない。
むしろ戦闘力に関しては、穏健派は文明派に勝るとも劣らない。
大聖林の加護があるのか、穏健派の基本魔力は文明派より高い。
また失われた古代文明の技術や兵器を有しており、通常の銃器より優れた魔法銃なる代物を使いこなす
それ故に文明派は穏健派に対して、強い攻勢に出る事はなかった。
それはこれから先も変わらないと思っていたが。
「……分かりました。 新たな任務、拝命致します。 ところで陛下、私の母は今どうしておりますか?」
エリーザにとってはある意味一番重要な問題だ。
母を本国に残してきたから、彼女はマライア達と共に逃亡しなかった。
だが次に王が発した言葉で、エリーザは稲妻に打たれたような衝撃を受けた。
「……あ~、卿の母親なら病死したぞ? 連絡しようにも卿の居所が分からなかったからな。……悪く思うなよ?」
「えっ……」
思わず言葉を失うエリーザ。
すると国王は何処か居直った表情でこう告げた。
「大体貴様が悪いのだぞ? 余の兵を全て失った上に今の今まで音信不通。 本来ならばこれだけで貴様も貴様の母も極刑ものだ!」
「……母の亡骸は何処ですか?」
辛うじてそう口にするエリーザ。
「ん? ああ、平民の墓地に適当に埋葬しておいたわ」
「……そうですか、お心遣い感謝致します」
そう答えるが、内心ではやりきれない気持ちが沸き起こった。
エリーザの行動原理には、常に母親の存在が大きかった。
母の病を治し、もっと贅沢な暮らしをさせてやりたかった。
だが母を失った今のエリーザには虚脱感と無力感が急遽押し寄せてきた。
もし国王の御前でなければ、その場で崩れ落ちていたかもしれない。
しかしここで汚名を晴らさず息絶えたら、それこそ末代までの恥だ。
だからエリーザはこの衝撃な事実を受け止め、余力を振り絞った。
「も、元々陛下のお計らいで母は療養する事が出来ました。 恐らく天国の母も陛下にお心遣いに感謝していると思います。 ならばそのご厚意に報いるべく、娘の私が新たな任務で汚名返上するのが、最高の親孝行であります。 そしてその機会を与えてくださった陛下の御恩に必ず報いてみます!」
「うむ、その心意気を忘れるなよ?」
もうこの話題は終わりだ、という感じで会話を打ち切る国王。
そしてエリーザも強引に気持ちを切り替えて、王の新たな言葉を待った。
「ではエリーザ・バロンワイズ。 卿にネイティブ・ガーディアン領の侵攻作戦の参加を命じる。 それではこの作戦の司令官を紹介しよう」
王がそう言うなり、宰相の左隣に立っていた鎧を着た男性のエルフが前へ出た。
その顔には見覚えがあった。
確かエルドリア王国騎士団の騎士団長のジョー・ヴェルゴットだ。
「エルフ王国騎士団の騎士団長ジョー・ヴェルゴットだ。 よろしくな、ワイズバロン女史」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「挨拶は済んだようじゃな? それでは今作戦における重要な切り札を紹介しよう。 では来るが良い、
すると王の言葉と共に謁見の間の奥の扉が開き、茶色のフーデッドローブを着込んだ何者かがこちらに寄ってきた。 しかし見た感じ身長が一メーレル(約一メートル)にも満たない。 そう言えば今国王が何か言ったな。 確かワンマンと――
そしてその非常に小柄な何者かが茶色のフーデッドローブを脱ぎ捨てた。
その姿を目の当たりにして、エリーザは思わず絶句した。
何故なら彼女の前に立っていたのは、二足歩行の犬であった。
品種はシェパードだろう。 毛並みはブラックの地にブラウン。
その二足歩行の犬はこちらに視線を向けながら――
「私は
と明らかに理解可能な言語を喋った眼前の犬に戦慄するエリーザ。
間違いない。 これは精霊などの類じゃない。 本物の犬だ。
本物の犬にあの禁断の実を与えたのだ。 いくら国王でもここまではしない。
と思っていたが、エリーザの読みは甘かった。
しかしこれだけはやってはいけなかった、と思うがもう後の祭りだ。
自分には選択権はない。 ならばこの異様な事態も受け入れるしかない。
だがこうも思った。 これは只事では済まない。
ウェルガリア全土が震撼する大事件に繋がるかもしれない、と。
「ふふん、流石の卿も驚いたようじゃな? そう見ての通りこのバルデロンは
「え、ええ。 流石に驚きましたが」
「ふふん、そりゃ驚くであろう。 正直余もバルデロンが最初に言葉を発した時は驚愕した。 だが物は考えようじゃ。 余はこやつらを
――冗談じゃない、そんな思いつきでこんな真似をするな!
と内心では本気で怒ったが、エリーザはぐっと感情を押し殺した。
「流石は陛下。 私などには思いつきすらしませんでした」
「そうじゃろ、そうじゃろ? このバルデロンには既に戦闘訓練と戦闘技術を叩き込んでいる。
確かに理想的な兵士かもしれない。
なにせ犬は主従関係を大切にする生き物だ。 だが理想的な兵士ならば、エルフ族の中にも多く存在する。 それをわざわざ犬に禁断の実を与えて、
「流石は陛下です。 このジョー・ヴェルゴット。 必ずや陛下のご期待に応えられるように、微力を尽くします!」
「うむ、期待しているぞ。 騎士団長、それにエリーザもな」
「ははっ!」
王の言葉に大仰に頭を下げる騎士団長とエリーザ。
そして二足歩行の犬――
バルデロンは片膝を折りながら、
「騎士団長殿。 何なりと申してください。 必ずや期待にお応えしてみます!」
「ああ、期待しているぞ、バルデロンよ。 とりあえずはネイティブ・ガーディアンと名乗る反乱者共を血祭りあげるぞ? それでは作戦会議を行うから、作戦会議室に向かうぞ」
「御意!」「はい」
これから行われるのは、エルフ族同士で争う血みどろの戦いの作戦会議。
他種族ならまだしも、同族同士で争うのは、エリーザも抵抗感を覚えた。
だがこのエルドリアにおいて王の命令は絶対である。
それに逆らうつもりはない。 だがエリーザはこう思った。
――我々は踏み越えてはいけない一線を越えたかもしれん。
――もしかしたらこれがエルフ族の破滅の序曲かもしれない。
しかし自分に何が出来ようと言うのだ?
どんなに馬鹿げていても王の命令は絶対だ。
ならば余計な事を考えず、任務に専念すべきだ。
でもその先に何があるというのだ?
もう自分の帰りを待つ母親も居ないのだから。
希望も夢もない未来。 だがそれでも逃げるという選択肢はなかった。
そして気持ちを切り替えて、任務に全力を注ぐ事を誓うエリーザであった。
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