第62話 復讐の為に女を捨てる


 リアーナの冒険者区の外れにある中規模の宿屋。

 ミネルバとアーガスはその宿屋を今夜のねぐらとしていた。

 

 部屋の中はこざっぱりとしており、簡素なベッドと部屋の隅に、テーブルと椅子が置いてあった。 部屋には鍵も掛けられるし、安全面も問題ない。 現在、アーガスが外で情報収集してる為、部屋の中はミネルバ一人だ。


 ミネルバは手荷物をテーブルにおいて、武装を解除する。

 黒のタンクトップと青いホットパンツという姿になり、軽くベッドに腰掛けた。


「マルクスがもし本当に死んだのなら、私は誰にこのやり場のない怒りを向けたらいいのだろうか。 私はこの日の為に女を捨てたのにっ……」


 誰に聞かせるわけでもなく、そう呟くミネルバ。

 あの竜神の谷の悲劇から、五年の歳月が流れた。


 あの日、狂乱状態となったマルクスはミネルバの祖父と父親、そして兄であるミハイルを惨殺した。


 竜人族の上層部の大量虐殺という惨事は、竜人族に大きな混乱をもたらした。

 残された上層部は狼狽するばかり。 その間にマルクスは行方をくらませた。


 元々、竜人族は排他的で村社会。

 村社会的な結束力はあるが、不測の事態に対しては、対応能力は極めて低い。

 まずこの事実を隠す為に、竜人族は竜人領全土に緘口令かんこうれいを敷いた。


 犯人の捜索より、竜人族の名誉の保身を優先させた。

 そして新たなの族長の座には、アーガスの父であるアルガスが就いた。

 本来ならばミネルバの父オリアスが族長の座に就くはずだったが、その父オリアスもマルクスに殺された。 そしてドラグバイン家は没落した。


 当時十二歳だったミネルバには、この非常な現実は受け入れ難かった。

 だが新族長のアルガスの息子であるアーガスがミネルバを支えてくれた。


「君の無念はわかるつもりだ。 ミネルバ、君は君自身の手で復讐すべきだ。 だから厳しいと思うが、君は竜騎士ドラグーンになる必要がある!」


 その言葉を受け入れ、この日からミネルバは女を捨てた。

 元々は族長の孫という恵まれた環境に育った彼女には、厳しい槍術の修行や日々の肉体鍛錬は苦痛でしかなかった。


 それでもミネルバは耐えた。 全てはあのマルクスに復讐する為。

 そして一七歳の時に女としては異例の竜騎士ドラグーンとなった。


 だが事もあろうに、その復讐の対象であるマルクスが死んだと聞かされた。

 もしそれが本当なら自分は何の為に、苦労して竜騎士ドラグーンになったのだ。

 ミネルバはやるせない思いで、右手の親指の爪を噛んだ。


 コン、コン、コン。

 その時、ドアが小刻みにノックされた。


「――誰?」


「俺だ、アーガスだ!」


「ちょっと待って、今ドアを開けるわ」


 ミネルバが素早くドアを開くと、外にはアーガスが立っていた。


「待たせたな。 有益な情報を仕入れてきたぞ」


 そう言うなり、ずかずかと部屋に入るアーガス。

 そして茶色のフーデッドローブを脱ぎさり、椅子にかける。

 アーガスは青いインナーの上に白銀の鎖帷子という恰好で、ミネルバと向かいあいながら、椅子をこちらに引き寄せて座った。


「で? どんな情報が入ったのかしら?」


「そうだな。 何から話そうか。 まず『暁の大地』とマルクスが反目したのは事実らしい。 数ヶ月前に奴等が主催する旅芸人一座の舞台にマルクスの仲間だったザインという男が大勢の手下を引き連れて、襲撃したとの事だ。 これに関しては間違いない」


「そう。 なら奴等はなんでマルクスの居場所を教えなかったのかしら?」


「恐らくそれがあの言葉を喋った小竜族ミニマム・ドラゴンが関係してるのだろう」


「どういう事かしら?」


 と、軽く首を傾げるミネルバ。


「考えてみろ? 竜人領にも喋るドラゴンなんて居た事があるか? 答えはNOだろう? 恐らくあの小竜族ミニマム・ドラゴンは、マルクスと奴等が争ったお宝が関与してるのだろう。 それが何かはわからんが、奴等の動向を追う価値はある!」


 と、上機嫌に語るアーガス。

 だが対するミネルバは不機嫌だ。


「確かに私もあの小竜族ミニマム・ドラゴンは気になるわ。 でも忘れでいない? 私達の任務はマルクスを探し出して、復讐する事よ!」


「まあそう怒るなよ、美人が台無しだぜ? もちろん俺もマルクスの事を忘れたわけじゃない。 奴は許さん、生きていたら必ず殺すっ! だがそれとは別で奴等が関わっているお宝も気になるのさ! もしそれが俺の想像通りの物なら、本国の上層部に大きな手土産ができる」


