第十四章 竜化変身(ドラゴニック・メタモルフォーズ)

第69話 竜魔との対峙

 漆黒の両翼をはばたかせて、空中に浮遊する竜魔と思わしき存在。

 俺達はその威圧感に呑まれて、しばしの間、無言になったが、やがて我に返った兄貴が前に一歩踏み出して、こう問うた。


「……貴様、竜魔か?」


「いかにも我こそは竜魔。 貴様らがどういうつもりでここまで来たかは知らぬが、命が惜しければ、このまま立ち去れ!」


「それはできん相談だな。 俺達も遊びできたわけではない。 だが無意味な血を流すつもりはない。 どうだ? ここは少し腹を割ってお互いに話あってみないか?」


 だが空中に浮遊する竜魔は鼻で笑った。


「貴様らと話す事などない。 さっさとねっ!

 さもなくば実力を持って排除する事になるぞ?」


「なる程、ならば仕方ない。 

 こちらも実力を持って貴様の口を割らせてみよう!」


「ふん、調子に乗るなよ。 人間風情がっ!」


「交渉決裂だな。 全員、戦闘態勢に入れっ!」


 そう言って兄貴は腰帯の鞘から白銀の長剣を抜剣する。

 それと同時にアイラが前に出て、ドラガンは中衛で待機。

 俺はエリスとメイリンの前に出て、手にしたポールアックスを構えた。


 すると竜魔の男は地面に降りて、右手を近くの壁に向けた。

 そして竜魔の男が眉間に力を込めると、壁面に覆われた水晶クリスタルが急に砕けて、その塊が竜魔の右手に引き寄せられる。


 竜魔は再び眉間に力を込めた。

 すると水晶クリスタルの塊が瞬く間にがりがりと削られて、一メーレル(約一メートル)くらいの大剣のような形状になった。


 こいつ、念動力サイコキネシスで天然の武器を作りやがった。

 モンスターの中には、周囲にある木の棒や石などを武器として、使うものも居るが、このように自ら武器を作るなんて初めて見たぜ!


 それに念動力サイコキネシスの使い手と戦うのは、これが初めてだ。

 こいつは用心すべきだな。


「ほう、念動力サイコキネシスの使い手か。 こいつは手強そうだ」


 と、口の端を持ち上げる兄貴。


「――では行くぞ! 覚悟せよっ!」



 竜魔の男は大業おうぎょうな台詞を吐いて、こちらに目掛けて突進してきた。

 それと同時に兄貴、アイラ、ドラガン。 そして俺も全身に闘気オーラを纏う。


 そして次の瞬間、竜魔が手にした大剣を、物凄い勢いで叩き込んだ。 

 だが、兄貴も素早く白銀の長剣を翻して、水晶クリスタルの刃を受け止める。 

 硬質な金属音が響き渡る。 そして二人は、一合二合と切り結んだ。


 竜魔の剣速も速いが、兄貴も負けてないぜ!

 だが流石に体格差が厳しい。 181セレチ(約181センチ)の兄貴に対して、相手は210セレチ(約210セレチ)以上はありそうだ。 


 その差、約30セレチ(約30センチ)。


「エリス! 兄貴に、それから俺達にプロテクトをかけてくれ! 後、ドラガンも付与魔法エンチャントを。 属性は光で!」


「わかったわ! 我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 レディスの加護を我が友に与えたまえ、『――プロテクト』!!」


「了解だ! 我は汝、汝は我。 我が名はドラガン。 猫神ねこがみニャレスよ、我らに力を与えたまえ! 『ライトニング・フォース』ッッ!!」


 続け様に魔法を連発する二人。

 相手は魔族の混血児だから、多分光属性の攻撃が効くと思う。


「ライルだけでは厳しい、我々も続くぞ!……『鉄壁アイアンウォール』ッ!!」


 アイラが剣と盾を構えながら、聖騎士パラディン職業能力ジョブ・アビリティを発動する。 

 俺も後衛でエリスとメイリンを護りながら、腰帯から鋼のブーメランを取る。

 

 兄貴が再び斬撃を放つが、竜魔も水晶クリスタルの長剣で斬り返す。

 鋭く速い斬撃が眼前を通過し、一度防げば次には二度の剣閃が迫りくる。

 正面で向き合った瞬間、兄貴は銀髪を翻し、懐へ、側面へ、死角へと回り込み怒涛の乱打ラッシュを繰り広げた。 だが竜魔はその怒涛の攻撃にも難なく対応する。


「――ライル、一人ではこいつは倒せない! 私も加勢するぞ! 喰らうがよい。 ――『シャイン・セイバー』ッ!」


 兄貴に加勢すべく、駆けつけたアイラが光属性の中級剣術スキルを放った。

 アイラの一撃は水晶クリスタルの刃で弾かれたが、防御した勢いで、後方にやや吹っ飛びながら、竜魔の男は一瞬顔をしかめたが、即座に大剣を床に突いて転倒を防ぎ、踏みとどまった。


 今あいつ、一瞬顔をしかめたよな?

