第十六章 帰るべき場所

第75話 ラサミス対ミネルバ


「――ダブル・スラストッ!!」


 風斬り音と共に凄まじい速度で、漆黒の穂先が眼前に迫り来る。

 ミネルバの連続技が繰り出されるが、俺は戦斧で防御ガードに徹する。

 斧槍と戦斧が、金斬り音を立てて、切り結び、周囲に火花を飛び散らす。


 幾度目かに切り結んだ時、俺とミネルバは、武器を押し合いながら間近で睨み合う。 ミネルバは、ふいに双眸を細めて、微笑を浮かべた。


「へえ、なかなかやるじゃない」


「そうでもないさ」


 俺達はそう言葉を交わして、再び間合いを取った。

 流石、竜騎士ドラグーンと言うべきか、この女の槍術そうじゅつは一級品だ。

 

 それに加えて、俺は槍使ランサーいとの戦闘経験は皆無。

 悪条件が重なるが、利点がないわけではない。

 まず一つは、相手の獲物が斧槍ハルバードという点だ。


 斧槍ハルバードはどちらかといえば、槍より斧に近い武器だ。

 そして俺も斧の扱い方に関しては、少しは腕に覚えがある。


 あのマルクスともやり合ったし、その後も地味な鍛錬を続けた。

 その甲斐もあって初級、中級クラスの斧スキルの熟練度は高い方だ。

 そしてミネルバには女性特有の弱点がある。


 さっきから何度も斬撃を繰り返しているが、その速度スピードは並の男を遥かに凌駕しているが、一撃、一撃が軽い。 筋力に関しては、やはり女。 正直俺の方が筋力や一撃の重さも上だ。


 こればっかりは並大抵の努力では補えない。

 だがこの女の速度スピードと敏捷性は要注意だ。


 見た感じミネルバは、俺とそう変わらない年齢だろう。

 そんな少女が復讐の為だけに生きて、毎日厳しい鍛錬に耐えてきた。

 その復讐心と強靭な精神力だけは、絶対に侮ってはいけない。


「――ヴォーパル・スラストッ!!」


 そう技名を叫んで、漆黒の穂先を鋭く突き立てるミネルバ。

 閃光のような速度で漆黒の穂先が連続して、襲いかかって来た。


 俺は全身に風の闘気オーラを纏いながら、体捌たいさばきのみで攻撃を回避。

 左サイドステップ、そこから右にサイドステップ。 

 そしてバックステップ。


 一撃、一撃が非常に鋭いが、避けられないレベルではない。

 だがこうも連発されると、流石に体捌きのみでは厳しい。

 そう思った矢先に、俺は一瞬身体のバランスを崩した。


「――そこよ!」


 狙い済ましたように放たれる渾身の一突き。

 だが向かってくる斧槍ハルバードに対し――俺は不敵に笑った。


「――プル・ストライク!」

 

 俺は身体を捻りながら、豪快に手にした戦斧を振り回した。

 次の瞬間、ミネルバの斧槍ハルバードが勢い良く弾かれて、ミネルバの身体も後方に二メーレル(約二メートル)程、吹っ飛んだ。


 速度スピード勝負なら、こちらに勝機はない。

 だが力比べならば、俺の方にも分がある。

 要するに向こうのペースに合わせず、こっちのペースに引き込むのだ。

 戦いは力や技術も大切だが、駆け引きも重要だ。


 もう昔の俺じゃない。 今の俺には自信があるのだ。

 俺はあのマルクスや漆黒の巨人相手にも戦った。


 単純な比較はできないが、ミネルバの技量はマルクス程ではない。

 更に漆黒の巨人のような異常な自己再生能力も持ってない。

 ならば確実にダメージを与えていけば、自ずと勝利は見えてくる。


「――喰らえっ! 『兜割かぶとわり』っ!!」


 俺は技名を叫びながら、敵の頭部に戦斧を振り下ろした。

 命中すれば絶命の一撃。 だがミネルバも華麗に右にサイドステップして回避。


 戦斧は広間の床を叩いて、「かきん」という音と共に俺の両手が痺れた。

 まあ当たるとは思ってなかったが、相手を威嚇するには充分だったであろう。

 俺とミネルバの視線が交差する。 ミネルバの表情が少し強張っていた。


「――隙ありっ!!」


 俺は戦斧を構えなおして、一気に間合いを詰めた。

 だがミネルバも体勢を整えて、斧槍ハルバードを両手で握り締める。


 高速でお互いの連続技が応酬される。 俺の攻撃は綺麗に斬り払われて、返す一閃で放たれた鋭い一突きを俺は紙一重のタイミングで回避。 再び俺は斧を振り上げて、豪快に振り回す。


