第82話 カウンターで迎撃
年が明けて、あのエルシトロン迷宮の戦いから、早くも三ヶ月が過ぎた。
最初の頃こそ竜人族が何かしてこないか、と警戒する日々が続いたが、三ヵ月経った今も特に異変は起きてない。
勿論、油断は出来ないが、とりあえず今の所は大丈夫のようだ。
学校が再開したエリスとメイリンはハイネガルへ帰還。
そして新たに仲間に加わった
最初こそやや無愛想なミネルバだったが、ドラガンに「客に接する際には常に笑顔で!」と何度も言われているうちに、徐々に作り笑いから、自然な笑顔を浮かべるようになった。
そして旅芸人一座の仕事がない日は、皆で冒険者ギルドの討伐依頼を受けて、迷宮や洞窟へ遠征を繰り返した。
旅芸人一座の仕事には、まだ少し慣れてないミネルバだったが、冒険者活動に関しては、抜群の働きを見せた。 流石は
単純な戦闘技術や戦闘センスに関しては、俺より上かもしれない。
まあ流石に兄貴には及ばないが、ドラガンやアイラと比べても良い線行っていると思う。
これで前衛は兄貴、アイラ、ミネルバ。
中衛にドラガン、あるいは俺。 後衛にはエリスとメイリン。
という具合にパーティバランスも取れてきたと思う。
だが残念ながら今はエリスとメイリンはリアーナに居ない。
よって前衛三人、中衛二人という構成で回復力不足に陥っている。
そういうわけで俺がレンジャーになる機会が増えていた。
おかげでレンジャーのレベルも31まで上がっていた。
だが俺にはやはり地味な
そういうわけで今回は
遠征先は、リアーナの北東部のダルタニア迷宮。
この迷宮はリアーナから、日帰りで戻れる距離にあるので、遠征先としては理想的だ。
前衛は兄貴、俺、ミネルバ。 中衛にはアイラとドラガンという陣形。
ブレードマスターの兄貴と
中衛のアイラは
まあ俺がレンジャーをやれば、少しはマシなバランスになるんだが、ここ三ヵ月くらいはずっとレンジャーだったので、皆に無理を言って
基本的に傷の回復は、各自が
アイラの魔力はこの陣形での生命線。 故に無駄な魔力は使えない。
だが上層までは、比較的順調に進めた。
兄貴の剣術とミネルバの槍術で上層のモンスターはほぼ問題なく倒せた。
流石は上級職というべきか。 そして七層以降の中層も比較的安全に進めた。
中層では一番厄介な敵はフレイム・フォックスだ。
コイツは隙あらば炎を吐き、遠吠えで仲間を呼び寄せる。
集団で一気に炎を吐かられたら、油断したら全滅の危機もある。
だが属性攻撃や連携攻撃の練習対象としては、理想的でもある。
基本的に火炎属性だから、レジストの練習をする練習台にも向いている。
「ラサミス、そっちに一匹行ったわよ!」
「了解だ、ミネルバ!」
「ウオオオオオオンッ!」
雄叫びを上げながら、口を大きく開けるフレイム・フォックス。
噛み付き攻撃か。 あるいは火炎攻撃か。
俺は定石通り、右手に氷の
「お、おい! ラサミス、引き付け過ぎだ!」
「大丈夫ッス、団長! はああああああっ……」
俺はフレイム・フォックスの飛び込みの勢いを利用するように、限界まで引き付けながら、右拳を前に突き出した。 そう、最近俺が拘っているのは、このカウンター攻撃だ。
正直この程度のモンスターならレジストはほぼ成功する。
だからもう一ランク高い目標として、最近はカウンター攻撃に拘っている。
「ぎゃ、ぎゃいんっ!?」
俺のカウンター気味の右ストレートが額に命中。
弱点属性に加え、カウンター攻撃。
強烈な一撃が見事に決まり、フレイム・フォックスの首が変な方向に曲がり、後方に吹っ飛んだ。 良し、今のタイミングは悪くないぞ。
「……もしかしてあえてカウンターで迎撃したの?」
少し驚いた表情でアイラがこちらに視線を向けた。
俺はそれに対して、ややクールな口調で「ああ」と答えた。
「へえ、やるじゃん。 今のカウンター悪くなかったよ?」
と、前衛のミネルバが少しだけ振り返りながら、そう言った。
「ありがとさん!」
ふふふ、我ながら見事に決まったぜ。
相手の勢いを利用して、打つカウンターは高等技術だ。
拳だけで戦う格闘技『フィスティング』でもカウンターは競技としての華だ。
「……だがあまり調子に乗るなよ? カウンターは失敗した時が怖いからな」