 やはり竜魔は魔族の血を引くから、光属性に弱いのかもしれない。


「兄貴、アイラ。 今の光属性の剣技でそいつは一瞬怯んだぞ! 魔族の弱点は光属性。 その魔族の血を引く竜魔も弱点の可能性は高いぞ!」


「なる程、言われてみればそうかもしれんな」


「ああ、確かに私の今の一撃で奴は予想以上に大きく後退した。 ラサミスの言う事を試してみる価値はある!」


 俺の言葉に兄貴とアイラは納得したように頷いた。

 そうとなれば俺も大人しくしている場合ではない。


 俺は鋼のブーメランを握った右手に光の闘気オーラを宿らせる。

 そして竜魔の死角になるような位置に鋼のブーメランを投擲。


 くるくると弧を描きながら、竜魔に迫る鋼のブーメラン。

 だが竜魔も即座にサイドステップして、迫ったブーメランを躱したが、


「――甘いっ! 軌道変化っ!!」


 俺がそう叫ぶなり、鋼のブーメランが直角に曲がり、無防備になった竜魔の右足の大腿部に命中。


「ぐはっ! こ、小癪な真似をっ!?」


「――隙あり! ――『シャイン・セイバー』ッ!」


 再び放たれたアイラの光属性の剣術スキル。

 その光の刃が竜魔の胸部を切り裂き、赤い鮮血が周囲に飛散する。


「ごはっ!? こ、こいつら思ったよりも強い!」


「まださ! こんなものでは終わらんさっ! ――せいっ!」


 そして今度は兄貴が右足を大きく振り上げて、ブーメランが突き刺さった竜魔の右足大腿部にトゥキックを喰らわせた。 流れるような連携攻撃だ。 


「ぐふっ……まずいっ!」


 竜魔は苦悶の表情を浮かべて、漆黒の両翼を羽ばたかせて、空中に避難。

 それから右足に刺さったブーメランを抜きさり、地面に投げ棄てた。

 そして竜魔は口元から牙を覗かせながら、怒りをあらわにする。


「許さんぞ、絶対に許さんっ! 我は誇り高き竜魔。

 貴様ら人間如きに舐められてたまるかっ……ハアアアアアアッ!!」


 そう叫びながら、竜魔は全身に黒光りする闘気オーラを纏った。

 竜魔の周囲の大気がビリビリと震える。 なんという闘気オーラだ!

 あれは恐らく闇属性の闘気オーラだな。 次の一撃には要注意だ。


 すると竜魔は左手を頭上に振り上げて――


「我は汝、汝は我。 我が名はゼーシオン。 ウェルガリアに集う闇の精霊よ、我に力を与えたまえ! ――死ねぃっ! ……『ダーク・ミティアーストリーム!!』」


 と、素早く呪文を紡いだ。

 すると竜魔の左腕に物凄く強力な漆黒の波動が生じる。

 そして竜魔は漆黒の波動が生じた左腕を大きく引き絞った。

 次の瞬間、左手から迸った漆黒の波動が、流星のような速度でこちらに向かってきた。


「メ、メイリン! 光属性の対魔結界を張るんだ!」


「わかってるわよ、ラサミス! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う光の精霊よ。 我に力を与えたまえ! 『ライト・ウォール』ッ!!」


 メイリンが素早く呪文を詠唱すると、俺達の前方に長方形型の光の壁が張られた。 そして漆黒の波動が光の壁に衝突する。


 ガアァァァン!! ガアァァァン!! ガアァァァン!! 

 ガアァァァン!! ガアァァァン!! ガアァァァァァァン!!


 凄まじい衝撃音が轟き、大気が揺れる。

 耳障りな音を鳴らしながら、漆黒の波動が光の壁にメキメキと練り込む。

 次第に放射状に皹が広がり、パリンという破壊音と共に光の壁が粉々に砕かれた。


「ライル、避けてっ! う、うおおお……あああぁぁぁっ!!」


「ア、アイラァッ!!」

 

 兄貴を突き飛ばし、アイラが左手でミスリル製の盾を構えながら、仁王立ちする。 対魔結界を打ち破った漆黒の波動がアイラのミスリル製の盾に命中。 漆黒の波動はアイラの盾を乱暴に包み込んだ。

 

「うおおおおおおっ……はああああああっ!!」


 気勢を上げながら、全身に光の闘気オーラを纏うアイラ。

 漆黒の波動と光の闘気オーラが激しくせめぎ合う。

 だがこの力比べに勝ったのは、アイラであった。


 構えられたミスリル製の盾から、プスプスと黒い煙が立ち昇り、アイラは衝撃で後ろに数歩程、下がったが気合で耐え切った。

  

