第73話 封印結界


「なる程、恐らくそれらに関する要因はいくつかあると思うが、私が思うには、我等魔族を封じ込めた「暗黒大陸」の封印結界が弱まっているからだと思う。 それによって、この地上――ウェルガリアにおける魔力の濃度のうどが濃くなっておるのじゃろう。 魔力の濃度が濃くなれば、当然強い魔力のみなもととなる。 そうなれば魔力を有した生物の知能と肉体も必然的に強化されるわけじゃ」


 な、何っ!? 「暗黒大陸」の封印結界だとっ!?

 これは予想外の言葉だ。 俺だけでなく、他の皆も驚いている。

 つまりそれって――


「つまりそう遠くない未来に「暗黒大陸」の封印結界が解け、魔族がこの地上に復活する日が来る……というわけですか?」


 俺は兄貴の言葉を聞くなり、背中に悪寒が走った。

 それって洒落になってなくないか?


 魔族が本当に復活したら、第二次ウェルガリア大戦が勃発。

 なんて事も十分に有り得る。 俺は思わずごくりと喉を鳴らした。

 だが眼前の年老いた魔族は、首を左右に振りながらこう漏らした。


「それは厳密に云えば、少し違うな。 魔族は第一次ウェルガリア大戦で四種族に負けて、「暗黒大陸」に封印されたとされておるが、事実は違う。 魔族はあえて「暗黒大陸」に封印されたのじゃよ」


「……それはどういう事ですか?」


 予想外の言葉に俺は驚き、兄貴の声音も自然と鋭くなった。


「魔族がこの地上――ウェルガリアに降臨したのは、今から約六百年以上前の四大種族第一次戦争の頃という事は知っているよな? 歴史上ではヒューマンがカオスゲートを開いて、魔界から魔族を呼び込んだとされておるが、厳密に云えばこれも違う。 魔族はあえてヒューマンに召喚されたのじゃよ」


 眼前の年老いた魔族は淡々とそう語った。

 俄かには信じがたい話だが、この老人が嘘を言ってるようには見えない。

 色々聞きたいところだが、ここは最後までこの老人の話を聞いてみよう。


「魔族は約一千年周期で一つの世界を食い滅ぼす。 その食い潰された世界が魔界というわけじゃ。 そして自らまた新たな世界に赴き、同じように歴史を繰り返す。 そんな感じで魔族に食い潰された世界――魔界は無数に存在する。 だが魔族にとって一千年という周期は、長いようで短い。 なにせ魔族は長寿だからな。 なかには五百歳や一千歳を越える者も居る」


 五百歳や一千歳かあ。 ヒューマンの俺には想像もつかない世界だ。

 不老長寿とまではいかないが、

 魔族が四大種族とは異なった存在なのは間違いない。


「もしかして――」


「ん? なんじゃ、言ってみるがいい」


 兄貴の言葉に年老いた魔族が僅かに微笑を浮かべた。

 まるでこの若者を試してやろう、といった感じだ。


「つまり魔族内で一つの世界を食い潰す周期を延ばそうという思惑があり、この大地――ウェルガリアにおいては、あえて封印されたというわけですか?」


「うむ、卿はなかなか頭の回転が早いな」


「いえ……で私の推測は当たってるのですか?」


 珍しく結論をかす兄貴。

 流石に冷静沈着な兄貴でもこの御老人の話には驚いてるようだ。


 いや兄貴だけでない。 

 ドラガンもアイラもエリスとメイリンも目を丸くしている。


「結論から言えばその通りじゃ。 だが今の魔族を束ねる魔王は、過去の魔皇帝や魔王とは一味違う。 彼はこう脚本シナリオを書いたのじゃよ。 新たな大地で我等魔族は、現地の様々な種族の連合軍に敗北を喫した。 そして魔族は一つの大陸に封印されるという屈辱を味わった。 だがそれから六百年後、その封印結界も解け、魔族が再び地上に降臨しようとしている。 今こそ六百年の屈辱を晴らす時とな」


 荒唐無稽な話だ。

 と、笑いきれないから性質たちが悪い。


 無論、そこら辺のヒューマンやエルフのおっさんがこんな話したら、失笑するか、あるいは呆れるかのどちらかだが、年老いた魔族が語ると妙な現実味げんじつみを帯びてくる。


「……魔族は何でそんな手を込んだ真似をしたのでしょうか?」


 と、神妙な顔でドラガン。


「そうじゃな、話せば長くなるから、かいつまんで説明しよう。 魔族は基本破壊しかもたらさない生物じゃ。 対する猫族ニャーマン以外の三種族も似たような性質を持ち合わせているが、魔族程愚かではなく、生産と秩序を必要とする種族だ。 これは我等魔族にはない美点だ。 六百年前の大戦以降、四大種族の主導により、ウェルガリアは順調に文明を発展させていった。 だがその代わりに世界各地で人口が増え、各種族ごとに停戦協定が結ばれており、狭い領土内に様々な種族が所狭しとひしめきあっておる。 これも全ては大きな戦争が起きてない事が原因じゃ」


 まあ一理あるが、こういう言い方は好きじゃねえな。

 いかにも主戦論者が好きそうな言葉だからな。

 だが目の前の年老いた老人は更に淡々と語り続けた。


「つまり今この時代ならば、魔族が地上に復活して第二次ウェルガリア大戦を起こしても問題ない、と、魔王は考えておるわけじゃ」


 おい、おい、おい、冗談じゃねえよ。

 そんな理由でまたとんでもない大戦起こすなんて冗談じゃねえよ。

 だがこの老人に怒っても意味がない。 ここは怒りを抑えて、この老人から聞き出せるだけ情報を引き出す方が賢明だ。


「卿らからすれば、信じがたい話かもしれんが、これは紛れもない事実じゃ。 もっともこの話を各種族の王侯貴族に話したところで、彼らは真に受けんじゃろ。 私には今の地上がどういう状況かはわからんが、六百年というときが魔族という種族を過去の存在にしただろうからな」


