第76話 帰るべき場所


 口角を吊り上げたミネルバは攻撃を再開させた。


「――ヴォーパル・スラスト!」


 再度放たれる激しい突きの連打。

 気のせいか、さっきより鋭さと速度スピードが増している気がする。


 俺は先程のように体捌きによる回避行動を試みるが――

 ミネルバはそれを見越したように、槍ので俺の身体を殴打する。


「ぐうっ!?」


 その勢いで地面に転倒する。

 俺は地面に転がりながら、すかさず突き出された槍を何とか回避したが、漆黒の穂先に左頬を切り裂かれた。


 俺はすかさず立ち上がり、一端距離を取った。

 だが今までのお返しと言わんばかりに、ミネルバが猛攻をかけてきた。


「せい、せい、せい、せいっ!」


 低い掛け声と共にミネルバの疾風怒涛の連続攻撃が繰り出される。

 俺は体裁きに加えて、手にした戦斧で突き出される漆黒の穂先をしのぎ続ける。 激しい斬撃の応酬により、槍のと戦斧がきしんだ。


 ヤバいな。 どんどん速度スピードと鋭さが増している。

 ミネルバはまるで水を得た魚の様に、瞳を輝かせていた。

 漆黒の穂先が次第に俺の身体の節々ふしぶしを切り刻んでいく。


 このままだとジリ貧だぜ。

 こうなれば正攻法じゃ厳しい。 ならば強引な展開に持って行くしかない。


 俺はミネルバの猛攻を何とか凌ぎながら、右手に光の闘気オーラを宿らせた。

 更に両足に風の闘気オーラも纏う。 隙を突いて格闘戦に持ち込んでやる。

 俺は完全に防御に徹しながら、反撃の機会を窺った。


「どうしたの? もう終わり? 男ならもっと踏ん張りなさいよ? 情けないわね、アンタ、本当にマルクスを倒したの?」


「……何とでも言えっ!」


「もういいわ。 どのみちアンタ以外の奴とも戦わなくちゃならない。 だからアンタとはもう終わり。 せいっ!」


 そう言いながら、ミネルバは大きく垂直に跳躍した。

 そして手にした斧槍ハルバードを激しく旋回させながら――


「――行くわよっ! 『スピニング・ツイスター』ッ!!』


 と、技名を叫びながら、風車のように旋回させた斧槍ハルバードを前に押し出して、こちらに目掛けて突撃して来た。 


 旋回された斧槍ハルバードがブン、ブンと風斬り音を響かせている。

 これは軽く見えても上級、英雄級の槍スキルだな。


 まともに喰らえば、即戦闘不能も有り得る。

 だが当たらなければ、どんな大技も意味はない。

 俺はポールアックスのつかを左手で握り締めながら――


「ふんっ……とうっ!」


 迫り来るミネルバを頭上に大きくジャンプして回避。

 そして腰帯から右手で鋼のブーメランを抜き取り、ミネルバ目掛けて投擲。


「ふんっ……そんな小細工――」


「ならばこれならどうよ!」


 俺は咄嗟に右掌から球状の光弾を放出。

 球状の光弾が高速でミネルバに迫る。


「――弾けろっ!!」


 俺がそう叫ぶなり、球状の光弾はミネルバの眼前で弾けた。

 する俺とミネルバの間に目を眩ませる白光はっこうが生じた。


「チッ……セコい手を! せいっ!」


 即座に俺の意図を読み、左掌から闇の闘気オーラを放射状に放つミネルバ。

 この短い間で咄嗟にレジストに出るところは、流石というべきか。


 光と闇の闘気オーラが衝突して、レジストが始まると

 光は闇に呑まれて消え失せた。 しかし俺の本当の狙いは別にある。

 