 凄まじい一撃だったが、メイリンの対魔結界で威力を軽減した上に強い対魔力があるミスリル製の盾だから、耐える事ができたのであろう。


「流石は竜魔というべきか。 ならば俺も全力で行かせてもらう! ハアアアアアアアアアッ……アアアアアアァッ!!」


 そう言いながら、兄貴は全身に光の闘気オーラを纏いながら、その猛禽類のような鋭い双眸を細めた。 そして全身を覆う闘気オーラを白銀の長剣を握る右腕に集中させる。


「――『ジャイロ・スティンガー』ッ!!」


 白銀の長剣の切っ先から、うねりを生じた薄黒い衝撃波が矢のような形状になり放たれる。


 鋭く横回転しながら、空気を裂きながら、神速の速さで竜魔に迫る。

 だが竜魔も両翼を羽ばたかせて、回避行動を試みるが――



「うおおおおお……おおおっ! 曲がれえええぇっ!?」


 兄貴がそう叫ぶなり、薄黒い衝撃波はぐにゃりと曲がり、軌道を変えた。

 そして竜魔の左翼さよくに命中。


「なっ……な、何っ!?」


 黒い衝撃波は暴力的に渦巻きながら、竜魔の左翼の中央部を貫いた。

 竜魔の左翼の中央に大きな空洞が生まれ、貫通した黒い衝撃波は、その背後にあった迷宮の壁面に覆われた水晶クリスタルを打ち砕いた。 ばしゃん、という音と共に砕かれた水晶クリスタルの欠片が周囲に飛散する。


 流石は英雄級えいゆうきゅうの剣術スキル。

 とんでもない威力だ。 おまけに光の闘気オーラも交えた一撃。

 左翼の中心部を撃ち抜かれた竜魔はそのまま地面に落下するが、空中で身体を二、三度回転させて、両足で地面に着地。


 これで空中戦はなくなった。

 ならばここは一気に攻めるべきだ!

 俺の意図を汲んだように兄貴も即座に地を蹴り、猛スピードでダッシュする。


「――舐めるなよっ! ハアアアアアアアアアァッ!!」


 竜魔がそう叫ぶと、竜魔の周囲の石ころや石片が空中に浮遊する。

 そして浮遊した石ころや石片が兄貴目掛けて、放たれた。


 これも奴の念動力サイコキネシスかっ!?

 虚をつかれたが、兄貴もサイドステップとバックステップを

 駆使して、ひょうのように降り注ぐ石つぶてを回避する。


 ガン、ガン、ガアンッ!

 だが流石の兄貴も全弾回避する事は不可能だった。

 

「くっ……一発一発は大した事ないが、こうも連発されると地味に効く。 仕方あるまいっ! ここは一端引くしかない!」


「――そうはさせぬっ!!」


 これまでの復讐をすべく、竜魔は疾風の如く駆け出した。

 そして右手に握った水晶クリスタルの大剣を高速で振り下ろす。

 兄貴は咄嗟にバックステップで回避したが、竜魔も追撃してくる。


 大剣の重さを感じさせない鋭く速い斬撃が、四方八方から襲いかかってくる。

 兄貴は華麗なステップを駆使して、なんとか斬撃を躱しながら、

 時折パリィで大剣を受け止めるが、一撃受けただけで大きく後ろに仰け反った。


「ライル――――ッ!!」


 絶叫と共に、アイラが兄貴と大剣の間に身を躍らせた。

 間一髪で、アイラの剣が竜魔の大剣の軌道をわずかにらす。


 軌道が逸れて、振り下ろされた水晶クリスタルの大剣が、迷宮の地面にクレーター状の深いあなを穿った。 と、とんでもない破壊力だ。 洒落になってねえ!


「……どうやらこのままでは、分が悪いな。 良かろう。 ならば我が最大の秘技ひぎを見せてやろう」


 そう言って、竜魔の男は水晶クリスタルの大剣を地に刺して、両腕、両足に力を籠めて、全身から針のように研摩された闘気オーラを放った。


「……!? 奴の魔力と闘気オーラが一気に跳ね上がった!? アイラ、ここは一端下がるぞ! 何だかヤバい雰囲気だ!」


「あ、ああ……わかった!」


「うおおおおおっ……見せてやる、我の真の姿をな。 我は汝、汝は我。 我が名はゼーシオン。 竜神ガルガチェアよ、我に力を与えたまえ! ……竜化変身ドラゴニック・メタモルフォーズ!」


 竜魔の男がそう叫ぶと、周囲に強力な魔力と闘気オーラが渦巻き始めた。

 そして人間という仮の姿を脱ぎ去り、その姿を変貌させた。

 細胞の分子配列が変化し、神経網が凄まじい速度で変化する。


 竜魔の男の口が裂け、その肉体があっという間に巨大化する。

 両手には鋭い漆黒の鍵爪。 

 頭の両側からは、二本の太い角がやや反り気味に立ち、琥珀色の鋭い両眼。 漆黒の硬皮と鱗。 背中に生えた大きな漆黒の両翼。 そして太くて長い尻尾。



 その姿は一言で言うなら、巨大な黒竜こくりゅうであった。

 マジかよ、まさか竜魔がドラゴンに変身するとは!?

 俺はそう思いながら、ごくりと生唾を飲んだ。

 こ、こりゃ……マジでヤバいぜ。

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