第70話 巨大な黒竜


 眼前の黒竜はその鋭い双眸を細め、その口から鋭い牙が見えていた。

 すると黒竜は「ギエエエッ」という轟くような雄叫びを上げた。


 この黒竜はかなりデカいが、あの漆黒の巨人程ではない。

 とは言え、デカい事に変わりない。 

 多分五メーレル(約五メートル)以上あるだろう。


 まともに攻撃を喰らえば、即戦闘不能も有り得るぜ。

 もう一度話合い……ってわけにはいかねえよな。

 し、仕方ねえ。 覚悟を決めるしかない!


「こ、こいつはたまげたな。 極一部の竜騎士ドラグーンが、龍に変身する事が可能と聞いた事はあるが、この眼で目の当たりにするとはな」


「ら、ライル! 感心している場合じゃないぞ! アイラも! まともにやりあったら勝ち目がない。 二人とも一端ここまで下がれ!」


「ああ、そうしよう」「わかったわ」


 ドラガンの言葉に従い、兄貴とアイラは大きく後退する。

 やべえ、膝が笑ってきた。 まさか龍に変身するとはな。

 こいつは下手すると全滅しかねないぜ。 と、とにかく落ち着こう。



『――この姿を見せたからには、貴様らには死んでもらう。 我が名は黒竜こくりゅうゼーシオン。 我らの平和を乱す人間よ、己の愚かさを悔いて死ぬがよいっ!』


 最初の時のように頭に声が響いてきた。

 この状態でも念話テレパシーで会話する事が可能らしい。


 ゼーシオンなる黒竜は、ゆっくりとこちらに振り向いた。

 駄目だ。 完全にる気満々だ。 こうなれば戦うしかない。


「皆、落ち着くんだ。 確かに敵は馬鹿デカいが、あの巨体では、この狭い迷宮内を自由に動けんだろう。  俺の攻撃を受けた左翼は穴が空いたままだし、あの状態なら空中に飛翔できないから、空中戦の心配はない。 要は地竜狩りと同じ要領だ。 だが敵の攻撃だけは絶対喰らうなよ」


「ああ、奴の体長はおよそ五メーレル(約五メートル)ぐらいだ。 この階層の天井は精々十五メーレル(約十五メートル)程度。 精神を集中して、確実に攻撃を躱せば、必ず反撃のチャンスが来る。 とりあえず奴の弱点と思われる光属性の攻撃と魔法で攻めるぞ! それとエリスは全員にクイックをかけてくれ!」


「はいですわ! 我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 レディスの加護を我が友に与えたまえ、……『クイック』!!」 


 ドラガンの言葉に従い、エリスが白い法衣を翻して、右手に持つ銀の錫杖を振りかざすと、眩い光が放たれて、俺達を暖かく包み込んだ。 これで俺達全員の敏捷性が強化された。


「奴の注意は私が引きつける! ――『鉄壁アイアンウォール』ッ!!」


 アイラが剣と盾を構えながら、再び職業能力ジョブ・アビリティを発動。

 そしてアイラは最前衛に立ち、その後ろに兄貴とドラガンが陣取り、俺は後衛でエリスとメイリンの前に立ち、敵の攻撃に備える。


「グオォォォォォォッ!!」


 耳障りな雄叫びを漏らしながら、黒竜はその大きな尻尾を横一直線に振るった。

 前衛の三人は華麗にジャンプして、尻尾攻撃テイル・アタックを回避するが、

 後衛のメイリンとエリスは反応が遅れた。 


「メイリン、上へジャンプしろ!」


「わ、わかったわ!」


 そして俺はエリスに駆け寄り、彼女を抱きかかえながら、身を挺して護った。

 辛うじて尻尾攻撃テイル・アタックの射程圏外だった為、直撃は避けれたが、その余波で巻き上げられた石の破片や土塊どかいがこちらに飛んで来たので、俺は全身に風の闘気オーラを纏い、エリスの前で仁王立ちする。

 

「うおおおっ!!」


「ら、ラサミス! だ、大丈夫!?」


「あ、ああ……こんなもの掠り傷だぜ!」


 闘気オーラのおかげか? ダメージはほぼなかった。

 

「メイリン! 今のうちに光属性の魔法で攻撃するんだ!」


「あいさ、あたしに任せなさい! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う光の精霊よ、我に力を与えたまえ! 『サンシャイン』ッ!!」


 素早く呪文を紡ぎ、英雄級えいゆうきゅうの光魔法を放つメイリン。

 杖の先端の魔石から放たれた光の大玉が、黒竜に命中するなり、爆発する。 

 そしてメイリンが続け様に呪文を紡ぎ出した。


「我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う炎の精霊よ、

 我に力を与えたまえ! 炎殺えんさつッ!!」


 こ、これはメイリンの聖人級せいじんきゅうの火炎魔法だ。

 そしてメイリンの両手杖から激しく燃え盛る炎の塊が生み出される。

 メイリンは力を制御セーブせずに、緋色の炎の塊を連続して解き放つ。

 

 ドオオオン、ドオオオン、ドオオオンという爆音が迷宮内で響き渡る。

 轟音を引きながら放たれた緋色の炎が黒竜の巨体を呑み込んだ。

 

 一瞬、球形に膨れ上がった炎が、激しい爆発を引き起こす。

 爆発音と共に黒竜の巨体が後退を余儀なくされる。


 今、確かに核熱の魔力反応が起こったよな?

