第十五章 語られる真実
第72話 魔族が語る過去
俺達はジークロン達の追って、二十階層の最深部に辿り着いた。
「とりあえず場所はここでいいかのう?」
「ええ、構いませんよ」と、ドラガン。
「ならば卿らも遠慮なく座ってくれ」
俺達はジークロンの言葉に従い、正方形の広間で腰を降ろした。
二十一階層の手前にあるこの広間の幅は、十五メーレル(約十五メートル)以上あり、天井の高さもそれと同じくらいの高さだ。
この部屋の天井と壁は
俺達はとりあえずジークロン達と対面になるように横一列に並らび、俺と兄貴とドラガンの男性陣は胡坐をかいて床に座り、アイラ、エリス、メイリンの女性陣は正座して、彼等の言葉を待った。
「さて何から話したものやら」
「まず先に我々が質問してよろしいですかな?」
「いいとも、
そこでドラガンは「コホン」と軽く咳払いしてから、質問に入った。
「まず何故、
「私はこれでも百歳を越える高齢者でな。 今から約五十年前に地上で魔族狩りに合い、無我夢中で逃亡した末にこの迷宮に辿り着いた。 それからは何年も何十年もここで脅えるように暮していたよ。 だがある日、興味本位で地上に出た際に一人の竜人の女性と出会った」
ジークロンはそこで言葉を一端切り、回想に入るような表情をする。
今から約五十年前か。 俺は当然として、うちの両親も生まれてねえな。
だが魔族はかなりの長寿だ。 噂では数百年以上、生きるとも言われている。
それだけでも魔族という種族が、俺達四種族とは異なる事が分かる。
「私は一瞬その竜人の女性を殺害するか、と一瞬悩んだ。 なにせ彼女が同胞に知らせれば、瞬く間に私を狩る討伐隊が現れるだろう。 だが夢も希望もない迷宮暮らしに、私は疲れ果てていた。 だから若き女性の未来を奪う事に躊躇いを覚えた。 すると彼女はこう語りかけてきた」
ジークロンは一呼吸置いてから、二の句を継いだ。
「『あなた、魔族よね?』とな。 そこで私は『ああ、そうだよ』と答えた。 すると彼女はその場から立ち去った。 私は彼女が同胞に知らせに行ったと思ったが、これ以上醜態を晒して生きるより、この場で死ぬのも有りかもな。 と思いその場に留まり、時の流れに身を委ねた。 すると二十分程経ってから、彼女が再び私の前に現れた。 だが彼女の周囲には誰もおらず、彼女は手にした
なる程、何となくだが話の筋が読めてきたぞ。
だがここで話の腰を折るほど、俺も野暮じゃない。
ここは黙ってこの魔族の昔話に付き合ってやろう。
「突然の出来事に私は少し驚いたが、こう訊ねた。『何故、魔族である私を助ける?』と。 すると彼女はこう答えた。『だって独りぼっちで寂しそうだったから。 私も独りぼっちだから』そう言う彼女の顔は何処か寂しげであった。 その時、私は思った。 この女性ともっと親しくなりたい。 無論、それが馬鹿げた願望と云う事は理解していた。 だがこの先、何も希望がない状況で生きるより、一時とはいえ、心の隙間を埋めたい。 だから私は彼女にこう言った」
うーん、他人事とは思えないなあ。
俺もほんの少し前までは、似たような状況だったからな。
あの一人で兎狩りしていた日々は、今でも時々思い出す。
だからこの魔族の思い出話にも苦痛なく聞く事が出来た。
「『時々でいいから、ここで私と会わないか?』とな。 すると彼女はこう答えた。『いいわよ、私はオリビア。 見ての通り竜人よ。貴方の名前は?』 その問いに対して、私も自分の名前を名乗った。『私はジークロン。 見ての通り魔族さ』とな、それから私達は、周囲の眼を盗んで密会を重ねた」
やはり魔族と竜人のラブロマンスが始まったな。
恐らくそのオリビアという女性がゼーシオンの母親であろう。