 ミネルバもそれを受けて立つと言わんばかりに、手にした漆黒の斧槍ハルバードを縦横に振るう。 白金の刃と漆黒の斧頭が衝突を繰り返して、様々な彩りの光が連続的に飛び散り、衝撃音が迷宮に響き渡る。


 戦斧の軌跡が空気を切り裂き、白金プラチナの斧と漆黒の斧頭が衝突する。

 幾度かの斬撃を繰り返して、俺は再び戦斧を大きく振り回したが。

 ミネルバもバックステップして、弧を描く戦斧の軌道を避ける。


「やるじゃねえか、流石は竜騎士ドラグーンだ!」


 俺はすかさずステップインして距離を零にする。


「ちっ……!!」


 ミネルバも漆黒の斧槍ハルバードを掲げて、必死に防御ガードする。 

 だが俺は強引に上下左右から攻撃を浴びせ続けた。 

 しかしミネルバは苦にする事無く、俺の連撃を漆黒の斧頭で防ぎ、切り払う。


 大した女だ。

 敵ながら賞賛に値する。


 良く見るとこの女はかなりの美形だ。

 話によると、この女は族長の孫娘だったらしい。

 美形で族長の孫娘。 本来ならこの女は間違いなく勝ち組……だった筈。


 それが一人の男の凶行により、その明るい未来は失われた。

 そんな少女が来る日も来る日も復讐の為に己を苛め抜いたのだ。


 そしてようやく復讐の対象の居場所を突き止めたが、

 事もあろうにその相手は、既に死亡していたという受け入れ難い事実。


 他人事ながら同情するぜ。

 だが俺が同情したところで、この女は喜ばないだろう。

 ならば同じ戦士として全身全霊の力を持って、この女と対峙する。


 そう胸に刻み込みながら、俺達は幾度と無く斬撃を繰り返した。

 すると次第にミネルバが肩で呼吸を始めた。


 やはり思っていた以上に体力の差があるようだ。

 だが俺はそれでも手加減しない。 全力でこの女と戦う!


「――オラアアアァァッ!!」


 俺は気勢を上げながら、ポールアックスを振り上げて、前進する。 

 そこからは強引に乱打ラッシュ乱打ラッシュ乱打ラッシュの連打。 

 力任せにポールアックスを縦横に振り回して、ひたすら乱打ラッシュ

 

 ミネルバも柳眉を逆立てながら、乱打を弾き、払い、躱すがその表情に余裕はない。


「貰ったあぁっ! ――レイジング・スパイクッ!」


 俺は素早く技名コールを告げて、両手で握った戦斧を力強く頭上に振り上げ、一直線に振り下した。 俺の持つ上級斧スキル。 まともに命中すれば、致命傷ものの一撃だ。


 だがミネルバも必死に左横にサイドステップして、地面を二度、三度転がりながら、俺の荒技を躱す。


 破壊力に満ちた一撃が広間の床を砕き、その破砕した欠片が周囲に飛び散った。

 だが当たらなければ意味がない。 俺は思わず軽く舌打ちをした。

 その間にミネルバは地面から立ち上がり、再び間合いを取る。 


「アンタ、見かけによらずなかなかの荒技を使うわね。 正直少し舐めていたわ。 もしかして結構名の売れた冒険者?」


 それは買いかぶりというものだ。

 俺はやや苦笑しながら、首を左右に振った。


「いや残念ながら違うぜ。 何せ半年前まで一人で雑魚モンスターを狩っていた底辺中の底辺冒険者さ。 だがそんな俺も少しは修羅場を潜ってきたぜ。 アンタが恨みを持つマルクスを倒したのは、この俺だ!」


「なる程、そういう訳ね。 つまりアンタはマルクスの仇というわけ?」


「……そうなるかな?」


 俺は首を傾げながら、曖昧に答えたが、ミネルバは眉間に力を込めながら、口の端を持ち上げた。


「うふふ、面白くなってきたわ。 もうこの手であのマルクスを倒す事は出来ないけど、マルクスを倒した男を倒す事なら可能なわけね。 正直目標を失っていたけど、俄然がぜんやる気が出てきたわっ!」


 あれ? もしかして無駄に相手の戦意を上げてしまったか?

 だが別にそれでも構わない。 


 どうやら俺もいつの間にか強敵を求めるようになっていたようだ。

 いいね、いいね、それでいい。 それでこそ冒険者だ! 男だ!

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