「うっす、心得ていますよ。 団長!」
それは重々承知している。 だからあくまで格下にしか使わないさ。
その後も俺は頃合を見ては、カウンターで迎撃して周囲を少し沸かした。
そして九層まで進んだ所で、俺達は出口に引き返した。
正直中層クラスのモンスターにも慣れてきたが、今の構成だと一度崩れた後が怖い。 正式な
まあとりあえず今日は、これぐらいでいいだろう。
俺達はリアーナに戻って、今回の冒険の報酬品を均等に分配した。
冒険者ギルドが買い取ってくれるモンスターの素材や魔石やドロップ品。
今回受けた討伐依頼、フレイム・フォックスの牙三十本の収集も達成。
こちらの討伐依頼の報酬は百五十万グラン。
五人で均等に割って一人頭三十万グランの稼ぎ。
またそれ以外の素材、ドロップ品、魔石もギルドで換金してもらった。
そちらの報酬は総額八十万グラン。 それも均等に五等分。
一人頭十六万グラン、合計で一人あたり四十六万グランの稼ぎだ。
ミネルバが加わった事で、分母数が増えたがそれでも一日の稼ぎとしては、悪くない額だ。 旅芸人一座の仕事を手伝うより、遥かに実入りが良い。 だが
自分の分だけで一本一万グランの
まあこの間の伯爵夫人からの莫大な報奨金で、皆の懐事情は暖かいからこれくらいの出費なら痛くもない。 皆、今回は装備も壊してないからな。 そして俺達は
明日は旅芸人一座の仕事は休みなので、一日丸まる休みだ。
久しぶりに街に繰り出してみるのもいいかもな。
その前に腹ごしらえをしよう。 ちょうど夕食の時間だからな。
「ねえ、ラサミス。 そこの塩を取ってくれない?」
と、俺の対面に座ったミネルバがそう言ってきた。
「あいよ」
俺は小瓶に入った塩をミネルバに手渡した。
「ありがとう」
今夜の献立は魚料理と野菜サラダにコーンスープ。
基本的に食事は、うちの
彼は冒険者としては、活動しておらず、調理スキルを上げる事に専念しており、その腕前は国宝級。故に我が
「相変わらずジャンの料理は美味しいわね」と、ミネルバ。
「ありがとう。 その一言が聞きたくて毎日皆の食事を作ってるのさ」
やや嬉しそうに答えるジャン。
お世辞抜きにジャンの料理は旨い。 彼は基本は近くのレストランで働いており、将来は自分の店を持つのが夢らしい。 その忙しい合間に俺達の食事を用意してくれるのだから、彼には頭が上がらない。
「ねえ、ラサミス。 明日何か予定ある?」
「ん? いや特に何もないけど?」
「なら午後から私と一緒に出掛けない?」
あら? ミネルバからお誘いしてくるなんて珍しいな。
まあ最初の頃は、彼女も竜人族を警戒して、必要最低限以外は外出しなかったが、それにも飽きてきたのだろう。 今のところは特に危険もなさそうだしな。
「いいけど、何処か行きたいところでもあるのか?」
俺の問いにミネルバは少しだけ「う~ん」と唸りながら――
「新しい装備や服も欲しいかな? だから買い物に付き合ってよ?」
「ああ、いいぜ」
まあ断る理由もないからな。
たまにはミネルバと一緒に出かけるのも悪くない。
「おっ? お前等、明日新しい装備を買いに行くのか? なら拙者も――アイラ、な、何だよ?」
「野暮な真似はしないで!」
と、右手でドラガンの肩を掴むアイラ。
するとドラガンは首を傾げた後、「ああ!」と言いながらポンと手を叩いた。
「ああ~、そうだな! 邪魔しちゃ悪いな。 お前等、二人で楽しんでこい!」
「そういう事」と、軽く嘆息するアイラ。
「んじゃそういう事で、ラサミス。 明日はよろしくね」
食事を終えたミネルバが食器を片付けながら、そう告げた。
なんだかドラガン達に変に気を使わせたなあ。
まあでも最近は旅芸人一座の仕事で遊ぶ余裕なかったし、たまには羽根を伸ばすのもいいな。
「ごちそうさま。 んじゃ俺も風呂入って寝ます」
「おう! 青春を
「ういっす。 んじゃお先に失礼します」
その後、俺は入浴場で軽くシャワーを浴びて、自分の部屋へ戻った。
そして寝巻きに着替えて、ベッドに潜り込んでそのまま眠りこけた。
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