第74話 次元変動


「……確かにそれは大問題じゃな。 ちなみに知性の実グノシア・フルーツは何処で見つけたんじゃ?」


 ドラガンはジークロンの問いに少し間を置いてから、素直に打ち明けた。


猫族ニャーマン領のニャルララ遺跡の最深部です」


「なる程な。 どうりで卿らが喋るのを躊躇ためらったわけだ。 そいつはかなりの大事おおごとじゃ。 どうする? 今のうちなら、私達もこの話を聞かなかった事に出来るが、これ以上話すつもりかね?」


 そう釘を刺すジークロン。

 するとドラガンは首を左右に振り、こう言った。


「いえここまで話したからには、我々も何らかの情報が欲しいです」


「そうか、ならば私の知る限りの事を話してやろう。 その代わり卿らも私の質問には、正直に答えて欲しい」


 物静かな声音だが、毅然とした態度でそう言うジークロン。

 そうだな。 ここまで来れば下手な駆け引きは止めた方がいいよな。

 ドラガンもそれを察したようで――


「わかりました、ジークロン卿」と、軽く頭を下げた。


「ようかろう。 そのニャルララ迷宮の最深部にとある物があった痕跡こんせきはあったかのう?」


「裏切った仲間は迷宮の地下に世界樹があると申しておりました」


「やはりな」


 そう言って、年老いた魔族は双眸を細めた。


「恐らくその推論は当たっているであろう。 このウェルガリアにおいて世界樹に該当する存在がない事は、我々魔族の間でも問題になっていた。 恐らくそれはヒューマンが様々な種族を異世界から召喚したのが原因じゃろう」


「……そうなのですか?」


 と、やや驚いた表情のドラガン。


「うむ。 実はな。 現世と異世界を開くカオス・ゲートを使うと、現世に異世界の様々な因子を呼び込む事があるのじゃ」


 因子? なんだ、これまた難しい話になってきたな。

 正直俺の頭では、ついていけないかもしれない。


「……それはどういう意味でしょうか?」


 冷静な兄貴も少し困惑気味にそう訪ねた。


「そうじゃなあ。 簡単に言えば、他の世界の種族を呼び込むと、それ以外の物も呼び込む事があるのじゃ。 例えば異世界の地形がこの世界の地形に成って変わるとかな。 こういう現象を次元変動と云う。 我等魔族がこのウェルガリアに降臨した頃から、その傾向はあった。 例えば魔族が拠点としていた「暗黒大陸」も我等が居た魔界の因子を強く含んでいた。 それらの傾向はエルフ、竜人領でも見受けられた」


 ジークロンは淡々とそう語るが、聞き手の俺達は衝撃を隠せなかった。

 つまり異世界からエルフや竜人、魔族を召喚した事によって、このウェルガリアの地形などが大きく変化したという事だろ?


 それってとんでもない話だよな?

 だがそう考えれば、辻褄が合う部分も多い。


 例えばエルフ族の中には、穏健派おんけんはと呼ばれる連中が居る。

 その穏健派のエルフ族は、自然を何よりも大切として、大聖林だいせいりんと呼ばれる不思議な森林で暮している。


 彼等は多数派を占める文明派ぶんめいはのエルフ族。

 つまりエルフ領の大半に属するエルフ族同様に、他種族と交わる事を拒むが、文明派程、排他的ではない。


 彼らは他種族と交わらないが、他種族を脅かす事もない。

 ただ大聖林で静かに自然のままに生きて、生涯を終える。


 だがその大聖林は他の領土にある森林とはまるで違う。

 大聖林は強い魔力を含んでおり、その領土も非常に強い結界で護られている。

 更には大聖林に居るだけで、非常に強い自然治癒能力が働き、ちょっとした怪我なら、魔法を使わなくても治癒されるという噂がある。

 