「――今だ! 軌道変化っ!」


 大きく弧を描いていた鋼のブーメランが急に角度を変えて、

 直角に曲がり、ミネルバの左肩に突き刺さった。


「ぐっ……こ、小細工ばっかり使って……この卑怯者!」


「卑怯? それがどうした? 俺は底辺冒険者だぜ? 偉大なる竜騎士ドラグーン様を相手に真正面に戦って勝てるわけないだろ?」


「こ、この……ひ、開き直るな!」


 忌々しげにそう呟くミネルバ。

 だが俺はそんな抗議など気にせず、地面に着地するなり、再び両足に風の闘気オーラを纏い、全力で地を蹴った。


 虚を突かれたミネルバは一瞬、身動きを止めた。

 その間に一気に距離を詰めて、俺は右足で足払いを放った。


「ちょ、調子に乗るなっ!」


 ミネルバは軽くジャンプして、足払いを回避。

 そして一度地面に着地して、右足で床を強く蹴って、左膝を前に立てて、強力な跳び膝蹴りを放ってきた。


「ごふっ!!」


 俺は思わず嘔吐えずきながら、肺から空気を漏らす。

 い、いい蹴りだ。 正直これは効いたぜ。


 なんて言ってる場合じゃない。 

 目の前のミネルバが手にした漆黒の斧槍ハルバードを振り上げている。


 次の瞬間にも、ミネルバは漆黒の斧槍ハルバードで突きか、薙ぎ払いを繰り出すであろう。 戦斧で切り払うか? ――それじゃ間に合わない。


 そう思った時には、俺はダッキングしてミネルバの薙ぎ払いを回避。

 そして先程の黒竜戦で兄貴がやったように、床をスライディングで滑走。


「なっ!?」


 助走がついた俺の右足がミネルバの左足首を抉った。

 当然の如く、身体のバランスを崩すミネルバ。

 

「――これはさっきのお返しだぜ!」


 そう叫びながら、俺は立ち上がり様に左足で床を蹴り、飛び上がった。

 そして右膝を曲げて、ミネルバ目掛けて突貫。


 体重ウェイトがたっぷり乗った渾身の右膝蹴りが腹部に命中。

 ミネルバは「がはっ」と呻き声を上げて、身体をくの字に曲げた。


 この状態でも武器を放さない所は褒めてやるぜ。

 それに出来れば女の顔は殴りたくはない。 だが手を抜くのも礼を失する。

 そこで俺は両手に炎の闘気オーラを纏い、頭上に振り上げた。


「オラアァッ!!」


 続いて強烈なハンマーナックルでミネルバの背中を強打。

 顔は殴らないが、それ以外の部分なら容赦はしねえぜ。


 流石のミネルバもこの連続攻撃は堪えたらしい。

 身体を何度か痙攣させた後、背中から床に倒れ込むミネルバ。


「俺の勝ちだ。 それでいいな?」


 本当ならば女と言えど、ここで情けをかけるのは良くないとは分かっている。

 でも倒れた女を追撃するのは、俺のしょうには合わない。

 だがミネルバの仲間である男は、容赦ない言葉を浴びせた。


「立て、立つんだ、ミネルバ。 こんなところで負ける事は許さん! 負けたら全てが終わりだぞ? お前はそれでもいいのかっ!?」


 するとミネルバが身体がゆっくりと動き出した。

 おい、おい、おい。 止めてくれよ? もう勝負はついただろ?

 俺は満身創痍の女をなぶる趣味はないぜ。


「そうだ、立て! 立ち上がれっ! お前は誇り高き竜騎士ドラグーン。 こんな所で負けては駄目だ。 俺とお前の未来の為にも戦えっ!」


 俺とお前の未来?

 良く言うぜ、この野郎。 

 こんなボロボロの状態の仲間を無理やり戦わせようとしているのによ!


「あ……あああ……ま、負けないわ……」


 身体を震わせながら、左膝を床につけて立ち上がろうとするミネルバ。

 おい、おい、おい。 本気で立つつもりかよ?

 これ以上やり合って何の意味があるというのさ!


「ま、負けない……私は……負けられないのよ!」


 そう叫びながら、ミネルバは立ち上がった。

 だが身体の震えは止まらず、呼吸も荒いままだ。

 俺は一瞬視線を兄貴やドラガン達に向けた。


 すると二人は何も言わず、静観していた。

 要するにこの場は、俺に任せるというわけか。

 やれやれ、正直良い気分じゃないぜ。


 だがある意味この女の執念には脱帽する。

 恐らくこの女の頭の中には、戦うという選択肢しかないのだろう。

 多分この女は、俺が想像する以上に過酷な人生を歩んで来たのだろう。


 それを理解する、なんて傲慢な事は言わない。

 だが何となくだが分かる気がする。

 俺もほんの少し前までは、自分の居場所がなかったからな。



「……本気でまだ戦うつもりか?」


「……そうよ。 私は戦うしかないのよ!」


「でもあの男はお前を利用しているだけだぜ?」


 だが俺の言葉に動じるどころか、ミネルバは小さく笑った。


「……だから何? わ、私は別にそれでも構わないわ。 も、もう私にはね。 帰るべき場所すらないのよ。 だ、だから戦うしかないのよ。 戦って戦って、自分の尊厳と一族の誇りを取り戻す。 これが私に残された最後の生きる希望よ……」