しかしここは結論を慌てず、彼の言葉を気長に待とう。
「彼女――オリビアの家は貧しかった。 父親は
そう語りながら、懐かしむような表情を作るジークロン。
だが次の瞬間には、険しい表情になり、淡々と語り出した。
「だがそんな日々も長くは続かなかった。 彼女が一七歳の時に、ラム島のヒューマンの豪商がオリビアに目をつけた。 その豪商は妻子持ちだったが、彼女に
良くある話だが、こうして聞くとやはりいい気分にはなれないな。
何となく話の落ちは読めてきたが、ここはあえて最後まで話を聞こう。
「そしてオリビアは私にこう言った。 『ねえ、私を何処か遠くに連れて行って』とな。 私はその言葉を真に受けて、彼女と共にこのエルシトロン迷宮に潜伏した。 不便な生活だったが、私は一通りの魔法を使えたので何とか暮す事が出来た。 そして彼女は私の子を身篭り、一年後に男の子を産んだ。それがそこに居るゼーシオンじゃよ」
そう言ってジークロンは、ゼーシオンに視線を向けた。
ゼーシオンは少々複雑そうな表情でその視線を受け止めている。
「だが初めての出産に加え、慣れない迷宮暮らしでオリビアの体調は、どんどん悪化していった。 そして流行り病にかかり、彼女は寝たきりになった。 卿らも知っているように、回復魔法では病気や老衰を防ぐ事は出来ぬ。 だが薬や医者を欲しても、金もないし、容態を見てもらえる状況でもない。 私は己の浅はかさを呪い、懸命に彼女を看病したが、結局彼女は病死した」
まあそりゃそうなるよな。
頑丈な魔族と違い、他の四種族にはそんな迷宮暮らしなど耐えられないだろう。
俺なら一週間で根を上げるよ。
でも不思議とジークロンを責める気にはなれない。
「私は再び人生に絶望した。 一瞬、彼女の後を追うかと考えた。 だが私には彼女の残した忘れ形見があった。 彼女は失ったが、私にはまだ息子が残されていた。 だから私は死より、生きるという選択肢を選んだ。 幸か不幸か、ゼーシオンは竜魔だった故に、過酷な迷宮暮らしも物ともせず、順調に成長していった。 そして現在に至るというわけじゃよ」
年老いた魔族の長い昔話がようやく終わった。
正直どう反応すべきか困った。 それは他の皆も同じであった。
「……退屈な話じゃったかな?」
ジークロンの言葉にドラガンが首を左右に振った。
「いえ、貴方方がこの迷宮で暮す理由も分かりました。 別に他の種族に危害を加えるわけでもないなら問題ないでしょう。 我々の
有耶無耶にしようと思ってます。 皆もそれでいいな?」
それだと伯爵夫人から成功報酬は貰えないだろうな。
だが俺もそこまで守銭奴じゃない。 ここは空気を読んで話を合わせよう。
「人間の言う事など信じられんな。 父上、私は反対です!」
「心配するな、ゼーシオン。 仮に彼等が
「ええ、まあ……」
含みありげな会話を交わす二人。
どうやらこの御老人は、まだ何かを隠しているみたいだ。
勿論、聞いた所で教えてはもらえないだろう。
「我々も誇り高き冒険者です。 おいそれと他者の秘密を漏らしません。 ですがジークロン卿、いくつか私の質問に答えてもらえませんか?」
兄貴の言葉にジークロンは小さく頷いて、落ち着いた声で答える。
「質問の内容によるが、とりあえず話を聞かせてもらおう」
「では――最近地上では高い知能を有したモンスターの目撃談が
増えているのですが、何か心当たりはありますか?」
お、ようやく本題に入れたな。
まあ竜魔の殺害命令は反故にしたから、せめてこの件だけでも知りたいよな。
この年老いた魔族なら何か知っているかもしれん。
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