 更に大聖林には、多種多様な妖精フェアリーが居るらしい。

 だが他の種族の領土では、妖精フェアリーなど一切存在しない。


 まあこの話自体は誰でも知っている話だが、ジークロンの話が本当ならば、次元変動が関与している可能性は高い。


 そう考えると俺達ヒューマンのご先祖様は、大変な真似をしてくれたな。 

 安易に異世界から他種族を呼ぶから、こんな事態になるんだよ。


 しかし今更その事を嘆いても意味はない。

 大切なのは今置かれている状況で、自分のやれる事を探すべきだ。


「つまり世界樹が地下に埋もれたのも、次元変動のせいなんスか?」


 俺は回りくどい真似はせず、ざっくりとそう問う。

 するとジークロンは「うむ」と頷いて――


「ああ、恐らくそれが原因じゃろう。 だが今この時に世界樹がこの地上にまで、姿と見せたのは、何かの兆候かもしれんな」


「その何かって何ですか?」


 俺はこれまたストレートに聞く。

 だがジークロンは小さく首を左右に振った。


「私もそこまでは分からんよ。 まあ知りたければ自分達で調べるがいい」


「まあそうッスね。 分かりました、後は自分で調べます」


「うむ、それがよかろう」


 どうやらこれ以上、有益な情報は聞けそうにない。

 そろそろ退散した方がいいかもしれんな、と思った矢先――


「気ヲツケロ! 近クニ竜ラシキ気配ガアルゾッ!」


 エリスに抱きかかえられたブルーがそう叫んだ。


「お、おい! 今その小竜族ミニマム・ドラゴンが喋ったよな!?」


 と、ゼーシオンが驚いたようにそう言った。

 まあ驚くのは無理もない。 だが今、大切なのはそれじゃない。


「そこじゃな! ふんっ、――シャドウボルトッ!」


 ジークロンが右手を前に突き出して、眉間に力を込めた。

 するとその右掌から漆黒の波動が生み出されて、前方目掛けて放たれた。

 すぐさま着弾。 ばあんという爆発音が周囲に鳴り響いた。


 その爆発音と共にブルーと同じ小竜族ミニマム・ドラゴンらしき赤い体皮の

 飛竜が姿を顕にして、そのまま地面に落下。


「どういう事だ? 貴様ら、まさか他にも仲間が居たのか?」


 険しい声でドラガンに詰め寄るゼーシオン。

 それに対して、ドラガンは即座に否定した。


「いやそれは違う。 だが心当たりはある。 ここは我々に任せてくだされぬか?」


「チッ、これだから人間なんぞ信用できないのだ! 父上、やはりこいつ等をこのまま生かして帰すのは危険です!」


 苦々しげにそう語るゼーシオン。

 だがジークロンは落ち着いた感じで、右手で制した。


「まあそう慌てるな、ゼーシオン。 恐らくドラガン殿の言葉に嘘はない。 だが彼等が尾行されたのも事実。 だからここは彼等に任せよう」


「し、しかし父上――」


「なあに、心配するな。 もし我等に本当に害を為すなら、私とて容赦はせぬ。 だからそんなに慌てる必要などないんじゃよ」


「……分かりました」


 不承不承に父の言葉に従うゼーシオン。

 ジークロンの妙な余裕は気になるが、とりあえずこの場は何とかなりそうだ。

 ならば俺達がやるべき事は一つしかない!


「盗み聞きとは趣味が悪いな。 隠れてないで出て来いよ!」


 俺はやや怒気を含んだ声でそう言った。

 するとこの広間の入り口付近に突如、二つの影が現れた。


 その二つの影がゆっくりとこちらに向かって近づいてきた。

 そして黒と茶色のフーデットローブを着込んだ二人組の姿が露わになる。

 間違いねえ。 アーガスとミネルバだ。


「竜人族ってのは人を付けまわす趣味でもあるのか?」


 俺は嫌味たっぷりにそう言った。


「俺も男を付け回すのは趣味ではない。 だがお前等は色々と怪しかったのでな。 おかげで予想以上に有益な情報を得る事が出来たよ」


 余裕たっぷりに軽口を返すアーガス。

 まずいな。 こいつ等に今の話を聞かれたのは迂闊だった。

 何処まで聞いたか知らんが、このままこの二人を帰すのは危険だ。


「そうかい、ならばこのままお前等を帰すわけにはいかねえな。 ドラガン、エリス、メイリン。 戦闘態勢に入るぞ!」


「ああ」「わかったわ」「了解よ」


 生憎、兄貴とアイラは戦えるような状態にはない。

 アイラはエリスの回復ヒールで歩けるまでには、回復したが、今の状態でこの二人相手と戦うのは厳しいだろう。 兄貴もまだ本調子じゃない。 だからこの四人で戦うしかない。だが眼前の竜人の男は、含みありげな笑みを浮かべて、こう言った。


「まあそう粋り立つなよ? どうやらお前等が言ったように、マルクスが死んだのは事実のようだ。 だから我々としては、別にもうお前等と争う理由はない。 それでも戦うというのか?」


「俺達は最初からそう言ってただろっ!!」


「ああ、お互い誤解があったな。 その件に関しては謝罪するよ。 我々も少し一方的過ぎた。 だからもう水に流して貰えないか?」


 こいつ、どういうつもりだ?