「そうか……」


 正直これ以上この女と戦いたくない。

 だが例え俺が拒否したところで、この女は戦う事を止めないだろう。


 やれやれ、困ったな。 どうしたもんだか。

 そしてミネルバは斧槍ハルバードを床に突き立て、ゆっくりと立ち上がる。


「そうだ、それでいい! 最後まで戦うんだ、ミネルバ」


 あのアーガスとかいう野郎、マジで酷い男だな。

 こんなボロボロの状態の女を無理やり戦わせようとするなんて。


 自分は安全な所に隠れて、高みの見物。 ムカつく野郎だ。

 ミネルバを倒した後は、俺があの野郎をぶっ飛ばしてやろうか?

 

「……ど、何処を見てるのよ? アンタの敵はこの私よ!」


「……もうめにしないか?」


「……な、情けをかけてるつもり? それこそ侮辱よ!」


 ミネルバは鋭い声でそう抗議した。


「そういうつもりじゃねえよ。 でもこれ以上俺達が争ってどうなるさ?」


「わ、私は竜人族の中から選ばれた竜騎士ドラグーンよ? 途中で戦闘を放棄するという選択肢は最初からないわ……」


「じゃあこの戦いが終わっても、お前が生きてれば何度も俺達を付け狙うのか?」


 俺の問いにミネルバは小さく頷いた。


「そうよ、例え今日が無理でも、明日も、明後日も勝つまで挑み続けるわ!」


「そいつは困ったな……」



 やれやれ、こんな美人に付け回されるのは、本来なら嬉しい筈だが、こんな感じで毎日言い寄られるのは、非常に困る。


 だが不思議と俺の中でこの女を殺すという選択肢はなかった。

 その代わり、俺はこの女に向かってこう言った。


「なら今日勝ったら、俺の言う事を一つだけ聞いてくれないか?」


「……それは無理な話だ。 何故なら勝つのは私だからだっ!」


 ミネルバは震える身体に鞭を打ち、両手に斧槍ハルバードを構えながら、残りの余力を絞って、床を蹴って全力でこちらに目掛けて突撃してきた。


「――せいやぁっ! 『ブラスト・ジャベリン』ッ!!」


 そう技名を叫びながら、ミネルバは手にした斧槍ハルバードを投擲。

 恐らくもう突きや薙ぎ払いを繰り出す余力もなかったのだろう。

 だから最後の手段として、自身の武器を投擲したのであろう。


 だが悲しいかな。

 投擲した斧槍ハルバードは大きく狙いが反れて、広間の壁面に突き刺さった。 それを見てがくりと項垂うなだれるミネルバ。


「……ち、ちくしょう。 い、生き恥だわ。 いっそ殺してよ!」


 恥辱に満ちた表情でそう漏らすミネルバ。

 そして力なく床に倒れそうになるところを俺が両手で支えた。


「もうそんな意地張るなよ? 見ていて痛々しいぜ。 それよりこの勝負は俺の勝ちだよな? ならば言う事を聞いてもらうぜ!」


「……もうどうでもいい。 何でも勝手にするがいいさ」


「俺がお前の帰るべき場所を作ってやる! だからお前は俺の――俺達の所へ来い。 俺が――俺達が全力でお前を護ってやる! だからもうそんな意地を張る必要はない!」


 そう言って俺は両手でミネルバの身体を抱き抱えた。

 するとミネルバは力なくこう漏らした。


「……信じていいの?」


「ああ、少なくとも俺だけは、お前の味方になってやる!」


 するとミネルバも両手で俺の身体を抱きしめてきた。

 そして余力を振り絞って、凜とした声でこう返した。


「なら私もアンタの味方になってやる。 私も最後までアンタを裏切らない」


 その言葉に俺は「ああ」と頷いて、右手で彼女の頭を撫でた。

 俺も長らく居場所と呼べる場所がなかった。


 だが今は違う。 俺には帰るべき場所があり、仲間も居る。

 だから今度は帰るべき場所がない誰かにその場所を与えたい。


 どんなに強がっても、やっぱり独りは寂しいからな。


 すると緊張感が一気に解けたのか? 

 ミネルバは声を殺してすすり泣き始めた。

 そして俺は彼女を抱き抱えながら、頭を優しく撫で続けた。


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