 確かにこんな話を真面目に話したところで、誰も真に受けないだろう。

 正直こうして話を直に聞いている俺も半信半疑だ。

 年老いた魔族の虚言。


 という可能性もある。

 だが現に伯爵夫人の依頼通り、この地下迷宮に竜魔は存在した。

 世界各地で高い知能を持ったモンスターの目撃談が増えているのも事実だ。

 全てを信じるのは、危険だが全てを疑うのも危険な気がする。


 それは俺だけでなく、ドラガンや兄貴達も同じであった。

 ドラガンと兄貴は渋面になり、「う~ん」と唸っている。


 アイラは戸惑いながらも、何やら真剣に考え込んでいる。

 楽天主義のエリスやメイリンですら、その表情を強張らせていた。


「とりあえず私の話はこれぐらいじゃ。 まあ卿らが約束通り後援者パトロンに我々の事を伏せて貰えれば、助かるのは事実だが、別に我々の事や今の話を言っても構わんよ」


「しかしそれだと貴方方が困るのでは?」


 アイラが控え目にそう問う。

 だが年老いた魔族は平然とした表情で――


「ふぉふぉふぉ、確かに少しは困るじゃろう。 だが我々も伊達に長くこの地下迷宮に長くは住んでおらぬ。 いくらでも抜け道というものはあるのさ。 実際このラムローダは――」


「ち、父上!」


 意味ありげに語るジークロンをゼーシオンが止めた。

 この自信と余裕。 まんざら強がりとは思えないな。

 このラムローダにはまだ大きな秘密があるのかもしれん。


「まあ私が言えるのはこれくらいじゃ。 それともまだ何か質問があるかね?」


「それは――」


 と言い掛けながら、ドラガンが途中で言葉を詰まらせた。

 するとドラガンは、兄貴とアイラ、更に俺にも目配せをしてきた。


 ん? 何の合図だ?

 これ以上何を聞くという――もしかしてっ!?

 いや流石にあの話題をこの連中に聞くのは不味いだろ!!


「なんじゃ? まだ聞きたい事があるのかね?」


「実は我々はもう一つ大きな問題を抱えてまして、それは神々の遺産ディバイン・レガシーに関する――」


「ど、ドラガン!? いや団長、その話題は――」


「ああ、勿論おいそれと他人に喋る話題じゃないという事は重々承知さ。 だが我々もあの件に関しては、正直煮詰まっている状態だ」


「……私は話す必要はないと思う」


 と、アイラが珍しく反論する。


「わ、私もアイラさんと同じです!」


「あ、あたしも二人と同じ意見です」


 と、エリスとメイリンも反対する。

 そして彼女らの視線が賛同を求めるように、俺に向いた。

 う~ん、珍しく意見が割れたよな。


 俺も心情的には、アイラ達に賛同したい。

 だが確かにドラガンが言うように、煮詰まっているのも事実だ。

 この年老いた魔族ならば、あの件に関して何か知ってるかもしれない。


「ラサミス、お前の意見を聞かせて欲しい」と、低い声で兄貴。


「うーん、心情的にはアイラ達に賛同したいけど、団長の言う事にも一理あるからね。 ここはあえて聞いてみるのも有りかと」


 俺は煮え切らない態度でそう返事した。

 すると兄貴とドラガンが顔を見合わせて、お互いに頷き合う。


「アイラ、エリス、メイリン。 ここは悪いが我々の意思を尊重させてもらう。 不平や不満があるなら、後で言ってくれ」


「……わかったわ」と、アイラ。


「「……はーい」」


 三人ともやはり不満そうだ。

 これは帰ってから、一悶着あるかもな。


「ふうむ。 どうやらかなり重大な話みたいじゃな。 だが無理に話す必要はないぞ。 私とて全知全能というわけでもない」


 眼前の魔族はそう言って、顎に右手を当てて擦った。

 この御老人からすれば、どっちでも構わないのであろう。

 だが俺達――『暁の大地』にとっては、とても重要な話だ。

 それが分かってる故にドラガンも慎重に言葉を選びながら、こう告げた。


「実は我々は半年くらい前にとある場所で、とある神々の遺産ディバイン・レガシーを見つけたんですよ。 それによって我々は連合ユニオン内で争い、苦難の末、何とかトラブルを解決する事が出来ました」


「ふむ。 それで?」


「だが我々を裏切った男がその神々の遺産ディバイン・レガシーをとある種族に売りつけたんですよ。 その結果、三ヵ月程前に我々はとある騒動に巻き込まれました」


「具体的に述べて貰わんと、話の筋が見えてこないのう。 単刀直入に聞こう。 その神々の遺産ディバイン・レガシーとは何じゃ?」


「……」


「答えたくないのか? ならば私としてもこれ以上話を聞く気にはなれんな」


 ジークロンの立場からすれば、こう言うのも無理はない。

 そして観念したように、ドラガンはジークロンの問いに応じた。


「……知性の実グノシア・フル―ツです」


「!?」


 その名前を聞くなり、ジークロンの表情が一瞬強張った。

 彼の後ろに立つゼーシオンも「何っ!?」と明らかに驚いていた。


 ここまでくればもう後戻りはできない。 

 覚悟を決めて洗いざらい話すしかない。

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