 だが俺の勘が言っている。 この男は信用できない、と。


「回りくどいぜ。 要するに何が言いたいわけだ?」


「ふふ、お前等は誰かの依頼を受けて、この地下迷宮の調査に来たんだろ? そしてそれは、あそこに居る二人が関与してるんじゃないのか? 見たところ一人は魔族、もう一人は竜魔っぽくも見えるな」


「……それがどうした?」


 するとアーガスは両肩を竦め、「ククク」と嗤った。


「我々、竜人族は確かに他種族に対して、壁を作っているが、別になりふり構わず争うわけではない。 だがあそこに居る連中はどうだ? 魔族こそかつてこのウェルガリアに大災厄をもたらした元凶じゃないか?」


「ふうん。 それで?」


「……分からん奴だな。 お前等は後援者パトロンへの土産代わりにあの二人の首を持っていけばいいじゃないか? そうすれば名声も大金も得られる。 俺達はもうお前等と争う理由もないから、このまま本国に帰る。 これでお互い問題ないじゃないか?」


 何だろう、凄く苛々する。

 こいつの話を聞くだけで、なんかムカついてくる。

 俺は単純にこの手のタイプの人間が嫌いなんだろうな。


「おいおいおい、誇り高き竜人族が尻尾を巻いて逃げるのか? それとも有益な情報を得れば、竜人族はあっさり誇りを捨てるのか? 大した自尊心プライドだねえ。 いやはやこれは驚きだぜ」


「……貴様ら、あの連中とどんな約束をしたかは知らんが、ここで我々と争ってもえきはないだろ? 違うか?」


「まだるっこしいな、てめえは。 こそこそ他人の話を盗み聞きしたかと思えば、今度は舌先三寸で丸め込もうとする。 せこいんだよ、お前は! それとも竜人族という種族はそういう連中ばかりなのか?」


「……貴様」


 お? ようやく顔色を変えやがったな。

 こいつはもう一押しだな。 ならまだまだ遠慮はしねえぜ。


「それとも俺が怖いのか? ん? そういやお前はそこの女の影に隠れてばっかりだよな? 実は弱いんじゃねえ? つうか弱いだろ? そんな野郎が口先三寸で成りあがれるんじゃ竜人族の未来も暗いな!」


「調子に乗るな、ヒューマン風情がっ!」


 ようやく余裕という仮面を脱ぎ捨てて、怒鳴るアーガス。

 だが俺は動じねえよ。 俺はもっと怒っているからな。


「アーガス、もういいでしょ? これ以上こいつ等と言い争っても、時間の無駄よ? 要はこいつ等を叩き潰せばいいんでしょ? 簡単な話よ」


「なんだよ、この女の方がよっぽど男らしいじゃねえかよ? おい、お前はまたこの女の尻に隠れて脅えていろよ!」


「き、貴様あぁっ……舐めるなよ!」


 と、背中から白銀の斧槍ハルバードを抜き取り、身構えるアーガス。

 だがミネルバがその前に立ち、右手でアーガスを制した。


「挑発に乗るなんてアンタらしくないわよ。 大丈夫、ここは私に任せて!」


「……分かった」


 いいね、いいね。 こういう分かり易い展開の方が好きだぜ。

 

「銀髪のヒューマン、アンタの言うとおりよ。 お互いにここまでくれば、もう言葉を交わす必要はないわ。 だから――」


 そう言ってミネルバは漆黒のフーデッドローブを脱ぎ去った。

 そして漆黒の軽鎧ライトアーマーに身を包んだ均整の取れた身体が露わになり、その輝く銀髪を翻しながら、両手で斧槍ハルバードを構えた。

 

「我が名はミネルバ・ドラグバイン。 いざ尋常に勝負せよ!」


 と、威風堂々と名乗り上げた。

 いいじゃねえか、こういうの嫌いじゃねえぜ。


「俺の名はラサミス・カーマイン。 その挑戦、受けて立ってやるぜっ!!」


 俺は同じように名乗り上げて、手にした戦斧を構えた。

 こういう熱い展開は好きだぜ。 冒険者冥利に尽きる。

 だが相手は女といえど竜騎士ドラグーン。 故に手加減しない。


「勝負だ、ミネルバ!」


「来い、ラサミス・カーマイン!」


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