 つまりメイリンは単独連携魔法たんどくれんけいまほうを成功させたのか!


「す、すげえ! 今一人で連携魔法を放ったよな!?」


「そ、そうよ。 おかげで魔力が半分以上尽きたわ」


 と、苦しそうに肩で呼吸するメイリン。


「ならば拙者の魔力を分け与えてやろう! 我は汝、汝は我。 我が名はドラガン。 猫神ニャレスよ! 我が魔力を我が友に分け与えたまえ! 『魔力マナパサー』!」


 絶妙のタイミングで、ドラガンが魔力マナパサーを発動。

 するとメイリンは再び元気になり、手にした両手杖を構えた。


「ありがとうッス、ドラさん!」


「ドラさんじゃない! まあそれはさておき、この間隙を逃す手はない。 アイラはライルを護るんだ。 ライルは全力で剣術スキルを放て!」


「わかったわ」「ああ」


『今のは少し痛かったぞ!』


 黒煙が揺らめきを作るなか、その中から巨体を震わせる黒竜。

 黒竜の呼吸が荒い。 その血走った両眼で、こちらを睨みつけている。

 だがそれに臆する事なく、兄貴が黒竜目掛けて突貫する。


「せいっぁぁぁぁぁ! ――ファルコン・スラッシュッ!」


 兄貴の斬撃が、黒竜の腹部の一部を抉った。


「ギアァァァァァァッ!」


 硬皮に保護されてない部分を斬りつけらて、黒竜が苦悶に叫ぶ。 

 だが黒竜も即座に両手の漆黒の鍵爪を水平に振るった。 

 兄貴は咄嗟に構えた白銀の長剣で黒竜の攻撃を防御ガードするが、攻撃の威力に押され、後方に五メーレル(約五メートル)程、吹っ飛んだ。 だが途中で手にした長剣を地に突き立てて、転倒は回避する。


「ゴアァァァァァッ!!」 


 黒竜が激しい咆哮ハウルを放った。 

 あの状態で咆哮ハウルされたらヤバい。


「あ、兄貴っ! よけろおおおぉぉっ!!」


 俺は興奮気味にそう叫んだが、兄貴は冷静だった。 

 兄貴は長剣を縦に構え、全身に闘気オーラを纏い、両足で踏ん張った。

 そして黒竜の口内から放たれた衝撃波を寸前の所で横に飛び、ギリギリ回避。

 衝撃波はうねりを生じたまま、空を裂きながら、迷宮の壁面に命中。

 激しい衝突音と共に壁面から石片がパラパラと地面に崩れる。


 だが今回は音波耐性の装備を所持していない為、今の咆哮ハウルで兄貴だけでなく、俺達も耳鳴りで一瞬その場で硬直する。 それを見越していたように、黒竜がその太くて長い尻尾を水平に振った。


「あ、危ない、ライル!」


「アイラ!」


 アイラは兄貴の前に飛び出して、左手に持ったミスリル製の盾を前に突き出す。

 だがいくら聖騎士パラディンといえど、この一撃は耐えられなかった。

 ばこんっ、という音と共にアイラが後方に吹っ飛んだが、それを身を挺して受け止める兄貴。


「無茶をするなよ……」


「な、仲間を護るのが私の役割ロールさ。

 そ、それより今のうちに反撃するんだ!」


「……わかった」


 兄貴はそう言葉を交わし、アイラの前へ出る。

 そして兄貴は全身に光の闘気オーラを纏いながら、その猛禽類のような鋭い双眸を細めた。 


「――喰らえっ!! 『ジャイロ・スティンガー』!」


 兄貴が右腕を錐揉みさせると長剣の切っ先から、うねりを生じた薄黒い衝撃波が、矢のような形状になり放たれる。 鋭く横回転しながら、地面を抉りながら閃光ようなの速度スピードで大気を裂く。


『馬鹿めっ! 何度も同じ手が通用するかっ!』


 そう念話テレパシーで語りかけ、両翼を広げ大きく垂直に跳躍する黒竜。

 だが次の瞬間、兄貴が口の端を持ち上げた。


「そう来ると思ったぜ! ハアアアァァッ……落ちろ!」


 兄貴がそう叫ぶなり、薄黒い衝撃波はぐにゃりと垂直に落ちた。

 地面に落下した薄黒い矢状の衝撃波が跳弾のように跳ねて、空中に飛翔した黒竜の脇腹を無慈悲に抉った。


「グルギャアアアァァッ!!」


 耳をつんざく悲鳴を上げる黒竜。

 腹部の中心部を捉える事は出来なかったが、黒竜の左脇腹の皮膚は激しく抉れており、大量の鮮血が流れていた。


 空中に飛翔した黒竜は、その痛みに耐え切れなかったのか、左手で左脇腹を押さえながら、地面に落下する。 どしん、という大きな着地音が周囲に響く。 黒竜はダメージのせいか、その動きがやや遅い。 これはチャンスかもしれない!

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