「……貴方の立場からすればそうでしょうね? でも私の任務はマルクスを殺す事よ。 私はその為にこの五年間、血を吐く思いをして生きてきた!」


 ミネルバは柳眉を逆立てて、鋭利な声でそう言った。

 するとアーガスは右手を前に押し出して、ミネルバを落ち着かせる。


「もちろんお前の気持ちはわかってるさ。 だが仮にもしマルクスが本当に死んでいたら、どうする? そうなればお前はお払い箱だ。 だが俺達二人がここでまた何かを大きな戦果を上げたら、話は別だ。 そうすれば俺達は、竜人族に欠かせない人材として、重宝されるだろうさ!」


「わ、私は復讐さえできれば、後の事はどうでもいいわ……」


 包み隠さず本音を漏らすミネルバ。

 するとアーガスは椅子から立ち上がり、ミネルバに近づき、彼女の左肩に自分の右手を乗せて、顔を近づけた。


「ちょ、ちょっと……やめてよっ!」


「悲しい事を言うなよ。 俺はいつだってお前の味方だったろ? ここで戦果を上げれば、将来的にお前を俺の妻に迎える事も可能になる。 そしたらドラグバイン家の再興も不可能じゃない。 なあ、ミネルバ」


「……私は結婚なんて考えてないわ。 手を離してっ!」


 ミネルバの抗議にアーガスは従い、彼女の肩から手を離す。


「寂しい事を言うなよ。 俺達は幼馴染みじゃないか。 まあ無理強いはせんよ。 だが俺は本気だ。 その為には奴等『暁の大地』の動向を追う。 既に奴等の拠点ホームは突き止めた。 奴等の拠点ホームは、俺が使役した小竜族ミニマム・ドラゴン飛竜ひりゅうに監視させている。 奴等の行き先を追えば、マルクスにも繋がるかもしれん」


「……まあ貴方の言うように手ぶらでは、本国には帰れないわね。 いいでしょう、ここは貴方に従うわ。 だけどもしマルクスを見つけたら、奴を殺す事を優先するわ。 ここだけは譲れない!」


 と、決意を固めた表情のミネルバ。


「ああ、もちろんそうするさ。 とりあえず奴等が動き出したら、監視役の飛竜が奴等の後を追う。 俺達は奴等の行き先を追えばいい。 そうすりゃマルクスなりお宝に関する情報を掴めるだろう。 だが今夜はもう遅い。 とりあえず今夜はゆっくり休んで、明日に備えよう」


「そうね。 それじゃ、おやすみなさい」


「おやすみ、ミネルバ」


 アーガスはそう言い残すと、部屋から出て隣の自分の部屋へ向かった。

 そしてドアを閉めて、鍵をかけるミネルバ。


 アーガスは確かに自分に優しくしてくれる。

 だがミネルバは分かっていた。 


 彼が彼女に優しくしてくれたのは、族長の孫だったからである。 

 そして今も尚、優しくするのは、ミネルバを自分の手駒にする為という事を。


 だからミネルバは自分以外誰も信用しない。

 それが寂しい生き方とは、彼女も分かっていたが、

 復讐の為に女を捨てたミネルバは、そんな生き方しかできなかった。


 翌日。

 俺達は一階の食堂で簡単な食事を摂ってから、身支度をして、旅の準備を整える。


 俺は今回の任務はレンジャーで参加。

 武器はプラチナ製のポールアックスに鋼のブーメラン、ハンドボーガン。 


 防具は黒のインナーの上に、幻獣の皮で出来た黒灰色のベスト。

 下はブルードラゴンの皮で作られた青いズボンに革製の赤いブーツ。

 そして両手には、アースドラガンの皮で出来た茶色の手袋グローブ


 他の皆は大体いつもと同じ恰好だ。

 兄貴は黒のインナーの上に緋色の軽鎧ライト・アーマー

 頭にはお洒落な羽根付きの臙脂色えんじいろの帽子を被っている。


 ドラガンは青いコートに、頭上に白い羽根飾りのついた青い帽子。

 アイラは青い鎧に緑のマント、エリスは純白の法衣、メイリンもいつもの恰好だ。 各自、それそれ背中にバックパックを背負っている。


「それではとりあえず馬車で港町バイルへ向かうぞ。 そしてバイルから船で竜人領ラムローダへ行く予定だ。 それでは早速出発だっ!」


 ドラガンの言葉に俺達は「はい!」と大きな声で返事した。

 正直あの竜人の二人組みも気になるが、今は任務に専念しよう。

 俺はそう思いながら、気を引き締めて、ドラガン達の後を歩いた。

 

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