第77話 ようこそ『暁の大地』へ


 しばらくの間、周囲の者は一言も声を発さなかったが、急に「くくく」とあざけるような笑い声が聞こえてきた。


「ふふふ、ふははは。 こいつは大した喜劇だな? 誇り高き竜人族がヒューマン如きに哀れまれるとはな。 ミネルバ、お前には失望したよ。 所詮負け犬は負け犬か!」


 さて俺にはもう一つ仕事が残されている。

 それは言うまでも無く、この不愉快な男の竜人をぶっ飛ばす事だ。


「さて出来れば俺も争い事はこれで終わりにしたいが、貴様をこのまま本国へ帰すわけにはいかねえな?」


 そう言って俺はミネルバから両手を放し、一歩前へ出た。

 だが目の前の竜人――アーガスは不遜な態度を崩さない。


「ならどうするつもりだ?」


「当然この場でぶっ飛ばす。 それからふん縛って罪人として、冒険者ギルドか、猫族ニャーマンの王室に突き出してやるぜ」


「それは困るな。 俺は竜人族には欠かせない有望な人材だからな」


「普通自分で言うかね? まあ御託はいい。 覚悟しな!」


 俺は両手の指を「ポキポキ」と鳴らしながら、更に一歩前へ出た。

 だがアーガスはあくまで強気な態度を崩さず、懐に手をやり――


「悪いがお前等の相手をしている暇はない。 だがお前等から聞かされた話は非常に貴重であったぞ。 精々有効活用させてもらうさ。 それでは失礼するよ。 これは俺からの置き土産だ」


 小さな召喚札を取り出して、その場で破き――


「我は汝、汝は我。 我が名はアーガス。 竜神ガルガチェアよ。 ――我が使徒しとを我のもとに召喚せよっ!」


 アーガスがそう呪文を詠唱すると、魔法陣が突如現れて、眩い光を放った。

 様々なカラフルな色の光が溢れ出て、魔法陣が激しく明滅する。


「ガオオオンッ!」


 遠吠えをあげながら、魔法陣の中から、一匹の赤竜が現れた。

 体長はゼーシオンが龍化した黒竜程ではないが、軽く三メーレル(約三メートル)は越える巨体。


 こいつ、召喚魔法を使うとは予想外だ。

 というかアーガスの野郎、既に手に転移石を持ってやがる。

 クソ、このまま逃がしてたまるかっ!


 だがブーメランは先程の戦闘で使ったので、手元にない。

 だから俺は腰帯からハンドボーガンを取り出し、アーガスに狙いを定めた。


「じゃあな。 精々その負け犬の女と仲良く――!?」


「チッ……外したか」


 俺が咄嗟に放った金属の矢は、アーガスの左頬を掠めただけであった。

 だがアーガスは身体を震わせてから、怒声を上げた。


「き、貴様っ……この俺の顔に傷をつけたな。 ――なっ!」


 言葉を全て発する前に、今度はアーガスの左肩に投げナイフが突き刺さった。

 後ろに振り返ると、右手に投げナイフを持ったミネルバの姿があった。


「それは私からの贈り物よ。 アンタは精々今後も悪知恵を働かせて、出世でも政略結婚でも好きにしなさいよ!」


「み、ミネルバアァッ……この事は忘れんぞっ!」


「あ、それと最後に言っておくわ。 私は昔からアンタの事が大嫌いだったわ!」


 と、鋭利な声でミネルバ。


「……き、貴様ぁっ、今の言葉忘れんぞっ! 覚えておけよ!!」


 アーガスはそう捨て台詞を吐きながら、手にした転移石を頭上に掲げた。


「転移! ラム島!」


 鈴を鳴らしたような音色と共に、転移石が激しく砕け散った。

 同時にアーガスの身体が白い光に包まれ、数秒後にはその姿が消え失せた。


 逃がしてしまったが、ラム島ならまだ追えば、間に合うかもしれない。

 だが俺達の前にアーガスが放った赤竜が立ちはだかった。


「……このレッドドラゴンは調教テイムした個体を召喚札に封印したものに過ぎないわ。 通常のレッドドラゴンと大差はないけど、今の私じゃ少し厳しいわ。 だから回復ヒールしてもらえないかしら?」


 ミネルバはそう言いながら、視線をエリスに向けた。

 するとエリスは俺の方向へ視線を向けてきた。


「エリス、ミネルバに回復ヒールしてやってくれ!」


「わかったわ。 我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 レディスの加護のもとに……『ハイ・ヒール』!!」 


 次の瞬間、ミネルバの身体が眩い光に包まれて、傷が癒えていく。


「ありがとう、エリス……さん」


「エリスでいいですわよ、ミネルバさん」


「ラサミス、一緒にこのレッドドラゴンを倒すわよ!」


「わかったぜ、ミネルバ」


 だがミネルバの斧槍ハルバードは壁面に刺さったままだ。

 いくら竜騎士ドラグーンと言えど、素手でドラゴンの相手は厳しいだろう。


「仕方あるまい。 少し手助けしてやろう。 ――フンッ!」


 そう言って後ろに居たゼーシオンが念動力サイコキネシスで壁面に刺さった斧槍ハルバードを手元に引き寄せた。


「そら、使うがいい」


「あ、ありがとう」


 礼を述べて、ゼーシオンから斧槍ハルバードを受け取るミネルバ。

 これで準備は整った。 兄貴とアイラはまだ戦闘できそうにないが、後ろにはドラガンとメイリン、エリスが控えている。 ここはミネルバの歓迎も兼ねて、二人でこの赤竜を倒す。

 

「ラサミス、私は左から攻めるから、アンタは右で!」


「了解だぜ!」


 そう言葉を交わすなり、俺達は左右に散開した。

 ミネルバは「せいやあっ!」と気勢を上げながら、左側から攻める。 俺も同じように右側から攻める。


「ラサミス、私が氷結攻撃をするから、その後に風属性攻撃をお願い!」


「おう、任せておけっ!」


「行くわよ! ――アイス・スピア」


 ミネルバは氷の闘気オーラを宿らせた漆黒の穂先で標的を何度も突いた。

 すると氷結攻撃に弱いレッドドラゴンの身体が次第に凍り始めた。

 ここから俺が風属性攻撃を加えれば、魔力反応『分解ぶんかい』が発生する。


 俺は手にした戦斧に風の闘気オーラを全力で宿らせながら、床を強く蹴り、眼前の赤竜の頭上に大きく跳躍した。


「――行くぜ! 『疾風斬しっぷうざん』ッ!!」


 俺はそう叫びながら、全力で戦斧を赤竜の頭上に振り下ろす。

 すると鈍い感触と共に赤竜の頭部が破壊された。


 更に魔力反応『分解』が発生して、氷結していた赤竜の身体に放射状に皹が入り、硝子がらすのように粉々に砕け散った。


 どうやら上手くいったようだ。

 初めてのコンビプレイでこれなら上出来の部類だろう。


「……やるじゃない」


「まあこれくらいはね」


 と、俺とミネルバは言葉を交わした。

 そして俺は彼女の目の前で右手を上げる。

 すると彼女は微笑を浮かべながら、右手にハイタッチする。


 なんだよ、こういう風に笑えるじゃんかよ。

 そう思いながら、俺は指で頬を掻きながら、こう言った。


「ようこそ、『暁の大地』へ」


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